第一章 8 :駆け出す君には見えぬ僕
「ああああああああ!もう!本当にわかんないんだワ!!」
噴水のそばで人目を憚らず叫ぶローシア。当然耳目を集める。
「地図なんてもっとこう、わからない人にわかるように描くようにできないのかしら!ホント腹立たしいんだワ!」
「だいたい地図って何よ地図って!こんな複雑な線ばっかりで図じゃないんだワ! 模様なんだワ!模様!」
顔を赤くして意味のわからないことを喚きながら地図を握りつぶす。側から見ても怒り心頭であることはわかる。
ここまで怒りをあらわにされると、逆に何かお困りですか?とも尋ねづらいものだ。
だが、ローシアの叫びは誰かに助けてもらいたいわけではなく、ユウトに向けてのものだった。
ユウトの首を冗談で締め上げた時に気がついた事がある。
『この子…とてもじゃないけど貧弱すぎる。』
首を絞める力を危うく間違えそうになり、気道を潰してしまうところだったのだ。寸前のところで力を緩める事ができたので事なきを得たが、あのまま思うがままに首を締めていれば、亡き者となっていただろう。
一言でまとめると最悪の事態だ。
ローシアにしても戯れるつもりでやった事がユウトを瞬間的ではあるが死に落とし入れようとしたのだ。
まずい!と思った時にはユウトの目は虚になり、ローシアの頭の中は真っ白になった。
手を離すとユウトの方を見る事ができなかった。
あまりにも何て愚かな事をしてしまったのだと唇を噛む。
一言二言何か言葉を交わしたが、今となっては覚えていない。
それからはずっとユウトの方を見る事ができなかった。
命の灯火に振れそうになった相手は、姉妹がこれから悲願を達成するために頼ることになる人物だ。
ローシアにはまだわからないが、レイナと村長はユウトが全てを知る者だという確信を得ている。
ローシアには確信がなく、貧弱な男の子にしか見えないから邪険に扱ってしまった事をものすごく後悔していた。
ローシアはユウトの一悶着から今までずっと考えていた。
謝って許されるものなのだろうかと。
いや、もし自分が同じ事をされたら相手に対して怒りを持っているし、時間が経っても忘れることはできないかもしれない。
恨まれても仕方ない出来事だったに違いない。力がないとは言え、ユウトが死の瀬戸際に立たせたローシアを恨んでいてもおかしくないと想像に難くない。
だが、ユウトに力がないとは言え、姉妹で待ちに待った人物なのだ。蟠りを残して同じ目標を向いてほしいとは言えない。
まずは先ほどの件をできる限り…いや、できれば無かったことにしてほしいのだ。
ここまま蟠りを残したままだと、まずレイナが気がつく。そして、ローシアに尋ねるはずだ。
『何があったのですか?』
と。
この質問はローシアは絶対にされたくない。もっと具体的に言うと、レイナを怒らせてはならない。
過去にレイナと喧嘩をしてしまい怒らせてしまって一週間家事をしなくなったことがある。
家事全般が苦手……というよりもローシアが家事を行うと反対の対義語で示される結果になってしまう。言語化するならば破壊が近いだろうか。
レイナがいなくてはローシアは生きていくことがままならなくなる。
レイナが全てを知る者と信じるユウトを死に至らしめるほどに首を締めた事がレイナの耳に入ったら…
想像するだけで身震いする。
ここで何も無かった事にするのは都合がいいのはわかっている。しかし、もう『わかった』からには同じ過ちを繰り返さない。絶対に繰り返さない。
それに、ゆくゆくはユウトに頼らなければならない事があるはずだからこそ、この事はひらに謝罪すべきだし、できる事なら0にしてほしい。
都合がいいのはわかっている、わかっているから……
意を決して振り向かずに言葉を投げかけた。
「…あ…あのさ、アンタ、さっきからずいぶんおとなしいんだワ。不気味なくらい…」
言葉は返ってこない。
それもそうだろうとため息をつく。喋りたくもなくなるはずだ。殺そうとした相手からの言葉なんて届くわけない。
「…その…まぁ…ね。何というか…その…」
モジモジと体をくねらせて、都合の良い事を言おうとするが、どうしても言葉が出ない。
だが、今ここで言わなければあとがもっと怖い。特にレイナの事だが。
「…さっきは…その……本当に…… その……」
自分らしくないローシアの態度は自分で嫌悪感がある。だが言わねばならない。
都合のいい事は百も承知と振り切って、後ろへ振り返り思い切って言う
「本当にさっきは悪かったんだワ!! 許してほし…い…?」
視線の先にいるはずのユウトが、いなかった。
「あ…れ?」
視線を巡らせると大声を出していたローシアに向けられる周りからの奇異な視線が少しある。が、ユウトの存在はない。
「いない?… 」
途端にローシアの顔が強張る。
――全てを知る者――
そうだ、ユウトは全てを知る者だ。ヴァイガル国の検問が緩いとはいえ、黙示録に近づけてならない要注意人物だ。
何も手を打ってないと考えるのは早計すぎる。
検問でマークされていたとしてつけられていたとしたら…
もし自分がマークしていたとしたら、ローシアが目を離した時こそチャンス。
まずい!
