第二章 3 :差し伸べたその手に
ユウトはこの屋敷に置いておく。
あまりに突然の提案に情けない声でローシアが聞き直す。
「へ?」
答えはなかったが、ローシアの視線が鋭くなる。
「……どう言うことかしら?」
「言うた通りじゃ。全てを知る者はここに残る。」
「さっき聞いたワ。聞きたいのはその理由なんだワ。」
エミグランも視線が鋭くなった。
静かに怒気をふくめたエミグランの覇気が全身を包む。凶々しさを感じて身動きが取れないほどの圧力を感じた。
それはこれまで感じた事がないもので、怒気という面ではローシアのものを遥かに超えていた。
あまりの圧力に姉妹は自然と固唾を飲んだ。
「無論、彼の国に置いておけないから、じゃな。終末思想論は知っておるよの? 彼の国にとって一番の脅威は全てを知る者じゃ。やつらは、黙示録と全てを知る者が合わされば国が破壊されると本気で信じておる。もし捕まったら全てが終わる。」
おそらく、エミグランの言う事は腑に落ちるらしく、ローシアの視線が暗くなる。エミグランの言葉は重たい。
「それに、全てを知る者こそ黙示録を、この世界で破壊できる唯一の人物じゃよ。」
姉妹が意図せず同時にエミグランの方を一斉に向いた。
「それは本当かしら?」
「うむ。間違いない。終末思想論は黙示録の場所に近寄らせまいとする詭弁じゃ。人民もようしつけられておるわい。まあただ全てを知る者本人はその方法はわからんようじゃがのぅ。」
じとりと横目に見るエミグランに合わせてローシアの刺すような視線。どちらも痛いが、エミグランの方が圧倒的で、レイナは気後れしている。
エミグランは極めて低い声で問うた。
「……彼の国は聖書記選最終日……何かあればすぐに衛兵が駆けつける。黙示録を壊せるのは全てを知る者だけ、何か間違いが起きて捕まれば全てが終わる……それでも連れて行くかね?」
魔女の末裔としての立場を理解してくれているとはいえ、全てを知る者であるユウトをエミグランのそばに置いておく事が正解かどうかはわからない。だが、確かに衛兵に捕まってしまったら、ユウトの素性がバレて最悪二度と会えなくなることはローシアもすぐに理解できた。
可能性としてはありうる。
それなら、この屋敷に置いておいた方がリスクはない。
イシュメルの護衛と同時にユウトを守る事を天秤にかける事案が発生することを避けるためには、ユウトをここに置いておく方が姉妹の負担は少ない。それにエミグランから聞き出さなければならない事はまだある。従う事が最善と判断した。
ローシアは大きくため息をついて「わかったワ。」と答えた。
エミグランはローシアの解答に満足したようで、三人に向けた怒気を簡単におさめた。
「良い判断じゃ。なぁに、聖書記選が終わるまでの辛抱よ。終われば早々捕まることはない。なんせ見た目で全てを知る者とわかるはずもないのでな。」
「……ついでに言わせてもらうと、この屋敷に全てを知る者に悪さする人がいなければ……だけど。」
ローシアの強がりで出た要求だが、それを見通していたかのようにエミグランは付け加えた。
「心配するな。ここにいる間はボディーガードをつけておくからの。」
「ボディーガード? 腕はたつのかしら?」
鼻で笑うエミグランはお茶を啜った。
「まぁ、隙あらばワシを殺そうとするくらいにはの。」
クックッと含み笑いをするが、言葉の内容は笑えない。
「本当に大丈夫なのかしら?」
「もう出てこい。おるのじやろう?。」
ユウトの後ろの方に向けて声を張ると、ユウトに影がかかる。
「フフフっ……ユウトちゃん! またあえたわね。」
ユウトの後ろを見るローシアが「あ?」とでも言いたげな顔で、ピキっとこめかみに血管が浮くのが見えた。レイナは無表情……ではなく殺気を押し殺そうともしない人を斬る前の侍のように冷酷に見ていた。
ユウトはこの声を知っている。
ヴァイガル国でローシアにいたずらで首を絞められた時、優しく声をかけてくれた……
「クラヴィ!」
あの時と変わらない優しい聖母のような微笑みで後ろに立っていたのは、クラヴィだった。
「やーん! 名前覚えててくれたのね?うれしい!」
どの感情を刺激したのかわからないが、椅子越しにユウトを抱きしめてくる。
「報告は聞いておる。クラヴィならボディーガードとして……」
「まっぴらごめんだワ!」
