第二章 7 :少し開いていた窓から
――囲め! 逃すな!
衛兵が声を張りながらローシア達を広場から追い込むようにして詰めていた。周りの人たちも慌てふためいてロージアたちから悲鳴や怒声の中、蜂の子を散らすように逃げ惑う。
衛兵たちはロージアたちを見逃さないように、そして逃げる人々にぶつからないようゆっくり詰めてきている。
衛兵達の統率の取れた動きで、馬車まであと少しというところで、ローシア達は囲まれていた。
前方には衛兵らしき集団が壁のように並んでいるのが見えている。後ろからも迫ってきているし、立ち止まっていれば挟まれてしまう。人々が完全に散ってしまったらロージアたちは浮き彫りになってしまう。
このままでは捕まるのは時間の問題だ
元々馬車の手前で衛兵に封鎖されていたらしく、逃げていたつもりがいつのまにか追い込まれていた事がわかる。まだこちらの姿は視認できてないはずだ。
後ろからも前からも衛兵が逃げ道を潰すように五人に徐々に詰めてきている。
「……万事休すですわ。」
アシュリーがそう言うとイシュメルは当初となんら変わる様子はない。
「良い。私はなすべき事を成した。ここで命朽ち果てようとも構わん。」
諦めとも取れる言葉にローシアは抗う。
「ここで終わりみたいな言い方はよしてほしいんだワ。」
辺りを見回すオルジアは
「とはいえこりゃ逃げるとこないぞ。」
ローシアならば、持ち前の速さで突破することは難しくない。衛兵の狙いがローシアならそれで良い。
だが、衛兵はおそらくミシェルを狙っている。
ローシアがミシェルだけを逃がすために動いたとしても、もしイシュメルが捕まってしまえば同じだ。
イシュメルを人質としてミシェルとの交換の話になるだろう。
さらにもしイシュメルに何かあれば、ヴァイガル国とドァンク共和国の関係は、過去最悪のものになるだろう。それこそ宣戦布告どころの話ではない。
ヴァイガル国として許容できないのはミシェルが聖書記候補であること。この一点に尽きる。
あの場の民衆がドァンクに心を動かされた事は時間が解決する。そのうち忘れ去られるのだから。
しかしミシェルが聖書記として国の中枢に食い込まれるのは、王族にとって都合が悪いはず。
ヴァイガル国を追い出されたエミグランの国の人間が、政治の頂点に立つというそんな馬鹿な話はない。だが、聖書記候補の儀式はイクス教とヴァイガル国にとって重要なものであるため軽んじるわけには行かない。
――イシュメルはもちろんのことだけど、ミシェルを守らなければ……――
ローシアは初めてエミグランと面会して、ミシェルを紹介された時のことを思い出した。
*******
「いつまで預かるのよ。まさかヴァイガル国に連れていけって事なのかしら?」
「そのまさかじゃ。見聞を広めるためにもよろしく頼むよ。」
そんな事、クラステル家の召使いにでもやらせればいい話じゃないの。と言いたげな顔でミシェルを見る。エミグランの後ろで顔を半分出して見ていたミシェルは、ローシアと目が合うとまたピュッと隠れる。
「随分と曖昧ね。他にが意図あるのかしら?」
ミシェルの恥ずかしがり屋な隠れ方がおかしかったのか鼻で軽く笑って
「まあそのうちわかるじゃろう。」
******
――そのうち……ねぇ……
随分と含みを持たせた割には、大きな事をやらせてくれるじゃないのよ。ミシェルが聖書記候補になる事、エミグランは知っていたのかしら――
アシュリーが耳をピクピクさせて気になる音の方に向ける
「誰……?」
道路のそばにある建物の中から、布で覆面のように目出しにしている何者かが切迫しているように激しく手招きをしている。間違いなく五人に向けているものだ。
「誰よ?アイツ。」
オルジアの判断は速かった。
「行ってみよう。ここにいても変わらんし、最悪殺されかねん。」
アシュリーも同意してイシュメルを促すと駆け足で覆面にむけて走り出す。ローシアもオルジアもついていった。
建物は誰も住んでいない民家のようで、がらんとした室内は灯もない。
覆面の男は全員が入るのを見ると、声も出さずに手招きをして奥に促す。
「ついていくしかないワ。」
もうすぐそこまで衛兵がきている。
五人は黙ってついていくしかなかった。
奥には倉庫らしき石を積み上げられてできている部屋があった。外の熱気とは違い肌寒く感じる。
覆面は壁を手探りで辿っていると、目的のものを見つけたらしく、壁を押し込む。
石が擦れる音と共に、目の前に土のトンネルが現れた。
覆面は臆する事なくトンネルに入るとやはり手招きをする。
逃がしてくれると言うのだろうか?
