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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第一章:凡人「秋月優斗」
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第一章 7 :死のループと微笑む聖母


「姉様ぁー…もう誰かに聞こうよ。」


 歩きながら情けない半べその声を、前を歩くローシアに投げかけると、先ほどから何度も言われている『うるさい』が返ってきた。


 レイナと別れてそう時間は経ってはいないが、ずっと歩きっぱなしで街中を歩き回っていて、しばらく引きこもりだったユウトの脚は、もう悲鳴をあげていた。

 

 高校二年男子の体力としては明らかにない部類に入るが、顔を歪めてローシアについていくユウトは、自らの体力のなさを憂う暇もなかった。

例によってローシアは地図を持ちかえたり、あっちでもないこっちでもないと呟きながら小さな歩幅の速度を落とす事はなかった。

 

ユウトの一歩分がローシアの二歩くらいなのに倍近く動き回るローシアは疲れを全く見せる事はない。


 目的がわかっていればもう一踏ん張りと歩けるだろうが、今のところ目的地まで到着する気配は皆無。

無限に歩く事を強要されている状態だ。

 

 さっきから、ユウトたちのランドマークになっている大きな噴水のあたりを何度も行ったり来たりを繰り返していた。


「この噴水見るの何回目だよ…レイナは全然戻って来る雰囲気ないし…」


 何の気なくユウトが心の言葉を口から漏らすと、ローシアがピタリと歩くのをやめた。

そして肩を震わせてユウトに向き直ると、顔を真っ赤にして歩み寄った。


「うっさいんだワ! せっかくこの私が探してんのに!!」


 大きな声を張り上げてユウトを見上げたローシアの目は、驚くことに涙で滲んでいた。


迷いに迷っていたのはローシアもわかっていた。だが、この世界に初めてきたユウトよりもこの世界の勝手がわかっている。

 

わかっているからこそユウトに気を使って自分で何とかしようとしていたのだ。

二人は村から出たことがほとんどなかったと言っていた。

目的の場所に辿り着けないのは、元々ヴァイガル国に来たことがないからかもしれなかった。

 二人がこの国に来た事があるのかないのか、ユウトはそんなことも知らないことにようやく気がついた。


もしそうだとしたら、さっきからローシアの後ろで文句しか言わないユウトの言葉がグサグサと心に刺さっていたに違いない。


「ご…ごめん。泣かせるつもりじゃ…困らせるつもりじゃなかったんだ…」


本当は手伝いたかった。

蛇足にしかならないので本意は言えなかった。

 

 獣人相手にまざまざと強さを見せつけた姉様がまさか泣くとは思わなかったので、どうすれば良いのか戸惑っていると、ローシアはさらに耳朶に響く声をあげて泣き出した。幼い子供が母親とはぐれたように。

これじゃレイナと双子じゃなくて妹か姪っ子じゃないか。

 

 ローシアの泣き声は子供のそれと同じで、声音が否応なしに響き渡り付近の人の耳目を集める。

周りの人たちがいぶかしげな目を向け始めた。

だめだ!こんなとこで目立つと色々と怪しまれるかもしれない。

この国では目立ってはダメなのだ。


「あ…あーローシアちゃん! ま、迷子になってしまったねー… あ、あ、あっち行ってみようか!」


 まとわりつく視線を振り払うため、精一杯のくさい演技で誤魔化そうとして、ローシアに歩み寄り膝いついて肩に手を置いたその時だった。


「…!!」


ローシアはユウトの胸に頭を埋めるように寄り掛かるように見せかけて、周りに見えないように手でユウトの襟首を掴んで気管をしめあげた。

見た目からは想像できない力で。

気管が締め上げられ、すぐに呼吸する事が困難になった。


「…か…ハッ…」


気管を確保するよう体がローシアの力に抗おうとしているが、それを許さぬものかとローシアの手が喉に食い込む。


 体が離れないようにローシアに引き寄せられ、離れることもできない。

まるで大きな肉食獣に喉元をがぶりと食いつかれて死に至るのを待っているかのように。


「アンタ…さっきからホントうるさいんだワ…」

 

