第五章 23:大男
ダイバ国の大通りは祭りの真っ最中で、昼間でも多くの人通りに溢れかえっていた。
威勢の良い呼び込みや、屋台で海産物を焼き、少し焦げた甘辛いタレの香りを振り切るように、子供達が人々の間を縫って走り抜けて行く光景をユウトは懐かしく思えた。
――祭りなんて、当分行った事ないな――
不特定多数の中の知人の視線に見つかる事が嫌で、外に出なかった思い出したくもない毎日をふと思い出す。
シロは人が多すぎるところは歩きたくないと言って、ユウトが持参した肩掛けの布袋に入って顔を出していた。
これだけ人が多いと喋る事はしなくなっていて、完全に可愛らしい白い子犬になっていた。
シロ曰く、『日が暮れてから行動に移そうか。それまでは彼女の機嫌を損なわないようにエスコートしてくれよ』との事。
彼女とはクラヴィの事で、ユウトと大手を振って行動を共にできる事がよほど嬉しいらしく、タマモとユウトの前をスキップしてズンズンと前に進んでいた。
「ねぇさん嬉しそうでよかったんだ!」
タマモはオルジアの姿に化けていた。
「……なんか、見た目には合わない発言だよね」
「そうかぁ?! 」
祭りに目を輝かせるオルジアにしか見えないユウトは、たとえオルジアが童心に戻っても言わなさそうな言葉を喋ることに違和感しかない。
しかし、そんな不安は祭りを楽しむ人たちの賑わいで打ち消されていた。
「すごい人がたくさんいるね」
祭りなのだから当然の人集りではある。
ユウトの言葉に反応したのはクラヴィで
「そうね、本当にたくさんの人ね」
と嬉しそうに笑顔でユウトに答えると、また前に振り返って歩き出そうとすると、クラヴィは何かにぶつかってよろめいた。
「クラヴィ!」
クラヴィがぶつかったのは、タマモが化けたオルジアよりもさらに一回り体躯の良い男たちだった。
クラヴィがぶつかった腕をさすりながら、クラヴィを見下ろす男は野太い声で「いてぇなぁ!」と声を荒げた。
ユウトのことで頭がいっぱいだったクラヴィは、すぐに立ち上がって
「あら、ごめんなさいね」
とあしらおうとしたが
「まちなぁ!」
と、止められた。
クラヴィは大男の機嫌を損ねないように
「何かしら?」
と、先ほどとは明らかにランクの下がった笑顔で問い返す。
「ぶつかっといてそんな簡単に済ませられるなんて都合のいいこと考えてねぇだろうな?」
大男の大声が辺りに響き渡ると、人の群れがクラヴィと大男のいざこざを避けるように広がっていった。
クラヴィはこの大男を屠ることに躊躇いはない。別に姿を消してしまえば、周りの耳目など気にすることもない。
だが、今はユウトが居る。
「都合よく終わらせるにはどうしたら良いのかしら?」
大男の後ろから、数人の男が姿を見せた。
ユウトは只事ではないとクラヴィに駆け寄ろうとしたが、見越していたクラヴィはユウトの方を見ることもなく手で制止させた。
「随分とちっせえ男を連れてるんだな、弟なのか?」
クラヴィは、その容姿からいつもくだらない因縁をつけられる事が多々あった。
ただのナンパなら軽くあしらえば良いが、大男の体躯を見る限り、力に物を言わせてきた人生なのだろう。
クラヴィはそんな男を何度も何度も屈服させてきた。
この大男はユウトに視線を向けた。
クラヴィにとって、この大男を殺す理由として成立していた。しかし行動に移す事はできない。何故ならユウトが後ろにいるからだ。
血みどろの姿を見せたくない。
「……弟がどうかなんて貴方には関係ないわね」
クラヴィの禍々しい様子に大男は口角を上げた。
「この気配は、お前、魔女の生まれ変わりだな?!」
「……なんですって?」
「お前ら!離れろ!こいつは魔女の生まれ変わりだ!」
大男が叫ぶように周りに告げると、どよめきが起こって更に二人を避けるように輪が広がった。
「随分と言いがかりをつけてくれるじゃない? どういうつもりなのかしら?」
「言いがかりかどうか調べりゃわかる事だ……無事に帰りたかったら調べさせてもらおうか?」
「ふぅん……どうやって調べるのかしら?」
大男達はニヤついて顔を見合わせる
――ホント、わかりやすいわね、こんな公衆の前でも下品な顔を隠そうともしない――
大男は舐めるようにクラヴィの体を値踏してから
「お前だけついて来い、すぐに終わらせてやるからよ」
と言い放つと、クラヴィは髪をかき上げて鬱陶しい視線を振り払うように首を振った。
「そう、わかったわ」
納得できないユウトはクラヴィの腕を掴んだ。
「クラヴィ、ダメだよ。あいつら何をするか……」
