第一章 13 :どこから来たんだ?
ローシアの泣き声が響き渡った夜は明けて
目を覚ましたユウトは、もう二人は起きてるのか気になって部屋から出た。
ドアを開けた瞬間から美味しそうな香りが漂い昨日たくさん歩いたためか、腹の虫が遠慮なく鳴る。
「あ、おはようございます。ユウト様!」
「お、おはよう。レイナ。」
元気よく挨拶してくれたのはレイナで、笑顔で食事の準備をしていた。
「アンタ、あたしたちより長く寝てるなんていい度胸ね。」
「……ご、ごめん。」
「まあまあ……お姉様もさっき起きてきたばかりじゃないですか。」
「うるさいんだワ。早い者勝ちは一瞬でも早ければ勝ちよ。」
競争したっけ……とユウトは空笑いでごまかす。
テーブルには昨日レイナが夜に作ってくれた、野菜たっぷりのコンソメ風味のスープが温められていて、昨日オルジアに紹介してもらったパン屋で適当に買ったパン数種がカゴの中に置かれていた。
で、さっきから気になっていたのは、席に着いていたのはローシアだけかと思いきやガッチリとした体躯の中年男性。
オルジアだ。マグカップで飲み物を飲んで、ユウトを見つけるなり軽く手をあげて、よう、おはよう。とにこやかに声をかけてきた。
「お……おはようございます。」
何故いるのだろう?という疑問を持つ前にオルジアからその理由を語り出した。
「ミストの新人は誰かがしばらく面倒見なきゃいけないのでね。セトが言うには俺が適任だろってことになってな。とりあえずここに来てみて、いなけりゃミストに行こうかと思ってたんだが…」
バツの悪そうな顔でレイナに助けを求めるように視線を向けると、レイナが気づき
「ちょうど食事の用意をしていたので、オルジア様もいかがですか?って、私がお誘いしたのですよ。」
とオルジアが居る理由を教えてくれた。
昨日ローシアがクラヴィに気絶させられた後、この家まで案内とローシアをおんぶして運んでくれたのがオルジアだ。
オルジアのまいったな、と言わんばかりの居心地の悪い様子を見ると、レイナが昨日のお礼にとどうしてもとお願いされたのだろう。
オルジアは居心地の悪さを払拭したいのか、話を変えた
「今日からミストで働くんだろう? やっぱり三人でチームになって動くつもりなのか?」
「ユウトはどうするかは考え中だワ。」
ローシアがパンを食みながらそっけなく言い放つ。
レイナが姉の言葉を翻訳するように
「ユウト様は戦闘は不得手ですから…」
とフォローを添えてくれた。
実際のところ不得手というか『出来ないし、命がいくつあってもたりない』が正解だ。
そっけないローシアの返事にオルジアもフォローするように
「…まぁ、人にはそれぞれ向いてる事とそうでない事があるからなぁ。よかったら俺が教えてやるぜ? ゴブリンの頭の叩き割り方とか。」
途端にローシアが食べていたパンの咀嚼をやめて気持ち悪そうなかおでオルジアを睨む。
「…やめてほしいんだワ。食事中にゴブリンとか頭を叩き割るとか……デリカシーってもんが無いのかしら。」
「あ…ああ、すまんすまん。男ばかりの生活だから気が利かなかったな。ははははは。すまん…」
「もう……お姉様、先に食べられて……まだスープをお出ししていませんよ?」
男ばかりでも食事中にゴブリンの頭の叩き割り方の話はしないと思うんだけど…
とローシアの目線は語っていた。
ユウトはゴブリンを見た事がないので想像も出来ずノーダメージだったが、レイナは眉を少し顰めているのでダメージは少なからずありそうだった。
場の空気はあまり改善する事なく、四人で朝食を取ったが、オルジアはゴブリンの事も輪をかけて肩身狭そうにスープを啜ってた。
食事を終えて、身支度を整えて四人は家を出てミストに向かった。
噴水のある大通りから一本外れた通りを西側にずっと行けば必ずミストにつく。オルジアの話だと、噴水に近いこの辺りにはミストの傭兵の借家はあまりないそうだ。もう少しミスト寄りに集中して借りているらしい。
理由は物騒な見た目をしている傭兵が多いので、
あまり通りの近くにあると、近くに住む住民が怖がるからだ。
