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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 10 :動かぬ者、動く者

※グロ注意。

 ネタバレになりますが虫が出ます。

また朝が来た。

優斗は静かに昇った太陽の光が、カーテンの隙間から溢れているのを見てそう思った。


 ベッドから体を起こすとすぐに制服に着替える。

学校に行くわけではないのだが、体裁を整えておかないと、落ち着かないというか心がざわつくからだった。


 何度も来る朝。時は無情にも過ぎていくが、その価値に今は気がつくことなく飽食するように消費していく。



 ーー僕はここで何をしなければならないのだろう……ーー

 


異世界から戻されてすでに三日目を迎えていた。

朝起きて、母さんが二階の廊下にある小さな台に置いてくれる朝ごはんを部屋に持って入ってから食べて、その後は何をするでもなくずっと三角座りで壁や天井を見ている。


 毎日変わらない日々がただ無駄に過ぎていく。人の命には限りがあるのに、何もしないという贅沢な消費方法でただ今のこの一瞬が過ぎるのを待っていた。


 

 学校に行かないなら行かないなりに別の夢中になれるものを何かを探せばいいのに、それさえも諦めているように何もしない。


右手に視線を移すと、ずっと温かいぬくもりがあった。


 ーーなぜ温かいのだろう……ーー


 温かくなる理由がわからず首を傾げる。そういえば昨日見た夢だか詳しくは思い出せないが、紫の部屋で寝かされて気がついたらこの部屋にいるような摩訶不思議な夢を見た。


 夢の中にしてはやけにリアルで、白いキツネの耳と尻尾を持つ子と、腰がやけに曲がったおばあさん。そして、真っ白い銀髪の女の子がいた。


 その三人は確かに『優斗』という名前で呼んでくれた事をはっきりと覚えていた。

 白いキツネの子は『にぃちゃん』と呼んでくれた。兄弟がいないので、弟みたいで可愛かったし、何かあるとすぐに心配そうな顔をする事も覚えている。

銀髪の女の子はかわいかった。その子の事も鮮明に覚えていたが、どれだけ思い出そうと記憶を辿っても、どこかで霧がかかるように記憶が消えたように名前が出てこない。きっと夢の中で自分が生み出した幻想なのだろうと、少し残念な気分になった。


 こんなにリアルに覚えているのに、夢の中の出来事でしかなくてこの世界にはいない人達だ。そして、結局の所自分は一人なんだ、と自然と生み出される疑問の回答は、全てネガティブに帰結していく。

根底には『自己否定』が深く深く抜けないところまで刺さり、抜け出せないスパイラルに陥っていた。


 優斗は額を、三角座りして揃えていた膝につけて考えた。


 僕は今なぜここにいるのだろうか。って考えるのは何故だろう?

 ずっとこの部屋にいて、一歩も出ずにいたのに、なぜここにいるのかって疑問が湧くのだろう……


 いつからかはわからないが、いつの間にか外に出てていて、誰かが待っているような……待たせているような落ち着かない気持ちになるのは何故だろう。


 右手をもう一度見た。


 ーーこの温もりが関係あるのだろうか。ーー


 右手を閉じて、開いてを繰り返してみるが、温もりが消えることはない。ずっと誰かが握っているような感覚がある。


 このぬくもりにはなんとなくだが覚えがあるはずなのだ。

多分この感覚は自分にとってすごくすごく大切なものだったはずだ。


 ほのかに感じるこの手のぬくもりは、誰かが握っていてくれているような気がした。

なぜなら多分この人と話したことがあるはずと不思議な確信があったからだ。

薄っすらと声を覚えている。一緒に笑った。自分のために泣いた、膨れて怒ったこと。記憶の奥底に隠れるようにして残っている感覚がある。

 見た目も覚えている。でも名前が思い出せない。


 もし、自分を待っているとしたらその人なんだと確信があった。


出来ればあの銀髪の女の子だったらと、少しだけ空想に淡い期待を持つ。そんな事をしても何も救われないが、心を正常に保つ自己防衛の手段でもあった。


 でもあんなにきれいな物語のお姫様みたいな人が現実世界にいるはずはないと首を横に振り


ーー 僕は一人なんだ。どこまで行っても。甘えるな。ーー


そう自分に言い聞かせる。


 心の扉はちゃんとしまったままだ。開いたらいけないと胸に手を当てる。


 少しだけ心臓の鼓動が指に伝わる。

 

 不思議なことに、心臓の鼓動も懐かしく感じた。


 何故だろう……

 こうして部屋にいる感覚が懐かしいって感じるのは……


 「痛っ!」



 右腕がチクリと針が刺さったように痛んだ。

反射的に痛んだところを見ると。


…………なんだこれ



 白いものが付いていた。

よく見ると動いている。




…………ひっ…………



 蛆虫だ……

 右腕に蛆虫がモソモソと動いていた。

 なんでこんなところに!と左手で払うと、皮膚に噛み付いていたかのように剥がれない。


 ……なんだよこれ!


