第五章 56:口上
第五章 56
城の大階段を闊歩するエミグランの隊は、悠々自適に進んではいなかった。
ギオンの負傷は治せるものではなく、アシュリーのヒールによって血は止められたが、失った目は当然元に戻ることはなく布を巻いて隠してはいたが、ヒール前に着いた血の跡が生々しく残っていた。
ギオンの大きな体をアシュリーが肩を担いで支え、ゆっくりと階段を登る。
「エミグラン様……申し訳ない。某の不徳の……」
「それ以上言うでないぞギオンよ。国のため、わしのために片目を失った義勇の将に不徳と言われてはわしの立つ瀬がない」
「はっ……」
「お主らはわからないと思うが、わしはあまり表に感情を出さないようにしておる。相手に感情を見せる事はただで情報を与えているようなもの。」
エミグランは歩みを止めて、右手を胸元まで上げた。
「じゃが……わしを敬う義勇の将が痛めつけられて、何も感じぬわしだと思うのは浅はかじゃ……こんなわしでもヒト並みに血は通っておるでな」
ギオンとアシュリーは共に歩みを止めて、エミグランの小さな背中に目をやると小さく震えていて、アシュリーはおもわず声をかけた。
「エミグラン様……」
「待ち続けて幾星霜……機会を待っていた……歴史を動かす機会をの。」
ギオンはこの時、機会があればヴァイガル国に攻め入る事を助言された真意を察した。
おそらくこの機会を逸した場合はまた待つつもりだったのだろう。だがこの数百年はエミグランはヴァイガル国に仇なすような事はしていない事は、これまでのドァンク共和国の歴史を見ればすぐにわかる。
もしかしたらエミグラン一人の力でもヴァイガル国に何かは影響を与えて変えることはできたかもしれない。だがそれでは獣人は置いてけぼりになる。
獣人の立場向上のために自らの出番を少なくし、歴史に記さなければならない。
獣人によって、長き不遇の時代に終止符を打つ。と
エミグラン一人で勝ち得た勝利では何も変わらない。そう考えたエミグランは、ヴァイガル国で血を流す覚悟をギオン達に問い、ギオンは引き受けた。
結果、後ろを見渡せば眼下に広がる街を制圧できた。
ヴァイガル国兵は獣人傭兵達の圧倒的な能力の前になす術はなかった。
――まさに見せかけの幻城……某達があれほど恐れた人間の統治はこうも簡単に崩れ去るものなのか……――
「わしからすれば、知恵だけのヒトが多くなりすぎた末の結末じゃと思っておるよ。」
ギオンの考える事をまるで読み取ったように答えるエミグラン。
アシュリーはギオンの傍で同じように街並みを見つめていた。少し鼻を啜りギオンの布が巻かれた左目をチラリと見やり、複雑な気持ちになって視線を落とす。
ギオンは俯いたアシュリーを見逃さず、肩を少しだけ強く握って撫でた。
「某の片目で獣人戦争からの因縁を断ち切れるのなら安いもの……それよりも……サイ達のことが気になります」
「ふむ。確かに……うまく逃げれてれば良いが……こんな事もあろうかと一人向かわせておるよ。心配するな。」
「それなら良いのですが……」
ギオンが不安を漏らす前にエミグランは「それでは」と断ち切った。
「仕上げに参ろうか。ここからはわしに任せよ」
「し、しかしエミグラン様、ここからは相手の本丸……何があるかわかりませんぞ!」
ギオンとアシュリー、獣人傭兵達は不安そうにエミグランを見つめるが一笑して振り返った。
「わしに通じるわけなかろう?」
エミグランの笑みを見た全員の背筋が凍った。
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「仲間達を追って黄泉に逝くがよい!」
二の腕に突き立てられた双剣の痛みに苦悶するサイは、これまでか……と目を強く閉じた。
「どげえええええ!!あにちぃを離せえええ!」
キーヴィがイロリナの頭に馬鍬を振り下ろすと、舌打ちして恨めしそうに顔を歪めて双剣をサイの二の腕から抜きながら避けた。
「ぐあああああっっ!」
抜かれて両腕から肩に痛みが走り抜け、おもわず膝をつく。
「あにちぃ!」
「ぐっ……すまんキーヴィ!」
サイの顔が青くなるほどに、突き刺さっていた二の腕から血が溢れるように流れて落ちた。
ユーマの舌が伸びて止血のためにサイの両脇に這わせて締め上げる。
「す、すまねぇユーマ」
ユーマは首を横に振って謝るサイの気持ちを組みながら否定した。
気に入らないのはイロリナだった。舌打ちをしてから双剣を三人に向けて構え直す。
「戯れるな下衆共!」
走り迫るイロリナにサイの馬鍬が横振りで襲いかかる。
「あにちぃはやらせねぇぞぅ!!」
「フン……大振り力任せに私を崩せるとでも思ったか!」
横からくる馬鍬の先をかわして双剣を両方振り下ろしめキーヴィの手元と柄を切り落とす。