レイナとローシアはとユウトの見た目だと、そこまで物騒ではないし、場所柄ほとんど使われる事がなかったからちょうどよかったそうだ。人が住む方が家は長持ちするらしい。
すでに街は朝のルーチンワークに動き出しているようで、朝特有の忙しさと言うべきか、忙しなく人々が各々の朝のルーティンで動いている様だ。
「やっぱり街は騒がしいワ。」
ドワーフの村で過ごしてきたローシアにとって自分より背丈の高い人たちが行き交うヴァイガル国は居心地が悪いのか不満を漏らす。
「聖書記選の候補者の儀式も今日で終わりだからなぁ。明日はもっと人が多いぞ。選ばれたのが誰かを知るために世界から人が集まってくる。」
「そんなに世界中の人が知りたいものなんですか?」
ユウトは聖書記選を、議員を選ぶような選挙と似たようなものだと思っていた。法を決める事はおおきなことで、生活に影響することもあるだろう。だが、
一般の人たちにそこまで興味があるような行事とは思えなかった。
「世界中の『お偉いさん』が知りたいんだよ。この国で決まる法は世界中で真似される。それだけ価値があるんだ。現にギルドにも今日と明日に集中して他国の要人護衛の依頼が来てる。今日からは忙しくなるってセトが喜んでたな。」
「要人警護もするんですか?」
ユウトが聞き直した。
「ああ。どちらかと言えば土地勘のあるミストの傭兵がいる方がいいんだろうな。いざと言うときにのためにもな。」
ユウトは、三日三晩の儀式の後は物騒になる話を思い出した。
「あとはまあ、本当に誰が選ばれるかわからないからな。この国の人間じゃないかもしれないしな。もしかしたらだが。」
オルジアの言葉にローシアが疑問を持ち首を傾げる。
「そんな事ありえるのかしら。」
「あると思うぜ。過去にもそう言う事はあったらしいからな。」
レイナも同じように顎に指でつまみながら思い出そうとしているが
「そんな話、過去にあったかしら…」
と記憶にないらしい。レイナも同じ意見のようだ。
「私も…過去のことを学んだときにそういった話は聞いた事がない気がしますが…」
オルジアは一息ついて。
「あるよ。重要なのはだれが選ばれるかじゃないんだ。『誰がなるか』なんだ。」
オルジアが過去にこの国以外の候補者が出ている事を知っている事は不思議だったが、誰がなるか、について、ユウトと同じように物騒になる、と言う言葉の真意を垣間見たようで、ローシアとレイナはそれぞれに思う事があるようだ。
「…ふーん。面白いんだワ。」
「気を引き締めねばなりませんね…」
儀式の後は物騒になる。
ローシアとレイナの知識とオルジアとの知識の差が何を意味するのかはわからなかったが、
物騒という言葉の意味は、もっと重たいものなのかもしれない。
前を歩いていたオルジアが、急に立ち止まる。
釣られて三人も立ち止まり、どうしたのよ。とローシアが顔を見上げた。
あまりにも真剣な顔だったのでそれ以上言葉は出なかったが、突然レイナの方を振り向き、すまない。と言いながら腰を曲げて深々と礼をした。
三人はあっけに取られる。
レイナがどうしたんですか?と恥ずかしそうに周りを見渡した。
朝の忙しない街の人たちも、歩みを止める事はないが、何事かと振り返る。
「や、やめて下さい。いったいなんなんですか!」
あまりにも視線を集めるので、レイナの顔がだんだん赤くなった。
見方によっては男女の恋の一場面のように見えなくもない。
「…モブルの事だ。この件で俺は謝らないといけない。」
「え?」
モブルという名前はローシアもユウトも初めて聞くので、話の続きを待つ。
「モブルをけしかけてしまったようになってしまって…本当はミストに行く前に謝りたかったんだ。不手際でレイナを巻き込んでしまって…申し訳ない。」
レイナは両手を全力で横に振りながら、いいんですいいんです。とこの場を収める事に精一杯なようで、
「この礼は、必ずする。すまなかった。」
「いいんです!頭を上げてくださいいい…」
「モブルって誰なのさ?」
ローシアが当然の質問をする。ユウトも誰のことなのかわからず答えを待っている。
「はいいっ…あの、実は昨日ミストで登録してもらうために…その…勝負して…」
