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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第二章 :鼓動よ届け君へ
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第二章 1 :クラシカルに祝福を


 アキツキユウトは引きこもりの高校二年生。

ある日気持ちの悪い夢をみて起きた朝、いつものように部屋でボーッとしていたらいつのまにか異世界にいた。

 そこで出会った姉妹と共に、その昔、世界を混沌に陥れたカリューダという魔女が残した黙示録をこの世から無くすために、姉妹と行動を共にすることになった。



 ユウト一行を乗せた馬車は、ヴァイガル国を出国して一路ドァンク共和国に向かっていた。


 

 ユウトが姉妹と出会ったエドガー大森林が眼前に迫ってきており、話ではこの大森林を迂回するように進めばドァンク共和国が見えてくるとのことだった。


 ローシアにせっつかれて不満顔のタマモは、慣れた手つきで馬を操りながらローシアに先ほどの一件の事を尋ねた。


「さっきの獣人はなんだったんだい? 俺も知らないやつだけど……ドァンクでも見たことないなぁ……」


「ああ……私も知らないワ。」


「ええ?! 知らないって……知らないのにあんな事すんのかい?ねぇ様は!」


「ねぇ様呼ばわりされる覚えはないんだワ。アイツが勝手に乗り込んできたんじゃない。適当なこと言ってると潰すわよ。」


 タマモは身震いして「おーこわっ」と小さくローシアに聞こえないように呟いた。

 

まぁ、知らないんじゃなくて覚える気が全くないんだけどね。ローシアは。とユウトが思うローシア評は胸中に留めておいた。


 とはいえ、登場の仕方があまりにも驚いたし、勝負だ!とかなんとかいう前に目的を果たせばいいのに、ローシアが身構えてあの獣人の顎に飛び蹴りを喰らわせて馬車から3、4回転しながら飛んで落ちていったのは本当にわずかな時間の出来事だったので、オルジアやタマモからすると何が起こったのかわからないのも無理はなかった。

 

 目を丸くさせてことの顛末を見届けたオルジアは、その後ローシアがあの獣人について何も言おうとしなかったので聞くつもりはなかったし、おそらく何も言わないだろうと予想していたのだが、タマモがローシアに確認する事で、ある程度予想していた正解が聞けたので、さっきのことは忘れた方がいいだろうと結論づけた。


 それよりもオルジアの興味を誘うのははユウトだ。

 記憶喪失と言っていたが、ヴァイガル国の姫様を見た時の反応は鬼気迫るもので、姉妹の反応を見てもユウトの行動は想定外だったと考えて間違いないだろう。


 姉妹とユウトは何か隠していると言う疑念が湧き上がるが、過去の詮索はしない。傭兵は目の前の依頼を完遂できる力があるか否かだ。

 

 依頼を受け、三人の保護者がわりとして行動を共にする以上、ミストの名前を汚さないように行動するだけだ。

 とはいえ、ヴァイガル国でローブが散乱していた事といい、馬車の中に獣人が飛び込んでくることといい、この三人には、何者かに狙われる理由があることには違いないだろうと考えていた。

 傭兵になるやつは大抵ワケアリだ、とそれ以上は深く考えもしなかった。

 



 

三角座りをして何の気なく外を見ているユウト。

ローシアから受けたダメージを治したレイナは正座してユウトのそばを離れようとしない。

 

 ローシアは眼帯を触りながら考え事をしているようで、城門からのしかかっている重たい空気は少しも軽くなろうとはしない。


 

 思惑は交差することも歩み寄ることもなく、不規則な馬車の揺れを感じながら、一路ドァンクへ向かっていた。



*******


 ドァンク共和国は、近隣のエリアの集落や街を取り込んでできた貴族会を中心とした獣人都市だ。

 

 ドァンク共和国の名前の由来になったドァンク街は住人の八割は獣人で、ドァンクには獣人が自然と集まる。これは貴族会を作ったエミグランが獣人の街とすることを是とした方針に拍車をかけて今日に至る。

 獣人は全てが人間と共同生活が送れるような種族ばかりではなく、それぞれの種族で考え方は異なるが、獣人の街として銘打った事で、人間に気兼ねなく過ごせる場所として知られるようになり獣人だけで急拡大した。

  

