第五章 18:気合
――ワモ剣術道場
クラヴィとタマモと別れて戻ってきたユウトとシロは、何事もなかったかのように部屋に戻ろうとしたときに
「あ!ユウトさーん!!」
知らぬ男の声が背中の方から聞こえて振り返ると、道場着で年齢が同じくらいで中肉中背の青年が駆け寄ってきた。
「ウッス! おはようございます!」
「あ、お、おはようございます」
突然、ワモの弟子に挨拶をされて驚いたが
「師匠に言われてユウトさんの稽古相手になったカイルっス! よろしくっス!」
ユウトは昨日ワモに言われた稽古相手の事をすぐに思い出した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ウッス! でも災難っスね、シューニッツ家三姉妹と試合するなんて……」
すでに祭の最終日にユウト達と三姉妹が闘う事は周知されていて、カイルは哀れむようにユウトを憂う。
「そんなに強いんだ。その三姉妹って」
「当たり前っス! 小さい頃から国を背負うために勉学に勤しみ、世界情勢を学び、教養と武術を身につけてきたっス! そんな三姉妹は国民の誇りでもあるっス!」
「へぇ……すごい姉妹なんだね」
「もちろんっス! だからユウトさん達が試合で戦うとなって……負けた時の条件も酷くてここの道場生達は全員不安っス……」
「ワモさんにかなり不利な話だよね……」
もしユウト達が負ければ、ワモは役職と道場を失うことになる。そんな話は断ればいいのにとも今なら思う。
「なぜワモさんは不利な話を受けたんだろう?」
ユウトは当然の質問をするとカイルは首を捻って少し考えた。
「きっと……国を憂う気持ち……っス!」
「国を?」
「っス! ダイバ国は先日のヴァイガル国とドァンクの軍事行動で、長年守られてきた均衡が破られることは間違いないとみんな言っているっス! ダイバ国はどちらかにつく選択をしなければならないっス! ダイバ国がつく方が勝つんだってみんな思ってるっス!」
「祭でそれを決めるって事なんだね……」
「そうっス! ワモ様はもしダイバ国のためにどちらかにつくならドァンクだと言っていたっス! ずっと前からそう言っていたっス!」
「ずっと前って、いつからなの?」
「えっと……オレが入門する前からって言ってたから……少なくとも一年以上前からっス!」
と言うことは、この間の軍事行動が考えを決めてた要因ではないとわかったユウトは、さらに考えを巡らせる。
――何故、ドァンクなんだろう……
少なくともユウトがこの世界に来る前までは、ヴァイガル国が勢力として一強だったはずだ。今ではエミグランの復帰で勢力は変わりつつあるが、ドァンクに与することがダイバ国の利になるという根拠は何もない。
「カイル……さん」
「カイルでいいっス! お客人にさん付けさせているなんてバレたら先輩達に処されるっス!」
「そ、そうなんだ。まあそれはいいんだけど、カイルはどちらにつく方がいいと思うの?」
カイルは少し唸りながら悩んで
「ワモ様の言うこともわかるっス……けど、ヴァイガル国っスかねぇ……ああ! ごめんっス……ドァンクからのお客様だってうっかり忘れてたっス……」
「い、いや、いいんだよ。でも何故ヴァイガル国だと思うのか……よくわからないかなぁ」
カイルに探りを入れてみるユウトの心臓は、まるでスパイのような自分の立ち回りに自然と早鐘のように鳴っていた。
「あー! それはきっと三姉妹のお母様に関係あるっス! 昔サリサ様が生まれてからすぐに獣人しか罹らない病にかかって亡くなられたっス!」
「え?! そうなんだ?」
「ウッス!だからドァンクを恨む人も多いっス! うちのかぁちゃんなんて、テリア様が亡くなられた時は一日中泣いていたっス!」
「テリア様?」
「三姉妹のお母さんっス! テリア・シューニッツ様っス! あの日以来、うちのかぁちゃんみたいに獣人をよく思わなくなった人達が増えたっス!」
テリアと言う三姉妹の母がいた事を知り、そして獣人にしか罹らない病が原因で亡くなったことも知って、この国でも獣人が関係ないところで恨まれていて、蔑む心が根強く残っていて、そんな思惑のなか、見せ物のように試合をする事。
そして代償はワモに及ぶ
ユウトはやはり闘う意味なんてないと改めてシロを見ると、あくびをして耳の後ろを後ろ足でかく姿が目に入る。
きっとシロは話は聞いているはず、カイルはダイバ国のことを聞き出す相手として間違っていないはずだとそう信じて話を続けた。
「獣人しか罹らない病気って……どんな病名なの?」