「はぁ? アンタ昨日早速暴れたの?」
暴れたの?言葉に敏感に反応するレイナ。
「そんなことないです! セト様に認められないとミストに登録出来ないので…その、成り行きでそうなっただけで…」
「で、暴れたんだ?」
「ちっ…違いますから! そうするしかなくって…」
「で、暴れたんだワ。」
「違いますってえええ…」
声は消え入りそうだが、顔は真っ赤になったレイナは両手で頬を隠してしゃがみ込み、その様子を見ていたオルジアは、あれほど強さを見せたレイナの乙女な部分を垣間見たようで急におかしくなり、声に出して笑ってしまった。
*******
ミストに到着すると昨日とは打って変わって活気に満ち溢れていた。
カウンターには昨日はいなかった受付嬢らしき女性が二人いて傭兵たちが列を作って待っている。
傭兵たちの顔は、仕事にありつける歓喜を爆発させる者や、これから仕事始まる前の引き締まった顔をした者もいる。
カウンターの横に設置してある大きなコルクボードのような掲示板にはセトが紙を何枚も貼り付ける作業をしており、忙しないミストがそこにはあった。
「…もう依頼が来てるようだな。」
オルジアはあっけに取られるユウトらを手招きして、四人がけのテーブルに促した。
「私たちも、並んだ方が良いのではないでしょうか…」
オルジアに促されたものの、平然と席に座って居心地の悪さを感じていたレイナが不安そうな顔で言った。
「まぁ待ちなよ。アンタらにはちゃんと仕事はある。落ち着くまで待つんだ。セトが声かけるまでな。」
「ふーん。ワタシ達だけ特別な仕事があるのかしら?」
「お姉様…失礼ですよ? まだここに来て一日も経ってないのに特別だなんて。」
「でもレイナ、アンタここで大暴れしたんでしょ?」
大暴れと聞いて途端に耳まで真っ赤になるレイナ。
火照った顔が熱でわかったのか、うつむいて、暴れてなんてないです…と恥ずかしそうに言う。
「アンタ、どこで暴れたのよ。」
ここぞとばかりにニヤニヤしながらレイナをからかう。レイナはさらに顔を赤くして、そんな事ないですから…と囁くように言うのが精一杯の様子。
「ありゃあすごかったな。あんなの初めて見たぜ、魔法と剣を両方使うとか。ここにいる連中も一目置いたに違いないな。」
オルジアもローシアの言葉に続いて昨日の話をするが、少しからかい気味ではある。するとレイナの顔が爆発するんじゃないかと言うくらい赤くなった。
その様子をキャッキャと声を上げて足をバタバタさせ子供のように笑うローシア。
「や…やめてくださいお姉様……」
耳を向けないと聞こえないほど小さく可愛らしい声でローシアを止めようとするが火に油だ。
「まぁまぁ…もうその辺にしてあげなよ。」
ユウトが助け舟を出すが、これまでの一連の会話がローシアの笑いのツボを的確についたらしく止まる事はなかった。
オルジアが思い出したかのよう別の話を切り出す。
「そういや今日だったか、ヴァイガル国のお姫様が馬車で大通りを通るらしいぞ。」
オルジアの話の切り出しに乗っかったのはユウトだ。
レイナもローシアもまともに話す事はできないのでユウトが付き合う。
「お姫様が大通りを通ることってめずらしいんですか?」
「ああ。普段は城から出ないんだ。まあ、安全なのは城の中だからな。とは言え、聖書記選の儀式となれば話は別で、物々しい警備の中、噴水の前を通ってイクス教の神殿に向かうらしい。」
「王様の娘さんだから、警備も厳しいんでしょうね。」
「いや、それもあるんだが、別の理由もあってだな…」
オルジアが続けて話そうとした時に、大きな咳払いが後ろから聞こえた。
「騒がしいところ邪魔するよ。」
セトだった。ミストの今日の様子から久しぶりに忙しかったらしく、
少し汗ばんでいるようでまとめて持っていた依頼書の束をうちわがわりにして扇いでいた。
「お、ご苦労様だね。」
オルジアが軽口を叩くようにセトを労う。
「ふん。何を偉そうに言ってんだい。ところでアンタ達。」
赤らめた顔を気にしながら見上げたレイナと笑い疲れていたローシアを見たセトは一枚の紙を差し出した。
