第三章 9 :扉の向こうはわからない
エミグランはリンを馭者として貴族会専用の馬車でイシュメルを迎えにゆき、イシュメルが同乗すると、そのままドァンク北部地方へ向かっていた。まだエドガー大森林を沿って北に進んでおり、西側の視界は大森林しかないが、心地よい日差しが森林を生き生きとして見せてくれて、長旅の目を少しだけ癒してくれる。
イシュメルは合流してから、ユーシンのことは心配するなとエミグランから嬉しい知らせを聞かされると、それまで暗かった顔が途端に明るくなった。
血はつながっていなくても親は親、エミグランがイシュメル幼い頃からずっと心を砕くように、ユーシンに対する気持ちはエミグランもわかっている。
エミグランは先日届いた紙の束を取り出しイシュメルに差し出した。
「……これを渡しておこうかの。」
イシュメルは受け取り束を開いた。
「これは?」
「読んでみよ。」
エミグランに促されて目を通す。
「これは……」
「そうじゃ。ユーシンの両親の手紙じゃ。」
「生きて……生きておったのか……」
紙を束ねる折り方は東部の国でよく見られる手紙の作法だ。まさか死んだと思っていたユーシンの実の両親からとは思っていなかったイシュメルは一気に読み進める。
だか、手紙の終わりに近づくにつれて読む速度がだんだん遅くなっていった。
そうなるのも当然か、とイシュメルの心中を察する。
「……なかなか都合が良いとも言える内容かもしれんな。」
エミグランは先に目を通していた。そして今イシュメルが全部目を通してエミグランに問う。
「……これは、いつ届いたのですか?」
「つい先日じゃ。ワシあての手紙に便乗してきたのじゃからな。宛名を見てワシも驚いた。」
「……まさか生きていたとは……」
ユーシンの両親が死んでしまったかもしれないと思っていたのは、ユーシンを預かってから十数年も音沙汰が無かったからだ。
「手紙は本人が書いておる事に違いなさそうかの?」
「はい……この字は見覚えがあります。」
「そうか……しかし、ユーシンを返してほしいと言うとはのぅ。」
手紙には、しばらく手紙を出せなかった事への詫びと、夫婦でどのような暮らしをしているかということが書かれていた。
あの日から必死で逃げて、イシュメルの知人に住む場所を紹介され、路銀を頼ってしばらくは日雇いの仕事をし、ようやく自分の店を構えることができるようなるまでの出来事が詳細に書かれてあった。
そして手紙の最後には、勝手だと思われても仕方ないと承知の上でと、ユーシンを返してほしいと書いてあった。
「……路銀の返済で預かっておるぞ。」
と、ユーシンに布袋をイシュメルに差し出した。
受け取って中を確認すると、貨幣ではなく、金が入っていた。
イシュメルは布袋の中を覗き込んで、首を横に振った。
「この量だと私が渡した路銀よりも多い……」
「路銀分と含めて詫びも兼ねておるのかもしれんな。」
イシュメルは顎に手を当てて思案し始めた。
「どうするのじゃ? ユーシンを返すのか?」
まさに今そのことを考えていたイシュメルは、目を閉じて考えていた。畳み掛けるようにエミグランがイシュメルに問う。
「……跡継ぎ候補がいなくなるのは、お主にとって受け入れられぬか?」
しばらく考え込んでイシュメルは決断した。
「……いえ。全て本人に一任します。これは親子の切っても切れぬ絆。私がとやかく言うことではない事かと思います。」
「そうか……人間にとって十数年は取り返しがつかないほどの時間じゃが、血の繋がりも切っても切り離せぬもの……この件はお主に任せるよ。」
イシュメルは手紙を丁寧に折り直し、鞄の中に入れた。
決断したとは言え、十年以上も寝食を共にして過ごしてきたのだ、心に刺さる棘のような痛みがイシュメルにはあった。
