第二話:来訪者。
遅くなりすぎました凄くすみません……。
話を書くことの難しさを身をもって知り、投稿しまくる作者様方への尊敬の念が強まる……本当にすごいな……。
◆アンジェ・エルフィール
得体の知れない物体が、乙女のベッドの上に鎮座している。
それはえらく不鮮明なモノクロであり、砂嵐を無理矢理人の形に嵌め込んだような造形をしている。奇妙奇天烈摩訶不思議の三拍子揃ったおぞましさを感じる、怪奇現象UMA妖怪悪霊も吃驚な化け物である。
そんな異常者……異常物(?)は、ゆったりと寛ぎつつ、私へ向き直った。
「アンジェ・エルフィール。君を待っていた」
「待って、名乗るくらいはして欲しい。本当に、ほんっとうに、誰なんだ貴方は……?」
知らない登場人物その一でしかないというのに、出てきてやったぞ感を出しながらその辺に座り込まれても困る。人と出会ったなら、先ず、挨拶くらいしろ。出来るならば自己紹介くらいしろ、困るから。
「名は必要ないから、そんなものは無いね」
「はぁ……?」
「強いて言えば、神に近しい者だよ。そういう認識でいい」
「こいつめ」
素直に名乗り出たのだ、五発で勘弁してやろう。だから、こっち来いくそめ。
私が不快感と敵意を隠さずにいると、そのモノクロは眉をひそめたように見えた。
「不愉快なのはこっちだよ。何が目的なんだい?」
子供のようにムッとして話始めた。解せぬ。
私に目的も糞もない。強いて言えば、とっととあの懐かしき狭いハウスに戻り、ゲームを楽しみ、最高の気分で初仕事をこなす事が目的だ。
この異様な自称神を困らせる事など微塵もない筈だというのに、何故であるか。
「何が目的だと問われても困ります。先ずは貴方の事情を聞き、私の事情と照らし合わせてから問題点をですね」
「今の状況の事だよ。君、何で此処にいる?」
「……何て?」
「君はこの世界に居ない筈でしょ。何も言わなくても判るよ。身体も魔力もアンジェ・エルフィールそのものだけれど、定着する過程も魂も歪だ。元在った物と明らかに違うからね。所謂、転生だ。もう一度聞くよ、ボクの知らぬところで何をしようとしてるの?」
なんというか、罪人を見る目をしているのが判る。
解せぬ。どちらかといえば、此方が巻き込まれた被害者であるというのに。
「企みも何も、貴方のような妙な輩が私を巻き込んだのでしょう?私はただ、家で酒を飲んでいただけで」
「酔って鼻歌歌いながら缶を踏んで転んで死んだんでしょ、羽貫楓。君の事は一目見れば大抵知れる。問題は、‘’何故君がアンジェ・エルフィールに成り代わっているのか‘’、その目的が見えない事だよ」
「知りません。むしろ羽貫楓で有り続けたい次第ですが……何だって?」
思わずヘンテコ異形を凝視した。こいつ、私の名だけではなく死因迄も知っているのか。
一目見れば、というのだから、自称神ではなく本物の神で在らせられるのではなかろうか?
下手したら私の全てを知っている可能性がある、それは不味い。
口論になれば、初恋の酸っぱいやつとか幼少期のやらかしを起承転結きっちりとチクチクした言語で纏めて、私の鼓膜を経由し純粋無垢な乙女心へ流し込んで散り散りに破り裂き粉微塵にして可燃ゴミに出すのかも知れん。鬼畜の所業である。乙女のハートを乱暴に扱われるのは大変御免被る。
私は姥捨て間近の老人のように膝を震わせた。
「い、いえ、何でもありません。それに、申し上げた通り企みも御座いません。気が付けば此処にいた次第でして、私も困っているのです」
「随分態度を変えたね。後ろめたい事でも?」
「滅相も御座ぃいません」
「転生は故意ではない、ということかな?…………ん、おかしいな。望まずにそんな事は出来ない筈だけれど」
「望みといえば、無いわけではありません。此処から立ち去って、元の私を復活させてもらい、元気いっぱいに生活を送っ」
「それは無理。死んだだけなら何とでも出来るけど、二度目の生を受けてはどうしようもない。諦めて」
なんという。神も仏も居ないのか。いや、居たかそれっぽいのは。薄々そんな気はしていたが、こうあっさりと告げられると、何というか凹む。
しかし腹立つ態度である。殴りたいぞ、そのモザイク面。この際痛み分けでも良い気がしてきた。
めらめらと腹の奥でムカツキを募らせていると、モノクロは息を吐いた。
「ボクはね、魂さえ見ればその人間がどのような人生を歩み、どのような末路を辿ったかとか知ることが出来るんだ。話せばついでに人柄も分かる」
「……なんと」
「だから、転生するなら一度ボクを通して貰いたい。そうでもないと、国が幾つか滅ぶような災害を招きかねない。世界を乗っとるぞ、とかそんな事を企む輩も少なからずいるもの」
「そんな物騒な話があるので?」
「ある。滅多にないけど、あることはある」
「……わぁ」
なんという悪党っぷりだろうか。世界を征服し、配下を侍らせ、「世界の半分をやろう」と敵対者に取り引きを持ちかけるような悪逆非道の王になるという拗れた夢でも持っていたのかも知れない。恐ろしい事この上ない。
しかし待てよ。生前に修羅の国で暴れ回っていたような人物でも、土地勘のクソもない未知の世界で厄災を軽々起こせるような気もしない。それこそ、神を自称出来る程の逸材だろう。神は神でも祟り神や疫病神か破壊神だろうが。
「人が転生しただけで、それほど影響を及ぼせるものでしょうか?」
「転生させた存在が、今後の障害を排除出来るだけの力を融通して与えているからだよ。その場合は何らかの目的があって事を起こしているのだから、わざわざ転生させたのに目的達成前に容易に死なれても困るもの。最悪の万が一が起きても対処して貰わなきゃ、また、死後の予定を組み立てる羽目になるからね。勿論、基本的な言語は読み書き出来る程度の知識も授けるさ」
成る程そうか、早急に解決したい疑問が増えた。わりと根に持ってる方の疑問が再浮上してくる。
「であれば、私にそれらが備わっていないのは何故です?」
「無い筈は……え、本当に無いの?」
「少なくとも、文字は読めません」
思わず半目になる。
最初の内で言葉の壁を取っ払うのが基本であれば、こんな嬉しくもないレアケースはただの嫌がらせでしかない。
ましてや、知識も力もそれらしい物も与えられていない現状を、良いではないか良いではないかおほほほと流せる度量は持ち合わせていない。
死活問題だと言ったろう。故に理不尽へ怒りが増してくる。
「……おかしい。そんな中途半端に事を起こす奴なんて居ないのに。故意でもないなら、まさか……いや、まさか」
事実を淡々と告げると、モノクロ神はぶつぶつと呟き始めた。何かしらん?