「ご指名だよ。アンタ達への依頼さね。」
扇いでいた紙の束とは別に懐から出した紙を受け取ったローシア。覗き込むようにして見るレイナが驚いたように依頼主の名前を口にした。
「イシュメル様からの依頼…ですか?」
「そうさ。明日から一日貴族会イシュメル公の護衛だよ。礼金も桁違いの額さね。断る理由はないだろう。」
イシュメルの名前を聞いて驚きを隠せなかったのはオルジアもだった。だが、驚きから怪訝な顔に変わる。
「おいおい…イシュメルって…よりにもよってドァンク共和国からの依頼かよ…」
オルジアの反応から、あまり良くない依頼のようだが、姉妹の反応はそうでもないようだ。
「イシュメル様と私たちのお爺さまは懇意にしておりますので。ですが、この国に行くと言う話はしていないはずなのに…何故知っていらっしゃるのか…」
レイナはギムレットから、何かあったら尋ねると良い。と聞いていた。だからこの国に向かうなんて事はギムレットも手紙に書いてないはずだ。
それにミストに依頼を出しにくい理由も国としてあるはず。
それがオルジアの反応の意味するところだ。
「ドァンク共和国って…」
ユウトはその国の名前を知ったのは大森林での獣人から聞いた言葉からだ。
――ドァンクで売る――
森で遭遇した獣人の話から、物好きな人が集まるところなのかという印象がなかった。
もし姉妹と出会わなければ、きっと今頃ユウトは売られて、奴隷としてひどい生活をしていたかもしれない。
想像すると今更ながらに少し身震いしてしまう。
「よりにもよって貴族会からの依頼とはな… 今まで受けたことあんのかい?」
オルジアがセトに聞くと肩をすくめて、素振りでこれまで依頼はなかった事を態度で見せる。
「先代からもそんな話は聞いたことないねぇ。そもそもあの国は武力も金でなんとかするところさ。わざわざ護衛をミストに依頼するくらいなら自前で揃えるさね。」
セトも別のテーブルから持ってきた椅子に座り、細いパイプに煙草を詰めて、昨日ローシアに見せてもらった赤い魔石を近づけて火をつけた。
一息、紫煙を楽しむセトのくつろいでいるところをローシアが一声発する。
「ワタシは構わないワ。受けるワ」
レイナが驚いてローシアに手を重ねる。
「でもお姉様…」
レイナは反対のようだ。
何か話ができすぎている感も拭えない。
オルジアもレイナと同意見のようで、何か別の意図があるかも知れないと言う。
この話でユウトの発言権はないものだと自ら自覚して黙って四人の話を聞いていた。
だが、ローシアの決意は変わらないらしく、レイナとオルジアが説得しても聞く耳は持たなかった。
「やると言ったらやるんだワ。せっかくのご指名なんだから、期待に応えるのが筋ってもんだワ。」
ローシアのやる気がみなぎっているのがありありと見えるので、レイナはこれ以上説得してもローシアの性格からしてダメだろうという結論に至ったようで、お姉様がそういうなら…と同意してしまった。
「アンタはワタシ達に賛成でいいのかしら?」
急に話をユウトに振る。
え?僕?と驚いたが、二人が決めたことに反対する理由なんて一つもなく。
「二人に任せるよ。」
と言った。
「俺の話も聞いてくれてもいいんじゃねぇかな…」
「決まったワ。その依頼、受けるんだワ。」
オルジアの意見は聞きもされなかった。
「なら、決まりさね。…… あと受けるなら支度金渡しといてくれって話だから後で私の部屋に寄りな。」
了解だワ。とローシアが答えると、セトは満足げな顔をしてパイプをふかしながら、カウンターの方に戻っていった。
まだ慌ただしさは続いているようだが、忙しい中を割いてこちらに来たようで、受付嬢と一緒になって傭兵たちの手続きを手伝い始めた…というより時折大きな怒鳴り声が聞こえるくらい叱っていた。
「まさか初の仕事がドァンクがらみとは…つくづくあんたらが幸運か不運かはわからんが、とりあえず同情するよ。」
奥歯に物が挟まったような言い方をするオルジアだが、レイナはオルジアの言いたいことがわかるようで少し困り顔で笑っていた。
何か文句でもあるのかしら。とオルジアに突っかかるローシアを相手をしてもらってる間に、
