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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 17:負傷

「――――っ!」


 ユウトは声も出せずに勢いよく半身を起こすと、ベッドの上だった。


 呼吸荒く首元を拭うと、少しヒヤリとした汗が滲んで、悪夢から目覚めたのかとその時わかったが、どんな夢を見たのか思い出せなかった。


 両瞼を手で擦ってから辺りを見渡して、間違いなく屋敷に戻っている事はわかったが、何故、寝起きなのかがわからなかった。

 記憶を辿ると、夜に屋敷の門をくぐったところまでは覚えていたが、その後のことが思い出せなかった。


 ――コンコン


「うわぁっ!」


突然のノックに驚いて情けない声を出したユウトはドアの方を見た。


「ユウト様、朝食の準備が整いました。」


部屋の前にいたのは、声色からアシュリーだとわかり、「わかった!ありがとう!」と聞こえるように返した。


 ベッドから立ち上がると、椅子にマントがかけられていた。カズチ山に向かった時に着けていたものが目に入ると、胸の奥から込み上げてくる異物があり、耐えきれず口元を手で覆い咳き込んだ。


 手に生暖かい感触を感じて、咳が止まって手元を見ると、ゲル状の血の塊が手のひらを染めていた。


 そして、同じ動線を進むように昨日の夜のことを思い出した。

 エミグランの背中から人を模したものが、八本の腕でユウトに襲いかかってきた事を。


――本当に……あった事だよね……――


エミグランの力を思い知らされ、今更身震いする。

オロへの呪いやルティスの右手のことはいまだに納得できずにいたが、それらを力でねじ伏せられた記憶が蘇った。


 恐怖はなかったが、エミグランには敵わないのかもしれないと、歯向かって抗った結果が、一方的に押さえ込まれて記憶をなくして部屋に運ばれたのだとしたら、敗者として扱われた自分の非力さに辟易として、血濡れた手を握り込む。


 悔しくて悔しくて、震えた。


 まだ全然何もできない。一人で何もできないんだ、と、少しでも力をつけたと思った自分が馬鹿だったと、自省した。



――まだ何もできないことを悔やんでも仕方ないよ……――


 一歩ずつ進むしかない。成し遂げた経験が成功するための道を教えてくれる。

今の自分を知り、先に進むために必要な自分の心の持ち方を教えてくれるが、ユウトのこれまでの人生で成功らしい体験はなかった。

しかし、それでもやるべき事はわかっていた。


「絶対に……繰り返さない……」


 ユウトは、今自分に戒める事を自分の耳に言い聞かせる様に言葉で伝えた。

 だが、それは今のユウトには無意味だった。言い聞かせている時点で、もう目的を見失っていたからだ。言い聞かせた言葉が本当に一番重要なことなのか、それさえもわかっていなかった。


**************


――ドァンク街 ミストドァンク


 ユウトは屋敷で朝食を急いで食べて、一人でミストドァンクに来た。


 体調は悪くなく、血を吐いたのは溜まっていたものが口から出たらしく、一度はいてからはまだ吐き気がするようなことはなかった。

 

 マナばぁさんのところで診てもらった方が良いかもと脳裏をよぎったが、鳩尾にあるしこりのことをエミグランが知っていたのは、マナばぁさんからエミグランに伝わっていたのだろうと考えると、足は向かなかった。