「バカバカバカバカ! ほんっっっっとバカなんだワ!!」
結論を出すまでもなく、ローシアは元いたユウトを最後に見た場所へと駆け出した。
「ローシア!まってよ!」
ユウトの声を置き去りにして、ローシアは止まる事なくその場を去った。
「残念ねぇ…せっかく見つけたのに…ふふっ」
クラヴィはまた悪戯したように微笑んだ。
「なんで…なんで僕に気がつかないんだ…?」
実はクラヴィとユウトはローシアの目の前にいたのだ。
だが、何度もユウトがローシアに呼びかけてもこちらに気が付いていない。
目の前で手も振った。肩を叩いてもみた。だが、まるで居ないかのように気がつかないのだ。
そこに誰も居ないかのように。
「…あの子にはお仕置きが必要なのよねぇ。無防備過ぎ。」
「お仕置きって…」
ユウトはローシアを恨む気持ちは皆無だった。
元は自分がしでかしたことが発端だからと思っている。
自分がローシアの手によって死の淵に立ったことは事実だ、しかし、生きている。それだけでユウトは恨む気なんて皆無だった。
ローシアには話しをすれば理解してくれて次は同じことをしないだろうと信じていた。
むしろユウトはローシアに一言謝りたかった。
姉妹の力なくしてはこの世界で生きてはいけない情けない男の戯言だ。
でもそれも今は叶わない事だ。ローシアがクラヴィとユウトの存在に全く気がつかないのだから。
なぜ存在を認識しないのか理由はわからない。
だが、きっかけは分かっていた。
クラヴィがいる事だ。
この人に出会ってからユウトもクラヴィもローシアには存在していないようになっている。
あの反応を見ればわかる。目の前に居ても触れても気がつかないのが何よりの証左だ。
「ローシアちゃん。顔が真っ青だったわねぇ? 失う事の辛さが少しでもわかってくれたら嬉しいのになぁ。」
クラヴィの微笑みは終わることがない。
まるでローシアの母親のような、姉のような、そんな情を感じ取れる。が、どこかに恐怖を感じる。
ユウトはクラヴィの言葉から、この現象はクラヴィが『狙って』できたことだとわかった。
そしてきっかけもわかっていた。
ユウトは目線を下にやりクラヴィに握られた手を見た。
その様子を見つめていたクラヴィはそっとユウトの頭に手を置いて撫でた。
「何か気づいたのかしら?」
憶測にすぎないので、黙り込んだ。クラヴィを刺激してはいけない。命に関わるかも知れない。
わからない事だらけで何をどうすればこの状況を解決できるのか見当もつかないが、まだ何かを隠しているように思った。
「さぁ ローシアちゃんはとりあえず後にしてレイナちゃんに会いに行きましょうか。」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ。」
「あら?なにか不満かしら?」
「…いや、不満じゃなくて、ローシアがかわいそうだなと…」
ユウトのこの発言はクラヴィからするととても新鮮だったようで、目を見開いた。が、ユウトの気持ちを汲んだのか、うっとりとため息をついて目尻を下げてユウトを見つめながら含み笑いをし、また頭を撫でる。
「…女の子に優しいのねぇ。あの人にそっくり……自分が危険な目にあっても怒る事なく相手を気遣う……はぁ……なんだか好きになっちゃいそう。」
クラヴィの突然の好意に顔を赤らめる。
「でもね? 女の子はあまり追いかけ回してはダメなのよ?わかるかしら?」
「それはなにか少し違う気がしますけど…」
「フフっ…そうかもしれないわね。」
からかわれてるのかはっきりとわからない。だが、クラヴィのローシアに対する興味は失われているようで、『さてと』と話を区切る。
「さあ!早くレイナちゃんに会いに行きましょう。」