新しく出てきたドァンク共和国もわからないユウトは聞くしかないのでレイナに尋ねた。
「レイナ、ドァンク共和国ってどんなところなの? なんかあまりいい印象無さそうだけど…」
「実は私もよくわかっていないのです…あまり村から出なかったので… ヴァイガル国には何度も来たことあるのですがドァンク共和国は…」
「どのあたりにある国なの?」
土地勘が全くないが、およそでもどこに何があるかは知っておきたい。
「ここからは割と近いところにあります。エドガー大森林に向かう街道を進んで行くと国境があります。その先がドァンク共和国です。」
オルジアもレイナに続いて記憶喪失とされているユウトに説明する。
「ヴァイガル国が建国された時に、近辺にあった小さな集落が集まってドァンクという集落の長が作った名前を継承してできた国だな。まあヴァイガル国に比べたら小さな国さ。」
そういうと、オルジアは席を立ち飲み物頼んでくると言い残してカウンターの方へ向かった。
「ドァンクって…話聞く限りじゃ資本主義の国なんなかなぁ…」
「シホンシュギ…って。なんですか?」
レイナがキョトンとした顔で初めて聞く単語をユウトに質問する。
「っと…ごめん…資本主義って、まぁ…お金をたくさん持ってる人が支配している国…って言えばいいかな。」
レイナにうろ覚えの知識で資本主義を説明すると、言いたい事は理解できたようで、手を打ってなるほど!と頷いて続ける。
「たしかにシホンシュギの国かも知れません。先ほども何度か言いましたが貴族会というお金持ちの人たちが集まってドァンク共和国を守っていますから。イシュメル様はその貴族会の方です。」
「ドァンク共和国とヴァイガル国の関係は良くないの?」
良くないという言い方をしたのは、四人で話している時にオルジアの反応を見ると良好とは言えなさそうな雰囲気を察知したからだ。
どちらかと言えば厄介な事に巻き込まれたというような反応だった。
ユウトの懸念は当たっていたようでレイナはまた頷く。
「ええ。良くないと思います。表立ってはっきりと宣戦布告されているわけではないのですが、何か火種があれば争いごとになるかも知れません。」
「……なるほど。たしかに良いとは言えないね……」
国同士の争い事の行き着く先は戦争だ。
ただでさえヴァイガル国にいることすら危ういユウト達なのに、さらに輪をかけて危うくしていると言っても過言ではない。ローシアもこの事を知ってるのなら、なぜ引き受けたのかわからなかった。
だが、貴族会についても聞いておく必要があるとユウトは直感的に思った。
「何度も話に出てる貴族会って、どういう組織なのかな。」
「貴族会は、先ほどお話ししたように、ドァンク共和国の資産家で作られた会だそうです。貴族会を創設されたのは、今から200年ほど前の事で、創設されたのはエミグラン様という方です。エミグラン様は元々ヴァイガル国の繁栄を担った方で、魔石の力を増幅するといった魔石技術で国力強化を推進して今のヴァイガル国の立場を確固たるものにしたと言われています。」
「へぇ… エミグランって人は頭がいい人だったんだ。。」
「ええ。とても聡明な方と聞いています。ですがヴァイガル国で起きた戦争で責任を問われ国外追放されてしまいました。」
「責任? 何かしっぱいしたの?」
「詳しくは昔のことなのでわからないのですが、その日からエミグラン様は『獣人殺し』と渾名されるようになったそうです、」
「獣人殺し…もう物騒すぎて言葉がないね…」
「たしかにそう思います…ですが、ドァンク共和国は大半の住人が獣人です。獣人の国と言われることもあるくらい。」
「獣人の国? 獣人殺しと言われたエミグランって人が作ったのに?」
「はい。その経緯はわかりません。ですが、話によるとエミグラン様がドァンク共和国をまとめ上げたのは、ヴァイガル国に対抗するためだとか。」
エミグランが、何らかの理由でこの国を追われる形になってしまい、対抗するためにドァンク共和国を作ったとするなら、ドァンク共和国の貴族会の依頼を受けることはミストとしてヴァイガル国を敵に回すような事になるので良い話ではないはず。