しかし、ユーシンももう大人だ。それにイシュメルの実の親が生きていて、今同じように帰ってこいと言われたら即答などできないし、貴族会の立場があれど熟考するだろう。
ユーシンが自分で決めて行動することに何故口が挟めようかと首を横に振ってよこしまな考えを振り払う。
ユーシンのことで心を揺り動かされたが、貴族会を取りまとめるイシュメルは、すぐに自身に課せられた立場に思考を切り替えた。
責任はもう一人の自分を形どる。すでに貴族会イシュメルの顔になっていた。
エミグランと二人で話をする機会は貴族会で現役の時でも滅多にあることではなかった。
話を聞く機会があればいつもエミグランにドァンクの将来の展望や、進めたい案件の相談にコメントを頂戴していたが、今は様々な事が目まぐるしく動いている。
全てを知る者がドァンクに現れた今、聞きたい事は山ほどあった。
「時にお母様、タマモからあの話を聞きましたか?」
まずは全てを知る者がヴァイガル国で起こした奇跡のような出来事について。
あの話と言うだけでエミグランはユウトとエオガーデの一件だと察しがついた。そのくらい話を聞いただけでは考えられない奇跡が起きていたのだ。
タマモはエオガーデとの対峙を一部始終を見ていた。そのタマモから聞いた話では、ユウトの腹がエオガーデに裂かれたはずなのに何事もなかったかのように生きていた。今は昏睡しているとはいえ、考えられない出来事で奇跡という他ない。
「死んだはずなのに蘇ったという話か?」
「はい……にわかに信じられない話ですが……タマモが嘘をつくようには思えない……本当にそのようなことが起こったのでしょうか……」
腹を裂かれても生きている事があり得るはずがなかった。だがエミグランはイシュメルをあざ笑うように
「どうしたイシュメルよ。信じられぬのか?」
と生きているユウトの事を忘れているのかと問う。
「いえ……そのような事は……」
「死んだ者は生き返る事はできぬよ。もしそれが可能なら、ワシは生き返らせたい者がたくさんおるよ。だが、全てを知る者は間違いなく腹を裂かれたのじゃろうな。」
「では、タマモが見たものは……」
「死なぬわけではない。聞いた限りだと、起こったことが無かった事になるという方が正しいかもしれんな……素晴らしい力とは思わぬか?」
イシュメルは嬉しそうに語るエミグランを見て、タマモがあの夜に見たユウトに起きた事に対して何か本質的な事を知っているのだろうと思った。
エミグランは表舞台から姿を消したはずが、ここ最近の動きは現役の頃と比較しても遜色ない。
今回のドァンク北部地方の訪問は、エミグランの意向によるものだ。エミグランは表舞台から去った後、貴族会の全てをイシュメルに託している。完全に隠居と言っても過言ではない。正式に引退してからドァンクの運営で口出しをしたことなんて一度もなかった。
しかし、聖書記選が始まったタイミングで、エミグランがローシア達を迎える事を提案し、姉妹に付随して全てを知る者が付いてきた事は偶然とは思えなかった。
姉妹をドァンクへ迎え入れる事にイシュメルとしては断る理由などなかったし、元々ギムレットから、姉妹がイシュメルに何か頼ることがあれば頼むと手紙を受け取っていた事もあって、迎え入れる事に二つ返事で了承したが、結果としてミシェルのことも踏まえて、ヴァイガル国の喉元に刃を向けることができるカードを二つも同時に手に入れた事になる。
言い換えるとタイミングが良すぎる。まるでこうなることがわかっていたかのように先手を打っていて、ヴァイガル国は完全に後手に回ってしまっている。
ヴァイガル国の安全を脅かすカードを二つも持っている事は、ドァンクにとって建国から初めての出来事と言っても良いほどだ。
明らかに先手を打ち続けているエミグランの動きはイシュメルは想像もしていなかった。
ヴァイガル国に対して表舞台から隠居し姿を消し、油断させて好きなように動いていたという方がイシュメルからするとしっくりくる。
