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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第二章 :鼓動よ届け君へ
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第二章 5 :恋する乙女は許さない

 エミグランの屋敷から馬車が出発してからしばらく経ち、日が傾き始めてきた頃、書斎ではエミグランが持っている仕事をまとめて処理すべく、執務机で書類に向き合っていた。


 ドアがノックされる。


「入ってよいぞ。」


 ドアが開かれ、リンがお盆にティーセットを乗せて入ってきた。


「失礼します。お茶をお持ちしました。」


「うむ。」


 音もなくテーブルにティーセットを置き、エミグランが最高級バニ茶の包装に事細かく記した、『最も美味しくいただけるバニ茶の淹れ方』のとおりに慣れた手つきでお茶を淹れていく。


 書類整理に少し飽きていたエミグランは、背伸びをして、こちらから話しかけないと全く言葉を発しないし、質問もしないリンに尋ねた。


「全てを知る者とクラヴィは何をしておるかの?」


「何をしているかの質問には、部屋に戻られた後、ドァンクの街へ行かれました。が回答になります。」


「ふむ……まぁクラヴィがついておるなら問題なかろう。賊の調査は?」


「賊の調査については、まだ。が回答になります。」


「ふむ。魔石の出どころはわかったか?」


「魔石の出どころの質問については、まだ調べておりますが、一連の賊は、同一人物、または組織によって行われていると確定しても良いと回答いたします。」


 珍しくエミグランがため息をつく。


「敵は多く作るものではないの…… 屋敷の敷地まで入れるとはの……賊らの狙いは……」


 「お茶が入りました。」


 ティーカップに注がれたバニ茶をエミグランの前に置いていた。


「うむ。ありがとう。」


 早速一口いただく。


「……質問があります。賊の狙いは?」


 二口目を啜り、ティーカップを受け皿に置く。


「簡単に金目当てなら話は早い。全てを知る者ではとも思ったが、ここに来る前から襲撃はあった……とはいえ狙いは全てを知る者も含まれておると考えておいたほうがよいかの。狙いが他のものであるとしてもじゃ。より一層警戒せねばならん。」


「他のもの……」


「うむ。何事にも因となるものがあるはずじゃが、今は何を狙っておるのかわからんな…… ならば今は屋敷の警備を十全にしておく事じゃ。」


「……わかりました。警備体制を強化いたします。」


「うむ。よろしく頼むぞ。」


 リンはお盆だけ持って一礼して、書斎を後にした。


「あやつが関わっておるとするなら、プラトリカの海からの使者じゃろうな……」


誰もいない執務室でそうつぶやいた。


*******


 ――ドァンクの街入り口


 馬車がドァンク街入り口そばに止まる。

乗り入れても構わないのだが、クラヴィが街を歩きたいという希望から、タマモと馬車はここでお役御免になる。とは言え帰りがあるのでこの場で待機になるのだが、嫌な顔を少ししかせず喜んで!と軽く返事をしてここに至る。


  

「ここがドァンク共和国で一番大きな街!ドァンクなんだ!名前もまんまなんだ!」


 タマモはハキハキとユウトに街の説明する。

 


「ありがとね? タマモちゃん。」


「いえ!恐縮至極ですっ!」


 背筋をピンとして最敬礼するように感謝に感謝で応える。


どうやらクラヴィは屋敷でもかなり怖がられているようで、一言二言話すと、はいっ!はいっ!と元気よく返事していた。

 