 ドァンク共和国を急激に拡大しなければならなかった理由として、ヴァイガル国と対をなす国を作るためだ。

 ヴァイガル国近郊で採取できる魔石輸出で確固たる経済基盤を持つヴァイガル国に対して、ドァンクは鉄鋼を主力とした経済基盤を構築し、武器などの兵器を開発、量産して輸出している。

 とはいえ魔石と鉄鋼では、魔石の方が圧倒的に重宝され、用途の差で歴然とした差は埋められないため、共和国として支持を広げて、対ヴァイガルの地位を確固たるものにしている。

 

 ヴァイガル国から見ると、ドァンク共和国は経済規模こそ分があるかが、世界に向けて交友関係の広い貴族会の存在が、ヴァイガル国に与える影響を看過できない国として認識している。

 

 

また、ドァンク共和国の国防に関する方針は、『兵器は作る。兵は買う』で、自前の兵は保有しないが、いざと戦闘になると貴族会が出資して兵を買っている。


 主には傭兵になるが、獣人の国ということもあり、戦争になった場合、ドァンク共和国の戦力は最終的に獣人になる。

 人間対獣人では、一人当たりの戦闘力を数値化した平均値で人間が下回るため、ドァンクに対して力による現状変更を考える国はほとんどいない。


 世界の認識はドァンク共和国こそヴァイガル国一強に歯止めをかける存在、となっている。


 貴族会のトップはクラステル家のイシュメル・クラステルで、エミグラン・クラステルの後継になる。


 血縁関係はない。養子で引き取ったイシュメルに英才教育を施して後継者として育て上げ、家督を継がせている。

 また、クラステル家は貴族会のトップとしてドァンクの頂点に君臨し続けている。


 *******


「つまり、クラステル家はドァンク共和国のトップであり、まぁ俺たちからしたら王様みたいなもんなんだよ!」


 タマモが説明を始めたドァンク共和国の歴史の授業は、退屈凌ぎにと始めたが、これがなかなか長い。

 

 おそらく退屈を凌いだのはタマモだけのようで、話半分でユウト以外は誰も聞いていない。気持ちよく喋らせることでストレスが発散できたのか、タマモの尻尾はリズミカルに踊っているようだった。


 話を切るように喋り出したのはローシアだった。


「……ところで、ドァンクに向かう道から外れたようだけど、どこに向かっているのかしら?」


「おっ? さすがに気がついちゃったか! これから行くお屋敷はドァンク街の中じゃないんだ!少し外れたところにあってね、今通ってるのは近道さ!」


「……街の中にないってのはどう言うことだ。名前の知れわたったお方だ、防犯体制を考えるとあまり得策とは思えんが……」


「へへん! まあお屋敷に着いたらわかるよっ!」


 自信満々に自慢するタマモはドァンクが近くなったことで安心したのか、上機嫌で鼻歌まじりに馬車を操る。


「大森林の向こう側にヴァイガル国があるとはいえ、この辺りになると人の姿はほとんどないな。」


 後ろから景色を眺めるオルジアは、過ぎていく歩行者はもうほとんど人間ではなく獣人しかいないことを見て確認していた。


「それはもうクラステル侯爵の一存で決まった獣人の国だからね! ニンゲンはほとんど来ないさ!」

 


「エミグラン様は今日はいらっしゃるのかしら?」

 

ローシアが踏み込んだ話をする。オルジアはローシアを見やる。

 

 依頼主はイシュメルだ。エミグランではない。ましてやこの依頼はエミグランも認知していない可能性がある。

 

 あまりに話が変な方向に進みそうだったら話を無理矢理でも変えなければと考えていたが、次のタマモの言葉で話が変わってきた。


「今日はもちろん居られるさ! なんせ姉様方に依頼を出すように言われたのはエミグラン様だからね!お屋敷でお待ちだと思うんだ!」


 オルジアはここまできてその話はないだろと言わんばかりにタマモに聞き直す。


「オイオイ。ちょっとまて。じゃあ何か? イシュメル公の名前で依頼を出してるが、実際はエミグラン公の依頼ってことか?」


「そうだよ!まぁ今のドァンク共和国のトップはイシュメル様だからね!エミグラン様の名前で依頼を出さなかったのは、イシュメル様の顔を立ててってことかもね!……あれ、これ言っちゃいけなかったかな……まあいいか!」