 今日もミストドァンクには大量の獣人傭兵が集まって依頼のはられたコルクボードの前に大挙していた。



 ユウトは何か依頼を受けようと思ってミストドァンクまでやってきたのだが、足が鉛がまとわりついたかのように足が前に進まなかった。


今日の朝はエミグランと会わなかった、リンもいたが特に話をすることなくすれ違った。アシュリーは部屋のドアをノックしてから姿を見ていない。

もしユウトが血を吐いたのなら、ヒールができるから昨日の夜にユウトの体に触れたはずだ。


 何もかも、ユウトの知らないところで話が進んでいく。


 全てを知る者として守られているといえば聞こえはいいが、実際は死なないようにしているだけだ。


 そして、何もなかったかのように今日が始まった。

こんな日がきっと続く。黙示録が破壊されるまで続くのだろうと思うと、ユウトは孤独感で全身を包まれたように、今こうして五感で感じているものが全て無駄なものに思えた。


「……僕は何がしたいんだろう……」


 言葉にして自分に問うが、答えなんて出るはずがなかった。

口を真一文字に閉じ、奥歯で悔しさを潰すように噛み締めて、ミストドァンクから離れた。


今日はあまり人と会いたくないと、人の少なそうな道を無意識に選び、人影の無い方へ吸い込まれるように消えていった。



 雑踏よりも、自分の足音が大きく聞こえて、気がつけば全く知らない路地裏の奥まで入り込んでいた。

 辺りを見回して、全く見た事がない道に入り込んでしまったことに気がつく。


「あれ……どこだ……ここ」


 誰もいない、建物の間に挟まれるような圧迫感もある。普段なら絶対に入る事のない路地に入ってしまったことにようやく気づいて焦り出す。


「……ここから早く出なきゃ」


来た道を戻ろうと振り返ると、人影があった。

四人だったが、道を完全に塞いで通れそうになかった。


進んでいた方向をもう一度見ると、先ほどまではいなかった数名の人影が同じように道を塞ぐように立っていた。

 挟み込まれたユウトは、徐々に距離を詰められる。


――紫ローブの奴らじゃない……誰だ……――



 姿がはっきりとわかったのは、もうどちらの道にも走り出すことはできないほどに距離を詰められた後だった。


 体躯の良い獣人達で、全員ユウトよりも一回り大きかった。

 来た道から四人、反対から五人がユウトを取り囲んだ。


「よぉにいちゃんよ……こんなところで何してんだァ?」


 話し方から、善意あるとは到底思えないおちょくられているような話し方で、ユウトは息を飲む。

 

「おやおや……迷子かぁ? なら俺たちが道を教えてやるよ。出すもの出したらよ。」


「だ……出すものって……もしかしてお金、ですか?」


「おー!よくわかってんじゃねぇかよ」

「せっかく案内してやろうってんだ、気持ちよく払った方が身のためだ……ぜっ!」


「……ぐ……あ――」


 一人の獣人のつま先が、ユウトの下腹部にめり込み、内臓に響く痛みが背中を丸くさせてうずくまった。


「クッセェ人間がよぉ! 俺たちのナワバリに入ったのが運の尽きだったな――クソガキがよぉ!」


 首の後ろを踏みつけられて、反射的に顔を背けたが、こめかみから顎にかけて地面に叩きつけられる。


 獣人の一人がしゃがみ込んでユウトを覗き込む。


「おい、あんまり痛めつけんな……高く売れなくなる。」

「んなこと言ってもヨォ! イライラするぜ!人間を見るとヨォ!」

「馬鹿野郎、お前のイライラで取り分減らされてたまるか」


 エドガー大森林で出会ったサイと同じような事を言っているなと思いながら、獣人達の右手を見ると、見える範囲の獣人の右手はあった。


「おう、にいちゃんよ。出すもん出せっていうのは本当のことだが、悪いが帰すわけにはいかねぇ。俺たちも右手を失いたくないんでな。」


「どうするつもりですか…………」


「やけに冷静だなお前……」


 冷静ではなかった。ルティスは右手を斬られているのになぜコイツらはこんな事をして右手があるんだと不完全燃焼の怒りはあった。


――結局、うまく世渡りできる奴が生き残るってことなのか――


 不条理


自分に被害が及ばないように賢く立ち回る人間を、この世界に来る前にたくさん見てきた。

そんな世界から逃げたユウトの前に現れた獣人は、記憶に封じた、忌み嫌う人間達を思い出させるには充分で、どこにいても自分が嫌いな人たちは、望まなくても付き纏うのかと辟易とする。