「……そこまでレイナに会いたいって、何か理由が?」
「理由……? うーん…そうねぇ…」
親指と人差し指で顎をつまむようにして考え、空を見やり、少しして何か思いついたように顔を明るくして
「会いたいから!」とにこやかに理由をこじつける。
考えた結論のように見えてさっきと言ってる内容は寸分違わない。
不気味な半面、天然かつ無邪気な様子を見せるクラヴィに毒気を抜かれる。警戒しなければならないはずなのに、これまでクラヴィと行動を共にして感じたことは、まるでユウトがこれまでの人生で未経験であるデートのような事をしているように感じていた。
だが、これまでの十六年の人生で未経験であるが故にデートの定義がわからないので、親切なお姉さんが迷子の高校生と手を繋いでいるのだという結論に落ち着いていた。
二人が手を繋いで歩いてここまでくるまでに、出店の食べ物を美味しそうねぇとか、住民が一緒に散歩していた小型の毛がもふもふに生えて輪郭を見せないようにしている愛玩トカゲのような生き物に、かわいい!(ユウトはかわいいではなくコワイと思っていた)
と興味を共感しようとするクラヴィの性格に毒気を抜かれるには充分だった。
ローシアが見えなくなるまで見送ると、クラヴィ繋いだ手を楽しそうに振る。
「さぁ、レイナちゃんに会いに行きましょうか。」
クラヴィの興味はすでにレイナに移っているようで、ローシアの方を見向きもしなかった。
ユウトはこれまでのクラヴィの行動をみていて信用できる人物かもしれないと思っていた。もし敵意があるならここまでの間に何度もことを成すタイミングはあったはずだ。しかし、そうしないのは敵ではなく、まだ味方でもないからだ。
次のアトラクションを楽しみにしているようにワクワクしているクラヴィ。
今置かれている状況を理解して自分が何をするべきかを判断するためには、クラヴィにこれから何がしたいのかを聞き出す必要があった。
もし、レイナに近づく理由に悪意があるなら近づけさせるわけにはいかない。今できる事をやろう。
意を決して口を開く。
「クラヴィ…さん」
「あら? 初めて名前呼んでくれたわね? でも、クラヴィでいいわよ?」
「…いや、呼び方は、まあ後の話と言うことで…」
脱線しそうになる話を元に戻す。唾を飲み込むユウトは自分のこれまで考えてきた事を言葉にする。
「ローシアが、僕たちに気がつかないのは、これが原因ですよね?」
繋いでいる手を見やり、クラヴィの目の前に持っていく。
クラヴィは微笑みを崩すことなく、ええ。そうよ。と答えた。
「そして僕たちのこと、最初から『見て』ましたよね?」
目を丸くするクラヴィ。
レイナに会いに行く。というならその場所がわかっているはず。行き先は城門前で話し合ってから一度も口にしていない。つまり、その時からクラヴィは『いた』はずなのだ。、
「フフフッ そうね。ええ、そうよ?」
驚きの表情はゆっくりと笑みに戻る。
「だとすると、レイナがどこにいるかも、僕が言わなくても知っていますよね?」
「…すごいわぁ。あなた優秀ね。もう私が何を言わなくても全て理解している…ということかしら?」
クラヴィが小さく笑う。
その笑みにごまかされないよう一呼吸置いてユウトは続ける。
「多分、あなたはわかっているはずです。ぼくが…何も力がなくてとても弱い人間である事を。」
「そうね。」
クラヴィは即答する。疑いようもない事なので迷うこともなかった。
「そして、僕たちに危害を加えるつもりもない。そうですよね?」
これはユウトの憶測だった。一か八かだったが、三人の一番ウィークポイントであるユウトを確保してる何もしないというのは、たとえクラヴィがユウトの事を全てを知る者だと知っているにしても明らかに周りくどい。デートまがいな事をする必要は何もないはずだ。
