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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 29 :謁見の時

 エミグランがヴァイガル城に足を踏み入れた一報はすぐにアグニス十三世にも届いた。

 アグニス王の自室ではスルア大臣と打ち合わせしている最中で、エミグラン入城の一報に、いの一番に驚いたのはスルア大臣だった。


「エミグランが……エミグランが来ただと?」


 アグニス王は特段驚くこともなかった。


「……イシュメルちゃんじゃないんだね。さて、これはどうしたことか……」


 二人はアシュリー襲撃事件説明の入念な打ち合わせをしていたところで、入国禁止にしておいて時間を稼ぐ案はスルア大臣からの提案だった。

 

さらに衛兵はエミグラン入城の一報の後に城門前の事件も伝えると、スルア大臣は目に見えて顔色が青白くなった。


「衛兵が……殺された?」


 国内の刃傷沙汰にまたも驚きを隠せないスルア大臣だが、狙いがもしかしたら自分かもしれないと思い当たる節があった。


「へぇ……うちの衛兵殺したんだ。ならおあいこじゃない? どう思うスルア大臣?」


 と何の感情もなくアグニス王は対価相殺の話を盛り込む。


「へっ……? いや……その、あれです。エミグランが来たことの意味がよくわかってなくて……へへへ……」


 どもるスルア大臣に構わずアグニス王は続ける。


「確かにそうだねぇ。そもそもエミグランちゃんの入国って禁止してなかったっけ? いつ頃か知らないけど。」


「……禁止は二百年前の王族が決めた事で、法にはなっておりません。ドァンク側が口約束を守り続けてきたという言い方が正しいかと。」



「ふぅん。じゃあ入国を拒む理由ってないんだ。拒んでおいてなんだけどさ、別に良いんじゃない? 面倒じゃない?今日全部決着つけないとさ?」

 

 

「し、しかし! アグニス王のご先祖が取り決めた約束を違えることは国の威信にも関わる問題ですぞ!エミグランのヴァイガル国への入国を禁ずる事が口約束だとしても破ることは法治国家としての威厳が損なわれますぞ!」


 アグニス王は、何を今更と言った呆れた様子で


「ご先祖さんのことはいいよ。今を生きてる自分達が決めればいいさ。」


 と簡単に言い返す。


「しかし……」


「それに、スルア大臣に言われてドァンクからの使者入国拒否を僕の命令で出したけど……エミグランちゃんがくることは想定外だったのかい?」


 アグニス王はスルア大臣の目をまっすぐ見据えて問う。


「ま、まぁ、突然の事に驚きを隠せないだけです。はい。」


「そう? ならいいけどさ。」

 

 スルア大臣はエミグランがやってくることは、本当は想定外だった。二百年もの間、一度もこの国に近寄ることさえなかったはずのエミグランが来るとは夢にも思っていなかった。

入国禁止にも関わらずやってきたことには必ず大きな理由があるはずだ。


さらに、今朝捕虜として捉えていたクラヴィの脱走の一報からスルア大臣は気が気ではなかった。

 脱走時にアルトゥロが不在だった事もあって、居どころが掴めるはずもなく夜は明けてしまった。


 もしあの捉えていた女がドァンクからの差金だとしたら、逃した責任は重い。

そもそも何も情報を聞き出すこともなく、ただ女の自由を奪う部屋で、しなやかで至極の柔軟性が手に溢れんばかりの身体を貪り尽くしていただけだった。


結局何の情報も聞き出せておらず、逃げた朝にエミグランがやって来た。本来であれば門前払いできる相手が城門の衛兵を殺してまでも入城している。おそらく衛兵ではエミグランの拘束ができないからだろう。


 もしあの女がエミグランの差金だったら……

 ヴァイガル国の極秘情報を掴んで来ているとしたら……


進退問題になりかねない出来事が起こっている上に、二百年前からその存在を恐れて入国禁止にした獣人殺しのエミグランが城の中にいる。

 何重の恐怖から震えが止まらなかった。だが、ここで立ち止まると責任を全て自身で背負わなくてはならない。それだけは避けたいとスルア大臣は意を決して苦肉の策を提案した。


「王よ。提案がございます。」


 脂汗が滲み出てあせりをかくせないスルア大臣を面白そうに頬杖ついてニヤニヤと笑うアグニス王は、なにかな?と次の言葉を楽しそうに聞き返した。


「……エミグランがこの国に来た理由はやはり先日の護衛襲撃の件かと思います。まだ回答出来ない故に後日改めてイシュメル殿に来ていただくよう……いや、最悪こちらから私が出向くようにいたしましょう。」


この場は時間の引き伸ばししかないとスルア大臣はアグニス王に提案したが、ニヤニヤと笑うアグニス王はスルア大臣の慌てぶりを楽しんでいるように、どうしようかねぇ?と意地悪く惚けるように首を傾げた。



「王よ……遊んでいる場合ではございませんぞ! 早く……早くしないと!」

 