 何度も何度も払ってようやく床にぽとりと落ちた。

 だが、痛みが増えて右腕をもう一度よく見ると、今度は三匹もいた。


 ……なんだよ……なんだよこれ!


 気持ち悪くなって力任せに腕をこすると、虫が皮膚を噛み付いていたかのように剥がす際に痛みが走る。


痛い!痛い!


 痛みが増す右腕の皮膚の中から食い破って蛆虫が外に這い出してくる。


なんで……なんで体の中から虫が出てくるんだよ! おかしいだろこんなの!!


 頭の中が真っ白になって蛆虫をしつこくしつこく払う。

もう座ってなんかいられなかった。立ち上がって足踏みしながら、息も荒く右腕を懸命にこすると、こすっていた左腕の皮膚が小さく無数に波打つようにうねる。一部が小さく盛り上がると、皮膚を食い破り虫が顔を出す。まるで鳥肌のように無数に盛り上がり……


「――――――――!!!!」


 あまりの気持ち悪さに嘔吐する。


 両手を反対の腕にこすりつけるように、腕にうねりを感じるほどの波を止めるように動かす。


ぽとりぽとりと皮膚から剥がれて落ちる虫と吐物でフローリングの床が白く見え、右腕から滴り落ちる血の感覚が痛みの上をつたうように下を向く手に集まり、そして垂れて落ちた。


床に散らばる蛆の残骸に血が垂れ落ちると、体の表面すべてからうねりを感じた。


 やめろ……やめてよ!!


皮膚の中で蠢く感覚が、優斗が自身を自傷するように体を痛めつける。蠢く感覚が消えてなくなれと床に腕を叩きつけるが痛みで感覚が鈍っただけで、虫達は優斗の皮膚を食い破るべく歯をたてる。


かゆいかゆいかゆいかゆいいたいいたいいたいいたい!!



 床に転がり、体をこすりつけて中にいる虫を潰すようにもだえ、転がりこすりつける。


 だが、うねりは止まることを知らない。転がれば転がるほど全身の皮膚の奥の痒み痛みに変わる。


 体から小さな振動があらゆるところから伝わってきた。太ももの内側を見ると、汗疹のような湿疹が急にできたと思うと、無数に蛆虫が顔を出す。



「――――――――!!」


 顔を出したかと思うと、柔らかい皮膚をまた食い破りながら体の中に潜り込む。無数の蛆が体表に血まみれで優斗の体を貪る。


 途端に耳の奥が聞こえづらくなった。

少しして耳の奥からなにかかじられる音がする。


慌てて耳をほじると、何かをたくさん潰して奥に突っ込んでしまった。そして激しく何かが破る音がした。

 


「――――――――――!!!」


 痛い痛い痛い痛い痛い……


 耳の奥に無理矢理何かを突っ込んだような激痛に側頭部を床に打ち付ける。


 音が聞こえない。風が抜けるような音と、喉の奥に何か異物が蠢く感覚がとめどなく続いて気が狂うほど体が蝕まれていく。


 あのぬくもりを感じた右手の大半が骨になっていた、もう温もりは幻になり、白い虫どもが優斗の肉と皮を食い続ける。

 手首から血があふれるところから虫が入っていく。


 左目の視界がいきなりなくなった。神経を食いちぎられたのか左側はもう何見えなくなった。


 右目の視界に蠢くものがある。指で触れることはできないが、鼻から何かがたくさん出てきているのはわかった。

 そいつらが顔を覆い隠して行ってるのか。



 もう……どうでもいいや……


 体に伝わっていた小さな振動の感覚が遠く感じる。


 無理だ……もう諦めたほうがいい……無理だ……



 優斗の視界は次の瞬間、完全に消えた。



 ……



 …………



 

優斗は目覚めた。

 何も変わらない朝がやってきて、カーテンの隙間から覗き込むように照らす光で目が覚めた。



 体を起こすとすぐに制服に着替える。

 学校に行くわけではないのだが、体裁を整えておかないと、落ち着かないというか心がざわつくからだった。


 僕はここで何をしなければならないのだろう……


 優斗はすでにあの日から四日目を迎えていた。


 右手を見る。


 ーー何か右手に感じていたんだけどなんだったっけ……ーー


 右手に感じていた何かを思い出して見たが記憶にはなかった。


ーー何か覚えていたはずなんだけど、なんだったっけ……ーー


なぜここにいるのか、それも思い出せなくなっていた。






 **************




 ユウトが昏睡状態となって五日目。ローシアとアシュリーが、聖書記候補者としてヴァイガル国に訪れるのはこれで三回目になる。

 予定では四回で修了となり、イクス教神殿で洗礼を受ければミシェルは晴れて聖書記になれる。


 レイナは相変わらずユウトに付きっきりで、ずっとユウトの部屋に籠ったきりだ。そして、ローシアが夜蝶通りにユーシンを迎えに行ってから、ユーシンはずっとエミグランの屋敷の部屋に籠もっている。聖書記候補誕生のパーティ以来、レイナとは顔を合わせてはいない。ユーシンは何故かエミグランの屋敷に来る事は嫌がらなかった。そして到着したや否やそのまま部屋に入って一歩も出てこない。