ただでさえ聖書記選で慌ただしいヴァイガル国の中で事を起こすにはどう考えても分が悪い。
さっさとヴァイガル国から出てしまう方が得策だ。
そして、国から誰にもバレずに出ることも、おそらく容易なはずだ。
「…もし、クラヴィ…さんが、危害を加えるなら、もうとっくに全て終わってるはず。少なくともローシアと僕には。」
クラヴィは笑みをさらに深めて
「そうね。殺すつもりは全くないけど、考えてみたら……うーん……もうレイナちゃんも終わってるかもね。」
と即答した。
鼻で軽く笑ったクラヴィは次の瞬間、手を繋いだままユウトを抱きしめた。
一瞬体が硬直して何が起こったのか理解できなかった。
「勇気のある人ね。本当に。こんなに震えてるのに。」
ユウトは自分が震えていることに気がつかなかった。
言われて初めて気がついた。
クラヴィはユウトの体の震えが収まるようにだきよせる。そして何かを吐き出させるかのように優しく、とても優しく背中を撫でる。
本当はとても怖い。自分が置かれている状況を完全に理解できていない事が拍車をかけて。
ある日突然この世界に放り出される事なんて想像もしていなかった。そして戻る方法も未だわからない。
全て、現実とは思えない夢のような出来事の中、必死に生きるための選択を重ねているつもりだ。
この国に来る事だって、ドワーフの村に滞在することができないと言われて、姉妹について行くしかなかった。一人では生きていくことが出来ないとわかっていたからだ。
ついていかなければ森の中で出会った獣人のように、力づくで人生を生きながら終えるような未来しか想像できなかった。
そして、この国に来ても自分はお尋ね者扱いになることがほぼ決まっている状況。
好き好んできたわけじゃない。来る選択をするしかなかった。そしてローシアに首を絞められて危うく……
生きることが辛い。
死のループに支配されそうになり、そして今、自分の脳と体の反応を落ち着いて感じることで、置かれている状況を否応なしに知ることができて。
震えるように泣いた。
「泣かないで? 怖くないのよ?」
頭をぽんぽんとなだめるように撫でられる。
声を押し殺しているが漏れ出る呻き声と涙が止まらなかった。
この感情を押し出すのはどうしようもないほどの巨大な不安。全く先の見えない未来。そして、先を切り開くことができない自分の非力さ。
障壁を穿つことすらできないちっぽけな存在の自分が腹立たしいし、醜い。
「あなたはとても強い人よ? あなたが思う以上に…」
クラヴィはとても優しい声でユウトの耳元で語りかける。
「あなたはとても勇気のある人よ? そして聡明な人。」
やめてくれ…もうそんな哀れみなんて何の役にも立たないよ…
ユウトはクラヴィの体を片手で押しのけ、クラヴィを涙目で睨みつけ叫んだ。
「そんな…そんなことないっ!」
声を荒げて続ける
「僕は…僕は何もできない! 力もない! それはあなただって…クラヴィさんだって…わかってるじゃないか!」
「…」
「自分が…よくわかってる… だから、何もできない自分が…」
言葉が詰まる。
ここから発する言葉は全て自分を否定する言葉しか出てこない。それを口から言葉として発する事を脳が拒否している。
言葉の代わりに涙が増して溢れる。
「…わたしは見ていたの。ユウトちゃんたちの事を。それはもう言わなくてもわかるわよね?」
「…」
「だから見てたの。ローシアちゃんに首を絞められているところを。」
「…」
「わたしはローシアちゃんを殺そうかと思ってた。」
「…!」
突然の告白に涙目を見開いた。
あのローシアを殺す?
