第五章 69:蒼穹
白い陽光がヴァイガル国城の大広間に射し込み、磨かれた白の大理石の床に柔らかな影を落とす。赤絨毯が広間の中央を貫き、その先に設えられた壇上では、厳かな空気が支配していた。
時刻は午前から午後に差し掛かるころ。風はなく、空は雲ひとつない快晴。天に祝福されたかのような式典の舞台だった。
壇上に立つ女は、純白と紅のドレスに身を包み、背筋を一寸の緩みもなく伸ばしていた。
ドァンク共和国、そして貴族会代表、エミグラン・クラステル。
威厳と気品を兼ね備えたその姿が、広間に集う者たちすべてに静かな緊張と畏敬をもたらしていた。
その前に片膝をつく一人の男がいた。
かつてヴァイガル国の騎士団長として名を馳せたオルジア。敬愛したヴァイガル国の遺志と、ドァンク共和国という新たな国のもとで誓いを立てようとしていた。
「お主の此度の活躍、筆舌に尽くし難いほどの貢献であることは聞き及んでいる。忠を尽くすそなたの活躍に敬意を表して、ドァンク共和国の初代騎士と認める。」
エミグランの声が高らかに響く。重くも温かな響きは、大理石の壁を伝い、大広間に満ちた。
オルジアは「ハッ!」と鋭く返事をし、音もなく立ち上がる。振り返ると、広間の後方、見守るように集まる獣人たちへと声を張った。
「今日より私はドァンク共和国の騎士となる! 国を守り、民を守り、真の模範たらんことを誓う! 志を共にする勇敢なる戦士たちよ! 我と共に剣を掲げよ!!」
一瞬の静寂を挟んで、雷鳴のような歓声が起こる。
その中心にいたのはギオン。兄と呼び慕ったオルジアが、自らの名を背負って国を導こうとしている。その姿に、誇りと感激が胸を満たした。
「某も兄上と共に!」
ギオンの声が響いた瞬間、空気はさらに熱を帯びた。
「オルジアと共に!!」
獣人たちが声を張り上げる。幾つもの声が一つとなって大広間を揺らし、天井を震わせた。
オルジアは満足そうに頷き、片手を高らかに掲げた。その瞬間、光が彼の背に降り注ぎ、まるで神々がその決意を讃えているかのような光景を生み出した。
その様子を、広間の出入り口付近から静かに見つめていた者たちがいた。ユウト、ローシア、レイナ、そしてシロ。
四人は式典の厳粛さを壊すことなく、少し離れた場所からその光景を目に焼き付けていた。
ユウトは自然と微笑み、心の中で静かに言葉を送った。
――おめでとうございます、オルジアさん。
「元ヴァイガル国の騎士団長が、ドァンクの初代騎士とは……人生何が起こるかわかんないんだワ。」
ローシアが祝福の笑みを浮かべながらつぶやく。その言葉に、レイナも小さく頷いた。
「本当にそうですわね……」
しばし、その光景を見つめていたローシアがふとユウトの方へ顔を向ける。
「そういえばアンタ、さっきエミグラン様と何を話していたのかしら?」
唐突な問いに、ユウトは少し目を見開き、慌てて返す。
「えっ? いや、大した話じゃないよ」
『エミは大した話じゃないなら、リンに人払いさせるようなことはしないと思うがね?』
シロの皮肉交じりの口調に、ユウトは(余計なこと言わないでよ…)と目線で訴える。
「ユウト様……私たちに秘密なのですか?」
レイナが少し悲しそうな表情でそう言うと、ユウトは一気にたじろいだ。
「い、いやいやいや!! そ、そんな秘密とかそんなんじゃないから!!」
「慌てるなんてより一層気になるんだけど」
ローシアがにやりと笑う。
ユウトはたじたじになりながら口を開いた。
「う、うん……じ、じゃあ話すよ?」
小声で語られるユウトの話は、笑えない内容だった。
大災と呼ばれるものの正体が、カリューダによって発生した事象の地平面であったこと。
自分がその力を発動させ、世界を破壊する寸前だったこと。
そして、そんな重大な事実を教えてくれなかったエミグランに対し、つい感情を爆発させ、喧嘩を売るような物言いをしてしまったこと――
「アンタ……」
「ユウト様……」
二人は一瞬、目を見合わせ、真剣な顔でユウトを見つめる。
ユウトは居たたまれないように肩をすくめて笑った。
「ご、ご、ごめんね? なんか、こう、どうしても許せなくって……つい、はは、ははははは……」
乾いた笑いに、ローシアは我慢しきれなかった。
「よく言ったワ!!」
満面の笑みでユウトの背中を思い切り叩く。
ユウトは呻くように背を丸めた。
「さすがユウト様ですね。」
レイナの言葉には、どこかうっとりとした響きがあった。
ユウトは混乱しながら辺りを見渡す。
「え? え? 怒ってないの?」
「怒る? なんでよ? むしろアタシ達がエミグラン様の庇護から外れて行動できるじゃない!」
「その通りですよユウト様。これまではユウト様を守るために仕方なくエミグラン様に守ってもらってました。ですがもうユウト様はお一人でも戦える方です。お一人でアルトゥロを追い返したではありませんか!」
「ま、まあ確かに? でも結構しんどかったけど」
「それだけでもすごいことなのよ! これでアタシ達は悲願に向けてやっと動けるのよ!」
ユウトはふと、胸の内でつぶやいた。
(魔女の痕跡を無くすこと……)
だが、それはローシアやレイナたち魔女の末裔にとって、自らのルーツを否定することに他ならない。
複雑な想いが彼の胸を締めつける。
そんな彼の表情を見て、ローシアが声を上げた。
「そんな辛気臭い顔はアンタに似合わないんだワ!」
思いきり背中を叩かれ、ユウトは大声で叫んだ。
「いたああああああい!!」
その叫びが響いた瞬間、大広間にいた獣人たちとエミグランが一斉に振り返った。
静まり返る空気。
三人と一匹は視線を感じながら、そっと乾いた笑いを浮かべ、ゆっくりと出入り口から姿を消した。
晴天の城下、大広間から逃げ出すように駆けていく三人と一匹。
祝福が永遠に続くかのような蒼天は、新たな一歩を踏み出す日として、これ以上ない青だった。
けれどその遥か彼方――蒼穹の隅では、静かに、暗雲がのぼり始めていた。
〜第五章 了〜
五章はこれで完結です。
この話を書き始めた時、私は別の仕事をしていました。
しかもまたコロナが猛威を振るってた頃です。
例に漏れず私もさまざまな出来事があり、心が折れそうになったこともありました。
それでも、応援してくれる人がいるからと筆を握り、ようやくここまで辿り着けました。
私が書き続けられるのは見てくれる皆様のおかげです。
ここでお礼申し上げます。本当にありがとう。
話はまだまだ続きます。
これからもどうぞよろしくお願いします。
よければ高評価、ブックマークをよろしくお願いします。
それだけマジでやる気出ます。
次は幕間を公開してから六章ですが、六月の早い時期から公開できればいいなぁ……とざっくり予定を立ててます。




