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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 60:静寂

エミグランは一人、大階段から眺めていた神殿上空のぽっかりと穴が空いたように雲を押し除けた澄んだ空から、懐かしいマナを感じていた。


過去に聖書記の儀式を取り仕切った事があるエミグランは、神殿上空の雲が穴が空いたように抜けたのを見て全てを察していた。


「ついに成ったか。」


ミシェルが成し遂げたと確信したエミグランは、先ほどアルトゥロにいいようにやられた事も少し忘れて微笑んだ。


「いつも、後手じゃな」


 とはいえ、反省はしなければならなかった。

大災が起こった後日、アルトゥロの行方が掴めずに今に至ってしまったこと。

 ずっと追いかけていたにも関わらず、生存すらも疑ったほどに気配も音沙汰もなかったのだ。


――きっと、この時を待っていたはず……――


アルトゥロのことはエミグランが一番よく理解していた。だからこそ、国を捨てる決断を最も簡単に決めた事が腑に落ちなかった。


――この国が必要ないとは……ワシが率いるドァンクと対峙するつもりもないということか――



 ヴァイガル国の姫は、プラトリカの海で再生したカリューダの肉体に、誰ともわからない聖杯が埋め込まれた者がカリューダの特徴である赤き目になっていた。

 過去より欲しいと思われていたものは微々たるものだが、着実に手に入れて前進していた。


「生きている者からは聖杯は抜き取れないやつがどうやって……クラヴィからは何の知らせもないが……」


 ダイバ国に潜入させているクラヴィが、もしユウトが亡くなろうものなら、こちらの連絡を後回しにして関係者を皆殺しにしかねないなと想像したが、それでも仕事は優先するはず、と思いとどまる。


 ユウトを常に最前線に立たせていながら、目立たぬように最低限の護衛をつけて、全てを知る者として力を目覚めさせる一助をしているつもりだが、心中は穏やかなものではなかった。


――賭けなければ奴を上回る事などできない――


「出来損ないのワシが勝つには、リスクは常に背負わんとの……」


カリューダ、アルトゥロと過ごした日々を少し思い出して右の口角がわずかに上がり、降り注ぎはじめたキラキラと輝く無数のミシェルの願いが手のひらに落ちて溶けるように消えてミシェルの願いを知る。


「フッ……ミシェルらしい願いじゃの」


魔女の末裔を聖書記に。

エミグランの目的の一つは成った。


降り注ぐ願いの輝きに、城からエミグランの様子を確認しにやってきたアシュリーは、あまりにも美しい光景に感嘆の声が思わず出た。


「綺麗……」


「ミシェルが聖書記になれた証よ」


「ほ、本当ですか?!」


「フッ……エミグランは嘘をつかんよ」


エミグランはもう一度ミシェル達がいる神殿の方を目を細めて見た。


 ――よくやったの、ミシェルや――


「アシュリーや」


「は、はいっ!」


「帰ったらミシェルの大好物をたくさん作ってやってくれ」


 そういうとエミグランが久しぶりに微笑んだ。

ヴァイガル国と対峙していつも厳しい顔をしていたエミグランが笑った。

 それは過去から因縁とされていたヴァイガル国とエミグランの関係が決着したのだとアシュリーにもすぐにわかった。


 そう思うとアシュリーも心から嬉しくなって、少し涙目になりながら満面の笑みで


「はいっ!全員でよりをかけて作ります!」


 と答えると、エミグランは一度だけ頷いた。



**************


「なんなのこれは?!」


イロリナが空から降り注ぐ光の粒に気がつくと、獣人達の策略かと光を浴びないように双剣で仰ぐように振り払った。


「な、なんなんだこれは……」


 オルジア達も光の粒が何の現象なのか知る由もなかった。

 

 ミシェルの願いは、当然オルジア達にも降り注いでいた。

騎士団長イロリナと一進一退の攻防を繰り広げていたなかで突如雨とも雪ともいえない輝く光の粒が降り注ぎ始めた。

両肩を負傷していたサイは、その光が降り注ぐと肩の痛みが幾分楽になった。それは気のせいではなかった。

 試しに少し傷口を触っても痛むには痛むが、光が降り注ぐ前とは明らかに違った。


「この光、なんだろう……チカラが溢れてくるような……」



オルジア達は光の粒が、まるで勇気と力を与えてくれる祝福の光のように感じていたのに対し、イロリナは


――おかしい……心臓が高鳴り始めた……指先に痺れ、呼吸も浅い……――


 双剣を握る手の中はじわりとした汗を感じられた。

呼吸を整えようと深く吸おうとしても、喉が閉まったように止まってしまう。


体が引き起こしている現象は死に至らしめるものではないとイロリナは判断したが、光の現象の意味もわからないし、何よりこの光の現象で起きた体の変化を加味してオルジア達を相手にするには、かなりどころが完全に分が悪かった。