 馬車の中で化粧直しをしているクラヴィを横目に、ユウトを手招きして馬車の外に連れ出した。

 そして内緒話をするように顔を近づける。


「なぁなぁにいちゃん!クラヴィ、アンタに首ったけだけどどうやって口説き落としたんだい!」


「くどっ……!そんなことしてないよ!」


「えええ!嘘だぁ!あんな上機嫌で目がとろけてるクラヴィ姉さんみた事ないぞ!」


「そ……そうなの?」


「ああ!いつも神出鬼没!狙った獲物は絶対に逃さない!どんな仕事もなんでもござれ!そんなクラヴィ姉さんだぞ!男なんていないんだぞ!モテないんだぞ!」


「いや、モテないって事はないと思うけど……」


 とても優しい笑顔、スタイル抜群、子供みたいな性格。モテないわけがないじゃないか。これでモテなきゃこの世界の男がおかしい。


「いやいや!全然だぞ!男なんて見た事ないし!噂もないぞ!もしかしたら女の方が好きなんじゃないのかって噂もあったんだぞ!」


「ターマーモちゃん?」


 ユウトは気づいていたのだが、後ろを指差すユウトを完全に無視して喋り続けたタマモは、頭を鷲掴みにされてようやく気がついた。


「は……ひ……」


 力ずくで後ろを向かされると、笑顔でありながら怒気を纏ったクラヴィが立っていた。


「私のユウトちゃんに、何を言っているのか……わからないならお仕置きかしら?」


「ひ……ひえ……」


 ユウトがやはり間に入る。


「まあまあ……クラヴィ、早くドァンクに行ってみようよ。」


 タマモをフォローし、クラヴィはユウトが言うなら、と溜飲を下げて事なきを得たらしく、既に興味を無くしたタマモを放り出してユウトの両手を握る。


「……やっぱりユウトちゃんはステキ」


「い……いや、そんな事はないけど……そ、それよりも早く街に行こうよ!」


「そうね!せっかくのデートだし! タマモ……アンタ、邪魔するんじゃないわよ。」


「は、はいっっっ!!」


 タマモは最敬礼中の最敬礼で二人を見送った。

 

 街の入り口まで仲睦まじく歩いていく背中を見て、もう当分は戻ってこないだろうとほっと一息ついた。

 しかし、クラヴィのユウトへの反応はこれまでに見た事はないが、どこかで聞いた覚えがあるけど……と記憶を探る。

 そして閃きを得た。


「……そうだ思い出した! アイツ!女たらしだ!!」


 タマモに女たらしの噂とも言えぬ本当に近い話を脳内にインプットされたと知らずに、二人はドァンクの街に入った。


 


 周りはほとんど獣人で、ヴァイガル国と違い道の至る所に屋台が連なるように店があり、まるで夏祭りのような賑わいだ。あまりの獣人の多さにユウトは驚きを隠せずクラヴィにたずねた。


「すごいね……なんか祭りなの?これって。」


「いえ、これがこの街のいつもの姿よ。獣人の街ってここしかなくってね、ほとんどが獣人なの。」


 確かに普通の人間を見つける方が難しいかもしれない。


 クラヴィはユウトを引っ張って人混みに合流した。




 クラヴィが腕に絡みつくようにしてくるのを赤面しながら歩く。

 

 ――手を繋ぐだけでも恥ずかしいのに……

  なんでまとわりつくんだろ……――


 他人の評価を得ることを拒否して引きこもったユウトには、クラヴィが見せるユウトへの好意が理解できていない。だが全く悪い気もしないのだが、初めて会ってから二回目でこのように人は変わるものかと面食らっている。

 

 だが、クラヴィはとても嬉しそうに街を歩いているので、そんな顔をしてもらえるのなら、このままでもいいか、と思えた。


 そんなユウトの顔を見て、クラヴィが聞いてきた。

 

「ユウトちゃん、あの姉妹のどっちが気に入ってるの?」


「どう言うこと?」


「どっちが好きなの?」


「どっ……!!」


 クラヴィの顔は怒ってる風でもなく、ただ疑問を投げてきただけの顔だ。


 ――え?え? こう言う時に他の人の話ししていいものなの?


 これは異性関係の一騎当千でも回答に窮する質問だ。

 どっちが好きか……

 そんなこと考えたこともなく、とはいえ「好き」という単語に敏感な思春期でもある。

 顔を赤くして考えてみたが、好きという言葉で表現できるのかを自分に問い詰めてみた。

 ローシアはユウトのことを嫌ってはいないだろうが、好きだという感じはしない。むしろそこまでではないにしろ拒絶されている感じもしなくはない。

 そんな相手に、好きという気持ちはないだろうな……と結論づける。

 レイナはとても優しい。きっとあの優しさはみんなに分け隔てなく与えている情愛なのだろうと思う。

 特にローシアに対しては姉妹の絆なのか、ローシアがクラヴィに気絶させられた時の様子は鬼気迫るものだった。

 きっとあねが一番大切なのに、皆に平等に情愛を分け与えるレイナに、それを独占するように好きというのは烏滸がましいと思う。


 だが、どちらかが助けてほしいと同じように言ったら、どちらを先に助けるか……と考えても結論は出なさそうだと思った。

 

