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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第5章 62:雷光

――!!!――


ユウトは確実な死を実感したはずだった。だが、目の前に広がる景色は三途の川でも、天国と呼ばれるような神々しいものでもなく、剣舞館の舞台上で目の前にはマリアを乗っ取ったアルトゥロが両腕を掴んでいるまま立っていた。


「あ、あれ?」


 死んだはずじゃ……と続ける前にアルトゥロが鼻で笑い「やはり……貴方はその力すら自覚していない!」と怒気を帯びた強い口調で遮る。



「貴方はやはりその聖杯に不相応。その力さえあれば、私は聞けるのです!黙示録の意味を!!」


 黙示録という単語にハッと我に返った。


「アルトゥロ、お前も知っているんだな?黙示録の事を、カリューダの黙示録の事を!」


「ハハハ、当たり前でしょう? 貴方が軽々しく呼び捨てるそのお方は私の師匠なのですよ?貴方達、そして世界が見ていたものはいわば落書き……本物はカリューダ様のみ知り得るのです!私はそれを知りたい……いや!知るべき存在なのです!!」


「本物って……黙示録は神殿の地下にあって僕達が破壊したじゃないか!」



ユウトが話終わる前から笑い始めていたアルトゥロは問う。


「貴方、先ほど私がその首を斬り落とした事をもう忘れていませんか?」


 わざと握った両腕を離すと、ユウトは後ろに下がって距離を取って首元を触った。

斬られた形跡も感じられず、触った手を見ても血など何もついていなかった。

 

「不思議でしょう。それが我が敬愛してやまない師匠の力なのです! 貴方にはもったいないのですよ!」


 聖杯の力、そして破壊したはずの黙示録が偽物かもしれないと言う告白。謎が脳内を支配しつつある隙にアルトゥロが間合いを詰める。


不意の手刀は空を切った。だが


「うぐっ……」


「フフフフハハハハハ!腕は二本ありますよ!!」


鳩尾の下。肋骨がない部位をアルトゥロのもう一つの手刀が貫く。

声すら出せない震えるほどの痛みが、体の芯をつたわり、頭のてっぺんから足の指先まで行き渡る。


「――ガハッ」


 涙で覆われる景色に、朱に染まるアルトゥロの腕が見えた。

 乱れる呼吸、風穴を開けられた胸元から生気が奪われて意識が断ち切れそうになる。

 最後にレイナが悲痛な声で呼ぶ声だけが聞こえた。



「――あ」


死んだはずだった。だがまた目の前にマリアを乗っ取ったアルトゥロが立っていた。

 夢なのか、それともこれは死後の世界なのかとあり得ない事を考えてしまうくらいにユウトは混乱していた。

 間違いなく胸を貫かれたはずだった。その場所に手を当てると風穴はなく、アルトゥロの腕は血に染まっていなかった。


「なんだよ……なんだよこれ!」


「フフフフハハハハハ!」


 死の直前に聞いた笑い声に顔を歪めるユウト。


舞台の外で見守るローシアは、ユウトの異変に気がついていた。


「何なのアイツ……腕を掴まれたまま何もできていないワ」


レイナも同じ事を思っていた。不思議そうに小首を傾げると、抱き抱えられたシロはクゥーンと何度か鳴き


『……なるほどそうか、君はもう私の最後の力を発現させてしまったのか。才能……いや、きっと思いの力が優ったのだね』


「シロ様、どう言う事なのでしょうか?」


「……多分、推測だけれど彼はもうこの舞台の上で何度か殺されたのかもしれない」


ローシア達はシロが何を言っているのかわからなかった。ユウトとアルトゥロは向き合って腕を掴んだまま何も動きはなかった。


「何を言っているのかわからないんだワ。ど、どう言うことかしら?」


「……アルが欲しがる力は私が最後に生み出した秘術。マナの動きを逆向きにさせる力だよ」


「マナの動き……それはどう言うことなのでしょうか?」


「マナの動きは常に一定の方向に向かって動き続ける。一箇所に集めるために早く進むことはあっても戻ることはあり得ない。手の中に集めて奇跡を起こす事が魔法であるように集めて留める事は出来る。エミが考えだした魔石も石の中にマナを留める技術だ。けど動きを逆にする事は出来ないと考えられていたんだ」


「ああああ!もう意味わかんないワ!つまりアイツはマナを逆に動かしたってことかしら?」


 ローシアがユウトを指差して問うと、シロは頷いた。


「おそらくは、としか言えないけどね。」


「何故そんな確信できないような返事なのよ!」


「私も客観的に見る事が初めてなんだ。だから推測の域はでないのだよ」


「シロ様、マナを逆に動かす事が難しい事はわかりました。ですが逆に動かす事で何が起こるのでしょうか?」


「……マナは万物に宿る生命の流れ。いわば時間そのものと言っていい。川の流れが逆にならないように絶対的に変わらない事象、たとえば朝日が昇り日が落ちる事も大きなマナの流れの一つなんだ」


