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短編集【ヒューマンドラマ・現代】

ありがとう

作者: ポン酢

チョコスプレーの小瓶に巻物の様に丸めた紙を詰めた。

それを細いリボンで飾りつけ、雨露の光る紫陽花に括りつける。

紫陽花の葉から滴った露が小瓶を揺らした。


たくさんの嫌な事。


そんな中でも季節は巡り、空気を研ぎ澄ました凍てつく冬は誰にも何も告げずに去ってゆき、春が土の中からひょっこりと顔を出した。

桜の花吹雪が通り過ぎると、緑たちが我先にとその掌を空に向けて大きく開く。

いつの間にかあちこちで虫達が動き出し、思わず悲鳴を上げる事もある。

鳥たちが声高らかに愛を語り、動物たちが日だまりで有閑を楽しむ。

全てが柔らかそうな春は短く、つい先日まで寒くて縮こまっていた私達は突然汗だくになってぐったりしてしまう。

夏がバキバキに鍛えられたアスリートの様に差し迫ってくる中、慌てて涼し気な服を引っ張りだす。

そしてそこに、中休みのように雨垂れが響く。


雨はいつも違う顔をする。


サラリと通り過ぎる美人の顔をしていたり、悪戯に水を巻上げる子供のようだったり、かつての恋を懐かしむように静かに涙を零し続ける日もあれば、突然怒りに我を忘れたように暴れたりもする。


そんな気ままで喜怒哀楽がコロコロ変わる梅雨の日々も、大地を十分に濡らし尽くすと、泣いてばかりはいられないとばかりに旅に出てしまう。

何とも自由で羨ましい。

泣きたい時に思うがままに泣き、そして清々しくも晴れやかに去っていく。

例えるなら何とも憎めない素敵な女性のような時間。


梅雨を嫌う人もいる。

確かに洗濯物などを干すのに困ってしまう事も多い。

でも何となく梅雨は嫌いになれない。


湿度の高い絡みつくような鬱々とした日々。

陽の光が雲に隠され、薄暗い日が続く事も多い。

そこにしとしとと雨が降る。

なんと陰気で憂鬱な時期なのだろう?


でも人生、一年に一度ぐらい、そうやって陰気で憂鬱な時間にどっぷりハマる事も必要だ。

でないと日々、目まぐるしく追い込まれる生活の中、落ち込む事すら忘れてしまう。

追い詰められるまま走り続けてしまう。


だからそうやって、強制的に陰鬱な時間に貶められるのも悪くない。

何より彼女は散々陰気に泣き続けた挙句、ある日突然、カラッとそのメランコリックさをかなぐり捨てるのだ。

そして爽やかに笑って旅に出る。


私は一言、旅立つ彼女に感謝を込めて言葉を贈る。


ありがとう。

また来年会いましょう、と。

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