ユウトの性格から、聞かれた事には素直に答えるので


「わかんない……かな。」


 と答えた。


「わかんないんだ? どっちもかわいいじゃない?」


「うん……それは、僕もそう思う。」


「……じゃあ、どっちかと離れなきゃならなくなったら、選べるとしたらどっちを選ぶ。」


 ユウトは立ち止まっしまった。

あの姉妹がどちらかいなくなる……

二人の悲願のために離れる事はないと思っているが、本当にどちらかを選ばなきゃならない時が来たらどうするべきか、悩んだ。


「ユウトちゃん?」


 しばらく考えて出した結論は


「ごめん……選べないや……そう言う事は、その場になって見ないとわからない……」


 というと、クラヴィは


「フフ……そうなのね。わかったわ。」


 ユウトは優柔不断な自分自身に苦笑いするしかなかったが、クラヴィは彼の一連の行動でユウトらしいなと納得していた。


 むしろクラヴィからすると満点の解答だと思った。選べるはずがないけど、いつかそういう事がある時のために可能性を少し聞かせておく事も、ユウトには必要と思った、いわば親心に似たものだった。


 ――いつまでも仲良く生きていければいいけど……そうもいかないのよね。あのおばあちゃまが絡むと……――


 

 思案はやめクラヴィは切り替わってユウトと街を歩く幸せを噛み締めた。

 ただそれだけのことなのに、クラヴィは今、夢のような事が起こっていると幸せを噛み締めていた。


 ――こんな普通のことが出来るだけでこんな気持ちになるのね……


 ユウトと二人で歩く世界はとても美しく見えていた。例え見慣れていても、嫌な事があった場所でも。


 


 逆にユウトは周りの視線が気になっていた。

 ほとんどが獣人なのだが、たまに見かける人間。特に男から睨まれるように見られている事に気がついていた。


 その理由は、なんとなくだがユウトにはわかっていた。


 クラヴィだ。


 視線をクラヴィに向けると、とても嬉しそうにニコニコ笑っているが……



 ――距離感ぶっ壊れてるんだよね……クラヴィ


 腕にまとわりつくクラヴィの肢体に釘付けになる気持ちはわかる。

 たが、実際にユウトの立場になると色々と困る事はある。色々と。

 


「ク……クラヴィ、どこか行きたいお店はあるの?」


 なら、さっさと視界からきえてしまえばいい。お店等に早く入ってしまおうと言う結論になってクラヴィに問う。


「もちろんよ。ユウトちゃんの寝具を買ってあげたいのよ!でもこれだけ多いと通るのも大変よねぇ…… 視線も鬱陶しいし……ちょっと消えて歩こうかしら……」



「う、うん!それ!賛成!」


 そうだったクラヴィには消える力があった。

クラヴィも視線に気がついていたらしく、ジロジロ見ていた、道の向かい側にいる男達を一瞥する。

 

 と言っても手を繋いだまま何かをするわけではないのだが。


「じゃあ消えるわね? でも……その前に……」


 建物の間の路地の入り口に連れ込み、壁際にユウトの背中をつける。


「ちょっとあの男たちに見せつけてやろうかしらねぇ……」



「な、な、な、な、な、なにを見せつけるの!?」


「……フフフ、冗談よ。はい!消えましたー。」


 男たちは、人々が忙しなく動く道路の向こうで路地に入った二人を追おうかと思っていたのか、移動して覗くように路地を見ていたが、クラヴィの力で消えているので、二人がどこに行ったのかと辺りを見回していた。


「ハハハ……いつも通りじゃん。」


 と笑うと、その笑顔が見たかったと言わんばかりにクラヴィも笑い出す。


「じゃあ行きましょうか。あまり長居も出来なさそうだし……」


「そうなの? なんで?」


「うーん……女のカンね!」

 

 だが



 次の瞬間、ユウトの視界に見た事がある姿が視界に入った。

 紫のローブを被った数名がユウトの目の前を走って横切って行った。


――えっ……


 ユウトは息が止まった。

 

 ――ヴァイガル国でローシアと二人で家に戻った時に追いかけてきたアイツらだ……――

 


 ユウトは自分が深緑の右腕を使って、紫ローブの奴らを消滅させた記憶がない。


 追いかけられて、ローシアの背中を見失わないようにしていたがら体に絡みつかれて転げてしまい、後頭部を激しくうって気絶した。

 その後夢を見て、またあの女に胸を刺された。


 どうやって助かったかもわからないし、またあの夢を見るのは嫌だと、ユウトは小刻みに震え出した。

 


