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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 8:あの子はまだ、手を振っているのだろうか

 アシュリーがレイナとユウトの関係性で脳を焼かれてしまい、メイドの仕事も思うように手につかなくなってしまったすぐあとに、ローシアは朝食を簡単にすませてエミグランの宿題であるユーシンを探しにドァンク街に向かうつもりでいた。



 朝食中に、アシュリーが妄想に浸るような表情をしていて声をかけても心ここにあらずといった様子で、朝から様子がおかしい。

何もないところでつまづきそうになったり、頼みもしない極上ステーキを持ってきたりと、心ここに在らずの様子なのが気になったが、害は無くそのうち元に戻るだろうと取り敢えず放っておいた。



 朝食を食べ終わり朝の日差しを浴びながら健康的に馬車が来るのを待つかと思って外に出ると、玄関前から少し離れた正面にリンがこちらを向いてじっと見つめていた。


 ローシアに向けて一礼するリンの表情はいつもの通り無表情で、考えている事が読めないリンをローシアは少し苦手だった。

 言いたい事があるとしてもエミグランの言付けだろうし、こちらから聞くのもしゃくだったので遠回しに世間話で切り出した。


「あら、アンタ今日は食事当番じゃなかったのかしら?」


 リンは無表情にローシアに回答する。


「……食事当番では?の質問には、いいえ。今日はエミグラン様がお屋敷を離れる日ですので、準備をしておりました。と回答いたします。」


「ふぅん。お出かけなのね。どちらまで?」


「行き先については極秘ですので答えられません。」


 ーーまあそうよね、要人だし。ーー

とそれ以上は聞かなかった。


「あの女はどうしているのかしら? クラヴィは。しばらく見ていないんだワ。」


 今のユウトの状態を知らないであろうクラヴィの事も少し気に掛かっていた。あれだけユウトの事を気に入っていたのに昏睡状態のユウトを見舞った話はレイナから聞かなかった。ローシアも少なくとも二日程は屋敷で見かけることはなかった。屋敷にいる時くらいは姿を消す必要はないだろうという前提の話にはなる。


「クラヴィはヴァイガル国にいます。と回答いたします。」


 ヴァイガル国?とローシアは引っかかった。今は大雑把であるが不可侵条約を二国間で結んでおり、諜報活動は従来であれば不要のはずだ。

 クラヴィの能力を考えればドァンクの使者として、というわけでもないだろう。


「どうしてヴァイガル国なのかしら? 今は何も起こらないようにイシュメル様が色々と約束事を取りまとめてると聞いたんだワ。」


「とある人物の調査のため、と回答いたします。」


「とある人物?」


「はい。アルトゥロ・ロドリゲスという人物です。」


ローシアは絶句した。アルトゥロといえばユウトの力を無理やり目覚めさせた人物。途端にあの気持ち悪い笑い方を思い出した。

 ローシアが動揺した様子をリンは見逃さなかった。


「何か心当たりでもあるのですか?と質問いたします。」


「あ……うん……いや……知らないんだワ……でも大変なのね。色々と。」


 動揺は隠せなかったが、リンは会話相手の言葉を全面的に受け入れるため、それ以上の追求はなかった。


 ――アルトゥロ……ユウトが初めてあの力を出させた男……エミグランが調査しているのは偶然?――


 いや、そんなはずはないと思い直す。エミグランが偶然ユウトに関わる人間を調査しているとは思えなかった。


 エミグランはアルトゥロの事を知っている。

そしてアルトゥロがエミグランの目的について何か知っているからこそ調査対象になっている。と考える方がしっくり来る。とは言えリンには反射的にとは言え『知らない』と言ってしまった手前、今から真実を切り出すわけにもいかず、エミグランとまたいつか話をする機会があれば、アルトゥロの事を話して情報を聞き出そうと胸に留めた。


「私からローシア様へお渡ししたいものがあります。」


 動揺が収まらないローシアに都合よくリンが話を切り出してくれた。論点が変わるだけで落ち着きはある程度取り戻せた。

 

「ふぅん。エミグラン様からかしら?」


 リンは頷いて一枚の紙を差し出した。


「ユーシン様の居場所です。今朝わかりました。」


 ローシアはユーシンの捜索になんだかんだで気合を入れようと意気込んでいたが、なんだ見つかったのかと気が抜けてしまった。それならただ迎えに行くだけかと面倒な仕事が楽になった。


「調査は私たちも暇を見つけては行っておりました。推定にはなりますが行く当て先の人物像には特定のパターンがあり、割り出しに少し時間を要しましたが、想定内です。」



「ふぅん……見つかったのならアタシが行く必要ないんじゃないかしら?」


 と言うとリンは首を横に振る。


「いえ、行く必要についての回答は、エミグラン様は、あなたに行ってほしいとのことです。」


「はぁ?なんで?」


「単純に今日は人手が足りないから。だそうです。」


 本当にただのお使いね。と不満の表情を満面に出したが、エミグランとの約束は守らねばと、なんとか自分を戒めてリンの差し出した紙を受け取った。これでドアの事がチャラになるならむしろ幸運かもしれない。