なぜこの依頼をセトが持ってきたのかも不可解だ。
「あとエミグラン様は嘘を嫌う方です。」
「嘘を?」
「はい。エミグランは嘘を言わない。これが口癖らしいです。」
「へぇ……なんか怖い人だったんだね。」
「待たせたな。」
声のした方に振り返ると、オルジアが盆を持って後ろに立っていた。
頼んだ飲み物を持ってきたらしく、それぞれの前に置いていった。
レイナはお茶なのか湯飲みを差し出され、バニ茶だぞと言われるや否やキラキラとした笑顔になって香りをかぐと満面の笑顔が花咲く。
ローシアとユウトにはオルジアが、それぞれ好きそうなものを適当に選んで持ってきてくれていた。
ユウトにはレイナと同じバニ茶だった。
オルジアはジョッキに注がれた果実酒を一口飲んで舌鼓を打つと
「で、どうする? すぐにでもドァンクに行くか?」
と聞いてきた。オルジアこそ今の状況を理解しているはずなのに、臆することなく次の行動について尋ねできた。オレンジジュースのようなものを美味しそうにストローで吸っていたローシアがストローから口を離して、そうね。と一言だけ返した。
ローシアはやはり行く気満々のようだ。
「やれやれ…ミストの傭兵が貴族会にお目通りか…」
「何よ。なんか文句でもあるのかしら?」
「いや、理由を聞きたいね。そんな浅はかに貴族会の依頼を受けるとは思えないんでね…」
ローシアの目線が鋭くなる。オルジアには思うことがあるようで思惑を知りたいらしい。
昨今の二国の状況を考えると、オルジアのいう事に一理あるのは確かだ。
何故受けようと思ったのか、それはユウトも気になった。
「…会うためよ。むしろそっちの方が大きいかもね。」
「会う? 誰に? イシュメルって人?」
ユウトの質問に特大のため息をついて否定する。
「……エミグランよ。」
「エミ…グラン? 200年前に貴族会を作った?」
「そうよ。」
「ん?」
ユウトは混乱した。200年前に貴族会を作ったエミグランに会う?
「ふん。何よその顔。何かおかしいことでもあるのかしら?」
ユウトの混乱する顔に少し吹き出したローシアの顔は冗談を言っているような顔ではなかった。
「エミグラン様は、エルフ族ですから。人間の寿命と比べても長いのです。500年は生きていらっしゃるとか。」
「ご…ごひゃく?」
そうか、ドワーフがいて獣人がいるのだからエルフだっていておかしくない。ユウトは昔読んだファンタジー小説でエルフが長寿で何百年も生きることを思い出した。
この世界のエルフも長寿らしい。
さらにユウトは思い付いたように聞いた。
「じゃあ、もしかしてイシュメルの護衛に着くってことは…」
レイナが少し申し訳なさそうな面持ちで告げる。
「イシュメル様の護衛を行ういうことは、エミグラン様側につくという事になります…」
最悪だ。ただでさえこの国では表立ってはいけないのにドァンク共和国側の護衛につくなんて。
三人の事情がらすると、狂気の沙汰と言われても仕方ない。だが、ローシアの次の言葉から、その理由がわかった。
「エミグラン様は長く生きていらっしゃるから何でも知ってるのよ。何百年も世界を見てきたなら知っていることも多いんだワ。」
ユウトはピンときた。
そうか、ローシアの目的はエミグランに会い、黙示録について聞くつもりなのだ。
イシュメルはギムレットの知り合いで、手紙で既に姉妹の存在は認知している。ミストに姉妹への依頼が来たのがその証左。
ローシアはイシュメルを介してエミグランに会って、黙示録について聞くことが本当の目的なのだ。
リスクを取って行く事に不安はあるが、何百年も生きているエミグランに話を聞くのは決して悪手ではないように思えた。
しかしオルジアに姉妹が魔女の末裔だということは伏せておかなければならないし、ユウトの素性も明かすことがあってはならない。
オルジア同伴でエミグランにあって黙示録の話を聞く……
なかなか難易度が高そうではある。
「おたくらがエミグランに何を聞きたいのかは知らんが……とりあえず、まずは依頼の内容を教えてくれないか。俺も行かなきゃならないんでね。」