「それは……誰も知らないっスねぇ……獣人しか罹らない病気としか知らされていないっス!」
何故隠すのだろう。と思った。未知の病なら周知喚起は行われて然るべきだ。だがカイルは知らない。病名さえも。知っているのは獣人が起因すると言うことだけで、言い方を変えれば【獣人が原因】とも聞こえる。
それ以外が隠されている理由の奥底には、不都合な真実があるのだろうし、何もカイル達のような国民に知らされていないと知ってユウトはただただ怪しいと思った。
突然、カイルの後ろから大声が聞こえた。
「カイル!朝稽古の時間だ!何サボってんだお前!」
怒声気味に呼ばれたカイルが振り返ると、怒肩で詰め寄ってきているカイルの先輩らしき人がいた。
「せ、先輩すいませんっス!今行きます!」
何度も頭を下げながら溜飲を下げて去っていく先輩を見送ってから
「じゃあユウトさん! オレ、朝稽古が終わったら部屋まで行くっス! 待っててくれると嬉しいっス! それじゃあ!」
と言って先輩を追いかけて駆け出して行った。
残されたユウトは目線でカイルを見送ると
『随分と騒がしい子だったね』
シロがユウトを見上げて語り出した。
「やっぱり聞いていたんだね」
『もちろんさ。君といると本当に退屈しないよ』
「まぁ、僕も退屈だって思う時はないよ」
嫌味で返したわけではないが、息つく暇もなくここまで生きることができたのは奇跡だとユウトは実感してきた。
着の身着の儘でこの世界に突然放り出されて、振り返れば命の危険なんていくらでもあった。今もそうで二日後には命の危険が伴う闘いがある。相手は獣人を恨む三姉妹だ。
右腕の深緑の力、カリューダの力が無ければ、当に死んでいるし、さらにこの世界で唯一と言っていい心を許せるローシアとレイナも、状況次第ではユウトを殺す事を厭わないと知った。
孤独な心の痛みは、そう感じさせないように振る舞わないと前に進めない。
それを退屈はしないとユウトは表現した。
ユウトの思い詰めたような顔を見たシロは少し口角を上げた。
『君が退屈しないのはもはや運命だね。我ながら申し訳なく思うよ』
「……いいよ。だってシロのせいじゃないし」
『……まあそうだね。聖杯を君に受け継がせたのは私ではないからね。その犯人も突き詰めたいところだが……それよりも今の状況を解決すべきだね。今の走って行った子の話を聞く限り、状況はよろしくないね』
「うん。シロの言って通りかもしれない。この国はヴァイガル国が裏から操っているかもしれない」
『君がそう思う理由は?』
「色々あるけど……テリアさんが亡くなった病気の事を伏せている事かな……隠す理由は無さそうに思えるけど、本当は何故死んでしまったのかわからない。流行病になるかもしれないのにそれさえも知らされていない……おかしいよ、やっぱり」
『君は、テリアと言う人物が亡くなった理由が病ではないと思っているのかい?』
ユウトは首を横に振った。
「わからない事に対して予測を立てるのはいいけど、先入観は持たないようにしてる。事実を知った時に先入観が邪魔にならないようにしたいから」
『先入観か……いやはや、君は素敵だね。真実だけを見据えているのだね。ピュアな心で事実を受け止めたいなんて、大人達が聞いたら青臭いと言うだろうけど、ほとんどの大人達が出来ない事でもあるよ』
「……出来ないんじゃないと思うよ」
シロは耳をピンと立てて『ほう?』と唸る
「そうしないだけなんだと思う。不都合な真実だったら隠さなきゃならない事もあるだろうし……でもそれは今の僕たちのように必要としている人もいるんだ」
『フフフフフ……ハッハッハッハッ!!』
シロが大笑いし、ユウトはキョトンとした。
『あー、久しぶりに大笑いしたよ。君は素晴らしいね。確かにその通りだよ』
「……なんかバカにされてる気がするけど」
『とんでもない! 心からそう思うよ。やはり君といると退屈しないよ、こんなにも新しい刺激をくれるのだからね』
ユウトは納得しなかったが、満足そうに口角を上げるシロを見て、事実として受け入れる事にした。
ユウトは目的が定まった。
シロが疑っていた、ヴァイガル国がダイバ国に関与している可能性が高い。その証拠を掴んで祭の最終日の闘いを避ける事。
避けて得られるものがないかもしれないが、せめてレイナ達には真実を伝えるべきだ。
何も変わらないかもしれない。だが、変わるために知る事が必要なんだと「よし!」と改めて気合を入れて、先を歩き出したシロに着いて行き部屋に戻った。