今回の北部地方の訪問も全てエミグランの頭の中にある計画に準じているはずだ。
エミグランが動いた事で、ヴァイガル国の根幹となる人物と国防を脅かすとされている人物をドァンクに招き入れられた事は、逆に言えば先手を打ったといえども相手の逆鱗に触れる事にもなる。
だがエミグランのここまでの動きは、ヴァイガル国を軽んじている。故にイシュメルは一抹の不安があった。
「お母様……彼の国と事を構える気でしょうか?」
何が、とは言わず核心をついた質問をしてみた。
含み笑うエミグランはイシュメルをまっすぐと見据える。
「ワシが彼の国から出たのも、ドァンク共和国を作って大きくしたのも、全てこの大地に住むすべての者のためじゃ。事を構える気はない。が、彼の国は受け入れられんかもしれんがの。」
「つまり?」
「……全ては相手の出方次第じゃよ。ワシから事を起こす気はない。」
ヴァイガル国の出方しだいという事らしく、これ以上は何を聞いても答えは出ないだろうとイシュメルは黙った。ここまでイシュメルに何も言わずに動き続けるには相当の理由があるのだろう。
だが、エミグランは少し寂しそうに車窓から外を見た。
「……じゃが、早く全てを知る者が目覚めないとの……」
そしてエミグランは、屋敷で意識のないユウトの回復を願うように目を閉じた。
「マナばあさんのところで意識不明になったと聞いておりますが、その後は?」
エミグランは首を横に振る。
「今朝も目覚めておらんそうじゃ。帰還の期限を刻む水時計はもう完全に落ちてしもうたから、もうこちらに戻れるかどうかはマナばあさんでもわからぬ……神のみぞ知る。じゃな。」
「戻らないと……?」
「……考えたくもないの……正直なところ。今の状態で彼の国が事を起こせば水泡に帰するよ……とは言えまだ彼の国には全てを知る者の事は知られておらんし、何か事を起こすこともなかろう。理由がない。」
「……そうですな。早く目覚めて欲しいものです。」
「ワシも切に願うよ。」
そして話は変わってクラヴィの事だ。エミグランからクラヴィをヴァイガル国に派遣させて調査をさせるという話を聞いていた。
「クラヴィはどのような調査を命じられたのでしょうか?」
「クラヴィか……あれには人探しと調査を頼んでおる。アルトゥロ・ロドリゲスのな。」
「アルトゥロ……まさか!」
アルトゥロという名前で思い出したようにイシュメルが目を大きく開くとエミグランは深く頷いた。
「随分前から『プラトリカの海』を手中におさめている男じゃな。」
イシュメルが立ち上がりそうな勢いでエミグランに迫る。
「お母様……プラトリカの海がヴァイガル国にあるとおっしゃりたいのでしょうか……」
エミグランは少しだけ考えて小さく頷いた。
「なんて事だ……」
「そして、おそらく狙いは奇人達じゃな……」
とイシュメルは魂が抜けたように椅子に腰を落として両手で顔を抑え俯いた。
「まさか……そんな……」
「永遠の眠りの呪いをかけられた奇人達……今どこにいるのかさえも誰も知らぬ。ワシは奇人達の方が世界を混沌に陥れると思うておるよ。」
「ではアルトゥロの狙いは……」
「おそらくは全てを知る者じゃろう。奇人達を迎え入れるのにこれほどふさわしい人間もおらんじゃろう。」
「アルトゥロの目的は……話を聞いていると……予想にしかすぎませんが、世界を混沌に陥れようとしているとしか……」
エミグランは鼻で笑った。
「確かにそう見える。じゃが……それだけの男でもないはずじゃよ。あやつは。」
エミグランは、アルトゥロの事を知ったように話す。
今、この世界で奇人達のことを心配しているのはこの馬車の中の二人だけだろう。
イシュメルはエミグランは嘘をつかないと知っているからこそ差し迫った脅威に愕然とした。
「お母様から教示いただいた、世界終焉の可能性についての脅威評価で最も上位に立つとされる奇人達……まさか、本当に……」