行くしかない。
全員が顔を見合わせ意を決して、覆面男を先頭にして中に入った。
覆面は松明を持って、奥の暗闇に向かってあるく。道順は把握しているようで迷う様子はない。
覆面男が全員がトンネルに入ると、通路を閉じて先導して歩きだした。
後ろを警戒していたローシアは、誰も追いかけてこないことを確認しながら、前と付かず離れずの距離で、覆面の持つ松明の光だけを頼りに暗闇を進んでいる。
――もう流石に追いかけてこないか……石壁の仕組みはアイツらはわからなかったのね――
追ってはこないとわかるとローシアは前を行く五人に追いつくべく暗闇を早足で進む。
オルジアに追いつくと振り向いてきてねぎらう。
「ご苦労さん。」
「フン……別に少し後ろを歩いていただけよ……」
労いを嬉しく感じているが、レイナほど素直になれないのは両親のいない姉だからだ。
「……衛兵にツラが割れちまったかもな。」
おそらくこの問題が解決するまでは、表立って行動は避けたほうがいいだろう。
「……仕方ないんだワ。」
イシュメルが二人の会話に割って入る。
「その事なら心配は要らん。君たちには迷惑をかけた。責任は取るから心配無用だ。」
貴族会にここまで言われると期待してしまうが当面の問題は、この国をどうやって脱出するかだ。
そして、レイナとユーシンのことも気になっていた。流石にここまで合流しないとなると何かあったのかと不安になるが……
――いやいやいや……まさか……
良からぬ方向に考えてしまう。きっと色々ありすぎて冷静になれていないのだろう……
覆面は立ち止まり、後ろを振り返る。
何事かと身構えるが、覆面は待て、と手のひらを向ける。
顔につけていた覆面を手際よく外すと
「……よう。オルジア。」
オルジアの知った顔だった。
「カミルか!」
覆面の正体はカミルだった。
カミルは額の傷を隠すように布で額を隠して巻いた。
「知り合いか?」
イシュメルが尋ねると、オルジアはミストの傭兵仲間です。と答えた。
「カミル、おまえさんどうして俺たちを?」
カミルはオルジア達の任務については何も知らないはずだ。
「たまたまだよ。セトに頼まれてミストの地下道を見回ってたんだ。聖書記選で誰か不審者が入っていねーかってな。外に出てみるとお前らが衛兵に追いかけられてるようだったからな。顔隠して呼んだのさ。よかったな俺がたまたまいてよ。」
この通路はミストができた時に作られたもので
ミストはワケアリの傭兵志願者が来ることがある。彼らを国に渡さないようにするため逃げ道を作ったのだとか。
これは元々ミストと国がそれぞれ独立した組織であり、イクス教に全く関係ないミストだからこそ作らなければならなかった秘密の道だ。
国に積極的に与しない立場のミストは、傭兵の身の安全を守ることが優先される。
法を犯したものは罰せられる事に異論はないが、推定容疑者であれば逃す事も考えなければならないからだ。
今でこそ使われることはないがセトの指示が五人のを助ける形になった。
「そうか……すまなかった。ありがとう。」
「……礼を言いたいのはこっちだな。今日はあのねーちゃんいねぇみたいだけど、恩を返せると思ったんだが……お預けだな。」
途端にローシアの顔が暗くなる。
「ところでおまえさん方どうして追いかけられてるんだ?」
「ああそれは……」
イシュメルがオルジアの説明を止める。
「まずはここを出ることを優先すべきだ。説明はその後でよかろう。」
イシュメルの言うとおりで、ここまできて見つかるのは下策だ。
アシュリーも同感です。とイシュメルに同意した。
「確かにな……よし、先にここから出よう。」
カミルは鍵の束を取り出し