「ユウトちゃん? 大丈夫?」


 冷や汗をかき顔がみるみるうちに青ざめたユウトの顔と手の震えで尋常ではないと驚きを隠せないクラヴィは、ユウトの体を支えるようにしていた。

 危うく腰が抜けたように倒れるところだった。


「う……うん。大丈夫。」


「あの紫のローブの奴ら、見覚えあるのかしら?」


 クラヴィの女のカンは、ドァンクに入る前に見た紫のローブの奴らに働いていた。

 ユウトは気が付かなかったが、クラヴィは物陰からアイツらが待ち構えていたのを見逃さなかった。

 

 後ろにきたのを気配で感じて、ユウトには男達の視線をダシにして姿を消したのだが、追いかけるように通り過ぎていったのを見て、やはり……と察した。

 

 おそらく狙いはユウトだろうなと思っていたから、まんまと引っかかって炙り出された。

 しかし、まさかユウトがこんなに青ざめて倒れそうになるとは思わなかったのだ。クラヴィの顔も焦りが隠せない。


「うん。実は……ある……」


「その話、聞かせてくれる?」


 ユウトはその場に座り込み、クラヴィも隣に座って話し出した。


*******

 

 ユウトは、ヴァイガル国で紫ローブの連中に襲われた話を覚えている限りクラヴィに話した、ローシアと一緒に家に戻った時、何十人にも囲まれた事。捕まって頭を打ち付けて記憶を失った事。

 クラヴィは真剣な面持ちで聞いていた。全てを聞いた時、ユウトに尋ねた。


「つまり、アイツらがユウトちゃんを狙ったのね?」


「うん……多分そうだと思う。気を失っていたからあまり覚えてないんだけど……」


 情けない顔で空笑いするユウト。


「その時の傷はもう大丈夫なの?」


ユウトは後頭部をなでながら答えた。


「頭を打ったからたんこぶはできたかも……でもレイナがヒールしてくれたらしいから痛みはないよ。」

 

「そっか……怖かったのね……ごめんなさい……ドァンクに行こうなんて言っちゃって……」


 ユウトはあやまるクラヴィに顔を向けて真剣な顔で


「そんなことないよ!あいつらがいるって思わなかったし…… でも、僕一人でも追い返せるくらいの力があればなって思う。」


 クラヴィはユウトの後頭部に手を回して撫でた。

 明らかに頭の一部が固く盛り上がっている箇所がある。かなり強く打ち付けたに違いない。

 髪を捲ると、最近できたらしい傷が塞がっていたが頭皮が捲れたのか、髪が生えていない箇所がある。


――……ユウトちゃん……――


 クラヴィの手が震えるのを感じたユウトは


「クラヴィ? まだ寒気するの?」


「え?」


「震えてるよ?大丈夫?」


 と後頭部のクラヴィの手を握った。


「……う、うん。大丈夫よ?心配しないで? それよりも……」


「それよりも?」


「ちょっと一緒に来てくれる?」


 落ち着いたユウトの手を引っ張って、消えたまま歩き出した。


*******


 移動したクラヴィは馬車のそばにいた。

綺麗に整えた爪をカチカチと音を立てて噛みながら、目を見開いて、とても話しかけられるような様子ではない。


 中で何かを準備していたタマモが馬車から出てきた。


「クラヴィ姉さん!準備でき……た……よ」


 タマモは二度と忘れることができないだろう。

クラヴィは怖いと噂の話が二度とできないほどに、怒気が目に見えるほど周りの空間が歪んで見えるクラヴィの姿を見てしまったのだから。

 

クラヴィがタマモを見ずに口を開く。聞こえる声は聞いたことないくらい暗く力がこもっている。



「タマモ……ごめんなさいね。こんな血みどろの戯言に付き合わせて。」


「は、はいっ、いや、いえ!大丈夫です!」


「ユウトちゃんさぁ、自分が酷い目にあってるのに、そんな事は差し置いて、私の震えのこと心配するのよ。ほんとカワイイ。ほんとステキ。そう思わない?」


「は、はいっ!ステキです!!」


「私のユウトちゃんに手を出した奴らがこの街にいて、偉そうに人並みに呼吸しているらしいのよ……許せないわよね?? 私のユウトちゃんに傷を負わせてるのによ? 何でそんなことするの? 何でそんな権利があるの? 何で生きてるの? 何で死んでないの?」

 

「そ、そうですね!」


「ユウトちゃんが震えるくらい怖い思いさせておいて……またのうのうと現れて……でも、私がユウトちゃんの側にいた事が運の尽きよ……絶対に許さない……」


 と、クラヴィは胸の奥から押し寄せてくる笑いを抑えられなくなり、笑う。

 愛しさと憎しみが入り混じる笑いは高く聞こえたかと思えば太くなり、歪な抑揚で聞くものを震えさせる。


「こ……怖ひ……」


 常軌を逸する笑い声にタマモはしばらく震えが止まらなかった。



*******

ユウトはドァンクの街を歩いていた。

 