エミグランがしゃべり終える前に、ローシアがテーブルを叩いて立ち上がる。
「フフフ……あまり怒るとお肌に悪いわよ?」
ユウトがクラヴィの胸の中で窒息しそうになっているのを見たローシアがはぁぁ?!と声を荒げてさらにピキる。
「……アンタ……いい度胸じゃない。あん時の借り……まだ返せてないんだワ。」
「あらぁ? 借り? 逆じゃない?それって。」
ぎゃくぅ?と声が裏返りながら反芻するローシアにエミグランがまず座れ。と戒める。
ここはエミグランの屋敷だ。下手に暴れることもできず、拳で自分の掌を殴って鼻息荒く座った。
「フフフ。だって、ユウトちゃんを二人に再会させたのはわたしだし? 感謝してもらいたいわね。そう思わないかしら? お・ね・え・さ・ま?」
ローシアの血管が限界を迎えそうなほど硬く浮き上がり顔が赤く燃え上がる。
当のユウトはクラヴィの腕にタップしていた。
胸にユウトの顔が圧迫されて息ができない事に気がついたクラヴィは手を離して顔が青くなったユウトは息を大きく吸い込んで吐く。
「ごめんなさい……ユウトちゃん……苦しかった?」
「ゲホッ……いや……大丈夫だよ。それよりも元気そうでよかったよ。」
突然の抱擁に息が出来ず頭がくらくらしているのをクラヴィが肩を持って支えてくれた。
昨日クラヴィの腹にダメージを与えたレイナが、その話をしますの?とローシアに代わってピキる。
「そうねぇ、誰かに内蔵をぐちゃぐちゃにされそうになったもんねぇ……ユウトちゃんがいてくれて助かったわぁ。」
「いや……そんな事はないよ。なんも出来ないし。」
「そんなことあるわよ? ユウトちゃんの事をまーったくわかんない人もいるみたいだしねぇ。ボディーガード出来てほんとに嬉しいわ。」
「ははは……ありがとう。」
「ユウト様……ちょっと黙ってもらえませんか……」
「は……はひ……」
事の顛末を含み笑いで見ていたエミグランは、そこまでにせいとクラヴィを制する。
ムッとする顔をするのはクラヴィ。
「ワシの言うことも聞かんやつじゃが、まあこの様子ならワシを守るよりも本領発揮してくれるじゃろう。異論は……」
「ありますわ!」
レイナがテーブルのティーカップも気にせずにテーブルを叩く。
「私は反対です! もしこの屋敷にユウト様が残るのであれば私が残ります!」
「何故じゃ?」
キョトンとした顔でエミグランが問う。
「そ……それは!」
何故と言われると明確に回答が出ない。姉妹はクラヴィにしてやられた方だ。
味方になるにしても、なんかイヤだ。という個人的な感情からくる拒否で言語化できない。
答えあぐねているレイナと、頭から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にして拳を掌で何度も受けながら怒りを鼻息荒くしているローシアに向けて、凛とした声でエミグランが述べる。
「彼の国に全てを知る者を連れて行く事が間違いとは思うておらんが、聖書記選真っ只中で場内警備が厳しい時期に連れて行くのは愚策じゃ。」
「……!」
「それをわざわざ聖書記選真っ只中の彼の国へ連れて行ったとは……笑えんな。全く笑えん。それに傭兵になったなどと……全てを知る者に何かあったらどうするつもりだったのじゃ?」
「……」
「それに……このワシが守るというたら必ず守る。その意見が聞けぬとはどういう事じゃ? エミグランは嘘をつかぬよ?……そして、念のため聞くが、おぬしらはどのくらいの覚悟があるのじゃ?」
エミグランの言葉が姉妹の心の奥に刺さる。
クラヴィは真剣な顔になり、
「ちなみに、私はユウトちゃんを命に換えても守るわ。悪いけどエミグランのおばあちゃまであろうと、私のユウトちゃんに手出しする人は絶対に許さないから。これは宣言よ。」
「クラヴィ……」
と、クラヴィがエミグランに強く宣言した後、また柔らかい表情に戻り、ユウトちゃーんと半オクターブ上がった声でユウトに抱きつく。
ユウトは、何故クラヴィがそこまでして自分を守ろうとしてくれるのか、わからなかった。
「ホッホッホッ……怖いのぅ。覚えておくことにしよう。」
レイナは抵抗する気概を完全におられてしまい、俯いて話を聞くだけの人形になったかのように動かない。
「……では今一度聞こうかの? 今回のイシュメルの同行の依頼に、全てを知る者を彼の国に連れていかねば理由は何じゃ?」
