章間:サイの決断
「なんなんだよこの人だかりはよ……」
ヴァイガル国に無事入国できたサイ達は、人混みから少し離れた街路樹に身を隠しながら様子を見ていたサイに、ユーマは周りの人間達の会話を盗み聞きして、ヴァイガル国の王女が近くを馬車で通っている事で人が集まっている事を伝えた。
ここまでの三人の経緯を簡単に話すと、三人はエドガー大森林で姉妹にあっさりとしばかれた後は住処に戻って二人を介抱した。
次の日に河でユーマが二人のために魚を突いていた時、舟で下る例の三人を見つけた。
こっそり追いかけたところヴァイガル国に入国したのを見て、住処に戻りながらサイに報告すべきか迷った。
サイはヴァイガル国にもドァンクにも与しないが、姉妹と少年に受けた辱めは忘れてはいない。
とはいえ、サイとキーヴィで束になってかかったところで勝ち目はなさそうに思っていた。
しかし、国に頼らず生きる事にそろそろ限界が来ている感じていたユーマは、サイに話す事にした。
ひっそりとヴァイガル国で三人で暮らせるような生活基盤を作る事を主目的として。
サイはユーマの案にすぐに乗った。無論ローシアにやり返すためだ。やられっぱなしのまま逃げるのは性に合わない。一対一なら負けなかったはずだと、森での出来事がサイの脳裏によぎる度に喚き散らかしていた。
ユーマの見立てでは、一対一でも相手が悪いだろうと考えていたが、本人がやる気なのだから止めようがなかった。
それよりもこの住処を出て、しっかりとした生活基盤を作るために、あの三人をダシにしてこの住処から出て、ヴァイガル国かドァンクに行くことが最優先だと考えていた。
ユーマの思惑通りことは進んで、このあとは仮住まいを探す手筈だったのだが、聖書記選最終日という事もあって人が山のようにいる。
ニンゲンをあまり好まないサイとしては辟易する光景を目の当たりにし、ゲンナリして今に至る。
「ニンゲンを見るのにニンゲンが集まるのか。不思議なんだなニンゲンは。」
キーヴィはサイが持っていた分の金を食い物で消費し、追加で三発のゲンコツを脳天に食らい、そのまま道端に大の字で寝っ転がり悪態をつく。
「ニンゲンとはそういうものです。キーヴィ。」
「食いもんの方が大切なのになぁ。食わなきゃ死んじゃうのになぁ。不思議だなぁニンゲンは。」
「おめえは生きるのに不必要な養分取り過ぎだろうが!これまでお前の腹に使った金で家何軒買えると思ってんだ!! 金かかりすぎなんだよ!!」
寝っ転がっているため、サイのゲンコツをおでこに食うキーヴィ。ヴァイガル国でも盛大な「あいたぁ!」と声が響く。
無論、金を使い果たさせたキーヴィへの怒りもこもっている。
「ううう……おではゲンコツ食らいすぎて死んじまいそうだなぁ……あう。」
「ったくヨォ、小娘は見つからねぇし金はこのバカのせいで無くなるし……」
「兄上。かくなる上はヴァイガル国にある傭兵ギルドのミストに向かいませんか。」
「…………何をするんだよ。」
警戒色を強めるサイを説得するのはユーマの得意とするところである。
「傭兵になるのです。腕がたてば誰でもなれる上に衣食住もこの国で賄えます。キーヴィの腹の事も煩わしくなる事もなくなるかと。」
食の言葉に敏感に反応したキーヴィは体を起こし、キラキラした目で
「美味しい飯がくえるのか!」
と言い切った後に本日五度目のゲンコツが脳天に食う。
今回は当たりどころが悪かったらしく、涙目で脳天を抑えながら背中を丸めた。
「獣人の一部の能力はニンゲンを凌駕します。その能力だけで傭兵としてやっている者もいると聞きます。」
「でもよ、そういうのは誰かの紹介とか必要なんじゃねーのか?」
「幸いにも、ミストには知り合いがおります。一度仕事を手伝ったこともありますので斟酌してもらうように働きかければ……」
なるほどなぁ。と言いながら顎に指をかけて考える。
最優先事項はあの小娘をギャフンと言わせる事。それだけは絶対に譲歩できない果たすべき事だ。
そのためにはユーマが得た情報から小娘がいるヴァイガル国に居を構える事は、これも優先すべきことの一つになる。住処の往復するだけでも面倒な上に最大の問題となる問題となるのはキーヴィの事だ。
飯を食っても歩けばすぐ忘れている事もあるような満腹中枢が簡単にぶっ壊れるようなやつだ。
今の家のある森の往復だけでゲンコツを何回繰り返す事になるか想像もしたくない。
キーヴィに飯を食わせるためにもギルドに入る事は
やぶさかではない。飯をぶら下げればキーヴィはとんでもなく恐ろしい力を発揮するからだ。
考えようによっては力仕事をキーヴィにやらせてしまえば傭兵としてやっていくのもうまくいくかもしれない。