ローシアは鼻を鳴らしてオルジアを睨む。
「別にあんたに来て欲しいとは思わないんだワ。私たち三人でやるワ。」
「そうはいかないよ。」
セトが突然現れてローシアの意見を切る。
「あんた達はまだ新人なんだ。相手が相手だけに三人でっていうのはダメだね。少なくともオルジアが一緒に行くことが条件だよ。」
「だ、そうだ。」
少し勝ち誇った顔でローシアに視線を送るオルジアを悔しそうに舌打ちして返すローシア。
とはいえ断る事も考えてはいないのだろう。ため息をついてわかったんだワ。と返事した。
ポケットに畳んでしまっておいた依頼書を取り出し広げて、一つ咳払いをして内容を読み上げた。
「ヴァイガル国 傭兵ギルド ミスト管理者セト様。
先日から執り行われている、聖書記選の候補者選びで、我がドァンク共和国も新しい候補者が決まるという新しい時代の幕開けを共に共有したく、ヴァイガル国へ赴く決断をいたしました。つきましてはミストの傭兵をドァンク共和国に数名派遣していただくよう調整をお願いできますでしょうか。
また、ミストに、ローシア、レイナという姉妹がミストに登録されておりましたら、優先的に派遣していただきますようお願いいたします。
日程の詳細はこちらに到着次第、来られた傭兵の方々にお伝えします。
また、姉妹が受けていただける場合、お二人の支度金は貴族会が負担しますので、100万Gをお渡しいただけますでしょうか。
ドァンク共和国 貴族会 イシュメル・クラステル」
「ひ、100万Gが支度金?」
オルジアは依頼の内容の100万Gという事に驚いた。
ゴルドはこの世界のお金の単位だ。
100万Gがあまりの破格なのか、オルジアは空いた口が塞がらないようで本当に開きっぱなしだ。レイナも例に漏れず同じような顔をしている。
セトはパイプを燻らせながら。
「あたしが受ける理由がわかったかい。」
と鼻から紫煙をふかしてニヤリと口角を上げる。
100万と聞いたら相当な額のような気もするが、貨幣価値がどの程度のものなのかわからない。
あんぐりしているレイナの服の裾を引っ張って現実に戻し聞いた。
「100万ってどのくらいの価値なの?」
「えっと、説明がすごく難しいです…」
「じゃぁ… 今朝食べたパンひとつってどのくらいの価値なの?」
物価で表すことができればある程度の価値は掴めるかもしれないと、今朝スープと一緒に出てきた握り拳より大きめなロールパンで換算してもらう。
「あのパンは…そうですね…お店にもよりますけど、5から10Gですわ。」
ユウトのいた日本の通貨である円で考えた。
たしか、駅中にあるあのベーカリーで同じものを買うと、130円……
でそれと同じ物が10Gだとすると、1Gあたり約13円で、百万かけると……
千三百万円!!
遅れて、ユウトも口が開いた。
なんとなくゴルドの価値を把握したが、ミストの傭兵の相場価値はわからない。
それでもオルジアの反応から見ると姉妹二人を派遣して、100万の支度金は破格なのだ。
ユウトは段々と不安になってきて、もう一度レイナの裾を引っ張るとレイナがユウトに耳を寄せる。
「…やっぱ…罠なんじゃないかな…話が出来すぎてる。」
「……はい。でもお姉様の決めた事ですから。私は従います。」
どこまでも姉を信じるレイナ。ユウトはそれ以上何も言わなかった。
オルジアが我に返ってため息混じりにセトを横目に見る。
「セトさん。あんた、貴族会から金もらったのかい?」
「ふん。そんなことはどうでも良いだろ。あたしゃどちらかといえば貴族会と繋がりが持てることの方が興味あるさね。」
ヴァイガル国の敵として見られても仕方のないドァンク共和国との繋がりを良しとするセトの本意は計りかねたが、いずれにせよ行くしかないのだろうな、とオルジアは半ば諦めた。
「行くなら支度金を渡すから、二人で部屋に来るんだね。」
「今からいくワ。レイナ、行くよ。」
「はい。お姉様。」
オレンジジュースを飲み干したローシアは、席を立ち。レイナとセトと共にセトの部屋があるらしきカウンターの方へ向かっていった。