クラヴィは殺意で力んでいた体の力が抜けていった。
どこまでもクラヴィのことを心配するユウトは、クラヴィにとって唯一無二の存在で、普段だったら鬱陶しく感じる心配の言葉でさえ、心を中を心地よくくすぐる。
しかし、ユウトはわからないのだ。
この世界で弱い女が、力でモノを言わせる男達によって弄ばれている事を。
妖艶で男達の視線を釘付けにするクラヴィだからこそ知っている、女の武器の悪い副作用は、ユウトの前では見せたくはなかった。
ユウトは大男達に立ち向かう凛々しい顔になっていた。
ユウトがそう思ってくれるだけで嬉しかった。
心をくすぐり続けるユウトの手を見てから、手を重ねた。
「ありがとうユウトちゃん。大丈夫よ」
クラヴィの力のことはリンから聞かされていたユウトは、この大男達にクラヴィがやられるなんて思っていなかった。
「逃げようよ、相手にする必要なんてないよ」
クラヴィの手を汚させたくないユウトは、逃げることを提案し『私もその方が良いと思うね。目立ちたくはないから』とシロも同調した。
皆殺しにしてやりたかったクラヴィは、ユウトの言葉の真意を理解していた。
「そうね。魔女狩りなんて私の前で言う男を生かしておきたくはないけど、ユウトちゃんがそういうなら私は従うわ」
と言うと、ユウトを抱き寄せて豊満な胸の間にユウトの顔を見て埋めさせた。
「――!」
驚いたのはユウトもだったが、大男達はたじろいだ。
クラヴィは片手でユウトの顔を埋めて大男達を睨みつけた。
「と、言うわけだから。私はこの大切な人とイイコトするから。貴方達の相手はその後ね。それでいいかしら?」
明らかに小馬鹿にした言い方は、大男の怒りを頂点まで沸かせ上がるのには充分だったらしく
「こいつ……バカにしやがって!」
大きく腕を振り上げる。姿を消す準備は出来ていたが、魔女と呼ばれた憤りを一発くらいは醜い顔に叩き込んでやろうと身構えた。
ユウトが胸の中にいるが、そのくらいのハンデでも問題はなかった。
ただ、この男達がユウトがそばにいるから殺せない事が心残りになりそうな予感がした。
野次馬から歓声が沸いた。
「マリア様だ!」
野次馬を割って入ってきた金色の長い髪の女性が、クラヴィ達を見据えて歩いて大男とクラヴィの間に立った。
「そこまでになさい。せっかくの祭りなのに喧嘩は野暮ですわよ?」
殺伐としたこの場に馴染まないほどの微笑みを携えて大男の前に立つと
「魔女狩りなんて、野暮ですわ……違いますか?」
マリアは静かに佇んでいる。だが、大男達はに血の気が引いたように青ざめ、一人が尻餅をつくと、蜂の子を散らすように一斉に逃げていった。
大男はクラヴィを一度睨みつけて「覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて去っていった。
マリアは微笑みを崩す事なく、クラヴィに振り返ると「大丈夫ですか?」と問いかけた。
「え……ええ。」
クラヴィは動揺していた。マリアの笑顔に似つかわしくないほどのおどろおどろしい気配。
もし極秘任務中にこんな気配の持ち主が現れたら一旦撤退するだろう。
「魔女狩りなんて……時代錯誤も甚だしいですわね。大丈夫かしら、そちらは弟さんかしら?」
クラヴィの胸元で、完全に呼吸ができないユウトは、クラヴィからようやく解放されて大きく息をすいこみ、そして、咳き込んだ
「クラヴィ……息できなくて死んじゃうよ……」
クラヴィはユウトを抱きしめた。
「ごめんなさいね、ユウトちゃん」
耳元で謝ると、クラヴィはユウトの首に腕を回して
「……この女、シューニッツ家の三姉妹よ……気をつけて」
「シューニッツ家……」
「シッ……静かにして、離すわよ」
言いたいことを伝えるとクラヴィはユウトから名残惜しそうに離れた。
マリアは何か匂いを嗅ぐような仕草をして辺りを見回すと
「何か……獣の匂いがしますわね……」
オルジアに化けたタマモの方に歩き出した。
「まさか……この祭りに獣人が居るのかしら? 関所で止めるように伝えていたのに」
ユウトはカイルから聞かされた三姉妹の母親の話を思い出した。
――それはきっと三姉妹のお母様に関係あるっス! 昔サリサ様が生まれてからすぐに獣人しか罹らない病にかかって亡くなられたっス!――
マリアは獣人の行き来を関所で止めていた。そんなことをユウト達が知る由もなかった。
「クラヴィ……やばいかも……タマモが……!」
マリアの視線はタマモを捉えて離さない。