「クラヴィ……どこ行っちゃったんだろう……」


 人通りが多く、息苦しさから屋台の間から抜けれる人通りの少ない裏路地になだれ込むように抜けた。


「ヒト……多すぎだよ。ホントに。この道抜けたら別のところに行けるかな……」


 薄暗く、日当たりが悪く、湿気が抜けていない冷たい空気がユウトの体を掠めていくと、後方から入ってくる光が遮られた。

 嫌な予感がしてゆっくりと後ろを振り向くと、紫色のローブに身を隠した三、四人が、明らかにユウトが目的と言わんばかりになだれ込むように向かってきた。


「……へへへ……やっぱこの場面って……やる事は一つだよ……ねっ!!」


 ユウトは奥に向かって走り出す。

 ローブの連中も合わせるように走り出しユウトを追いかけた。


 

 全力で四肢が振り切れるほどに駆ける。右に曲がる角は、正面に一度、体の左側面ごとぶつかってから右に走る。続いてローブの連中がユウトを追いかける。

 足音が徐々に大きくなってくる。振り返って確認はしていないが、おそらく人数も増えている。

 


「はぁ……はぁ……はぁ……っっしつっこい!!」


 無我夢中で逃げるユウトに対して、さらに人数を増して追いかけてくる紫ローブの集団は、ドドドドと地面を踏む音を増していきながら、ユウトの逃げ道を潰して追い詰める。


 紫ローブの連中は徐々に集まり始め、いつのまにか総勢二十名が追いかけて、徐々に速度を落とす。前を行くユウトが膝に手をつき、肩で激しく呼吸して止まっていた。

 目の前には高さ3メートルほどの壁。

 行き止まりになっていた。


「はぁ……はぁっ……――っホントにしつこいな。」


 汗だくで恨めしそうに見ると、奴らは既にタガーを持っていた。後ろの方の奴らまでがタガーを持ちかまえているようだった。


 まだ肩で息をしている状態だが、このままだと間違いなく刺されてしまうので、体を起こして懐から魔石を取り出した。

 

「へへへ……これ、何だと思う?」


 うろたえるのが見た目でわかるほど二、三歩後ろに下がる。


「はははははっ 大丈夫大丈夫。爆発とかそんなのはしないけど……ねっ!」


 と言って持っていた魔石を地面に叩きつけた。

 パリンと心地よい音がすると、魔石は粉々に飛び散り、ユウトの体がスライムのようにうねりながら形を変えていく。


 そして……



「じゃじゃーん!残念だね!タマモでした!狐に化かされてやんのー!」


 正体はタマモだった。マナを溜めた魔石を媒体にして、変化する元の生物に触れたことがあればその生物に化けることができる「変化の魔術」を使える。

 タマモだけが使える技であり、この力を買われてエミグランの影武者として屋敷に常駐している。事が起こらないと役に立たないので雑用係も兼ねているが。


 

「じゃあ後は任せたよ!クラヴィ!」


 というと、高さ三メートルの壁に両手の爪を立てて走るように一気に登ってしまった。


 完全に騙された紫のローブ連中は、悔しがることもなく全員が後ろを振り向いて進もうとするが、歩き出す事はなかった。

 正確には出来なかった。

 

「……ありがとね。タマモ。」


 通せんぼするように両手を広げて立っていたのはクラヴィ。両手にはクナイを持っていた。


「……残念ね。ここから先は、血みどろの道。たっぷり搾り取ってあげるわ。」


 艶やかに舌舐めずりしてクラヴィが動いた。


 


*******



 