あたかも国の一大事のように煽るが、詰まるところスルア大臣の失態の誤魔化に他ならない。

 うまく隠せるならそれに越したことはないと王の次の言葉を待った。

 そのスルア大臣の考えがわかったのかは定かではないが


「いいよ。じゃあスルア大臣からお引き取りするように伝えてよ。一応要人だし。僕も着替えてから顔出すからさ。」


 と王の承認を得て、ほっと胸を撫で下ろした。

 

こうしてはいられないとすぐにスルア大臣は立ち上がって腹を揺らし、苛立ちを隠さずエミグランのいる場所を衛兵に案内するように言うと、慌てて一礼して部屋から飛び出して行った。





 ヴァイガル城一階の入り口では、エミグランとリンがすでに入城し、城内の召使いや城内衛兵に奇異の目を存分に浴びていた。

 

 リンはこの城の召使がエミグランに対して何も声をかけない事が不思議だったが、エミグランに対する扱いは客ではなく招かざる者だと全員が認識しているとリンは結論づけた。

 後ろにはリオスとヤーレウ将軍がいてこちらを注目している。最悪のシナリオを想定しながら回避策を脳内で模索する。


「リンよ。」


 不意にエミグランに呼ばれて体がピクリと反応した。


「はい。」


「後で茶の準備を頼む。」


「承知いたしました。」


 リンが深々と礼をすると、奥からでっぷりと太った腹を揺らしながらガニ股で歩いてくる壮年がいた。

 身なりから大臣だとすぐにわかった。


「これはこれは大臣殿。わざわざお見えになられて感謝するよ。」


 息を切らし顔に滲み出る汗を拭った男は、身なりも呼吸も整える前にスルア・ボリクスと名乗ってエミグランに握手を求めたが、エミグランは無視して話を続けた。


「ところでお主の管理しておる部下はなかなか躾がなっておらんな。」



「はい?」


 スルア大臣はエミグランの瞳孔が完全な純黒になったのを見逃さなかった。


 見逃さなかったからこそ、真っ黒の世界に吸い込まれるような感覚に陥った。

 エミグランの術だと気づいた時にはもう遅かった。気がつけば全身が金縛りになり、声すら出すこともできず、唯一できるのは呼吸をすることと目を動かすだけで、体の自由は奪われてしまった。


「少し歩き疲れたかの。」


 エミグランは指を立ててくるりと回すと、スルア大臣はそのままの体制から脚だけがゆっくりと重々しく歩き出した。

さながらようやく歩き始めた幼子のように見える。


あまりの滑稽な動きにヤーレウ将軍が思わず声をかけるが、首を小刻みに横に振った。



「騎士団の者よ。動かないほうがいい。」


 と、ヤーレウ将軍とリオスを牽制すると、二人は腰の剣に手をかけていたが、リンがエミグランの背中側に立って二人を目線で牽制していた。


「……くそっ」


不可解なエミグランの行動が読みきれず思わず悔しさが声になった。



 スルア大臣は呻きながらよちよち歩きをするスルア大臣は四つん這いになって首を上げた。


「スルア大臣……どうなされたのだ……」

「まさかエミグランに何か魔法を……」

「おいたわしや……スルア様……」


 召使がヒソヒソとスルア大臣の情けない姿を嘆くと、エミグランの口角が裂けるように釣り上がり、急に城全体がエミグランの喉元にあるかのような大きな声がその場にいた全員に聞こえた。


【動くな。】


耳奥で聞こえたようなエミグランの声に驚くより前にその場にいた全員が金縛りになった。スルア大臣と同じように呻くことしかできなくなった。



 エミグランの口は元通りになり、鼻で大きく息をすると


「リン……茶の用意じゃ。」


「はい。かしこまりました。」


 とスリットから小型のテーブルとティーセットを出した。

 手のひらくらいの高さの三脚をテーブルに置き、下に鉄の皿を置く。三脚の上にはすでに水が入っている銅製のケトルを置き、鉄の皿に魔石を置くと赤く発光し始めた。


 エミグランは白檀扇子を取り出して、スルア大臣の背中に座って脚を組んだ。


 ――!!