「時間の流れ……つまりマナが逆に動かせるとすると……」




「時間がね、戻るのだよ。」


「???」


 ローシアはますます混乱した。


「シロ様、つまりユウト様は今……殺された、または殺される瞬間に、それより前に時間を戻している……と言う事でしょうか?」


「うん。きっとね。自覚はないようだからおそらくは私の聖杯が彼を殺させないようにしているんだ」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!じゃあ何?アイツは今アルトゥロに殺される直前で、もしかしたらもう何十、何百と殺されて、その度に時間を戻しているかもしれないって事かしら?!」


『もしかしたら、そうかもしれない。でも』


 シロはアルトゥロの方をじっと見た。


『私だって体験はした事ないんだよ。』


「あーもう!意味がわかんないんだワ!!」


『落ち着きたまえよ……初めて成功したのは、君たちが大災と呼んだあの日あの時だからね、記憶がないんだよ。私の意識が絶たれるその瞬間に起きたはずなんだ』


ローシアとレイナは絶句した。


『結果私は肉体、聖杯、記憶と知識が分離してしまった。時を超える現象に肉体を保てるはずがなかったんだ。』


「じゃあ何故アイツは耐えられているのよ!」


シロは物悲しげに虚空に鼻をひくつかせた。


『彼の肉体はこの世界で生まれたものではないからさ。おそらくは大災と呼ばれた現象をアルが正しく理解して行動した結果なのだろうね。』


ローシアは何を質問したら理解できるようになるのかわからず、頭を掻きむしった。


「お姉様」


「何よ!」


「今はユウト様が無事に帰ってくることを祈りましょう。戦っているのは私たちではありませんから」


レイナの冷静な口調とは裏腹に、抱えられているシロの体は締め付けられた。


「わかってるワ!でもアイツばかり……!」


「戦っているのはユウト様なんです!!」


 レイナが大声でローシアの意見を遮った。


「もしかしたら何度も何度も殺されて、また時を戻して立っているのかもしれないのに……それでも舞台を降りないなら、私はユウト様を信じるだけです。」


「だ、だけどレイナ……」


「辛いのは絶対にユウト様なのです。そのユウト様が逃げ出さずに立ち向かっているのです……私は信じます。ユウト様の勝利を、無事に戻ってくることを。絶対に……」


 そういうと、レイナの声は震えて目には涙が浮かんできた。視線の先のユウトは、まだ何も戦いらしい戦いは行われていないにも関わらず、これまで見た事がないほど苦しそうな顔がこちらからでも見て取れた。

 


「きっとシロ様の言う通りなのだと思います。ユウト様が何度も殺されるたびに時を戻している話は私は信じる事ができます。何もないのに、まだ激しく戦ったわけでもないのに、あんなに苦しそうなお顔をするはずがありません……」


ローシアも言われてユウトの様子を見てようやく気がついた。まだアルトゥロに腕を掴まれただけのはずだが、肩で呼吸し息は上がって、顔色は血の気が引いたように青く、苦しそうなのは一目瞭然だった。


血でも吐き出すような咳をして口元を拭うユウトに歓声が沸く。観客の誰かが野太い声で殺せ!と聞こえてローシアは顔が熱くなるほど怒りが込み上げた。


「やっぱ止めるんだワ!こんな試合!」


ローシアの行動を読んだレイナは、素早く腕を掴んだ。


「は、離しなさいよ!レイナ!」


「離しません。絶対に」


「アンタ!アイツがどうなってもいいの!?」


「ユウト様はまだ戦っています。お姉様は邪魔をしないでください」


レイナの目は今にも溢れそうな大粒の涙と、言葉の通りユウトを完全に信じ切っていた。


「アンタ!ユウトの力で死なないからって、そんな悠長な事を思ってるんじゃないでしょうね?!」


「そんな事思っていません!!」


 ローシアの腕を離して、シロを抱きしめる。


「きっとあのお顔は殺される記憶が残っているのだと思います。それでもユウト様は舞台を降りないのです。私たちが助けるとしたら、ユウト様がこちらを向いた時……どうしようもないとユウト様が結論付けた時です。それまで手を出す事は私が絶対に……絶対に許しません!」