エミグランの屋敷に向かう荷馬車が一台、小気味良いリズムで走っていた。

 馭者はタマモ。

 クラヴィと別れてからすぐに馬車で屋敷に戻っていた。

 荷台には、とある店で匿ってもらっていたユウトがいた。

紫ローブの連中をユウトに化けたタマモが注目を集めて追い込み、その後ユウトを回収して馬車で屋敷に戻る手筈で全てうまくことが進んだ。


 クラヴィの事を心配するユウトが三角座りで幌にもたれるようにして空を見ていた。



「ねぇタマモ。」


「うん!どしたんだ!にいちゃん!」


「クラヴィ……ホントに大丈夫なの? ドァンクに置いてけぼりで……あのローブの連中になにか酷いことされてないのかな?」


 さっきからずっとクラヴィの心配をしている。クラヴィの別の顔を知っているタマモは、何言ってんだかと呆れて


「大丈夫だよ!だってクラヴィだもん!」


 と繰り返す。


 ユウトは、クラヴィの一つの側面しか見ていない。

大人なのに子供のような純粋な心を……だから心配になる。


「ちゃんと帰って来れるのかな……」


 ユウトの独り言を聞き逃さなかったタマモは、呆れたように


 ――やっぱ、このにいちゃん 女たらしなんだな……クラヴィの別名血みどろって名前の事言ったら、多分クラヴィに僕が血みどろにされちゃうな、きっと――


 と大きなあくびをして目を擦った。


 *******


 日が暮れたドァンクは、市場から夜市の様相に変わり、品揃えも昼とは完全に変わる。

 屋台の数はかなり減るが、売ってるものは武器や得体の知れない素性不明な薬、買ってすぐに飲める酒等と、怪しい出店も増える。

 まだ用意している出店もあるのでまだ増えるのだろう。


 人通りがまばらになってしまった大通りから、入り組んだ路地にランプを掲げ、タマモに貰った地図が指し示す通りに進む。

 まだ少し太陽の光は暗闇に飲まれるほどではないが、路地に入ると暗闇になるのでランプを持ってきて正解だった。

 

 目的地への最後の角を曲がる前に、明らかに血の匂いがした。地図は間違っていなかったなと安心した。

 

 一つ呼吸を整えて曲がってみると、二十人くらいの紫のローブを纏った奴等が折り重なり、壁にもたれ、と無残な状態で倒れていた。


「遅かったじゃない……リン。」


 クラヴィが、折り重なっている奴らの頂点に足を組んで腰掛けていた。自らは完全に血まみれになり赤い。そして血まみれの手にはべっとりとこれも血にまみれたクナイをクルクル回して。

 地面は血の海で足の踏み場もない状態だ。


「……すみません。食事の用意をしていたので。」


「……そうね、もうそんな時間なのね。私もお腹すいちゃったな。」


リンはタマモの書いた地図の通りにきたが、ここには見覚えがあった。


「懐かしいですね。ここはクラヴィと初めて会った場所です。」


「……そうだっけ。もう忘れちゃったわ……」

 

 倒れている数人の様子を手探りで確認した。ひどい状況だが、息はある。しかし、何人かもう助からないかもしれないと判断できるほどに凄惨な状況だった。

 

 血みどろ……クラヴィの仕事は必ず現場が血塗れになる。


 現場の凄惨な状況からついたあだ名だ。姿を消して事を成すので、男か女かもわからないが、現場は必ず血みどろになる。わかりやすいあだ名だ。

 

「……とどめは刺してないのですね。」


「まあ……ね。少し疲れてるのかしら……」


 クラヴィは、笑顔とも泣き顔とも言えない顔で俯いた。


「では、ここの後始末をします。すみませんが離れていただけますか?」


「そうね……先行ってるわ……悪いけどよろしく。」

 

ローブの山から飛び降りると、俯いたままリンとすれ違って、姿を消してその場を後にした。



「……ふぅ。随分と暴れてくれたものです。」


 リンはスカートのスリットから大きな布を取り出して、全員に布がかかるように広げた。


 *******


 エミグラン邸では、日がどっぷりと暮れた後、タマモとユウトがだだっ広い食堂で、三十人位は座れそうな長テーブルを挟んで、二人で寂しく夕食を取った後、クラヴィの部屋で、帰ってきた時には作られていた簡易ベッドで横になっていた。


 ――まだ帰って来ないな……大丈夫かな


 食事の時にクラヴィの安否についてタマモに聞くと、大丈夫だって!しつこいよ!と言われたので、もう聞くあてがない。

 部屋に戻って何をするでもなく横になって窓の外の月明かりを見ていた。


 ――絶対、あのローブを着たやつらが関係してるよね……言わない方がよかったかな……


 言わなくてもあのまま街を歩いていたら、あいつらにみつけられてしまっただろうから、結局同じ事だ。

全てを知る者の力は未だユウトにわかるように出てきたりはしないが、環境がどんどん変わってくる。

 

 迷惑をかけたのだから、せめてお帰りと言ってあげたいと月を見て時間が流れるのを待っていた。

 

 だが、食事の後に横になるとこの世界でも順当に睡魔が襲ってくるらしく、気がつかないうちに押し寄せていた眠気に吸い込まれるように意識は落ちていく。






 

「……えっ!」

 

 意識が突然覚醒したように飛び起きたら既に部屋は暗い。

 

「寝てたのか……」

 

 外を見ると月は部屋を照らすには高く上がっているようで、窓の外の手すりを照らしているだけだ。

 それだけの情報ではどのくらい時間が経ったのかはわからなかった。

 

 ――どのくらい寝たんだろう……そういえば、クラヴィは?