喉元から聞こえてくる声にはは怒気が満ちていた。

側から見るとみると妹をを抱きしめる兄のように見えるらしく、誰も不審に思うことはないらしく、誰も止めようとはしない。


 意識が遠のく。眠たくなるような感覚に襲われる。喉にはぎりぎりと締め付ける小さな手の感覚があるが、やがてその感覚も闇の中に消えていくようになくなっていく。ああ…苦しいだけで痛くないんだな。窒息って…



 途端、ローシアは締めていた手を離しユウトを解放した。


 力から解放された身体は四つん這いの姿勢を余儀なくされて、呼吸が自分の意思で思うだけできるようになった身体に酸素を必死に送り込む。あまりにも急に取り込んだ空気が気管を刺激してむせこんだ。

喉が呼吸するたびにヒューヒューと風が鳴るような音がする。

 

 その様子に心配することもなくローシアは目を閉じてそっぽを向いていた。


「…ハァ…ハァ… 死ぬかと思った…」


「何言ってんのかわかんないんだワ。アンタが死んでもらったら困るのよ。手加減くらいは心得ているワ」



 締められた首を手でさすりながら荒げる呼吸を整える最中、あれが手加減?と疑問が脳裏に出てくる。


いや、あれは本当にローシアにとっての手加減なのだ。殺さない程度の力加減は知っていても、致命傷に至るまでの過程が普通の人とは違う。

 

軽く戯れたつもりがユウトほどの一般的な同年代よりも細い体躯だと、命が危ぶまれる。

言葉通りに手加減はしてあるから「死ななかった」だけで、間違えれば死に至る事は容易なことなのだと、先ほど締められた首に残るローシアの指先の力で感じることができた。

いつでもどこでもその気になれば殺せるということだ。あと少し長く続ければ。


ユウトは今更この世界における自分のカーストでは最下層であることを思い知らされ、呆然として血の気が引いた。


『死ぬ間際ってこんな感じなのかな……』


 自分が守られている安全を享受している自覚がある人はいないだろう。

安全とは目に見える事はなく普段の生活で誰かの働きによって享受されていると実にわかりにくい。

 だが、安全を守るのために働いている人は確実に存在する。

自分たちの立ち位置からその存在が見えないだけで。


 もしこの世界でユウトが特別な存在であれば、何か目的があって呼ばれた。そして選ばれた人間である

だから、自分は死なない。そう思っていた。

 

 実に安直ではあるが、突拍子もなくこんなファンタジーな世界に送り込まれたことを受け入れるには、自分は何か特別な存在なのだと思い込まなければ受け入れられなかった。

 

 完全に勘違いだった。

普段の生活で安全を自覚なしに享受していた頃とは違うのだ。

 

 勘違いしていたところをローシアに現実を思い知らされた。

 いつでも簡単に死ねるほど、ユウトはこの世界では、あまりにも力がなさ過ぎる。

 害虫を駆除するかのように簡単に絶命しうるのだ。

 決して特別ではない。なんの能力もない。役に立たないただの凡人なのだ。

 

 ようやく現実を脳が理解し始めたユウトは、現実を受け入れる事でドワーフの村の決意が薄れつつあった。

 

――死がよぎるだけで人は恐れる――

 

 誰にでも訪れる約束された終焉を感じる事なく生きていた最中に突然訪れた幕引きのタイミング。

それは一人の少女が決めれた事で、今回は幕は降りなかっただけ。

 

しかしいつでもおろせる。無理矢理におろされることができる事を知ったユウトは、ただ震えた。


 この世界で、僕って簡単に死ねるんだ。あんな力で締められたらすぐじゃないか……

 それに魔法もあるんだよね?

 簡単に死ぬじゃん。僕――


 青ざめたユウトを鼻を鳴らして見下し、さあ行くわよ。と捨てるように言うとローシアはまた地図を取り出して歩き出した。

脳が前に進むことを拒否している。

ほんの微かに『死ぬよ?』と言われているように、前に進むことを拒否している。


――あ、衛兵が数人僕の方を指差してる……

  こっちに来るのかな……

 男が一人立ち上がれないっておかしいもんね……

 そりゃ来るよね

 うん。来たらどうなるんだろう。捕まるのかな……

 捕まったら……身元不明だもんね……

 死ぬまで牢屋なのかな……

 ローシア達、向かいに来てくれるかな……

 でも方向音痴らしいからわからないかな……

 じゃあもう無理かな……

 無理だな……



 ユウトの思考が、死のループにはまり込む。全てのことがマイナスに見える。

自分を卑下するだけならまだ問題ないが、自分の生命の価値を主観のみで評価と危険で、死の壁と呼ばれる脳が拒否する死への反応が、一瞬でも思考のみで超えると、自らの死を選びかねない状態になる。