「……とはいえアルトゥロは奇人館の居場所もわからぬし目覚めさせ方を知るはずがない。じゃが……全てを知る者が顕現された。今、何が起こっても不思議ではないの。」
「……。」
エミグランの視線が鋭くなる。一番身近なイシュメルでさえも見た事がないような畏怖を感じるほどに。
「アルトゥロを追いかける理由は、脅威の芽は潰せ……じゃ。プラトリカの海と奇人達の相性は抜群に悪い。片方がやつの手にある事が問題なのじゃよ。」
プラトリカの海、奇人達、そしてアルトゥロの存在は、ドァンクのみならずヴァイガル国も含めて世界の脅威となりうるという。
これはエミグランが貴族会のトップとして君臨していた頃から言われていたことだ。
だが、そのアルトゥロがヴァイガル国にいるとなれば、考えうる最悪のシナリオは、『ヴァイガル国が奇人達を所有する』事だ。
それだけは絶対に避けなければならない。
エミグランが全てを知る者を半ば強引に、ヴァイガル国を出し抜くようにしてドァンクに招き入れた理由は、奇人達と全てを知る者は何らかの関係があると考えてのことだろう。
イシュメルは、ここにきてエミグランが半ば強引に事を進める理由が見えてきた。
考えていたよりも深刻な状況だった。
エミグランは今までそれを一人で抱えていたのかと思うと、イシュメルはいつまでも頼りないと見られているのだろうな、と自分の非力さを情けなく歯噛みする。
エミグランはその心中を察してか、母親を思わせるような慈愛に満ちた優しい笑顔をイシュメルに見せた。
「案ずるな。ワシに任せておくがよい。」
イシュメルは子供の頃から、何か起こるたびにエミグランからこの言葉を聞いてきた。
優しく心強い言葉はいつもイシュメルを励まし勇気づけてきた。
任せておけというのはアルトゥロの事はエミグランが全て請け負うという事なのだろうし、イシュメルが何かできるような話でもないのだろう。
「……わかりました。何かあればお声をかけてください。」
「お主は相変わらず心配性じゃな。ワシは伊達に五百年も生きてはおらんよ。目の前のことに真剣に取り組むがよい。」
「……はい。承知いたしました。」
リンが馬車のスピードを下げた。
「何事だ。」
不審に思ったイシュメルがリンに問うと、周りの様子を警戒しているようだった。
「イシュメルや……リンに任せておけ。」
何が起こっているのか察しているように、エミグランは目を閉じた。
馬車を止めると大森林の大人ほどの身長まで伸びた鬱蒼と生い茂る草むらが慌ただしく揺れ動くと、なにかが飛び出してきた。
「あれは……」
ゴブリンだ。ゾロゾロと十匹以上はいる。おそらく待ち伏せ気味に待っていたところをリンが勘づいたのだろう。馬に飛び掛かられて制御できなくなったら車内の二人が危うくなる。
リンが手綱を手放し、ゴブリンを見渡し
「……少しお待ちください。」
と車内の二人に告げるとリンは馬車を降りた。
遠くにはゴブリンに気づいて距離をとっている別の馬車が止まっていた。
リンはスリットに両手を入れてると腕ほどの長さで、ちょうど真ん中が刃の方にくの字に曲がったククリナイフを両手に取り出した。
「……あの力は?」
エミグランは愛用の白檀扇子を広げて香りを楽しむように仰ぎながらイシュメルの問いに答える。
「リンのみが開ける別次元の扉。リンは倉庫とも言っておるな。触れている布の裏側のみに開ける扉。その中はリン本人もわからない別の次元がある。布が被されば大きさ、重さ関係なく扉の向こう側に移動させることができるからあのように武器を隠し持つこともできる。難点なのはリンが座標を覚えていないと、どこに収めたかわからなくなって二度と取り出せなくなることじゃな。」
「あれもマナによる能力なのですか?」
「そうじゃ。しかしあれは世界中でもリンしか使えんじゃろうな。」