 

 ベッドの方を見ると、寝る前には整っていたシーツが乱れていた。


 ――帰ってきてたんだ……よかった……


 薄暗い部屋を目を凝らしてクラヴィを探すが、いない。あれからまたどこかに行ったのだろうか。


 ドアの外から足音が聞こえた。

こちらに向かってきてドアの前で立ち止まった。

 クラヴィか?と思ってじっと扉を見ていたら、重々しくゆっくりと開かれ、そこに立っていたのは。


「……リン?」


 手持ち燭台を持って照らしながら入ってきたのはリンだ。一礼してユウトの方に二、三歩寄る。


「ユウト様、申し訳ございませんが、私についてきていただけますか?」


「へ?……なに?……何かあったの?」


「何かあったか……の質問には何もございません。と回答いたします。ですがここではない場所でお伝えしたいことがあります。」


 何もないけど話がしたいって事かと察すると、わかったよ。と言ってリンと部屋を出た。


 リンの後ろについて歩く。屋敷には所々で灯りがついているが、屋敷を照らし切るほどの光量はなく、明かりを持っていないと誰がいるのか分かりにくい。


 しばらくついて歩くと、なんとなく把握している限り、簡易炊事場と呼ばれるところに着いた。


 屋敷の中を紹介してもらった時に、お湯が欲しい時とか、なんか食べたいという時に食堂が閉まっている時に使える各階に備え付けてある施設だ。


 お湯は食堂でたくさん沸かしてあるものを運んでいて、魔石の力で各階で保温しておくことができるとか。

 その他にも色々とできるみたいだが、入り口のない簡易炊事場の手前でリンは立ち止まり、それを見てユウトも歩みを止める。


「っと……ここなの?」


 と聞くと、振り向いて人差し指を唇に当てて、しーっと声を出すなと態度で示す。

 口をぎゅっと閉じて、何度か頷くと、リンは中を見るように促した。


 そっと覗いてみるとクラヴィがいた。

 木の桶に、うっすらと湯気がたち、その中に両腕を突っ込んで洗っていた。


 顔は見えなかったが、何度も手で擦るように洗っている。


 何をしているのだろうと声をかけようかリンの方を向くと、首を横に振った。話すなということらしい。


 そして、何度もクラヴィが鼻を啜る音がする。


 ――泣いてる……?


 リンはその場を離れると、ユウトに手招きをしてこちらにくるように示す。

 その通りに従い、クラヴィを残してその場を後にした。


 部屋に戻る途中、リンから話しかけてきた。


「クラヴィは、仕事終えると、あのように腕から手をを洗います。」


「仕事……なんか、あまりいい仕事には思えなかったりするけど……」


「あまり良い仕事には思えない、の回答は主に諜報、暗殺です。と回答します。」


「暗殺……」


 クラヴィの能力を考えれば、そうだよねと驚きはしなかった。


「驚きましたか?」


「いや……クラヴィの能力を考えれば、まあ、そういう事もあるかな位には思ってた。うん。驚きはしない。」


 しかしどんな人を殺してきたのかは気になったが、ユウトの考えを読んで回答するかのようにリンは続けた。


「暗殺は、この屋敷に一方的に脅威をもたらしたことが確定した相手や、自分に危害を与えようとする……または与えた方のみです。クラヴィはむやみやたらに殺すような人ではありません。」


「そうなんだ……」


「ですが、今日。紫のローブを着た複数の人間を血みどろにしました。貴方のために。」


「紫のローブ?! あいつらを?!」


 思わず声を張ってしまって手で口元を抑える。歩みを止めることなくこちらをチラリと見たリンはすぐに前に向き直す。


「一部は生きています。大半は失血死しました。ですがあなたをねらう賊なので、仕方ないと思います。」


 一部はどこにいるんだろうとは聞きたくなかった。この屋敷に連れてこられた話は一切聞かない。ここではない別の場所なのだろう。そして、生きている間に聞くべきことを、それなりの方法で聞くか吐かせているのだろう。