ぐうの音も出ないとはまさにこの事で、歯噛みする表情を隠そうとするが、ユウトはレイナが自分のことで掛け合っている事が心苦しかった。
姉妹がクラヴィに対して嫌悪感を持っているのは自分のせいだと思っているからだ。
この議論に終止符を打ったのは意外にも自我を失いかけていたローシアだった。
「わかったワ。アタシ達がヴァイガル国へ行く。ユウトのことは任せる。これで手を打つワ。」
レイナは反対らしく、同意してしまったローシアに金縛りが解けたかのように
「お姉様!」
と声を荒げて向き直る。
「いいから……アンタは黙ってなさい。エミグラン様の言い分は、悔しいけど正しいんだワ。」
声が震えている。
「でも!」
「黙ってなさい!アンタは!」
ローシアが声を張り上げてレイナの意見を完全に拒否した。
「アタシ達はヴァイガル国に向かうワ。イシュメル様の話を聞きに行くんだワ。」
「おねえ……さま……?」
目を丸くさせて姉を見るレイナ。ローシアが言った言葉の意味を理解できていないのか。
「……うむ。理解いただいて感謝するぞ。」
満足そうに笑みを浮かべたエミグランは、大きな声でアシュリーを呼んだ。
ローシアの決断を伝えた後、レイナは口を結び少し俯いている。横顔からでも悔しさを精一杯押し殺せず歯噛みし、手の甲ににすじが浮き上がるほど拳を握りしめている。
少ししてアシュリーが応接室に入ってきた。
「およびでしょうか。」
「うむ。この姉妹をイシュメルのところに連れて行ってくれるかの。」
「はい、承知いたしました。」
途端、レイナが立ち上がり応接室の外に向かって走り出した。
「レイナ!」
ローシアが呼び止めるが振り切って外に出て行った。俯いたまま走り出したので顔を見る事はできなかった。
「……!」
ユウトはレイナを追いかけようと立ち上がると、腕に強い力を感じた。
「……ユウトちゃん。どこに行くの? あなたはここでは最重要人物よ? 勝手に何処かに行っていい人じゃないのよ?」
「……そんなの関係ないよ!」
クラヴィを振り切って、ユウトはレイナを追いかけた。
「――屋敷から出れん。リンがおるからの。外に出ても大丈夫じゃろう。」
エミグランはティーカップのバニ茶を堪能し、一息ついた。ミシェルはどうして良いかわからず半べそをかく顔で入口とエミグランへ視線を往復させている。
エミグランが小さく頷くと、ミシェルは放たれた子犬のようにパタパタと足音をたてながら二人を追いかけて行った。
「……申し訳ないんだワ。妹のことで。」
「……妹思いなのはわかるが、時には妹と腹を割って話し合うことも大切じゃぞ? ニンゲンはすれ違って二度と交わる事が出来なる事も多くあるのでな。」
言われなくたってわかってる。そう言い返したいところだったが、レイナの事はローシアが絆でわかるからこそ、言い返せなかった。
――考えている事はわかるけど、うまくいかないんだワ……姉失格ね――
*******
屋敷の中にいた可愛らしい獣人のメイドに、レイナの特徴を伝えてどこに向かったかと問うと、外の方に行ったらしく、走って外に出る。
庭園が見渡せるので、目を凝らして何処かにいないかと注意して見る。
左側の芝生の生えたところに木が一本あり、日陰になっているところに人が座り込んでいる背中が見えた。その背中には長い刀が斜めにかかっている。
「レイナ……」
見間違うはずがない。レイナだ。
座り込んで木の影に休んでいるように見えるが、応接室の様子から、動き疲れてちょっと一休み……というはずはない。
意を決して、レイナに近づく。
心地よい風がユウトとレイナの間をすり抜けていくと、髪を抑えてレイナが風上の方を見上げた。
レイナがユウトがいることに気が付き、パッと顔を逸らし、目元をこすっている。
何も考えずに追いかけてきたユウトは、今の状況は人生初めてのことで、歩きながら初めの一言を考えていた。
――何て言えばいいんだろう……
歩みを止めて考えるわけにもいかないと歩いていたが、レイナに近づくほど頭が真っ白になる。
――えっと……えっと……
引きこもっていたユウトに気の利いた言葉など浮かぶはずもなく、思考がループどころか同じ単語しか出てこない。
当たり前だ。引きこもって社会を拒否してきたんだ。他人と隔絶された自室の中で何者も受け付けなかった。
そんなユウトが励ましてもただの偽善。
偽りの押し付け。