「出口はもうすぐだ。ミストにでる。そこなら衛兵も来ないだろう。」
*******
ミストの倉庫の奥にある隠し扉から出てくると、オルジアにとっては見慣れた光景に安堵のため息をつく。
男臭いこの場所はオルジアの居場所だ。周りの傭兵達もミストが聖書記選を終えて一仕事終わった奴らの溜まり場になっていて大半の傭兵が酒をあおっていた。
「……おや、いつのまにか帰ってきてたのかね。」
カウンターにはセトがパイプを吹かしながら茶を啜っていた。
「ああ……ついでにお客人もな。」
セトがイシュメルとアシュリーに目線をやる。
アシュリーは深々と礼をしたが、セトはイシュメルを知っていたらしく目を丸くした。
「おやおや、貴族会のイシュメル公かい……これはまたきな臭い香りがするねぇ……まあこんなむさくるしい場所は貴族会の人には合わないさね。」
セトは何かあったのだと察して、パイプの煙草葉を叩いて落として立ち上がり、オルジアらをセトの部屋に案内した。
*******
オルジアは広場で起こったことを全て話した。ここにいる以上狙われるリスクがある。最悪ミストが衛兵に狙われる可能性がある以上、セトにだけは全て説明しなければならない。
話し終わると、セトはため息を一つついた。
「……大体のことはわかったさね。」
ミシェルはセトのベッドで寝かされている。
セトはまるで優しい母親のように優しく頭を撫でる。
「そうかいそうかい……大変だったねぇ。こんな小さな子が聖書記候補にねぇ……」
話し終えるとイシュメルが口を開く。
「今回の件は全て私に責任がある。報酬は弾ませてもらう。」
フンと鼻を鳴らすセト。そして次の行動について確認する。
「それはまあ当然として、これからどうするんだい? 外は衛兵まみれだ。それに厳戒態勢で門も閉められてるさね。国外にも出れないよう門という門は全て封鎖だ。逃げられたとはいえ、追い込まれる寸前さね。」
「しらみつぶしに探す気かしら。私たちを。」
「出入口を封じて炙り出す。古臭いやり方だけど効果的さね。」
とは言えいつまでもミストに隠れているわけにはいかないし、貴族会のトップだ。厳戒態勢はヴァイガル国の都合であって、たとえイシュメルが健在だとしても他の貴族会が黙ってはいないだろう。
言い換えると戦争の火種が増えてしまう。それはイシュメルの望むところではなかった。
「うむ。まずは国に戻ることが最優先にはなるが……息子を探さねばならんな。」
ローシアも同意だった。レイナはおそらくユーシンと共にいるはずだ。
カミルは疑問に思っていることをローシアに尋ねる。
「もう捕まっている可能性はないのか?」
「それはないワ。アタシたちと離れていたから貴族会と見られている可能性は低いワ。もし貴族会と知っていて捕まっているなら、人質としてミシェルとの交換の対価として使われるんだワ。何かアクションがあってもおかしくないワ。」
イシュメルは自分の息子を対価と評したローシアの言葉に何の感情もなく、そうだな。と相槌を打ち
オルジアも同意する。
「捕まってはいないと考えるべきだ。時間の問題かもしれんが……それにレイナがいるはずだ。」
――何やってんのよ。アイツらは……――
ローシアは独りごちる。
「とはいえ俺たちは顔が割れてるからな……あまり派手には動けないな。」
オルジアの否定的な意見にローシアは真っ向から反対した。
「顔が割れていようとやるしかないんだワ。妹の命がかかっているし、アタシはいくわ。」
オルジアは頭をかきながら
「そうだよなぁ……俺たちしかユーシンの顔わからんから、ここにいる奴らに頼むわけにもいかんしな……」
カミルもレイナに恩を返すことを優先したようで
