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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 44:休憩

ドァンクの休憩室では、カイルが待っていた。


「ッス! お疲れ様っス!」


「あらアンタ、どうしてここにいるのかしら?」


「ッス 実は……」


カイルの足元から白いものが動いてワンワンと吠えた。


「あら!シロ様じゃないですか」


 レイナが屈んでシロを撫でようと手を伸ばすが、シロはその場をくるくる回って吠え回って吠えて近寄ろうともしなかった。


「なんか……怒っていらっしゃいますね……」


「そうなんっス。自分は用事があって一度道場に戻ったんっスけど、道場にいたシロさんが落ち着かなくて……散歩したいのかと思って一緒に出たら一目散にここに走ってきたっス」


 カイルに対して激しく吠えるシロは今にも噛みつきそうに眉間に皺寄せ犬歯を剥き出しにしていた。


「アンタ、餌でもやり忘れてんじゃないのかしら?」


「そんなことはないっス! ユウトさんにご飯はあげてるからしばらく寝ると思うって言ってたっス! あげ忘れてるならユウトさんの責任っスよ!」


「でも、こんなに吠えるシロ様は珍しいですわ……どうしたのでしょう……」


 ローシアはなんとなくシロの思いを察して「アンタ、この子の面倒はアタシが見るから、もう帰ってもいいワ」と言うと、カイルは助かったと言わんばかりに安堵の表情を見せて「ありがたいっス! お言葉に甘えて失礼するっス!」と言ってさっさと部屋を出て行った。


 扉が閉まるとシロは吠えるのをやめて



『察しがよくて助かるよ』


 と話し始めた。


「あれだけ吠えたら流石にわかるワ」


『おや……ところで彼は?』


 シロはユウトの所在を尋ねた。


「ああ、なんかジュリアとかいう三姉妹の真ん中に呼ばれてついて行ったんだワ」




『おやおや……敵の誘いに乗ったのかい?』


「ユウト様が大丈夫だっておっしゃいました。だから私たちは信じました。」


『随分と不用心な気もするけど……本当に大丈夫なのかい?』



「フン……もしユウトに何かあればこの剣舞館を問答無用で壊す。ジュリアにはそうつたてえるワ」


 ローシアがそういうと、右目が僅かに黄色く輝いた。


『おお……その目……マーシィを思い出すよ。やっと力をつかったのだね?』


「アンタ……知ってたのかしら? アタシがマーシィ様の目の力を持つって」


『無論だよ。これまでの話を聞いてなぜ今までその力を使わないのか……私はすごーく謎だったんだ。彼だけに私の力を使わせて自分はひた隠しにする姿勢がすごーく気に入らなかったんだ』


すごくを、わざとらしく嫌味に響かせるシロにローシアは申し訳なさそうに少し俯く。


「犬の姿で嫌味を言うのは鼻につくワ」


『冗談はさておき、是非とも聞かせてもらいたいね。何故今になってその力を使う決断をしたのかを』


 シロからの質問ではあるが、知識や記憶はカリューダと同じであるが故に、ローシアは仕方なく答えた。


「もたもと魔女なき世界を目指すアタシ達に魔女の力は必要ない。使わないって誓ってたんだワ」


『なるほど……でもつかってしまったんだね? 君はその美しく強き目を隠していたんだ。私の目は誤魔化せなかったけども』



「そうね、でもユウトはこれまで深緑の力をつかってアタシ達を助けてくれた。エオガーデにレイナがやられそうな時も、アタシの願いをたった一人で立ち向かって助けてくれた……それなのにユウトが命を狙われているのにアタシが力を使わないのは違うって思ったんだワ……」


『なるほどね。魔女なき世界は魔女に力を使わずに……まあ無理な話だよそれは』


 シロはわかりきった答えをようやく聞くことができ、呆れたように後ろ足で耳の裏をかくとあくびをした。


『私たちの力は世界の理を変えてしまうほどの力なんだ。君はその力を持ちながら使わなかった。それが原因で彼を苦しめる事さえあった。命をかけても彼は約束を守った。君の我儘な約束をね』