 初めてリンと出会った時も、賊を相手に一方的に動きを封じて、目的を話さない相手はすぐにとどめを刺し、生きていた二人はユウトが知らない間にどこかに消えてしまったかのようにいなくなった。

 リンが場所を知っているのだろうし、多分聞いても答えてくれなさそうだと思っていた。


 


「私が回答したいのは、クラヴィはあなたのためなら多分死ぬことができます。そして相手を殺すこともできます。ですが、クラヴィは、あなたのために誰かを殺してしまうことに葛藤しています。」


「……」


「以上のことから出された結論は、クラヴィは迷っています。あなたが本当に危険が差し迫った時は、誰かを殺せなくなると……あなたと自分の命が危うくなる事を懸念しています。」


 「……そっか、でも何故僕のせいなのかな?」


「何故僕のせいか、の質問には、あなたに特別な感情……つまり、好意を寄せているのだと回答します。あなたに嫌われたくないと。つまり、好きな人に殺しを見られたくないと思っています。」


 好意についてはなんとなくわかっていた。あれだけ表現してくれれば、流石に鈍感でも気がつく。


「なら、僕がいない方がいいのかな……クラヴィが迷うくらいなら……」


「僕がいない方がいいのかな、の質問には、いいえそれは違います。と回答します。なぜならいなくなれば、クラヴィは悲しみます。きっと、彼女は立ち直れない。いないのは死んでしまったことと同じなのです。だから葛藤しているのです。居ても居なくても、クラヴィは苦しみます。」


「死ぬことと同じ……か。」


「はい。そしてクラヴィは仕事があると、ああやって手を洗います。あれだけ洗えば汚れなんて取れているはずなのに、何かをぬぐい落とすように洗います。」


 落ちにくいもの……何かの証拠、血液……

 仕事があるとそうするという事は、血なのか、それとも物体ではない何かなのか、精神的なものなのか、今のユウトにはわからなかった。



 「クラヴィにとってあなたが生きていてそばにいる事が、最終的に幸せなのです。」


「側にいること……」


子供のようにはしゃいで抱きついてくるクラヴィは、きっと幸せなのだろう。しかし別の顔があり、ユウトが原因で心のバランスが保てなくなっている。

 しかしリンはユウトがそばにいることが一番良いと言う。

 何が正解なのかユウトには導けなかったが、きっとユウトよりも長く一緒にいるリンの出した答えは、彼女なりにクラヴィを思って出した答え。

 

 成否という言葉には当てはまらないもので、ユウト自身にクラヴィを任せるという意味なのだろう。

 ユウトの運命に色々な人物が絡み合ってゆく。

 

「ユウト様がいつまでこの屋敷にいるかはわかりかねますが、賊の襲撃は日を跨いでも続きました。もしかしたら、また今晩あるかもしれません。でも、クラヴィはあなたを守ります。葛藤しながら。」


「そうだね。僕は戦えないから、きっとクラヴィは僕の代わりに……」


「クラヴィは、ユウト様のために戦うことは何より大切な最優先事項。私が導き出した最適解は、クラヴィを信じて、生きてください。そして出来ればそばにいてあげてください。」

 

 最適解が導き出されるとちょうど部屋の前に着いた。


「長々とお話を聞いていただいてありがとうございます。いつも通りでしたら、もうすぐ彼女も戻ってくるはずです。」


 扉を開けてくれたリンは一礼する。

ユウトは部屋に入りドアを閉める前にリンに感謝の気持ちを伝えた。


「リン、いろんな話を聞かせてくれてありがとう。君はすごく優しい人なんだね。今度リンの話も聞かせてよ。じゃあ、おやすみ。」


 ユウトが感謝を笑顔と共に告げて扉が閉まると、リンは頭を上げた。


「優しい……人……」


 手持ち燭台を顔に近づけすぎたかはわからないが、顔が熱くなるのを感じて、頬をさすりながらその場を離れた。



 


 部屋に戻って少ししてまた遠くから足音がこちらに向かってくる。リンとは違う足音…… 予想と違ったのは、簡易炊事場の反対方向から聞こえたことだ。

 クラヴィじゃない……誰だろう?

 ドアの前で足音が止まると、部屋の蝶番がキィと音を立ててドアが開かれた。


 ドアの方を見るとエミグランが立っていた。

 


「エミグラン……さん?」


とても神妙な面持ちだった。何かあったのかと察するには充分で、なかなか話し出そうとはしなかったが、次の言葉を待つしかなかった。

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