 

 ローシアはパーティでイシュメルがユーシンを殴ったところを見ていたが、あんな目にあってもこの屋敷に来る根性は見上げたものだが、願わくばレイナと会わないことを祈っている。もし万が一会おうものなら、屋敷の中で刃傷沙汰になってもおかしくはない。

 


 今日はエミグラン達の北部訪問の最終日だ。今日の夜には帰ってくる。

アシュリーが唯一不安だったのは、リンが屋敷にいないこのタイミングで屋敷に賊が現れたら、リンよりも戦闘能力が劣るアシュリーは押し返せるか不安があったが、今日もおそらく何も問題なく終了するだろうと思っている。そうあって欲しいと願うより、そうなると信じて行動する方がアシュリーにとっては気が楽だからだ。だが不安がなくなるわけではない。


 今屋敷にはレイナ、ユウト、タマモ、ユーシンがいるが、レイナ一人かつ屋敷の関係者ではないため、警備体制が甘くなると判断したアシュリーは、前日にミストドァンクへ貴族会警備の依頼を出しており、馬車がヴァイガル国につくまでには何名かの傭兵が到着しているはずだったが、それでも不安は拭えない。


 アシュリーは、強気に考えていても今日を無事に一日乗り越えられる事を心の中で祈った。


そんなアシュリーの思いを知る由もないミシェルとローシアは、また馬車の中でじゃれ合っていた。ここ最近レイナが相手をしてくれないミシェルは、毎日のようにローシアに戯れていた。


 今日もまた馬車の中で、まるで子猫達が挨拶代わりにちょっかいを出して楽しそうに絡み合うようなやり取りでミシェルは時間を忘れるように過ごし、ローシアは今回もヘトヘトになりながらヴァイガル国の城門をくぐり抜けた。


 今日はイクス教神殿に向かう。今日で儀式も佳境を迎えて、最後の総仕上げの前準備となる。

馬車はゆっくりとイクス教神殿前に進んでいく。




神殿前に到着するとアシュリーが颯爽と馬車を飛び降りてドアを開けた。


「ローシア様、到着しました。」


「……了解なんだワ……」


ミシェルにおもちゃにされてへとへとになっているローシアに申し訳無さそうに手を貸す。


「すみません。面倒を見てもらって……」


「……いや、大丈夫なんだワ。」


と、疲れ果てた顔で言われるとアシュリーも申し訳なくなる。

ローシアを疲れさせたミシェルは、元気いっぱいに馬車から飛び降りる。


「ろーしあ!はやくいこ?」


とローシアの手を引っ張って神殿に走り出す。


「ちょちょちょちょ!! ちょっとまって……」


子供の活力は無尽蔵らしく、ローシアが引っ張られるように神殿に走り出した。

ローシアは足がもつれないようにするだけで精一杯らしい。ローシアはこちらを見て助けを求めているように困った顔をしていた。

そんな二人の様子を微笑ましく見ていると。


「アシュリー、久しぶりね。」


急に後ろから声をかけられて驚いて振り返ると、クラヴィがにこやかに立っていた。


「……びっくりしたじゃないですか……お久しぶりです。」


「……あなた達に伝えておきたいことがあるの。」


アシュリーに引っ張られるローシアを目で追いながらそういうと、神妙な面持ちで切り出した。


「……通常時のヴァイガル国は最低でも二人は騎士団長が国内にいることになっている。でも、今日は一人しかいないのよ。」



アシュリーは怪訝な表情を隠そうともせず聞き直した。


「……どういうことですか?」


 クラヴィは人差し指を立てて振りながら説明する。


「国防を置いといてでも成し遂げなければならない任務があるってことね。」


「……つまり?」


回答を焦らすクラヴィに、じれったいと言わんばかりに回答を急かす。


「……私もわからないけど今日何かが起こるってことよ。気をつけることね。あなた達にかまってばかりいられないから。それを言いに来たのよ。」


「……わかりました。心に留めておきます。」


「いい子ね。ありがとう……あ、そういえばおばあちゃまは屋敷かしら?」


おばあちゃまとはエミグランの事だ。クラヴィはエミグランをおばあちゃまと呼ぶ。


「今はドァンク北部にイシュメル様と訪問中ですが、今日の夜には戻られます。」


「そう。なら帰りにおばあちゃまに渡してほしいものがあるから、ここで待っててくれるかしら?」


「今は渡せないもの……でしょうか?」


 クラヴィは人差し指を立てて


「ピンポーン!正解よ。じゃあよろしくね?」


 

クラヴィがそこまで言うにはきっとなにか理由があるのだろう。考えてもしょうがないので「わかりました」と答えたが、クラヴィはすでにいた場所から消えていた。

 

クラヴィの警告に鼻息を強く吹き、気合を入れ直すと馬車を預かる業者がちょうどよくやってきたので、金を渡し馬車を預けると、先をいく二人を追った。


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