 ローシアは言い返す言葉すらなかった。ユウトは常にその身柄、命を狙われている。その相手は魔女を知るアルトゥロなのだ。魔女のことはカリューダが生前からそばに居る唯一の人間で、魔女の弱点を知っていてもなんらおかしくない。そんな相手に持つ力を使わないのは甘え、傲慢、我儘、どのように言われても言い返せない。


『彼は一人で力をつかって君たちを救ってきたはずなのに、何故君は力を使わないのか不思議でならなかった……理由があると思って誰にも言わないでいたけども』



「そうね……言い返す言葉もないワ」


 シロは鼻を通すように息を吐き出した。鼻腔を通る音がよく聞こえた。


『……まあいいさ。これからは彼だけに君たちの宿命を背負わせるつもりではないのならね』


 レイナはただ俯いて二人の話を聞いていたのをシロが気づいてレイナに問う。


『私は正直に言う性分なので隠さずに言うけども君はマーシィの力が感じられないね』


「はい……私は姉のような力は……ないです」


「違うでしょレイナ。アンタは過去に使えたはずなんだワ」


「……」


『ん? と言うことは使えなくなった……のかい?』


 レイナは悔しそうに頷いた。


『過去に何かあったのかね?』


「……」


「アタシから説明するワいずれ話をしないといけない時がくるから……レイナ……いいわね?」


ローシアの問いに首を動かして認めた。


「……レイナは昔、魔女狩りで攫われた事があるんだワ」



『ほう?興味深い話だね……』


「でも、レイナはすぐに見つかった……住んでいたところから少し離れたところにある小屋のまえでわんわん泣いていたのを、たまたま小屋の前を通りかかった知り合いが見つけてくれて連れて帰ってきてくれたんだワ」


『なるほど……』と言ってレイナを見ると膝の上に置いていた両手が震えていたのを見て『彼女にとっては

思い出したくない過去のようだね……』と、今でも過去に苦しむ様子のレイナを気遣った。


「レイナ……ごめんけどあのことを話すから、聞きたくないなら外に……」

「いえ、います……いさせてください」とすぐに答えた。レイナの覚悟もすでについているようでローシアは「そう……なら続けるワ」とシロに視線を戻した。


「レイナが見つかった小屋は普段使われていない小屋だった。まだ残党がいないか村に駐在している警備兵と共に確認しに行ったら……小屋の中に無惨な遺体があったそうよ。人であると判断するのに時間がかかる程度には、ね」


『それは……彼女が?』


 シロがレイナに視線を向けて問うと、レイナは俯いたまま反応しなかったが、ローシアが「そうよ」と答えた。


「あの小屋でレイナが目の力を使ったことは明白だとアタシ達の家族はわかってた。でも、それを怖がったのが他の村の人たち……いつか間違って自分たちに同じ事が起こるかもしれない……そんな畏怖される存在になってしまったんだと思うワ」



『過激すぎる自衛であるが故に……だね』


「そして……数日後に魔女狩りとして、アタシ達の家族が寝静まった夜に焼き討ちされたんだワ……」


『なんと……』


 レイナから啜り泣く声が漏れて、そばにあった椅子に座ると机に突っ伏して「全て……全て私のせいなんです!!」とまるで懺悔するように後悔を大声で漏らした。


「……出入り口は全て押さえられたけど、もともと魔女の末裔として生きてきたお父様は、念のため誰にも知られていない地下から外につながる秘密の出口を作っておいてくれてた。そこから逃げようとしたけど、私たちを先に行かせて……お父様とお母様はそのまま……」


 思い出したくない過去はローシアも同じで言葉が詰まった。すこし間を置いてからまた震えた声で語り始める。


「アタシ達の事はドワーフのギムレット様がお父様との約束があって迎え入れてくれてそだててくれた……レイナはその一件から全く目の力を使えなくなった……風の魔法とかはなんとか使えるようになったくらいね……そんな過去があってアタシ達は人間から隔離されて育った人間なのよ」