 今回の依頼はエミグランが望んでいる事。

 兵力は金で賄うドァンクが、なぜこれまで実績のないミスト宛に警備依頼を出してきたのか謎だったが、それがイシュメルではなくエミグランの思惑であるとなるとかなりきな臭くなる。

 

 姉妹をピンポイントで狙い撃ちした依頼であることから、ミストの傭兵よりも姉妹を呼びたかったという思惑は読める。それがエミグランだったとなると一気にきな臭くなる。


 二人はイシュメルと関係が全くないわけではないが会ったことはないと言っていた。エミグランとの関係に至ってはそもそもないはずだ。

 

 エミグラン表舞台からは姿を消し、誰かが面会したと言う話は全く聞かない。

 それどころか死亡説やイシュメルがエミグランだと言う替え玉説等、噂が一人歩きするほど表舞台から姿を消した。

 

 だが、タマモの話が本当ならば、イシュメルの名前で聖書記選に関連する依頼を出すと言う事は、今でもエミグランはドァンクで暗躍している証左とも言える。


「獣人殺しのエミグランが獣人の国で何を考えてるのかさっぱりわからんねぇ。」


 大きなため息を混ぜてオルジアが本心を漏らす。


「獣人殺し……ねぇ!」


 その渾名を耳にしたタマモはからから笑う。


「にいちゃんたち!今は僕だけだからいいけど!その名前をお屋敷で言うとさ!」

 

 タマモが振り返る。


「死んじゃうよ? 何も残さずに。跡形もなく……ね。」

 

 オルジアに向けた視線は、その小さな体から似つかわしくない怒気を含んでいた。隙を見せると首を食いちぎられるようなオルジアが殺意に怯む。


「すこし立場をわきまえた方がいいんだね!金でついてきたニンゲンだって事をさ!」

 

 とまたからから笑った。

 完全にオルジアの失言だ。タマモが真実を告げた時から、イシュメルの使者ではなく、エミグランの使者に変わった。


 つまり、エミグラン使者と対峙して話をしているのと変わらない。その使者に向けて『獣人殺し』というエミグランの渾名を言うとは失言以外の何物でもない。

 

 見かねたローシアがタマモの視線の前に腕を組んで仁王立ちをする。

 

「タマモ。アンタ言い過ぎだワ。兎角あのオッサンは私がしつけるから黙って前をむくんだワ。」


 さまざまなことを丸く収めるにはオルジアの立場を下げるしかない。


「……フン まあいいよ! 了解だ!」


 殺気を収めて馭者の役割に戻ったタマモの背中をみて、ローシアがオルジアに近寄る。


「アンタ命知らずね。エミグランの事知らないのかしら?だとしたら相当の世間知らずだワ。」


「……すまん。」


 一言だけ謝った。自分の失態をわかっているオルジアの悔やむ顔を見てはそれ以上何も言えなかった。

 

「フン……まあいいワ。屋敷に着いたらおとなしくしてることね。」


「ああ……」


 馬車の中の空気がどんよりとまた重たくなる。

 タマモの鼻歌が大きく聞こえるくらい何も会話はなくなった。話せる雰囲気ではなかった。

 

 エミグランに呼ばれたとわかった姉妹は、すこし表情が強張っていた。

 

 少なくとも呼び出された理由がわかるまでは安心できることはないだろう。鈍感なユウトでさえ、エミグランの事を知った姉妹の顔を見てそう思えた。


*******


 林を超えてると大きな門と、人が昇るには困難な高さの壁が横に広がっていた。端は何とか見えそうだが、近くに行かないとわからないくらいには広がっていた。

 門として備え付けてある鉄柵は、海外でよく見るような気品溢れる飾りが芸術的に配置されている。本当に芸術なのかは四人はは知る由もないが。

 だがタマモ以外は、門の前で全員口が開いたままだ。


「はぁー……」


 ユウトは見たこともない大きさの門に感嘆のため息を漏らすだけになっていた。


「まさかこれほどとは……」


「素敵……なのかしら?」


「……もうお姉様。失礼ですよ?」


 それぞれが感想をタマモが人差し指で鼻を擦りながら聞いていると、鉄柵の門が鈍い音を立てて内側に開いた。


 重々しく開く門の先には一人の人物が立っているのが見えた。

 タマモが右手で額に手を当てて日除けをつくって誰かと伺う。


「おっと!リンが待っているね!いこうか!」


 立派な庭園の真ん中に道がまっすぐ続いており突き当たりには大きな屋敷が鎮座している。

 その道の真ん中にリンが立っていて、五人がこちらにやってくるのを微動だにせず待ち続けていた。

 