 強く制するレイナの瞳が、淡く黄色に光った。


――この子……もう魔女の力を意図的に出せるのね……――


ユウトを真に思いやるレイナの言い分に何も言えなくなり、

ローシアはため息一つつけて「わかったワ」と言い、そっぽを向くように舞台に視線を戻す。


誰よりも、今すぐ舞台に駆け上がってユウトの元に駆けつけたいはずのレイナがそう言うのなら、自分が出る幕はないと心の中で言い聞かせた。




 現にユウトは何度も殺されていた。


絞殺刺殺圧殺殴殺扼殺……


この舞台上で考えうる殺し方や想像もしていなかったような殺し方まで体験した。その記憶はユウトに残り続けた。

痛み、苦しみ、血の味、意識が途切れる間際までの記憶が層になって確実に脳に刻み込まれた。


 結果ユウトの心が壊れかけて、その様子は目に見えてわかり、アルトゥロは満足そうに薄ら笑う。

 

「いいですねぇ、素晴らしい顔ですよ……香ばしい死の匂いがする良き香り……きっと貴方の記憶にある私は幾千の殺し方を見せつけた事なのでしょうね、ええ。ええ」


ユウトは何度も深緑の力を出そうとしていた。腕さえ反応すれば立ち向かえない相手ではないと思っていた。だが、発言する前に殺されるのだ。何度も、何度も。繰り返しては殺されては戻る。

 喉を締める、破る、胸を突き破る、腹を破る、内臓を引き出す、頭蓋を砕く、脳漿を踏み潰す……

 ありとあらゆる殺し方を下卑た薄笑いで繰り返す中、深緑の力は何も発言しなかった。


「その腕の力……すでに理解していますよ。貴方にとって都合のいい腕……力が欲しいと願った希望の現れです。」


「な、なにが言いたいんだよ……ッグ……ゴホッ」


「聖杯を私によこしなさい。そうすれば貴方は解放されるのです。今私が思い浮かんでいる貴方の殺し方はまだ千ほど残っています。心がすり減り、人としての尊厳すら踏み躙り、私を見るだけで心が壊れるように、十全に丹念に記憶に刷り込みますよ?」


すでにその効果は実感していた。アルトゥロの言葉に膝が笑う。まるで大きな獣が品定めするようにじっとこちらを見ているような恐怖があった。


 何も怪我なんてしてないのに節々が痛む。殴られてもないのに血の味がするような気がする。


 恐怖の支配はユウトの心と体を着実に蝕み続けていた。


「……おやおや、何度も生き返ったとしても心はもたないようですねぇ? まだ貴方の目の前にいる私は貴方を殺してはいませんが、貴方のその反応が師匠の最後の力を具現化していると確信できますよ」


「うぅ……」


ユウトの両腕を離してアルトゥロが両手を上げて観客を見渡すと、空気が震えるような歓声が巻き起こった。


 そしてユウトに歩み寄る。


「ヒッ……」


 情けない声、恐れ慄くユウトの耳元に口を近づけ


「貴方が師匠の聖杯を渡しても、貴方自身の聖杯は存在するのです。今は師匠の聖杯が表に出ているだけで貴方は死にやしない。この国で遊んで享楽にふける毎日を送れば良いのですよ。世界の安寧はこの私に任せなさい」


 アルトゥロの吐息が耳にかかる。


「貴方を苦渋の決断で攫った時。貴方は存外でしょうが、今日と同じ事が行われました。それこそ木っ端微塵、肉片すら残らない秘術も使ったのです。それでも貴方は生きている……悔しいですね、男として認めたくはありませんが貴方は師匠に愛されている」


「あ、愛……されて、る?」


「ええ。愛弟子とは違いますね。正真正銘の愛です。ここまで来ると悔しさなど何もありませんよ。認めます。貴方は師匠に認められた男です。ですが……」


 アルトゥロがローシア達を指差した。


「あの娘達にも貴方と同じことをしてみましょうか……」


 耳元に口を寄せているアルトゥロの表情は見えなかったが、舌なめずりしたのはわかった。


「女、と言うのは実に使い勝手が良いですねぇ……男に希望も絶望も与えられる。貴方も例外ではないはずですよ」


 ユウトの表情は見えなかったが、口を寄せた耳元の体温が上がり、呼吸が荒くなるのがわかった。


「どうですか……あの二人が汚され、魔女狩りさながらの光景を貴方が記憶する世界線……ああっ……想像しただけで興奮してしまいますねぇ……」


 ユウトは我慢していた。心が折れそうになるのも、体の震えが止まらないのも、アルトゥロに何千と殺された記憶が残っていたから。

 だが、我慢していた。聖杯の暴走を。


ローシアとレイナが自分と同じ目に合うかもしれないと言われた瞬間、ガッチリと掴んでいたはずの暴走する聖杯の手綱が僅かな隙をついてするりと抜けて走り出した。


――嫌い……本当に嫌い……大っ嫌い!!――


深緑の光がユウトから一本の柱のように剣舞館の天井を貫く勢いで立ち上ると、雷光の如く瞬間に広がった。

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