『胸が痛むね……その理由にまさか私が関わっているなんて……魔女である自分の存在すら悔やまれるよ』



ローシアは目元を拭って「それは違うワ」とすぐに否定する。シロが何故だと聞く前に、ローシア達の中で出した結論を述べる。


「アタシ達は魔女の血脈を恨んだ事はあるワ……でも、それは今を生きるアタシ達の存在を否定することと同じ事なんだワ。マーシィ様がいなければアタシ達はここに存在していないから」


『ふむ。確かにそうだね』



「アタシ達はアタシ達のやり方で、意思を貫き通す……もう日陰をコソコソ隠れて生きるのはやめるのよ」


『それが……マーシィの力を使う理由なのかい?』


「目的を果たすための手段よ。全て成し遂げればもう二度と使わない……きっとマーシィ様も同じように考えられるはず……言い伝えでは大災前後でマーシィ様は隠居されて力を使ったと言う記録はない……だから晩年は全く魔法を使わなかったんだと思うワ」


 シロは思わず心の中で唸った。

ローシアが言っている事はまさに大災の前のマーシィが言ってたことと類似していたからだ。


 ――行き過ぎた力は力無き者の反感をゆっくりと少しずつ募り、大きなうねりとなって跳ね返ってくる。魔法を使っても太刀打ちできないほど大きく。――


 カリューダとして今も行われている魔女狩りで、血縁者や全く関係ない人間が痛めつけられている事実は、今のシロの力では何も対処することなどできるはずがなく、存在を否定されているようで心が締め付けられ苦しくなった。


 だがそれでもこの二人は前向きに生きる道を探していた。シロは自らが生み出した要因で苦しめられている二人の宿命の大きさを可哀想だと思ったが、目の光は失われてはいない。それはまるで生前に見たマーシィと同じものだった。


『なるほど……マーシィがもし君たちを見たら誇らしく思うだろうね。間違いなく』


シロは考えた。

魔女なき世界はアルトゥロも目指している世界だが、この三人が作り出そうとしているものはもしかしたらアルトゥロの方法よりも時間はかかるかもしれないが、人間に一つの希望と一つの試練を与える有意義なものになるかもしれないと思い始めた。




 そのためには間違いなくこの姉妹にはカリューダの聖杯を受け継ぐユウトの存在が必須になるだろうとも思った。


『……君たちの思いはわかったよ』


 シロはカリューダとしての経験や常識や規範全てを記憶の引き出しに押し込んで考えた。

黙り込んだシロはずっと天井の一点を見つめて「どうしたのかしら?」と心配されるほどにじっと考えた。


 そして出した結論は、この三人に賭けてみる。だった。この三人が作り出そうとする世界に。そして魔女カリューダとして遺してしまった汚点を解決できるかもしれない。魔女狩りなどと言う愚かな信仰を皆無に、そして魔女三人が望んだ世界になるかもしれない。


 ――そのためなら、この三人に全てを託すことにしよう。どうせ一度死んでしまったんだ……きっと君たちも同じように考えるだろうね――

と二人の亡き魔女に思いを馳せた。


 

魔女が忌み嫌われる現世で、魔女を名乗るようにマーシィの力を使った姉妹の覚悟は、シロの考えを改めさせた。魔女の子孫であるからこそ、姉妹にしか出来ない事があると思い至った。