 庭園を眺めながら屋敷に向かって進む。

 リンがじっとこちらを見つめているが、彼女の身なりを見て察するにどうやらメイドのようだ。

 

 ようだ。と評したのは着ている服がまさにメイド服だからだ。

 ユウトは引きこもってる間、やる事がなさすぎてパソコンでいろんな事を調べていたことがある。文化、歴史、化学、オカルト等多岐にわたる。その中にメイドのことを調べていた時期があった。理由を簡潔に述べると存在そのものが思春期のユウトには刺激的で興味をそそり続ける高尚な存在だった。

 だからこそ知っていた。

 これは『クラシカルメイド』と呼ばれる制服であることを。

 正式に分かりやすく懇切丁寧に言語化すると『正統派 クラシカルロングメイド』だろう。

 黒を基調として、白いエプロン。ロングスカートが基本。

 

メイドカチューシャもつけているが、これは必要だろうか? これは好みが分かれるかもしれない。大体は『あり』だろうが、あえて物申す。それは髪の長さによって決まるのだ。と。

 リンという子は髪はショートボブだ。家事をするには少し邪魔になるかもしれない。特に下を向いた時にこめかみあたりの髪が目線にかかる。

 この場合ヘアピンで事足りるはずだが、カチューシャにしているのは、リン自身の個人的な趣味なのか、それとも制服と決めた人物の趣味なのか……

 

 しかし気になるのはエプロンをつけていながら汚れがないことだ。完全に真っ白で汚れひとつない。卸したてなのかと思うほどだ。

 あそこまで白いと、家事を賄っていると言うよりもデザインと色合いで選んでいる可能性がある。

 つまり、この子はメイドの仕事をせずただ存在のみを許されている……

 ならば、このメイド服はあくまでも視覚的な要望を満たすためのものなのか……

 いや、もしかするとイシュメルの御側付きか?

 まてまて、しかし御側付きのみにクラシカルを許すとかありえるのだろうか。この屋敷のメイド服は全てクラシカルか?

 視覚的な要望を満たすのであれば別のものを用意する必要はない……

 はっ!

 そういえばどこかのサイトで見たことがある……

 

――メイドとはクラシカルに始まり、クラシカルに終わる――

 

 世のメイド好きを名乗る奴らは大抵、超激安量販店にあるようなペラペラなミニスカートメイド服を連想しがちになるほど手頃に手に入るフレンチや、原型や元ネタを1割程度しか保てていないチャイナや巫女等、メイドの歴史をそっちのけで視覚的に楽しむ奴らがいかに多いことか。

 

 造形のみ重視した上に色なんて小学校で使う色鉛筆の本数以上にあるが、メイド服といえば黒じゃないか!

 いや、派生や亜種を否定するわけではない。

 するはずがない。メイドなのだから。派生も亜種もまとめてメイドだ。

 平和は対する相手を認め許すことで約束されるものだ。異論は認めない。メイドで喧嘩は良くない。


 言いたいのは、何が根幹となっているのか。だ。

その一点に関しては万物万人はクラシカルに帰結すると主張する。異論は認めない。色も黒一択だ。認めないなら戦争だ。

 

 メイドのピラミッドがあったとする。

 いや、あるんだ、納得してくれ。でないと話が進まない。


 その頂点に立つものは何かという議論は必ずある。これは、別にメイド服に限った話ではない。

 万物に序列はある。それを差別というのは考え方にもよるだろうが、言い方を恐れずにいえば

差別がない世界などあり得ない。人と違いがあっていいのだ。言葉が一人歩きして悪みたいな扱いになりがちだが。

 メイド服だってある。クラシカルは常に頂点に立っているのだ。世界の人にメイド服といえば?と聞いたら大体がクラシカルなのだ。

 フレンチなんて激安店の衣装コーナーのビニールの袋詰めで売られるようなニッチなものだ。

 あれを本流とは思われたくないのが個人の思いではある。

 

 

 メイド・オブ・メイドの代名詞であるクラシカルは、その価値を見出したものがたどり着くことができる頂点があると……

 

 なるほど……そう言うことか……ここの主人は頂点にたどり着いたのた……

 種々様々なメイド服を知り、手に入れて、正面から向き合い語り合うことでたどり着く境地……

メイド・オブ・キングに……

 この基本に忠実なクラシカルがそれを雄弁に物語るではないか……

なるほど……クラステル家……侮れない!