でも……目の前で泣いている人に手を差し伸べるのに理由なんているのかな……と思いながらレイナに近づく。
レイナは、後方に誰か座る気配を感じた。それが誰かはわかっていた。
応接室から逃げてきたレイナが顔向けできるはずもなく、俯いて顔を伏せる。
また風が吹き、髪をすり抜けて頬をかすると、先程涙を伝ったところが冷たく感じて、指で軽くなぞる。
なぞる時に少しだけユウトの方を見た。彼はこちらを見ず、ただ座っているだけ。
――何をしにきたのだろう……
全てを知る者が現れたのに、千載一遇の時が来たのに、あんな失態を見せて……お姉様も苦しめて……
本当に何やってるんだろう……
「あの、さあ……」
後ろから声が聞こえた。
何を話すのだろう。迷妄と称された女に……
どうせなら、同じように罵ってくれた方がまだ楽になるかもしれない。
「エミグランさんって怖いね。びっくりしたよ。」
「……」
「あの……なんて言っていいかわかんないんだけどさ……」
「……」
「気にしなくていいんじゃないかな? うん。」
「……」
「そう、気にすることないよ! だって、ほら、危ない国に行ったかもしれないけど、生きてるし……」
「……」
「助けられてばっかりの僕が言うのもアレだけどさ……情けない話だけどね。」
「……」
「だから、気にしなくても……」
「……今回、ヴァイガル国に行こうと言ったのは私なのです。」
「へっ……?」
ようやく返ってきた返事に情けない相槌で返してしまった。
「村を出る前の夜に、話し合ったのです。お姉様はドァンクへ、私はヴァイガル国……お姉様は、イシュメル様と村長のご関係を知っていらっしゃったので……お会いするべきと言ってました。ああ見えてお姉様は慎重で礼儀をわきまえていらっしゃいます。」
「へ……へぇ、そうなんだ。」
意外だった。猪突猛進なイメージのローシアの案ではなかったのだ。
「ですが、私はお姉様の意見に反対しました……」
「それは、どうして?」
「私たちの悲願は、私たちで達成したい……誰も頼ることなく……だって、魔女の末裔ですから。誰かを信じて裏切られるくらいなら、いっそのことあの国へ行ってしまった方が早い……そう思ったのです。」
「そうなんだ……」
てっきり猪突猛進的なイメージがあったローシアが言い出したことかと思っていた。
「いつもそうなんです……姉は私の言うことを聞いてくれて、優先してくれて……結果的にドァンクにきてエミグラン様に話を聞く方が早かった。」
「……うん。」
「でも、間違っていた……私たちの成さなければならないこと……絶対に成し得なければならないこと……姉と二人で誓い続けてきたことなのに……私は間違えてしまったのです……昨日もあの国に行かなければ、お姉様はあんなに言われることはなかった!」
「……間違いだなんて……そんなに自分を責めな……」
「違うんです!」
「……!」
「……私はいつも間違えてばかり……いつも姉に助けられているんです。小さい時からずっと……私が間違えて失敗すると姉はいつも助けてくれる……今日だってそうです。私があの夜に意見しなければ、お姉様をあんな……あんな悲しい顔にさせる事はなかった……」
確かに、ローシアがエミグランに謝る時、悔しそうに見えた。
――でも本当は……きっと自分自身に腹が立ってたんだと思う。
姉として、妹を指し示す事が出来なかったことに。不甲斐なさを感じていたんだ。――
ユウトは、ローシアの思いと、レイナの思いがすれ違っているように感じた。
「今、こうして色々と思い出していると、いつも姉は正しかった……私なんていつも間違って、失敗して……姉に助けてもらってた………」
「……うん。」
「今回だって、クラヴィ様ではなく、ユウト様は、私たち姉妹で守りたい。そう思っていましたが、結果は、お姉様にあんな事を言わせてしまって…… 私……お姉様とユウト様のお役に立てていないことに……自分に対して腹がたつのです!」
「……うん。」
「……本当に、こんな私でごめんなさいとしか……言えなくって……」
抑えていた自分への怒りが込み上げて、溢れたのは涙だ。ポロポロと頬を伝う。
ユウトは、レイナが間違っていたと言う事に自分の思いを話す。
「あのさ……僕はこの世界で二人と出会ってさ、本当に助かってるんだ。本当に情けない話でさ、二人がいないと何にも出来ないんだよ。」
カラカラと笑うユウトの声で振り向く。