 シロは顔を上げて、背筋を伸ばしておすわりをした。



『君たちの思いはわかったよ……最後に質問があるのだけれど、君はカリューダの聖杯を継ぐ彼を殺したりしないのかね?』


カリューダの質問はローシアの逆鱗に触れ、顔を紅潮させ思いっきり机を叩いて立ち上がる。


「何を言ってるのよ、当たり前じゃない。アイツはアタシ達の家族のようなものよ。天涯孤独、行くあてもない……アタシ達と同じなのよ」


 レイナも目を真っ赤にした泣き顔で


「ユウト様は私を命懸けで助けてくれた大切なお方です! 見捨てることなんて……そんなことをするくらいなら……死んだほうがマシです!」


 と怒ったように言った。


『なるほど……理解したよ』


「レイナはあの一件から人間嫌いになってドワーフの村から出ようともしなかったのよ。それが……まさかアイツを好きになるなんて……妹に人を好きになることを教えてくれた恩人なのよ」


 とローシアは茶化したようにレイナを横目にみながはいうと「なぜ今その話をするんですか!」と言い返したが、それが証左と言わんばかりにレイナの顔が一気に顔が赤くなった。


『なるほど……これは重症だね』


「もう……シロ様!」


 緊張が解けて笑うローシアに、シロは姉妹に心の中で頭を下げた。


 ――いやはや……普通の人よりも宿命の大きさは計り知れないというのに……なんと明るい姉妹なのだ……それもこれも全て彼がいるからか……彼はなんと輝かしい子なのだろうか――


 シロが客観的に現世の話を聞いて、魔女は忌み嫌われていて、世界に残る魔女の痕跡となる全ては命であろうと破壊する、またはその存在をどのように扱っても良いという風潮になっているとわかった。


 この姉妹も忌むべき風習に囚われてしまった。言い換えれば魔女カリューダが、意図せず生み出してしまった悪習に人生を狭められてしまった人間で、カリューダの肉体はなくても記憶と知識のシロが看過できるはずがなかった。


 ――アルも姉妹も目的は同じ……ならカリューダとしてどちらを助けるのか……悩ましいが……――


 姉妹が笑顔でふざけ合っている姿は、平和な光景に見えた。その裏には魔女に苦しめられている宿命があるとは思えないほどだった。


――この笑顔持つ人達を大地に満遍なく張り巡らせる……それがアルの目指すところなのかはわからない……――


 弟子のアルトゥロを疑うわけではない。だが、魔女の運命に巻き込まれても、前を向いて立ち向かう姉妹のいく末を見守りたいと思った。


「ただいまー」


 腑抜けた声で部屋に入ってきたのはユウトだった。シロはユウトを見つけるなり一目散に駆け寄った。


「え……シロ?」


『まったく!わたしを置いていくなんてどういうことなんだい? まさかわたしには甘いもの食べさせておけば良いと思っていないか? わたしだって君の助けになるかもしれないのに置いていくだなんてどう言うつもりなんだい!?』


 すごい剣幕で詰めるシロだったが、尾は千切れんばかりに左右に振っていた。


「ご、ごめんね?」


『どうせ危険なところだからわたしのことを考えての事だろうと推測できるけども……わたしの知恵にも頼って欲しいものだよ』


「そ、そうだね……たしかにそうだね」


『もうわたしを置いていくなんてことはしないでくれたまえよ? 次は思いっきり噛み付くからね?』


「う、うん。わかったよ」


ユウトは申し訳なさそうに激しく尾を振りつつそっぽを向いたシロに何度も頭を下げた。

シロとの会話が終わったのを見計らってレイナが両手を胸の前で組んで祈るようにユウトに声をかけた。


「ユウト様、ジュリア様に呼ばれたのは……」


「え? ああ、その事なんだけど……」


ユウトが説明しようとすると、荒々しく扉が開かれた。現れたのは警備兵で間が悪く


「第二試合の時間です!舞台までお急ぎください!」


 と一方的に告げるとすぐにどこかに行ってしまった。


「そっか、もう時間か……」


 話の腰を折られ三人顔を見合わせると、ローシアが先に歩き出して部屋を出た。


「ユウト様……また後で教えてくださいね?」


 レイナが少し不安な顔でユウトに尋ねると「もちろんだよ!」と元気づけるように快活に返事をして二人と一匹は部屋を後にした。

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