「……バカなのかしら。」


 突然のローシアの罵倒で現実に戻され、情けない声を上げて驚く。


「な、な、な、な……何?」


「アンタがブツブツ言いながらメイドメイドって。病気なのかしら。」


 口にしていたらしい。思考が漏れていたらしい。

 脂汗に口が滑ってまともに言葉が喋れなくなったのか、ろれつがうまく回らず


「そ、そ、そ、そんなことはない……よ。うん。」


 とごまかす。


 ローシア訝しげな視線が痛い。いや、これは変質者を見る蔑んだ目だ。

 

引きこもって部屋で何をするでもなく、突然の脳裏に閃いたことをパソコンで調べる事が有意義に感じた事があり、たまたまメイドを調べる機会があって人並みに詳しくなってしまったなんていえない。人並みがどのくらいなのかは引きこもっていたからわからないが。


「……アンタ、あのメイド見てメイドメイド言ってたのに……自分でわからないのかしら。」


 指差す方には、ユウトをメイド知識を思い出させたリン。

 いや、性的じゃないんだ……あくまでその存在が高尚なだけで……

 理由を脳内で回し車を勢いよく回すハムスターの如く高速回転させていたが。


「――アンタのカン。多分間違いないワ。あのメイドもこの屋敷も、とんでもない気配しかないワ……気をつけなさい。」


「へっ?――」


 情けない相槌をしてしまったが、どうやら妄想に浸っているところを警戒しているように見えたらしい。

脳内回し車はハムスターの突然停止で止まった。

 

「う……うん。気をつけるよ。」

 

 すでにローシア以外はリンの目の前でこちらを向いて待っていた。



 リンは全員が目の前に揃うと深々とお辞儀をした。


「ようこそ。クラステル家へ。お待ちしておりました。」


 良く聴かないと聞こえないほど小さい声だ。


「リン!ただいまだ!この二人が例の姉妹だ!そして保護者のオッさんと……お前だれだ?!」


 誰だとはもちろんユウトの事。急に馬車に乗せられて運ばれた位しか知らないので、今更ながらタマモの知らない人間だとここまできてようやく気がついたらしい。


「いや、僕は……その……」


「ワタシ達の御側付きだワ。」


 ローシア!ナイスフォロー!と心の中でガッツポーズしたのはユウト。タマモは、そっかぁ!とすぐに納得した。


「タマモに質問します。他にもいらっしゃるようですが、知っていますか?」


「ほかぁ?!」


 首を傾げるタマモ。


「…………」


 リンがスカートの横に手を隠したかと思った瞬間、下手で何かを五人に向けて投げた。

 五人とも反応できず、投げた何かが横を抜けていく。


「ぎゃあああああ!」


 庭園には似つかわしくない叫び声が響く。

 振り返ると見知らぬ男が膝をついている。太ももにおそらくさっきリンが投げたものが刺さって血が滲み出ている。投げたものはナイフだ。


「なんだこいつ!しらないぞ!だれだおめぇ!」


「……そこ。」


 いつのまにかナイフを両手の指に挟み持っていたリンは、五人の後方の誰も居ない場所に投げた。


「ぐっ!」


「ぎゃっ!」


 いくつかのナイフが、何もないところで止まったかと思うと、地面に滑り込むよう転げる何者かが現れた。背中を向けていると言うことは逃げようとしたのか。


「透明化!? つけられた?」


 ローシアが戦闘体制になり、レイナがユウトの腕を引っ張り自分のそば引き寄せる。


「私の後ろに。」


「う……うん。」


 背中の刀に手をかけて身構える。


 オルジアも腰のタガーに手をかけたところにリンが歩きながら制する。


「ご心配いりません。クラステル家はお客様のお手を煩わせることはいたしません。とこの場における最も適切な回答をだします。」


 リンがスカートに入ったスリットに手を入れるとまたナイフが両手に補充される。

 無作為に投げると、意志を持ったように侵入者の三人の両腕、両足に刺さった。悲鳴が三重奏で響き渡る。

 