「っと、俺は手伝うぜ?あのねーちゃんの顔は忘れられねぇ。んで、おれは顔割れてねーからな。」
と意気揚々に言う。セトは立ち上がって腕組しながらイシュメルを見る。
「わたしにも当てがあるからね。ちょいと当たってみようかね。情報があったら高くて買ってもらうさね。」
イシュメルは大きく一度頷いた。
アシュリーはすやすやと眠っている。先ほどの騒ぎにも目を覚さない豪胆な子だ。
セトはミシェルの事が気になるようで、先程から何度もチラチラと見ている。
目線の優しさはまるで母親のようだ。小さい子供には弱いのだろう。
ミシェルはイシュメルの後ろに立ち
「わたしはイシュメル様の護衛のため残ります。」
と宣言する。イシュメルの護衛だから当たり前と言えばそうなのだが、曖昧な立ち位置にならないようにはっきりと宣言した。
「ええ。悪いけどお願いするワ。」
これで、オルジア、ローシア、セト、カミルが捜索と情報収集。イシュメル、アシュリー、はミストで待機。
この編成で次の行動に移ることになった。
ただローシアは、姉妹が離れ離れに行動してしまったこと。そのきっかけがあの女ったらしのユーシンだということに、憤る気持ちが心の中で燻っていた。
――ユウトがいたらどうしたのかしら、あの子
ぽやっとしてんじゃないわよ。ホントに……――
「じゃあ早速動くさね。時間もないんだから。」
セトが腰を上げて動き出して、他の皆も合わせて動き出した。
セトの部屋を出ると、カミルが先に行くと出ていった。顔も割れていないこともあって足取りは軽かった。
続けてセトも出て行く。オルジアとローシアが出ようとした時、傭兵の一人が声をかけてきた。
「オルジア、気をつけろよ。外の様子がおかしい。」
血の気のひいた顔でで僅かに震えていた。只事では無さそうだ。
「何があった?」
「さっき任務から帰ってきた奴が言っていたが、多分騎士団長が出ている……」
オルジアは思いっきり舌打ちをした。
「騎兵団長か……」
傭兵は頷いて続ける。
「多分……狂犬だ。」
狂犬の名前を聞いて、オルジアも血の気が引いた。
よりによって『狂犬』か……
この国に来てまだ日の浅いローシアには説明しておかなければならないだろう。オルジアは振り返って不機嫌そうなローシアに、狂犬について説明だけしておく。と前置きしてから狂犬について説明を始めた。
「この国には、主に国防任務を担う騎士団があり、その組織のトップが騎士団長だ。その団長に狂犬と呼ばれる奴がいる。」
「ちょっと待ちなさいよ。その団長ってのは何人いるのよ。」
「五人だ。どのくらいの力があるわからないが、噂には同じ人間とは思えないそうだ。」
「大層な噂ね。人間やめたのかしら?」
オルジアは神妙な面持ちで頷く。当てずっぽうに言ったことが、実は正解だったとはローシアも思ってなく、ホントに?と聞き返す。
「ヴァイガル国の魔石技術だ。今の騎士団長には、生体魔石技術が使われている。」
「生体魔石……」
簡単に説明すれば、人体に超小型の魔石を埋め込んで人体が持つ以上の能力を魔石とマナを共鳴させて生み出す仕組みだ。
魔石はマナを利用して効果を乗算させたり奇跡を小規模で起こす事ができる。
奇跡を起こせる人が使えば、その効果を何倍にもできるし、普通の人が使えば、石に封じられた奇跡の効果を容易に生み出せる。ローシアが昨日の夜に火を起こせたのは、魔石のみの力だ。
魔石が最もその効果を発揮するのは、マナが扱える人が持った時だ。
例えば、回復に特化した能力であれば、傷を治すのに十日かかるとすれば人体魔石によって十倍なら一日で治る。
範囲で奇跡を起こせるのであればその範囲を伸ばす事ができる。