溢れる涙はユウトの優しい笑顔が拭き取ってしまったかのように引いてしまった。
「ローシアはさっき部屋で悔しそうな顔をしていた。きっとさ、レイナに何か思ってたとかそんなんじゃなくて、そこまで言われる筋合いはないって思ってたんだと思う。僕たちがあの国で得たことはあるはずなんだ。目には見えない何かが。」
「ユウト……様……」
「それに、僕は君にもローシアにも感謝してるんだ。本当にありがとう。僕はこの世界にきて初めて出会えたのが二人で本当に良かったって思ってるよ。」
今いる目の前の相手は、姉妹が待ち望んだ人物で、レイナがヴァイガル国へ行くことを決めてから、命の危険すらあったのに、ありがとうと満面の笑みで心から感謝の言葉を口にした。そして
「僕がこんなこと言うのもなんだけどさ……レイナの選んだ道は危険だったかもしれないけど、きっと間違っていないよ。僕はそう思う。」
「……そうでしょうか……本当に……」
「うん。そうだよ。だから、もう泣かないで……ほら。」
ユウトが屋敷の方に視線を向けると、ミシェルがレイナとユウトを見つけて、泣き出しそうなのを堪えながら小走りにこちらに向かっていた。
「ミシェル……」
「レイナが泣く事で悲しむ人がいるんだよ。だから自分を責めないでほしい。自分が選んだ道が間違いだなんて思わないでほしい。間違いなんてないし、間違っているって思うのなら正解に変えちゃえばいいんだよ。」
「ユウト様……」
「れいなー!」
いつのまにかすぐそばまできていたミシェルがレイナに抱きついた。
「れいなー!れいなー!」
ミシェルはその手にレイナの感触を捕まえると、破顔してレイナの胸の中で泣き始めた。レイナは驚きはしたものの、ミシェルを抱き、優しく頭を撫でた。
心を閉ざさない方が人は集まる笑顔に人は惹きつけられるのだから。
きっと、これまで姉妹二人で黙示録を破壊する事だけを考えて生きてきたから、失敗が許されないという重圧があったのだろうし、結果としてヴァイガル国に行かずドァンクに来た方が効率は良かったのかもしれない。
けど、ヴァイガル国に行かなければ、セトやオルジアに会うこともできなかったし、家を借りることもできなかったし、あの姫様を見ることだって出来なかった。
――無駄なんてなかったんだ。――
ミシェルがわんわんと泣く傍らで、ユウトはレイナの横顔を見つめていた。
*******
三人が木陰にいるところを、二階のバルコニーから見つめていたのはリンだ。三人の様子をずっと伺っていた。賊の気配はなく、先程入手した透明化の魔石を摘み持っていた。
そこに
「よーうリンちゃん。お元気?」
軽い口調でリンに近づく男がいた。
「ユーシン様……問題ありません。イシュメル様とご一緒だったのでは?」
「フン……野郎三人で部屋の中で密談とか気持ち悪いんだよ。あとで来たのはちびっ子とか……はー面白くないねぇ。」
男はベランダから三人の人影を見つけた。
「ん? ありゃ誰だ? 見た事ないが……」
「エミグラン様のお客様です。」
「ほぉん……ん?」
ユーシンの目にはレイナが止まった。
遠くからではあるが、レイナの体つきに興味を持ったようで目尻が下がる。リンはこの顔がすごく嫌いで自然と目を逸らす。
「……へぇ。ドワーフ村育ちのかっぺのクセに、なかなかいい女がいるんじゃねーか。」
「……ユーシン様。お戯はおやめください。」
ユーシンのことはメイドのほとんどから、その女癖の悪さから嫌われている。リンは警備のことから余計な問題を増やすな、という意図からユーシンに注意を促したが、ユーシンは邪険にあしらう。
「関係ないだろ。俺がどいつとどんな事しようが。そういやお前も俺に全くその気がないよな。性格まであのバァさんに似ちまったのか?」
なじるようにリンを責めるがリンは相手にしない。
エミグランに仕えるメイドとして発言したまでで聞き入れるかはユーシン次第。ユーシンが受け入れた試しはない。
「フン……木偶が……まあいい。」
ユーシンは視線をレイナに戻し品定めを続けた。
口元がにやける。この顔もリンは嫌いで視線をレイナたちに移す。
「あの女さっきの部屋の男の嫁か? いや、まあどっちでもいいか……楽しみになってきたなぁ――」
含み笑いしながらその場を後にしたユーシン。
リンは冷たい表情のまま、三人の様子を眺めていた。