「よし!わかった。ユーマの意見を採用だ!三人とも傭兵になるぞ。うまい飯のためだ!」
「うまい飯……やっあああああああああ!!」
両手を上げて喜ぶキーヴィは、そのまま立ち上がって重い体を揺らしながら、二人の周りをスキップし始めた。満足そうに頷くユーマを見るサイは、ユーマに早速指示を出す。
「決めたんだから早速動くぞ!正直こんなところでうろちょろしているわけにもいかねぇからな。」
「御意……」
「そのギルドとかいうのはどこにあるんだ?」
ユーマは振り返って指を指す。示す方向は三人が潜ってきた城門の辺りだ。
「城門を西側に向かって壁沿いに歩くとあります。」
しかし城門は人混みでごった返しており、サイは見ただけで拒絶反応を示す。
「あー……なんだ。その、おめえらで行ってこい。オレぁここで待ってるからよ。」
ユーマはサイの思うところはすぐにわかった。ここで三人で向かうというよりも、臍を曲げさせないためにもサイの意見を汲むべきだろう。
「承知……キーヴィ、いくぞ。」
「よーし。おで、頑張るぞ!」
ユーマらはさっそくギルドに向かって人混みの中に溶けていった。
人混みが泡のように消えていけば、二人を追いかけていけばいい。それまでの時間を潰すため、城壁のそばの日陰で寝っ転がり時間が流れるのを雲の動きを目で追いかけながら待つことにした。
どうせこの人混みの中じゃ小娘を探すのも一苦労だ。ユーマの話じゃここに居を構えるらしいので、サイ達が生活できる基盤を作っておくことも肝要だ。
頭脳はユーマ、筋力はキーヴィ。この役割で傭兵もこなせるだろう。
ユーマに絆されている感は否めないが、行動規範として常に三人の最善を選択する事をわかっているサイは、獣人、人間のどちらにも与しないサイのことを理解しているユーマがそう提案するのであれば信じるしかない。
「オレ様がギルドにねぇ……なんか……違う感じもするがなぁ……」
信じるとしても心の中で違和感は残った。
目線で追いかけていた雲が形を変え、青空に溶けてしまい、大欠伸をして城門の辺りを見ると、人混みは解けて通常の人通りに戻っていた。
「やれやれ……じゃあ追いかけるか……」
城門から西側に城壁を辿っていくだったな。とユーマから教わったギルドまでの道のりを言葉にして思い出し、歩き出した。
城門前ではまだ人出は多いが、間を縫って通れなくもない。少し緊張気味で通りに近づく。城門前は来た時と変わらずヴァイガル国に入国する人が後を立たない。
「おーい!兄チィー!!」
通りの向こうからユーマとキーヴィの姿が見えた。どうやらミストに行けたのだろう。こちらに戻ってくるようで、キーヴィがサイに気がついて大きく手を振っている。
馬車が横切るのを待って向こう側に行く前に結果がどうだったのか知りたくなった。声を張って聞いた。
「おう!おめえら! 首尾は……」
「さっさとドァンクに向かうんだワ。もう少し速くできないのかしら。」
「ここは速度制限ありだっての! 衛兵に捕まりたいのかよ!」
…………!!
横切った馬車の後部を素早く振り向く。聞き間違う事はない。あの喋り方は……
「……見つけたぜ……」
見間違う事はない、あの姉妹だ。見紛う事は絶対にない。
馬車は足早に城門をくぐり抜けて人だかりを割るように進む。サイにはまるで馬車が自分から逃げ出すように見えていた。
――逃さねぇ……逃さねぇ……――
通りを渡ってきた二人は、サイの顔が真っ赤になっていることに気がついた。わかりやすく怒っている時に見られる現象だが、この怒り方は普通じゃない。
サイの視線を追ったユーマは一台の馬車に目が止まる。
「……あれは……」
あの時の姉妹!と気がつくや否やサイはしゃがみ込み重心を低くさせて空気を弾けさせるように走り出していた。
動物的な反射神経で人の間をぶつかる事なく、獲物をとらえた肉食獣のように獲物一点に絞り込んだ詰め寄り方で馬車に近寄る。馬車は道を曲がってドァンク方面に向いていた。
馭者はキツネか猫の獣人かわからないが、鞭を奮って速度を上げようとしている。
「逃すかよぉぉぉぉ!!!」
鞭を振るう瞬間に、地面を蹴って力の方向を馬車の方に向け、全身のバネをフルに活用して馬車後部の幌に爪をかけた。
よし!
幌を四肢でガッチリと掴み、自分の体制を確保できた後、脚から馬車の中に飛び乗った。
中には鋭い目線で睨んでいる姉妹。
――その目線、忘れもしねぇぜ――
あの時の小僧と、突然の襲来に唖然としている見たことがない男がいた。
悪いが男どもには用はない。あるのはこの姉妹だけ。
「おめぇら! 勝負だ!!」
馬車は鞭の入った馬に引っ張られ加速度を上げていく。
二章も基本隔日ペースで更新します。