「それは何故?」
「……それは、ワシの最高傑作だから……じゃよ。」
リンを半円状にゴブリンが囲うと、すぐに動いた。
ゴブリンが五匹まとめて甲高い奇声を発しながらリンに飛びかかった。
右手のククリナイフを逆手に持ち、飛び掛かってくるゴブリンに向けて腰を捻りながら横に振り切ると、五匹のゴブリンに描いた軌道通りに体の部位が裂けてどす黒い液体が噴き出しながら、馬車の近くにその場に倒れる。
切り裂いた右手のククリナイフを持ち直し、投げて、左手のククリナイフも手首の力で投げると、二匹のゴブリンの眉間に刺さる。眉間を貫かれた二匹は、何が起こったのかもわからずにそのまま力なくひざまづいて倒れた。
その間にスリットから新しいククリナイフを両手に持ち飛び上がると、近くにいた一匹の頭上に大きなカボチャを勢いよく割るように体重を乗せて振り下ろす。
狙われたゴブリンはタガーで受けようとしたが、タガーごと真っ二つに砕かれ、骨を砕く音がすると頭から胸まで砕き斬った。
胸から上が真っ二つになったゴブリンは、胸にククリナイフを残して鮮血を撒き散らしながらふらふらと後ろに二、三歩後退すると仰向けに倒れた。
本能で命の危険を察した数匹が背中向けて草むらに逃げようとするが、リンはすでにその手に補充していたククリナイフを投げてはまたスリットから補充して投げ、まるでそこに収まるべくして刺さるように的確にゴブリン達の背中に次々と投げ刺す。
残り二匹となって、あれほどまでいた仲間が全て殺されて気が触れたのか、鳴き声とも笑い声とも聞こえるゴブリンの叫び声が響くと同時に両横からタガーを両脇に刺そうと腕を伸ばし飛んでくると、リンは両手のククリナイフを逆手に持ち直し、両腕を八の字に広げて交差させて振り上げる。
あとわずかでリンの横腹を貫けそうだったタガーを持つ手が、ふたつとも天に舞い上がり、斬られた手首からどす黒い液体が噴き出す。
痛みで声を上げる刹那、振り上げたククリナイフが、二匹のゴブリンの口から咽喉を貫いて、事きれるまで手を離さなかった。
「……強い。」
イシュメルが思わず唸る。
「ナイフの扱いは一通り教えておるからの。能力抜きにすればクラヴィもおそらくはリンにはかなうまいて。」
エミグランの評価は公平であることをイシュメルはよく知っている。
リンの評価はクラヴィ自身もそう思っていることだが、いざ戦いで能力を使わない事はあり得ない。
現実的にはクラヴィの能力が戦闘向きであり、リンもそれをわかっている。だが対峙すればお互いただでは済まない。
リンはまたスリットから、まるで手品のごとくいとも簡単に大きな布を取り出すと、ゴブリンの亡骸に布をかぶせる。
さっきまでそこにあったゴブリンが作る布の膨らみが溶けてしまうように潰れていく。
リンが布を捲ると、そこにはゴブリンどころか撒き散らしたどす黒い液体も、ククリナイフも跡形も無く消えていた。
まるでベットメイキングするかのようにシーツのような布をゴブリンに被せては消す。
そうしてリンが戦って始末したゴブリンは全て扉の奥に消えてしまった。
エミグランはリンが対峙した結果は当然としても白昼堂々とゴブリンが襲ってくる事に懸念があった。
ゴブリンは醜くて愚かに見えるが知性がないわけではない。昼間から堂々と何も考えもなく人を襲うほど馬鹿ではない。
何かに掻き立てられるように襲ってきたと見た方が良いだろう。
その原因はおそらくここ数日の変化とみられるが、最も大きい影響は全てを知る者の顕現だろう。
事が性急に動いている。
全てを知る者がこの大地に存在すると言う事はこの世界にとって理や規範を簡単に動かしてしまうほどに多大な影響を与えるのだが、その本質を知る者は極めて少ない。
今度こそ後手は踏まない。エミグランは白檀扇子を閉じて握りしめながら、心の中で密かに誓った。