「よろしくお願いいたします。イシュメル様からは、こちらの屋敷で預かって欲しいとのことでしたので。」


「はいはい。わかったんだワ。」


 そっけなく返事を返すとタマモが幌馬車を操って、リンとロージアの近くに止まった。


「ねぇ様!準備できたぞ!」


「だから、アンタにねぇ様って呼ばれる筋合いはないんだワ。」


 とそっけなく返して馬車の後部から乗り込むところを見たタマモは手綱を操って馬車を正門に向けて進めだした。


 リンは馬車が門を通り抜けるまで表情は全く変えずに見送った。




 馬車の中ではローシアがリンから貰った紙を開いて見ていた。


「ねぇ様! ドァンクのどこ探すんだい!」


 馭者席からタマモがリズミカルにしっぽを左右に動かしながら声をかける。

 

 ねぇ様云々のくだりは、だいたい一回で終わる。

タマモに何度注意してもローシアの事をねぇ様としか呼ばないからだ。

その後はローシアが面倒くさくて突っ込みすらしないのが定番になっていた。



「もう場所はわかったらしいワ。アタシたちは迎えに行くだけなんだワ。」



「え……なにそれ。ただのお使い?」



「人がいないらしいワ。それよりここ、アンタわかるかしらる」


 と言ってタマモに紙を差し出した。受け取ったタマモは、少しだけじっと見て、思い出して声を上げる。


「あー!ここ、夜蝶通りの近くだ!ユーシン様らしいなここは!」

 


「どんなところ?」


「えっとね……前に聞いたことがあるぞ!キレイなお姉さんがお酒を相手してくれるお店が一杯あるところだって!」


「……もういいワ。着いたら教えて。」


 ローシアはゲンナリした後、両手を後頭部に回して寝っ転がった目を閉じた。

そして、まるで子供の扱いのようなユーシンを少しだけ気の毒に思う。


ーー失踪は事実。だけどすぐ見つけられるような場所にいる。それって失踪とは言わず『子供の家出』じゃないかしら……エミグラン……は嘘は言わないかもしれないけど、真実は正確には伝えないのね……ーー


「……僕、なんか変なこと言ったかな?」


 寝っ転がって何も言わなくなったローシアを見て不思議そうに首を傾げたタマモは、もしかしたらローシアの機嫌を損ねてしまったかと不安な気持ちが尻尾の動きに現れてしまっていた。





 **************




 昼の夜蝶通りは、ほとんど人は見当たらない。

夜に最盛を迎える通りなので、昼のうちはドァンク街の一つの区域にしか見えない。

だが、この通りを好んで通る人はほとんどいない。


 馬車で街に入ると、大通りを避けて夜蝶通りの近くまで来た。ローシアからもらった地図を頼りに目的の場所についたらしく、馬車を止めたタマモが


「ねぇ様!ついたよ!」


 と寝ているローシアを起こすように声を張って呼びかけた。

少し寝ていたロージアは、返事もそこそこに背伸びをして目をこすりながら馬車を降りた。


 寝起き早々に夜の街の酒と汚物か何かの臭いが入り混じったて鼻腔をついて少し気分が悪くなる。早く終わらせたい気持ちが意図せず口から出た。


「……さっさと終わらせるんだワ。どこが目的地しら?」


「すぐそこの角から二番目の家だよ!」


 あっそ。とそっけなく返事を返して、タマモの示した家の前に行く。タマモは、馬車が家の前にあると怪しがられて居留守で出てこなくなる可能性を考慮して、少し離れて待つことにした。



 家の前で仁王立ちしたローシアは、様子を外から探るが中に人がいる気配はなさそうだった。人が住むと生活感があるのだが、全くない。誰も住んでいない家だと言われても疑わないだろう。


 ――ホントにここにいるのかしら?――


 疑っても仕方ないのでドアをノックした。


 ……



 反応はない。


 もう一度ノックを強めにした。


 ドアに耳をつけると足音が聞こえてこちらに来ているようだったのですぐに耳を離した。


「はい。どちら様?」


 扉を開けて出てきたのは下着姿の女だった。途端にローシアの顔は怪訝に染まり上がる。


 ――アイツ……女の家に転がり込んでいたのかしら――


「ユーシン様はいるかしら? 」


「……アンタ……誰よ。」


 ものすごく警戒されている。ローシアの顔に対しての反応もあるだろうが、女の家に男が在宅かを尋ねて来たのが知らない女なのだから。

 