刃がキーヴィの指に触れる前に手を離したが、馬鍬の柄は輪切りに切り落とされた。
「おでの馬鍬がぁ――」
「醜い豚め!叩っ斬ってくれるわ!」
キーヴィの獲物が壊され、防ぐ手段を失い腕をクロスさせて構えた。
「死ねぇ!!」
「キーーーヴィィィィィ!!!」
双剣がキーヴィの腕を的確に振り下ろされた。
サイが名前を大声で叫ぶと、イロリナの双剣が弾かれた。
「なにっ?!」
剣を持つ両手には痺れがあった。何かに弾かれた事は間違いなかったが、声ではないと手の痺れがそう語っていた。
そして、馬が嘶くその方を全員が見る。
「待たせたな」
白金の甲冑に身を包み、十文字槍を右手に持ち、回しながら馬上で交差させてから槍先を下段に構え直す。
イロリナは「来たか」と睨みつけ、サイは目を潤ませた。
「お、オルジアのアニキ…」
オルジアは周りに無惨にも殺された獣人達の亡骸を見渡し、顔を曇らせた。
「す、すまねぇ! 守りきれなかった……本当にすまねぇ!!」
サイは目を潤ませて許しを請うが、オルジアは首を横に振った。
「よく、生きててくれた……すまない」
オルジアはゴブリン戦で酷い怪我を負っている事を知っていたサイは、オルジアが今ここにいる事自体が奇跡のようなものだと思っていた。オルジアが謝ることなんて何一つないと首を激しく横に振る。
「もういい。サイ、皆と逃げろ」
「どこを見ている!」
イロリナが二人の会話に割って入るように双剣を上段に構えてサイとユーマに飛びかかった。
オルジアが馬の腹を蹴るとすぐに駆け出し、槍を下段からイロリナに向けて振り上げた。
「バカめ!」
振り上げた槍にイロリナは双剣をクロスさせて受け止めて力をいなすと、体を回転させてオルジアの腕を狙った。
虚をつく身のこなしでオルジアの腕を双剣が完全に捉えた。だが腕が遠ざかる。
「なにっ?!」
馬がオルジアの腕から双剣を遠ざけるようにその場で足踏みして回転していた。
突き刺す予定だった双剣は空を切ると、イロリナの背後には一回転した槍があった。
一気に振り下ろされると、柄でイロリナの背中を強烈に叩いた。
「が……ハッ……」
叩きつけられるように地面を転がり、なんとか片膝をついてオルジアを睨みつける。
「ぐっ……刺さなかったのは情けのつもりか!」
「エミグラン様の言う通り、お前は何も覚えていないのだな……」
「なんのことだ!」
「……お前は覚えていないかもしれないが、馬上のオルジアと呼ばれていてな、馬の上ならお前にも引けを取らない騎士なんだよ、俺は」
「だからなんだ! ヴァイガル国を襲う賊が!」
オルジアは唇を噛み、堪えた。
「エミグラン様から聞いている。お前はプラトリカの海で再生されたイロリナ。おそらくは生前の記憶が一部存在しないはずだと」
「フッ……くだらん過去の記憶などどうでも良い。私はこの国を守るために生まれたのだ!」
オルジアの奥歯の頬部分が小さく膨らむ。
「本当に……何も覚えていないのだな……」
――よいかオルジアよ。プラトリカの海は肉体のみを再生する秘術。魂の器は聖杯でありカリューダ様の秘術で取り出せる……ならば技や術、記憶を司るものはどこにあるのか、それはその人物が持っていたマナに内在される。マナはやがて自然に取り込まれ記憶が濾過されてマナのみがまた自然に行き渡る……――
「私が一度死んだ事はアルトゥロ様から聞かされている!この国を滅ぼそうとする獣人共の騎士め!」
イロリナは双剣を構え直して、オルジアに迫る。
――記憶の部分は死者より再現できるものじゃ。カリューダ様の秘術での……死者よりマナを集めて記憶の部分を別の生物に移すこともできる。その秘術はアルトゥロもつかえる。しかし、記憶を吸い出せるのみならず消す事もできる。まるでなかったことのようにの――
イロリナはオルジアに容赦ない剣撃を連続させる。槍で払うが、どれも致命傷を与える強さでオルジアの急所を狙うが槍と馬術でいなしてかわす。
――アルトゥロは、お主の記憶を奪っていてもおかしくない。邪魔な記憶として扱われておるやもしれん……――
イロリナの剣撃は、どれも懐かしかった。槍で受け流しながらオルジアの視線が緩む。
だが、どの一撃も殺気が込められて、憎しみに満ちた表情で打ち込んでくるイロリナに、無言で問う。
――本当に、覚えていないんだな…… ――
答えは聞かなかったし、聞くつもりもなかった。
一度双剣を力強く弾いて距離を取った直後、オルジアが断末魔の叫びの如く空に向けて吠えると、馬が嘶き両前脚を上げた。
十文字槍を振り回し、驚いて止まったイロリナの眉間に突きつけてから、大きく太く響く声で名乗った。
「我こそはドァンク共和国の騎士 オルジア・ヴィンセント! 命惜しくばこの場を立ち去れ! 立ちはだかる者は全て屠る!」