残されたユウトは初めてオルジアと二人きりになる。
目も合わせられず、出された飲み物をちびちび飲んでいたところ、予想通りというか、当然と言うかオルジアがユウトに話しかけようという気配を感じた。
気配というより、騒がしいミスト内でもちゃんと声が聞こえるよう座っていた椅子をユウトの方に寄せてくるのだから話してくる以外にオルジアの次の行動はないと思った。
「ユウト…で良いかな?」
肘をテーブルにつき顔の前で手を組んで、ユウトを見ながら渋く通る声で呼び方を尋ねられた。
「あ…はい……へへ。」
自分より明らかに強い男に謙るのは引きこもりで培った…というより自然と男としてのパワーバランスで最下層に落ちてしまっていたユウトの防衛策だ。
「じゃあ、ユウト。君はあの二人と血の繋がりはあるのか?」
血の繋がりという言葉で一瞬心臓が高鳴る。
魔女の末裔。ローシア達のばれてはいけない秘密。
血の繋がりという言葉はオルジアからすると、ユウトが姉妹と一緒に住んでいるから聞いた事だろうが、姉妹がいない間に聞かれると回答に窮する。
単純にないといえば良いのだが、その次の質問がユウトの素性に言及されそうだからだ。
とはいえ嘘はできるだけつきたくない。
嘘に嘘を重ねると、後で苦しくなるのは自分だ。
「…いえ、ローシア達とは血の繋がりは、ない…です。ハイ…」
「へぇ… じゃあユウトはどこで二人と知り合ったんだい? 失礼な話だが、そんな女を口説くような年齢にも性格にも見えないけどな。三人で住んでるんだろ?あそこの家で。」
まぁそうなる。そうくるはず。他人から見たら羨ましいかもしれませんよ、そりゃ。
あの、銀髪ナイスバデーなレイナと、背が妹よりも低いお姉様でツンデレを想起して羨ましかったりするんでしょ?
残念ながらレイナはお姉様にべったりだし、ローシアはツンデレではなくて、ツンツンです。
触ると刺さります。当たりどころが悪いと死にます。死に至ります。
少しは三人で住むことに夢みた時期もありましたが、ほのかな桃色の気持ちは、綺麗さっぱり河に流してきました。
そもそも生きることに精一杯なんだから。
ユウトは脳内で次の会話の展開を読みながら会話しなければと脳をフル回転させる。
嘘をつくと姉妹との話の整合性が取れなくなる。だから真実を喋る。
言ってはならないのは、別の世界から来たこと、そして全てを知る者のこと、魔女の事。
これだけを守れば怪しまれないはず。
だけど、正直に話したとして、エドガー大森林で迷子になって獣人に襲われていたところを助けられて今に至る。なんだけどその前まで聞かれたら流石にまずい…
どうするべきか… 回答が遅いのも怪しいのでまずはオルジアの質問に答える。それが先。
「二人とは…2日前にエドガー大森林で獣人で襲われていたところを助けてもらって… 」
「ほぉ、まあ2日前といやぁちょうど候補者選抜が始まった日か…街道警備が手薄になり始めた頃だな。そりゃあそこでほっつき歩いてるお前さんが悪いな。」
悪気なく間抜けな男だなと言わんばかりに大きく笑いながら残っていた果実酒を呷る。飲み干すと喉越しの余韻を楽しむかのように甲高く唸り木製ジョッキを勢いよくテーブルに叩くように置いた。
その後の視線はユウトに向けられている。
これ以上は…何も聞かないで…
表情には隠したつもりだったが、目線は泳いでいた。視線はオルジアから外しておいたが、ユウトをジロジロと品定めするように見てくるオルジアを、視界の外で感じていた。顎に手をやり、んー?と疑問の声が漏れる。
だめだ、これは質問が…くる。
こんなヒョロい男なんてこの国に来てもそうそう見ない。珍しいに決まってる。どこから来たのかなんて普通の会話だが、ユウトに今聞いてはならない質問だった。焦りであたまが真っ白になって答えが用意できない。何故なら本当のことを答えると、全てを知る者につながるからだ。
「ユウト、お前さん…」
どこから来たって聞かないで…お願いします…
この世界のことよくわからないんです。
一縷の望みを託して、目をぎゅっと閉じ、膝の上で握り拳を硬くした。
「どこから来たんだ?」