少し待っていると、それの動きがピタリと止まった。
「あ」
「“あ”?」
「……何でもない」
「ちょっと待て、何が“何でもない”だ。大抵何かしらあるからそんな声を漏らすのだろうが!?」
「落ち着いて、何でもないから。説明は今からする。纏める時間をくれよ」
「……分かった」
納得いかないが、説明を求めて、ここは耐えるとしよう。
モノクロ砂嵐が明らかに今、動揺している。
嫌な予感以外しない、何かあるに違いないのではないか?
そも、“あ”が何を示すか分からないのが何よりも怖すぎる。
等々考えが巡り不安を感じている私に、緩慢な動きで向き直った後、それは口を開いた。
「……どうやら誤解していたらしいね、すまなかった」
「……は?」
「一応、言語の習得だけはこちらで済ませておこう。まあ、兎に角、頑張ってね」
唐突に言葉の壁問題を解決すると答えた。怪しい。後ろめたい事があるに違いない。
モザイク面だが目が泳いでいるのがよく分かる。
早急に問い質す必要がある。逃す気はない。白状してもらおうか。
第一、説明をまだ受けていないのだから。
「待て、“あ”、とは何事だ白状しろ!」
「頑張ってね」
「待つんだ、説明は!?」
「頑張って」
「それで流せると思うかバカモン、とっとと言え!?」
「頑張っ」
それしか物を言わなくなったそれは、瞬きの間に消えてしまった。どうやら逃げたらしい。カス過ぎるのではなかろうか?
私は改めて、元凶は勿論、あのモノクロ砂嵐野郎も粉々に粉砕してくれると固く誓った。
おぉ、神よ。あの馬鹿野郎とは異なる、偉大なりし神々よ。我に六法全書を与えたまえ。当然、読破させて頂きます。故に何卒。あれは書物であり、鈍器なのです。
手に入れた暁には、あの砂嵐、必ず、何がなんでも物理的にも社会的にも叩きのめしてやれるというのに。
六法全書による正当な怒りの発散である。罪に問われない筈だ。“法”の裁きだぞ?
しかし、無い物居ない者に思いを馳せても何も状況は好転しない。むしろ、虚しさ相まって憎さ百倍である。
私は万感の思いが喉元を通り過ぎていきそうになるのをどうにか堪え、多足類であろう苦虫が這い回るかの如くざわめく腹の底でそれらを綺麗に整頓し、脳内で縄張りを侵入された獣の如き激情でもって読み上げた。
畜生、あいつ、逃げやがったッ!!
そう憤慨すると同時に、読めずに諦め放置していた件の魔術の書っぽいものを手に取り、一頁目を開いた。
言語は何とかするだのほざいていたのだから、あの奇天烈な記号のようにしか見えない文字も理解できる筈だ。
「……ん、本当に読める」
砂野郎は、仕事をきっちりこなしたらしい。言語は何とかすると言っていたのは嘘じゃなかったようだ。やましい事がまだあるなら許さないが。
何がともあれ。これで、知りたい情報の一つは知ることが出来る。
書物は私の読み通り、魔導書であった。
この本を読むにあたってのあれやこれや等々、開けば確かに書いているのが分かる。
「少しくらい身を守る術は身に付けなければ……」
神やら何やらから与えられるギフテッドは期待できない以上、私個人でどうにかするしかないのだ。
とはいえ、少しも期待がないわけでもない。どちらかといえば凄くワクワクしている。
何せ、ファンタジーの定番、魔法を、ド素人の独学とはいえ学べるのだから。
「……さて」
地形の確認、情報収集、経路の確保、資金装備の確保、国外へ脱出……やることは山積みだ。
先ずはこの書物を読破し、出来る限りは実践しよう。
何、恐らくは実家なのだ。敵襲は考えなくとも良い筈。家族や使用人が敵なら……いや、考えるのは止めておこう。正直、キリがない。余計に死期を早めかねん。
故に外へ出るのは後でもいいだろう。先程のように焦りまくってノープランで外出するよりは多少マシになるさ。
しかし、本当に疲れた。妙に重い。気分的に。おかしい、これから少し面白いものを見れるというのに。
絶対にさっきまでのやり取りとこれからの問題のせいである。許すまじ。
私はため息を吐き、理解を深めるべく一行目へ目を向けた。