 ユウトは引きこもりになって、心に他人との壁を何重にも塗り固めて殻にしてきた。

 この世界にきて、姉妹と会って共に行動するしか生きる方法がなかったので、死の壁なんて見えもしなかったが、ローシアに見捨てられた形になり、自分の価値が思考を巡り始めた。

 


 ユウトが最も恐怖する、止めることができない自死への思考が始まった。


 

 エドガー大森林で姉妹と出会った時の出来事は命の危険とは感じてなかった。

 

 奴隷として売られることは命をお金で売買されることだと言う実感がなかった。役に立たないという理由で他に売られるか、始末されるかは買い主が決めるし、この世界で必要な能力を何も持ち合わせていないユウトは、処分の対象になっていただろう。

 

 現実逃避するしかなかった。思い込まなければ前に進めなかった。

 脳が楽観的な思考に無理やり寄せていたんだ。死の恐怖を目の当たりにした瞬間に、今まで見えていた世界が、青ざめて見える。



 明るい太陽の下じゃなく、雨が降る前のような暗い色だ。

 この世界で初めて命を失う事を実感させられたのは信じていたローシア。

 

 死は、現実世界に確実に存在する。だが、普段はそんな事を意識している事はほぼない。みんな生きるのに無意識に一生懸命だからだ。今ある事をやり遂げなければ詰まるところ死が待っている。

 

 突然やってくる逆らえない死の恐怖に誰もがひれ伏す。

 確実にしっかりと手触りを感じた『死』

 普通に生きていればそう言う機会に出会うことはほとんどない。実際に目の前に迫らないとわからないもので、普段は意識の中で虚無でありながらどの人間でも脳の何処かに記憶している概念、

 そして絶対に存在し必ず全人類共通して訪れる現実。

 人は逃げる事は出来ない。だからこそ人は逃げる事ができない恐怖に支配される。追いかけようが逃げようが必ず目の前にやってくる。


 突然か、告知されるかは人による。だが、初体験は一度きりだ。

 これまでの人生で感じたことのない死への恐怖。概念が事実である事を認識して体の芯から震えてくる。

立ち上がることすらままならない上に、恐怖を与えたローシアはすでに人混みに消えそうだ。

 

 声も出せないほどに恐怖に襲われながら、まだローシアを追おうとする。

ユウトは本能的に、この世界で生きていくには頼る相手は姉妹しかいない事をわかっているからだ。

 

だが、体力が衰えているのに歩き続けてきた疲労と、恐怖に支配された意識のもと、立ち上がる事を許そうとはせず、地面に吸い付けられるように立ち上がることはできなかった。


 ――情けない情けない情けない!

  一人で立つことも生きる事も出来ないのかよ……

  引きこもって

  世界を解ったふうに知ったかぶって、

  一人の力で何も出来ないじゃんか

  女の子に首絞められて死にそうって

  ガキじゃんか自分が

  何で……何で立てないんだよ……

  何が怖いんだよ……

  立てよ……立たないと一人だぞ!

  立てよ!!!!!


 ローシアが完全に人混みに消えた。


 目の前がまた涙で視界が歪んでくる。

目の前で、頼らざるを得ない糸が切れた。そんな感覚に陥った。

そして追い込むような破滅的思考が苛む。


――もういいじゃん……

  この世界でもクソ雑魚なんじゃないか

  役に立たないよ。僕は。

  誰にも求められてないんだよ

  全てを知る者なんて勘違いなんだよ。

  何自惚れてんだよ……

  僕は凡人だろ?

  凡人が勘違いするのが一番イタいんだろ

  無能は呼吸するだけで罪なんだよ。

  何も出来ない何も出来ない何も出来ない

  何も出来ない何も出来ない何も出来ない

 

  何も出来ないから、死んじゃえばいいじゃん。

  楽になるよ?――


逃げても死。追いかけても死。


死に挟まれたユウトの視界がさらに歪む。

 ――いやだ! 生きたい!