 その場にいたものが全員エミグランの屈辱とも言える行動に心の中で唖然とした。

 国の大臣を椅子の代わりにするという無礼な行動は、ヴァイガル国の王族の召使として許せるはずがなく、騎士団としても看過できるものではなかった。


「……ガッ!!」


リオスとヤーレウ将軍は金縛りを解こうと力を入れるが、動けずそして言葉も出ずにエミグランの尻に敷かれるスルア大臣を見ることだけしかできなかった。


「……フフフ、そなたらの思うことはわかるよ。それが我が国の大臣の扱いか、エミグラン……と言ったところか。」


 白檀扇子で顔を仰ぐエミグランの声は元通りの大きさに戻っていた。だがその場にいたものが身動きが取れず、エミグランが扇子をゆっくりとあおぐ音が小さく聞こえた。


「茶が沸くまで世間話でもしようかの。年寄りの戯言と思うて聞いてくれ……まあ聞く以外にできることは呼吸することくらいじゃろうが。」


 リンはティーポットにバニ茶の茶葉を匙で入れると、茶漉しをティーカップの上に置いた。


「貴族会では召使の教育は人任せにしない。こうやって茶を一つ入れるのもわしが仕込んだし、来客の扱いも厳しく教え込んでおる。わしの屋敷におる者は全員じゃな。」



金属の三脚を取り出して、銅製のケトルを上に置き、三脚の下に金属の皿と魔石を置くと、魔石が赤い光を放ってケトルを温める。


「年寄りの僻みと思うてもらって構わんが、この城の召使は、客の扱いがなっておらんの。まあ招かざる客と見られておったのかもしれんがの。」


白檀扇子で仰ぐ音が静かに聞こえる。



 魔石で温めるお湯は火よりも早く沸く。

既に沸く寸前のケトルの蓋を開けて、茶の香りが逃げないほどの温度になった事を、沸く前の泡がケトルの内壁につく泡の量と大きさで見定めてお湯をティーポットに注ぎ入れた。


「今のヴァイガル国のもてなしの作法は知らぬが、勝手にお茶を飲ませてもらう事にするよ。」


 少しの沈黙の後、ティーポットから茶漉しを通して茜色のバニ茶が注がれ、リンの手からエミグランに渡された。

 バニ茶の香りを鼻で楽しむと一口つけて啜る。

舌鼓を打ち鼻腔と舌に残る甘みを確かめたあと、ふぅっと口から息を漏らして口内の熱を少し逃す。


「少し饒舌になってしもうたの。わしがおった頃とはかなり変わっておるの。ワシのいた頃は礼節作法なっていない召使は簡単に首が飛んだものじゃが……」


 と近くにいた壮年の召使の一人を睨むと、発作が起きたかのように呼吸が荒くなりガクガク震えて白目をむいた。


「フフフ……冗談じゃよ。無闇に命を奪ったりはせぬよ。久しぶりの帰国で少し興奮しておるのかの。」


と、またバニ茶を嗜みながら微笑んだ。

エミグランは指を立ててヤーレウ将軍とリオスの拘束を解いた。


「……くっ……」


「すまんの。そなたたちのどちらかで王を呼んできてくれぬか?」


 リオスは金縛りが解けて真っ先に剣に手をかけた。

だがエミグランは釘を刺す。

 

「妙な気は起こすなよ。ここにいる全ての首が捩じ切れる。」


「……!!」


 リオスは剣を握り込む事ができるはずがなかった。

城内が血の海になる現場など見たくはなかったし、エミグランならやりかねないと思わずにいられなかった。

 

「……先ほどの話、冗談と言ったのは、嘘という意味で考えぬ方がよいぞ? エミグランが嘘を言わないことくらいは知っておろう?」


エミグランは嘘をつかない。それはここにいる全員が知っている。

とどめを刺す一言は、リオスの考える事はお見通しと言わんばかりに目論見を簡単に打ち砕いた。


「ぐっ……!」


 リオスは剣を抜く事ができない右手で拳を握りしめ、くそっ!と声で悔しさを吐き出した後、王を呼び出すため肩で風を切るように早足で歩き出した。


 エミグランはカップに残り半分となったバニ茶を嗜みながら、尻の下でうめくスルア大臣の腹を踵で何度か蹴った。


「随分と醜悪な体型じゃの。大臣ともあろうものが飽食の限りを尽くしておるのか……」


 そして、眉間に深く皺を寄せていつでも斬りかかれると言わんばかりに殺気を飛ばしてくるヤーレウ将軍に視線を向けた。


「……おぬしの眉間の皺は苦労が絶えぬ跡じゃな。」


「……一体何のことを言われているのか皆目見当がつきませんが……」


 腹の底から出すヤーレウ将軍の声にエミグランはわずかに背筋を伸ばした。


「衛兵を殺してしもうたわしが憎いか?」


「……当たり前でしょう。」


「好きに恨むが良い。いまさら恨むニンゲンが増えたところで何も変わらんよ。わしは自分の身は自分で守るゆえ人質をとっておる。いたずらに命を奪おうとは思ってはおらぬよ。」


「……本心ですかな?」


「当たり前じゃ。わしは話をしにきたのじゃ。邪魔する者は誰であろうと排除する。それだけの事よ。」

 

ヤーレウは、自分が斬りかかろうとしなければひとまずここにいる全員の命は守れそうだと安堵して息を長く吐き出した。


「承知した。だが約束を違えた場合……その首が体と繋がっている事は難しい……そうお考えください。」


 この時、ヤーレウから首を斬り飛ばすイメージがエミグランに伝わってきた。殺気から伝わってくるヤーレウ将軍がイメージしている剣の軌道がありありと浮かんだ。


 エミグランの評価は、ヤーレウの言っている事に嘘はない。相打ち覚悟で殺しに来て、おそらくはその結果に近いものになるだろうと予測した。


 ――まだこれほどの剣士が牙を向かずにこの国におるとは……――


拍手が聞こえてきた。一人の拍手の音は徐々に大きくなると、


「おもしろいね、うん。実に面白いよエミグラン公。」



 リオスと共にアグニス王が、奥の通路からゆっくりとその姿を見せた。

面白いと言うその目は笑ってはいなかった。


 

 

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