――……でも――


 こんな自分でもまだできる事がある。

この世界の人達にできる事がある。


 ――全ての人たちに祝福を――


 ユウトを踏みつける獣人にも、ルティスにも


 全ての人たちに祝福を与えられる資格がある。全ての人たちに祝福を受ける権利がある。

 それは、自分を虐げる者達であってもそうならなければならない。

 誰一人残さず幸せにするために、こんな事でへこたれている時間はない。


ーー祝福を……蹴られても……踏みつけられても……ーー


 辛いことも悲しいことも、噛み潰して耐えなきゃならない。


「僕は……やらなければならない事があるんだ……」


 足元でつぶやくユウトを見下ろしていた獣人の右腕を掴んだ。


 赤い液体が、壁一面に飛び散ると、獣人の断末魔が響き渡った。


 ユウトは、ルティスの右手がなく、この獣人達の右手がある事が、絶対に許せなかった。


 **************


 エミグラン邸 執務室



 エミグランは執務室でアシュリーを待っていた。

程なくしてドアがノックされると部屋に入るように促した。

 入ってきたのは呼ばれたアシュリーで、深々と一礼してエミグランをじっと見る。


「お呼びでしょうか?」


「全てを知る者はどうしておる?」


「今日もミストドァンクに向かわれました。」


「そうか……昨日の夜はすまなかったの。」


 昨日の事、でユウトのことだとすぐにわかった。


「いえ。問題ございません。ただお体が完全に回復したわけではございませんので、今日の外出は止めたかったのですが……よかったのでしょうか?」


「……構わんよ。そのためにリンを向かわせた。」


 アシュリーは驚いた。


「リンを……ですか?」


 エミグランは頷いた。


「もう残された時間も少ない。屋敷にいる間は全てを知る者を注視しておくようにしておいてくれ。」


 どうやらエミグランに呼ばれた理由がユウトに気をつけろという事らしく、恐縮してききなおす。


「注視せよというのは……」


「……何事もないように注意しておくようにという意味じゃな。少なくとも後三日。よいな?」


 見張れということでもなく注視しろという指示はいささか腑に落ちなかったが、「わかりました」と返した。



「それでは、私は戻ります」


 と、部屋を出ようとすると、呼び止められた。


「……すまんが、この手を頼む。」


 エミグランはアシュリーに手を伸ばし、その手のひらを見たアシュリーは驚いて息を呑む。


「……これは……」


 エミグランの手のひらは焼きただれていた。


「……誰にも漏らさぬようにの」


 慌ててエミグランに駆け寄ると、額から油汗が滲んでいたことに今更気がついた。


「これは……ユウト様が……?」


「うむ……ワシを拒絶しておるのかわからんが、マナを集中させても癒えぬとは……わずか数日でこれほどまでに力をつけるとはの……じゃが、あと三日……あと三日じゃ……」



 傷を見せて、エミグランの表情は、ほのかな笑みから顔が痛みで歪んだ。


 **************



 ユウトから逃げた獣人達は仲間を亡った。


 生き残った獣人達は、情けない叫び声をあげながら逃げ出していた。ユウトは連中を追いかける気はさらさらなかった。

 


 ――……全ての人達に祝福を……――


深緑が朱に染まった右腕は、淡く輝き


 ――……僕は、祝福をもたらせる事ができるはずなんだ……――


 眼下には、先ほどまで引き裂き続けた亡骸が無惨に転がっていた。

 どれが誰かなんてもう区別がつかないほど原型はわからなかった。


 かろうじて生き残った獣人が逃げた先にいたリンが、ゆっくりとユウトに近づいた。


 リンは一部始終を見ていた。冷静に次の行動を提案する。


「……あまり気にされない方が良いと提案いたします。この獣人達は、悪質な人間誘拐を生業としていて手配されています。」


「……そうなんだ」


「ここは私が片付けます。ユウト様はここを離れて……」

「この人達、祝福があったのかな……」


「……」


「僕が現れたことで、この人たちは祝福されたのかな……」


「私は、ユウト様の質問の回答をもちあわせてはいません」


「……だよね。僕もわからないや」


 血濡れた右腕は、淡い光が完全になくなり、元通りの腕に戻っていた。

 

全てを知る者は、現れたその日から世界に祝福をもたらすらしいが、ユウトはそんな言い伝えは全部嘘なのじゃないかと思い始めていた。


 誰かを傷つけなければ、殺さなければもう一人が不幸になる。そんな状況があり得るのに。黙示録を破壊すれば、世界に本当に祝福は訪れるのか、平和になるのか、全員が幸福になるなんてあり得ない事なのじゃないかと自問自答していた。


 答えが出るはずはなかった。


リンはスリットから白い布を取り出して、血まみれの肉塊にかけると、すぐに肉塊の膨らみは消える。

痕跡は一通り消した。


「ユウト様。何かお悩みでしたらお屋敷でエミグラン様に……――ユウト様?」



すでにユウトの姿はなかった。

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