  死にたくない!死にたくない!

  やりたいことがあるわけじゃない!

  叶えたい夢なんてない!

  希望なんてずっと前に捨てた!

  でも、生きたい

  生きる事を諦めたくない!

  ……生きたいんです……

 


 部屋に引きこもっていた間、世界が終わってしまっても構わないと思うこともあったのに、現実に終わりを直前まで突きつけられるとこんなにも生きたいのかと。


この世界で前に進む勇気は、ただの無謀だったのかと。

そして、この世界で生きていく事はこんなにも難しいのかと。


頬を大粒の涙が溢れ、冷静な思考が闇に消えていく。



――待ってよ…待ってよ…! 僕を置いていかないでよ!!――





「あらら…泣いちゃったのねぇ…大丈夫かしら?」


背中にふわりと温かい温もりを感じた。

死に支配されつつあるユウトは、ひいっ!と

情けない悲鳴をわずかな声量で絞り出し反射的に頭を隠すようにうずくまる。

殺される…僕はここにはいてはいけない存在…殺される…

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ


「あらあら…大丈夫よぉ? ゆっくり顔を上げてみてくれる? ゆっくりよぉ?」


とても優しい声は、ユウトの体の震えを和らげ、頭を抱えていた手の力が緩み、涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりとあげる。



「大丈夫よぉ?ほら、怖くない怖くない。」


歪んだ視界をぬぐい、視界が元の世界に戻ると膝を畳んで優しく微笑む女性がいた。

声色の優しさが表情にも現れているように、微笑むその笑顔は聖母のように見えた。


「ほらほら、男の子が泣かない泣かない。」


女性の手から涙を拭うためのハンカチが出されたが、ユウトは大丈夫です。と断った。

この世界では知らない人の助けになってはいけない。自衛のためだ。


「んー…さっき…兄妹なのかな? 女の子にいじめられていたみたいだけど…」


「…そんな事は…」


 落ち着きを取り戻そうと、涙で濡れた顔を整えようともせずに震える右腕を震える左手で押さえる。

 

「大丈夫かしら、首に何かされていなかった?」


ユウトの首にそっと手を差し伸べる。だが、ユウトは締められた記憶がフラッシュバックしその手を払った。締められた記憶が拒否を反射的に行動に移したのだ。だが、そんなユウトの事を察する事ができずに、払われた手を見た女性の顔が曇る。


「…ご、ごめんなさい。その…怖くて…」


「やっぱり…そうなのね。」


「え?」


「あなた、あの女の子にいじめられていたのね。」


「い…いや、そう言うわけじゃ…」


女性は鼻を『すん』と鳴らして眉をひそめ、腕を組む。


「なんとなくだけど、あなたたちは、この国の住んでる人ではないわね? どこからきたのかしら?」


 驚きは顔に出さないように努めた。自分の立場を理解して、この国へ向かうと決めた時から、自分が何者か尋ねられても、全てを知る者だと指さされても肯定はしないようにすると。何者かを悟られないように、自分のことは語らない、黙すると。