「……この手の賊は、最近良く来ますので。」


「よく来るって……」



 手際の良いリンのナイフ捌きに圧倒されたユウトは固唾を飲む。

 地面から立つこともできない三人は、うめきながら出血と痛みでモゾモゾと地面を這うように動いていた。

夢とはいえ何度もナイフに刺された事があるユウトは三人の賊にほんの少しだけ同情した。

 最初のナイフが刺さった賊のところまでリンが歩み寄る。


「質問します。ここはクラステル家、エミグラン様のお屋敷です。不法侵入は即時拘束後に処理されます。念のため理由を伺いますが、あなたは誰に頼まれてきたのか。」


「ぐぐっ……いてぇ……」


「いてぇ、について回答します。痛いのは当たり前です。刺しましたから。さあ、この敷地内に不法侵入した理由は?。」


「へ……へへへへ……処理ってよ……やれるのかよ。バックに誰がついてるかしりて……」


 リンのナイフの一つが、賊の胸に突き刺さった。

 断末魔の叫び声で体をくねらせる。賊の動きでリンに返り血が飛び散るがリンは狼狽えもせず、残り二人を見やる。


 リンと仲間の様子を見ていた賊たちは、途端に青ざめる。胸を刺された仲間の動きは四肢の自由が奪われ、のたうち回る力もなくなり、やがて痙攣して止まった。


「あなたの出した解答が、喋るつもりがない、でしたら無駄な時間なので。」


 賊の一人が事切れた仲間の犠牲に悲鳴を上げる。


「……」


 スリットに手を入れるとまたナイフが補充され、ゆっくりと歩み寄るリン。体に深々と刺さったナイフにのたうち回ることしかできない二人。

一人はいつのまにか気を失ってるらしく泡を吹いて白目を剥いていた。

 残り一人に歩み寄るリン。返り血を浴び、無表情のまま確認を取る。


「制限時間をつけた方が答えやすいのでしょうか?」


「ひ……ひ……ヒィぃぃぃぃぃぃ!!」


 最後の一人は情けない叫び声を上げて、事きれるように動かなくなってしまった。


リンは気を失った賊の懐を探り始めると、何かを見つけて引っ張り出した。

 輝く石はユウトもこの世界にきて学んだ魔石だ。


 

「透明化の魔石……ですか。」



「またその魔石をもってる賊だね!」


「一人は尋問室に連れて行きます。ここで答えれば楽になれたのに。」


尋問室が何をするところなのかは大体想像つくが、今の状況が楽になれたというのなら、連れて行かれて何をされるのかは想像したくなかった。


ここの警備のことを心配していたオルジアは心の中で唸る。


ーーなるほど、エミグランの近くにはこんな警備体制引かれているのか……こんな簡単に血祭りにするようなら、確かに街に屋敷がある方が物騒だなーー


 いつのまにかローシアの後ろに震えて隠れていたタマモが顔を覗かせてリンの言葉にコメントを付け足した。ローシアは鬱陶しそうにタマモを引き剥がす。


「またって事は、この手の侵入者が良く来るのかしら?」


「聖書記選がはじまってからね!でも全部リンが返り討ちにしてるけどね!」


 リンは持っていたナイフをスリットに収めると、手を前で組んでこちらに深々と礼をした。


「タマモ……エミグラン様の部屋にご案内を……」


「うん!わかったよ!」


 さあ!こっちだよ!と屋敷の中心ある大きな両開きの扉に走り出すタマモについていく。



「さあ、ユウト様 参りましょう。」


 にこやかにレイナが声をかけてくれるが、ユウトは苦虫を噛み潰すような顔で握り拳を固めていた。

 ユウトは、やるせない気持ちを吐き出したかった。だが、言葉を口に出さず


――スリットは……ないでしょう……スリットがあるならもうクラシカルとは言えないでしょう……――


 と個人の感想を押し込めた。





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