生体に埋め込む事でどうなるかというと、魔石が体の一部として存在する事で、共鳴させるマナの総量が増えるということが挙げられる。
炎を扱う術者であるなら扱える炎の大きさが変わるし、水を扱う術者であれば扱える水の量やその有効範囲が広がる。
魔石技術が生体へ同化に研究のベクトルが向いたのは、自然のマナを扱える能力者が減っていることが起因している。
魔法は人体のマナと自然のマナを術者の魔術の方式で共鳴させて、その力を発揮する。
レイナは詠唱のみで発揮できるが、能力としてはかなり優秀な部類になる。
自然のマナを利用する上でネックとなるのが発動時間で、魔術の方式は術者によってそれぞれ違う。
自然には大量のマナがあるが、それを扱えない世代が増えてきている。それらを抜本的に解決するのが魔石なのだ。
魔石を持っていれば、小さな奇跡は誰にでも起こせる。魔術のような発動時間もほぼ0だ。
魔石を人体に埋め込む事で生み出される奇跡は、通常の数倍。これは安価に大量のマナを扱える人間を増やせる簡単な方法になる。
ヴァイガル国は、国防のため、より能力の高い兵士や騎士団が安価に欲しい。そのために魔石技術をどう組み合わさればシナジー効果があるか、と言う結論が生体魔石技術になる。
便利な技術が生まれると、技術をより効果的に、より安価にと研究が進み、今は生体魔石はヴァイガル国では騎士団長全員に施している。
元々騎士団の中でも腕の立つ人間を団長としているが、そこに魔石の力が加わり、とんでもない力を持つ人間がこの国には存在していると言うことになる。
「……つまり、そいつとは対峙しない方がいいってことね。」
「本来ならそうだ。だが今回の相手は狂犬だ。見つかったら捕まえるまで追いかけてくる。捕まえたらなぶり殺すまで弄ぶ。まさに狂犬の名前にふさわしい……クズだ。」
「……最悪だワね。」
「正直関わらないことを強く勧める。もし会う可能性が少しでもあるなら見つかる前に逃げろ。ターゲットの匂いを死ぬまで追い続けられるぞ。あいつは嬲り殺すことに生きがいを感じている。ミストの誰もが関わりたくない人間の一人だ。」
オルジアの忠告は、その表情から深刻さが伺える。本当に会ってはならない人物なのだろう。
「わかったワ。忠告ありがと。」
そして外に出る前にオルジアに確認した。
「その頭のおかしい狂犬の名前は?」
「エオガーデ。エオガーデ・クルーラーだ。」
ローシアは何度か名前を口にして、覚えておく。と言いミストを後にした。
続いてオルジアも外の気配を探りながら出ていった。
ミストに残ったイシュメルは、アシュリーに
「お母様に現状報告できるようにしておいてくれ。あまり心配をかけさせたくないのでな。」
深々と礼をして、承知しました。と答えて外に出た。門が閉まっているので鳥を使っての連絡だろう。
イシュメルは座ってため息をついて、額を掴むように手を当てて、今後の事を思案しだした。
セトの部屋では、ミシェルが目を覚ましてむくりと起き上がった。
見慣れぬ天井に壁
周りを見回しても顔を知っている人どころか誰もいない。首を傾げて。
「れいなー?」
と呼んでみる。しかし誰も反応しない。
「りんー? あすりー?」
いつもいるメイドの名前を呼んでも反応はない。
半べそになり鼻を啜りながらベッドを降りる。
知らない匂いのする部屋に一人。
ミシェルにとっては恐怖でしかなかった。
「れいなー? れいなー?」
震える声で一番安心できるレイナの名前を呼んだが、何も返ってはこなかった。
扉があるが耳を澄ますと男の大人の声しか聞こえない。
すぐに離れて首を激しく横に振る。
ここから出て馬車に行かないと……
置いて帰られる。
半べそのミシェルの視線の先には、少しだけ開いた窓があった。