ローシアとレイナも賛成した事だ。


 体の震えも小さくなり、死の恐怖が脳から消えていく。

いや、目の前にまた現れた。この世界で運命を背負わされてから、常に命の危険がある。

 だが自分の立ち回り次第で回避できるだろうと死のループから取り戻した思考が結論づける。言わなければいい。何も喋らなくていい。


「……」


「…ふぅん。言えない事があるのね? まあこの国に来るのはワケアリの人もいるだろうしね。深くは聞かないわ。」


思ったよりあっさりと引き下がり、ユウトは内心安堵した。

その心の中を知ってか知らずか、悪戯が成功したように小さく微笑む女性は、ユウトの前に手を差し伸べた。


「とりあえず君を置いてけぼりにしたあの女の子を探しましょう? さあ、たちあがれるかしら?」


差し伸べた手を、少し恐れながらも握り返した。ゆっくりと引き寄せられるようにして立ち上がった。

体の異常は喉を締められた違和感が少し残っているくらいで何も問題なかった。

涙が引いて、ようやく女性の全貌を見れるほど落ち着いていた。


栗毛のロングヘアーに一片の曇りがない優しい笑顔。

尻尾や耳がついていないので人間だとすぐにわかった。

水色のワンピースドレスで、大きな乳房が溢れそうなほど胸元がガッツリ開いている。

ユウトの目には刺激的すぎて、赤面しながら目を逸らして彼女の顔を見る。

 彼女の滲み出る優しさの雰囲気と相まって、年齢はユウトよりも上だろう。

 ユウトは親身になってくれたからかもしれないが、母のような包容力を感じていた。


「わたしの名前は、クラヴィ・セパスティアよ。あなたの名前は?」


「…えっと、アキツキユウト。ユウトと呼ばれています。」


「ふぅん。珍しい名前なのね。東のご出身なのかしら?」


東と言われても今のユウトの知識で東に何があるかわかるはずもないので答える事は出来ない。東に何があるかもわからない。東の方の名前のニュアンスに近いのだろうか?という予測はできた。情報はどんなものでも多くあった方がいい。

 

 だが、東の人間ではない確証もない情報に『はいそうです』と答えるつもりが毛頭ないため、黙る。


「…あら、ごめんなさい。あなたの事を探るつもりじゃないのよ。いけないわね、そのつもりがなくてもつい聞いてしまうのは悪いクセね。」


「は…はぁ」


「さぁ、あの子を探しに行きましょう。」


「すみません…ほんとにすみません」


「あら、いいのよ。さあ、手を繋いでいきましょう?」


「え?」


「ほら、あの女の子を探すのにあなたが私のそばからいなくなったら意味がなくなるでしょう? こうやって手を繋げば…」


ユウトの手にするりとクラヴィの手が滑り込んできた。優しく握ってきたので、ユウトは驚いて身体が硬直したが、すぐに自然な反応で握り返した。


「もう迷わない。ねっ?」


 聖母を彷彿とさせる笑顔がユウトを優しく心を包み込む。

もしかしたら…いや、この世界に入って初めてかもしれない他人の優しさに戸惑いと嬉しさに感情がないまぜになる。


ドワーフの村のビレーさんの優しさは、ユウトには姉妹の友達に対する優しさであって、どこか他人の線引きはされていたようにユウトは感じていた。

 

それは当然で、客観的に考えると、全てを知る者とされるユウトは村の厄介者である。

 

姉妹が旅立つ時は全てを知る者が現れた時だろうとギムレットから知らされていたのであれば、ビレーさんにとってはユウトは邪魔者でしかない。

 

だが、姉妹の意思を尊重するからこそ、本当に現れた時に意を決する事ができたのだ。

 

本来、優しくする相手でもない。その距離感をユウトは察していた。


だが、このクラヴィはどうだ。見ず知らずのユウトに対して優しく微笑み、手を払っても挫けることなく立ち上がるまで待っていてくれたのだ。

 

ユウトが何者であるかもしらないしユウトが語ろうともしなくても助けてくれようとしている。

 

クラヴィの献身的とも思える対応に、胸の奥から込み上げるものがあったが、漏れ出ぬようにグッと堪えた。


「さぁて。探しに行きましょうか? 噴水の方に歩いて行ったのは見てたから、とりあえず行ってみましょう。」


「…すみません…」


ユウトは、今はクラヴィの優しさに頼るしかなく、謝ることしかできなかった。だが、聖母からでた次の優しい声は、ユウトを不安にさせるには充分だった。


「いいのよ。あなた達のこと一部始終見てたから…ローシアちゃん…だよね?あの子の名前。レイナちゃんが妹さんだっけ?」


微笑みは崩すことなくユウトを照らし続けているが、突然の告白にユウトは唾を飲み込んだ。

一部始終見ていた?

 

全てを見通している菩薩のような視線の

クラヴィは視線の先に僅かに身を固めているユウトの思考を見抜いているかのように小さく笑い、さあ、いきましょう?と、ユウトには、聖母から不気味に見える笑みを残して歩き出した。


ゆっくりと歩き出すクラヴィに繋がれてついて行く。

握っている手を振り解く勇気は全くなかった。

 

突如暗雲立ち込める展開に

せめて手に汗を感じられないように、少し手のひらを離すくらいが小さな抵抗が限界だった。


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