命をかけて戦うか、退くか。

イロリナの答えはすぐに出た。


――私の全てはアルトゥロ様のためにあるもの。こんなところで命を賭ける理由はない――


 すぐに双剣をしまうと、胸元から魔石を取り出した。


 紫に輝く魔石を勢いよく地面に叩きつけて割ると、割れた魔石から紫の煙が立ち昇る。


「今日の所は退かせてもらうわ。」


「ま、まて!」


 オルジアが手を伸ばした所を汚物でもみるかのように眉を顰めて


「お前は必ず私が殺す!その薄汚い髭面を切り刻んでやるから!」


 と言い放つと煙と共にイロリナの姿は消えた。


 


 吐き捨てるように言い、煙はイロリナを隠し消えた。


 「終わった……のか?」


 サイは、伸ばした手を下ろしたオルジアに尋ねると「ああ。とりあえずはな」と悔しそうに答えた。

 その顔を見逃さなかったサイはさらに尋ねる。


「あの女……アニキと関係あんのか?」


「……ああ。」と答えてから大きくため息をついてから「昔な」と付け足す。


オルジアが戦いにくそうに見えていたユーマは、何となく察していて「兄上、傷を治しに参りましょう」と背中を軽く叩く。


「そういや忘れてたわ……いてぇのなんのってなあ」


「あにちぃ!おでの背中に乗るんだぞ!」


 キーヴィの提案を嫌がるサイだったが、両腕が使えないのでいとも簡単にキーヴィにつかまれると「いでぇよ!馬鹿野郎!」と叫ぶだけで、ゲンコツが落ちることはなかった。


 キーヴィがサイを背負って城の方へ走り出した後、静かになり、オルジアは改めて周りを見渡した。

神殿上空の雲がぽっかりと穴が空いたように開いているのをみて「きっと、うまくいったんだろうな」と一人ごちる。


城門の方からイロリナに対抗するために大人数の獣人兵団の応援がやってくるのが見えた。


「あいつら……」


オルジアは思わず鼻で笑った。


なによりも、この場にきてくれた気持ちが嬉しかった。




**************

ミシェルが聖書記となる少し前。


ダイバ国ではユウトとマリアの大将戦が行われる前まで遡る。


簡素な控室でユウトは、意識を失って横たわっているレイナの手を握って目が開くのを祈るように待っていた。

側にはローシアもいた。期待はしていなかったがダイバ国の医者を要求したが、来る気配は少しもなかった。


『いやはや……人間というのは敵とみなすと情もなし。陰湿な性格は何百年経ってもかわらないものなのだね』


 シロが定期的にレイナの顔を何度か嗅いで、命の危険はないか確認していた。


「アンタ、そろそろ時間でしょ?準備した方がいいんだワ」


「うん。でも、もうすこし……」


控室のドアがゆっくりと開かれた。


ユウトが視線を向けると、先鋒でローシ後戦ったサリサが辺りを見回してから素早く控室に入ってドアを閉じた。


「どうしたのかしら?アンタまたアタシにぶっ飛ばされにきたのかしら?」


 ローシアは医者が来ない事をサリサの差金かもしれないと嫌味を込めてにべもなく言うと、サリサはレイナの容態を心配そうに「大丈夫……なの?」と尋ねた。


「さあ。医者を呼んでも来ないんだワ。この国には一人しかいないのかしらね?」


 と、また嫌味を込めてサリサにぶつけると、胃を結したサリサはレイナに駆け寄り、両手に白い光を生み出してレイナの腕に当てた。


「アンタ……ヒールできるのかしら?」


サリサは首を横に振って「見様見真似だから」と効果は保証しなかった。


『普通のヒールで扱うマナよりも弱いね……だが効果は全くないわけではないよ』


 とシロがユウトの耳元で教えてくれた。ユウトが繋ぐ手にも僅かにその温もりが伝わってきていて、シロの言葉に素直に頷けた。


ユウトはヒールを続けるサリサに「僕に話があるんでしょ?」と問う。

 サリサはヒールを続けながら頷いた。


「君のお姉さん……ジュリアと話したんだ。君の試合後にね。ローシアが出した力を見て、手加減してくれてありがとうって言ってたよ」


 ユウトから向けられた視線を感じたローシアは、思わずそっぽを向いた。


「悔しいけど……それが現実ね。でもジュリアお姉様と話したのはそれだけじゃないと思うんだけど」


「うん。マリアについてだよね」


「……マリアお姉様は、あんな感じじゃなかった。ある日を境に人が変わってしまったように獣人を忌み嫌って……私たちも少し怖いって思ってた」


「ジュリアも同じ事を言ってたよ。私たちの大好きな姉さまじゃないって」


「うん……それでも私たちは姉さまを信じて今までついてきたんだけど……でも、もうつらいの」


いつのまにか、サリサは目に涙を浮かべて鼻声になっていた。


「私たちの大好きな姉さまは、皆に愛される人だった。でも今は違う。一人で政略結婚を受け入れて、お父様の意向を自分の思うように進めて……今回の選挙だってドァンクが優勢でもヴァイガル国に決まるのよ、きっと」