「あなたが殺されると思ったから。でもね? 本当にあと少しのところで手を離したからそうはならなかった。ほら、これで。」
クラヴィの手からまるで手品のように、赤いリボンのついたクナイのような鋭利で両刃の刃物が一本現れた。
「わたしは心を落ち着かせてユウトちゃんを助けようと思ったの。だから、ローシアちゃんから隠した。ほら、これで。」
ユウトの手を握ったクラヴィの手が目の前に持ち上げられる。
そう。クラヴィの不思議な能力は、触れてる相手の存在が他人には見えなくなる事だ。
ローシアの様子からすると気配すらない。まるで透明になったかのように。
クラヴィはまたショーを終えるかのようにクナイを消してみせた。
「わたしは助けたつもりだった…でも、あなたはローシアちゃんがかわいそうだって言ったじゃない? わたし、本当に驚いちゃった。だって殺そうとした相手だよ?かわいそうって言ったのは。」
ようやくユウトの口元が緩む。
そうか、やっぱり側から見て殺されそうになってたのかと客観的な意見が聞けたからだ。
どこまでお人好しなんだ、自分はと自嘲していた。
「それに、あなたはわたしの力や、考えもわかっていた。何も言っていないのに。まるで心の中を読まれたように。」
「それは…まぁなんとなく…ですけど…」
クラヴィは首を二度横に振った。
「いいえ、なんとなくでもわかっていたのよ? わたしが何者かもわからないのに。ね?」
クラヴィの素性はわからない。今も何者なのかわからない。
目に見える情報をまとめた結果、姿を隠すことができる悪意のないお姉さん。に、ついさっき武器を隠し持っているが追加されたくらいだ。
「他人の心がわかる…とても素敵じゃない。でもね、この状況だと普通は命乞いするものよ?」
「…?」
疑問が顔に出ていたのか、クラヴィは小さく笑って付け加える。
「だって、姿が見えなくなる上に触っている相手も同じ効果を与えてるのよ? 自分の能力を見せるなんて、よほど大切な相手か、亡き者にしようとしてるかのどちらかよ。」
クラヴィの発言に我ながら鈍感な自分の性格を情けなく思った。
「でも亡き者にしようとしてるわけじゃないことも見抜いた。でしょ?」
「見抜いたというか…それはちょっと違って…」
「あら…違うの?」
首を傾げてユウトの次の言葉を待つ。ばつが悪そうにユウトは少し照れながら言った。
「こんな綺麗な人が、そんな乱暴なことはしないだろうって…そう思っただけです。」
ユウトから聞きなれない言葉が飛び出し、少しの間だけ笑みが消えて目を丸くした。
毒気を抜かれたユウトは、クラヴィとこれまでのやり取りで優しさをこの世界で一番与えてくれた女性だ。
少しだけ不気味なことがあるとしても、受けた優しさの方が大きいので、嫌な気持ちにさせてはいけない。と思っていた。
クラヴィは心の底からユウトを愛しく感じていた。
そして、唯一自分が愛した人にそっくりだと気がついた。
自分を知らない男に、あの人と同じように言葉を紡いでくれた。
こんな人から見えなくなって秘密を簡単に知ることができる気持ち悪い能力を持ちながら、クラヴィを信じ抜いて認めてくれた人……
自分を女性として認めてくれた唯一の人に。
ユウトの言葉で、ずっと心の奥底に誰にも破られないように殻で何重にも固めていたものが、一瞬にして溶けて、秘めていた気持ちが今よみがえった。
それは見た目にもわかるくらいで、クラヴィらしい微笑みが先ほどよりも柔らかい表情になった。
そして、繋いだ手をゆっくりと引き寄せて、先程とは違う愛しさをユウトに伝えるように、優しく、強く抱きしめた。
「…わたし、嬉しいわ……あなたに出会えるなんて……フフフ。人生ってわからないわね……私、あなた……ユウトちゃんが大好きよ。」
「…は、はぃ…」
誰にも見えないとは言え、これは告白なのだろうかと顔を一気に赤らめる。クラヴィは敵じゃないとわかってた直後のこの状況は、感情の落差が激しくとてもじゃ無いがクラヴィの方を見ることがでないので、横を向いて気持ちを抑えるようにこちらが見えない人の流れを見ていた。
「よし!きめたわ!」
「うわ!」
突然の大声に尻餅をつく。同時に手が離れて周りの人が驚いて声を上げる。
クラヴィの力で見えなくなっていたのに、その加護から外れていきなり人が現れたのだから、それは驚くだろう。
周りの視線からすると、ユウトもクラヴィも見えているようだった。
「ユウトちゃん! レイナちゃんに会いに行きましょう! それから後でローシアちゃんもね?」
「ど、どうしたんですか? 急に。」
「フフフっ… わたしね? 自分で決められない人なの。でも決めちゃった!」
謎かけのようで首を傾げるユウト。
決められないのに決めた?
「さあ! 早く行きましょう!」
クラヴィはユウトの返事を待つこともなく、手を握って走り出した。
引っ張られて体制を崩しながらもクラヴィを追いかけるユウト。
何事かと見守っていたあたりの人は、二人の走りに道を空けるようにして見送った。