 しかも自分よりも年下でさらに眼帯しているので、見た目から余計に警戒されても仕方ない。鼻息荒く、失礼な女ねと怪訝に不満が足されて顔に漏れて出る。


「ユーシン様に、お父様とのお祖母様の名代として迎えに来たといえばわかるかしら。」


イシュメルとエミグランの名前は自然に出さないほうがいいだろうと判断した。



「……ちょっとまって。」


 女はユーシンに確かめるべく扉を一度閉めた。


 ローシアは鼻息を鳴らして、こんなことをワタシにやらせるなんて、と少し憤っていた。

とはいえ貴族会の関係者をこんなところに寄越すこともはばかられるだろうし、ユーシンとして良い逃げ場だったのかもしれない。

 金はたんまり持っているんだろうし、金でなびく女を捕まえれば簡単かもねと、二人の関係を邪推する。


 少ししてまた女がドアを開けた。顔は無表情に少し眉を顰める程度の怒りはありそうに見えた。


「……もう少ししたらくるから待ってて。」


とローシアに投げ捨てるように言う。


「わかったワ。」


 と言うと、ローシアは馬車にいるタマモに手招きした。

話はついたと理解したタマモは馬車をユーシンのいる家の前に付けた。車上からローシアに確認する。


「話はついたのか!」


「ええ。多分ね。ここにいる女は、夜蝶通りにいる女っぽいワ。」


「そかそか!やっぱユーシン様は女のところにいたんだね!」


「いつも失踪した時はこんな感じなの?」


タマモは思い出すように、腕組みして首を傾げて少し考えて


「いつもは……二、三日したら戻ってきてたぞ! 最初はイシュメル様も動揺して大騒ぎしたけど、何度も同じ事をするんだ!だから今回もいつものやつと思って大体放っておくんだ!」


同じ事を何度も繰り返して、失踪がいつのまにかリフレッシュ休みのように捉えられてしまったのだろう。


「だから今日はじめてユーシン様がいつもどこにいるのか知れる機会だと思ってわくわくしてたんだ!」


「ふぅん。今回はどのくらい失踪していたのかしら?こんな近くに。」


「今回は……えっと……思い出せない……けど、聖書記候補のパーティの後すぐだぞ!」


となると少なくとも十日以上は失踪していた事になる。

流石に放置しすぎだ。


ローシアが思案にふけっていると、ドアが開いてユーシンが出てきた。後ろには先程の女が立っている。少し寂しそうにユーシンの背中を見ていた。

ユーシンは女の方を向いた。


「……すまなかったな。長く住まわせてもらって。」


「いいのよ。気にしないで……でもアンタ、いいとこの人だったんだね。」


「……それはわからんな……すまないがもう行かないといけない。」


「……うん。」



「じゃあ……またな。」


「……期待せずに待ってるわ。」



 ユーシンはこちらを振り向いた。


「すまないな、わざわざ迎えに来てくれて。」


ユーシンは足速に乗り込み、続いてローシアも乗り込んだ。

 タマモが馭者席に座って手綱を振るうと馬車は馬に引っ張られて進みだした。

女は馬車の後部から見えるユーシンに手を振っていた。


 ユーシンが徐々に遠くなる女の方を向き直ってローシアに話しかけた。


「アイツ、俺が貴族会の人間だって知らなかったんだよ。笑うよな。どんなお人好しなんだか。」


「……なんで言わなかったの。」


「……なんでだろうな。」


「知ってたんじゃないの?」


「さぁ……どうだかな。」


 ユーシンは遠くを見るように目を細めると、少しだけ微笑んだ。


「俺はあまり表に出ないからな。知らない人のほうが多いさ。きっと知らなかった。」



「名残惜しそうじゃない。そんなにいい女だったの?」


 と言うと、ユーシンは女から視線を切って腕組みして目を閉じる。


「……いい女かどうかはわからんな。俺には。」


「随分消極的じゃない。」


「……フン……人の心はわからんな……だが……」


 ユーシンは言葉を選ぶようにして


「きっと、ノココのように誰かに寄り添える人が、心が温かいという人なのだろう。」


「ノココ?」


ユーシンは鼻で一度笑う。


「あの女の名前だ。良かったら覚えておいてやってくれ。」


ローシアはユーシンの顔を見て、何か憑き物が落ちたようにスッキリした顔をしていた。


「……アンタだけが覚えておくといいワ。アンタ達二人がね。」


「そうか……そうだな。」


 と言うと屋敷に到着するまでユーシンは、何かを考えるようにもう一度馬車の後部からノココをずっと眺めて、何も喋らなくなってしまった。


ノココは、馬車が道を曲がってその姿が見えなくなるまで、いつ振り返ってもいいように、そしてわかるように手を振っていた。



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