「それは聞き捨てならないワ。今何のための戦いをしているのかしら?」


「どうしても、アンタと戦いたいのよきっと」


 そう言ってユウトを見た。


「僕と……?」


「ええ……理由はわからないけど……でもあの大災の魔女の力を持っているって試合が始まる前に聞いて、きっと魔女に関するものなんだって、そう思ったの」


大災の魔女と言われてシロは鼻を鳴らして舌なめずりする。あまり機嫌は良くなさそうだった。



「今回の試合はジュリアお姉ちゃんも、私も本気でやらなきゃ姉さまにどんな目に合わせられるかわからなかった……だから本気でやったんだけど、結果は私は負けだし、ジュリアお姉ちゃんは……」


その先は言い淀む。

ユウトはサリサの肩に手を置いた。


「サリサの言いたいことはわかるよ。ジュリアも試合前に僕に話したんだ。きっと今の君と同じ気持ちだったんだと思う」


「ほんとに? ジュリアお姉ちゃんはなんて?」


「マリアを助けて欲しい。あれはお姉ちゃんじゃない。まるで誰かに操られているようだって」


 操られると聞いてローシアもシロも一人だけ思い当たる人物がいた。ユウトももちろんわかっていた。


「そっか……ジュリアお姉ちゃんも同じ事を考えていたんだ……魔女の力を持つアンタなら出来るかもしれないって」


 ユウトは涙を流しながら助けを求めるサリサを放っておけなかった。


「僕やってみるよ」


ローシアは耳を疑った。


「ちょ、ちょっとアンタ!そんな余裕あるわけないんだワ!試合は負けたら……」


「負けなきゃいい……でしょ?」


「それはそうだけど!」


「やってみるよ」


「いやいや!アンタ!軽々しくいうけど、もしできなかったらどうするのかしら?」


ユウトの目が紅く燃え上がった。


「『もしも』なんて考えたら何もできないよ。」


 落ち着いた口調だが、ローシアには静かにサリサの涙に心を燃やすユウトに見え、こうなるともうこれ以上何を言っても無駄だろうと思い至り、呆れてため息をついた。


「ハァ……なら好きにしたらいいワ。でもアンタを死なせるわけにはいかないから、危なくなったら失格前になってもアンタを助けるから」


「ダメだよ。それじゃエミグラン様との約束を守れなくなるから。マリアを救って、試合にも勝つんだ……」


 サリサがぽかんとユウトを見つめると


「い、いや、君のお姉さんもきっとすごく強いから、勝つというよりも、負けたくないなーなんて……」

 

 バツが悪そうに焦ったあと、はにかんだユウトにローシアは顔を赤くさせて怒り、サリサは先ほどの神妙な二人から打って変わって、やいやいと言い合うやりとりが面白くなって吹き出した。


「何笑ってんのかしら!」


 ローシアからすると笑い事ではなかった。しかしサリサは笑った。こんなに笑った事は過去の記憶にないくらいに。

 ひとしきり笑ったサリサは指で何度か涙を拭った。


「ん……」


 笑い声に誘われるように、レイナが寝返りを打って目覚めた。


「レイナ!」


「ユウト、様。あれ? ここは……」


 レイナには試合の記憶がなく、辺りを見回して何故自分が眠っていたのかわからないまま不思議そうに起き上がった。


「よかった……本当に」


「レイナ、試合のことは覚えてないのかしら?」


「試合?私は戦ったのですか?」


「覚えていないのね……」


 ローシアはマーシィを顕現させたレイナが羨ましく、いつものように悪態をつけず、むすっとして視線を逸らした姿とは対照的に、心配は解けたにも関わずまだ不安そうにレイナの体調を伺うようにまじまじと見つめた。


「そ、そんなユウト様……そんな見つめられると……」


「何照れてんのよアンタ」


ローシアは頬を赤らめるレイナの頭を軽く指で弾いてから腕組みしてまたそっぽを向いた。


 ユウトは二人のやりとりを見て、いつもの日常が帰ってきたと安心した。そして頬を濡らした涙がまだ乾かないサリサと目があった。

 戦っていた時とは違い、本来のサリサなのか柔和な笑顔に思わず口元が綻ぶ。


 しかし、同時に怒りも湧いてきた。


――アルトゥロ……そんなに聖杯が欲しいのかよ……――


自分の持つ聖杯のせいでサリサ達を巻き込んでしまき、申し訳なく思った。

そして、マリアを思い慕うサリサとジュリアの願いを聞いた以上、ユウトに逃げるなんて選択肢はなかった。そして同時に初めてアルトゥロに強烈な嫌悪感を抱いた。


 シロはユウトの思いを悟ると、視線には入らないところで尻尾を巻いて体を丸めた。


 なぜかとても寂しそうに。


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