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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第一章:凡人「秋月優斗」
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第一章 11 :信じることの難しさ


 ローシアの動きに反応できないのは、ミストのほとんどの傭兵と、もちろんユウトもだ。

最初にローシアの動きに気がついたのはオルジアだった。

 

 ローシアが、目にも止まらぬ速さでクラヴィの懐に潜り込むようにして、拳を腰から後ろに引いた。

 セトの即発を止める声はローシアには聞こえていなかったらしい。

勢いをつけるべく背筋を引いて構えた拳が、クラヴィに顔めがけて解き放たれるその瞬間だ。


 ユウトと繋いでいた手を離し、ローシアの目元へと手を這わせた。這わせるという言い方が正しい

 まるで蛇が獲物にその体で這い巻きつくように視界を奪い、反対の手で顎を軽く小突いた。

 視界を隠したのは、何をしているのかを悟らせないためだろう。ローシアよりも早く動けるとしても、行動を見られては対処される。そのための保険の意味合いだろう。

 


本当に一瞬で事は決した。


 クラヴィがローシアの顔を押さえた手が解き放たれると、ローシアが目が虚ろな顔で振りかぶった拳を撃ち抜く事もなく、力なくゆっくりと空を切ると、事切れた様にクラヴィの足元に吸い込まれる様にして倒れた。

 

ユウトは倒れ込む様子を目で追い、名前を呼びながら倒れるローシアを手で追う。

地面と激突するように倒れたローシアの体を掴めこそしなかったが、すぐに仰向けにひっくり返すと、ようやくミスト内がざわつきだす。


「大丈夫よ。しばらく……と言っても夜までは目覚めないかもね……」


 クラヴィは少し残念そうに俯いて、ローシアの方をみて言った。



 オルジアの隣で、『ガタン』という椅子の音がした後、すぐにふわりと甘いバニ茶の香りがしたかと思うと、ぬるい水滴が頬をかすった。

 

「うわっ!」

 

 声の主はユウトで、クラヴィが背中を押さえたらしく、ローシアの倒れている側の床に音を立てて倒れ込む。

クラヴィは目の前で何かを掴んでいた。

 

持っていたのはレイナがバニ茶を啜っていた湯呑みだ。

当のレイナは、姉と同じようにクラヴィの視線から外れるように低い姿勢からクラヴィの腹部に向けて何かを突き立てるべく右腕を伸ばし始めていた。


だが、クラヴィは、レイナの速度を上回り、持っていた湯飲みでそれを受け止めると乾いた音がギルドに響く。

レイナの右腕が、目標を貫けず、止まって小刻みに震える。

持っているのは。


「俺のタガーじゃねぇか…」


湯飲みに刃が収まっているが、オルジアが持っているタガーだった。

懐を確かめるとそこにあるはずのナイフの手触りはなかった。

ローシアが倒れる時に拝借されたらしい。


「あらあら…随分と気が早いのねぇ…お姉さんが心配なのかしら?」


「……殺す……」


 湯飲みの中に立つナイフが、

お互いの力が相手の方に向かっているが、均衡が取れ逃げ場を失ってカタカタと音を立てて震えている。


「ほら、あのおばあさまも外でと言われてるわ?ここで争ってもあなた方にとって何一つとして…」


「……うるさい。」


冷たく怒気を込めて一蹴するレイナの言葉で

クラヴィの嘲笑を含んだ説得の言葉を最後まで続けさせる事はなかった。

 

 レイナの手には詠唱が終わり、モブルと戦った時と同じように左手には、モブルにぶつけようとした風の球が出来上がっていた。クラヴィの表情がかわり、避けようと身を引こうとしたが、すでに右腹に触れていた。


 避けれない。そう判断したクラヴィは受けるしかなく、まともに風のエネルギーを腹に受けた。正確には受けるしかない状況だった。


触れた瞬間、玉が解けて、動きを止め、そしてレイナの手に集まっていた風の方向がクラヴィの腹に向けて激突する。

 地面を大きな木槌で叩いたような音がすると、クラヴィの体は突風というにはあまりにも大きな力で後方に文字通り『吹き飛ばされ』た。

向かいの建物の壁に背を強烈に叩きつけられたクラヴィの口から鮮血が飛び散る。背骨がきしみ、内臓が衝撃を吸収して痛みが訪れる。

 

 玉を受けた体の内側で鈍痛が響く。

痛みを久しく感じてないクラヴィは、ニヤリと笑った。


――内臓…やられたかしら…あんな武器持っていながら、まさか魔法を使うとはね…――


 もう一度血を吐き、痛みでわかるダメージを換算しているところに一閃。レイナが飛びかかってきていた。

右手は背負っていた刀の柄にかかっていた。


――速い――


間合いを詰める速度は想定以上。

二人の相手をして

ローシアとレイナはかなり能力が高い。特にレイナは迷いがなく、そして速い、という感想を持った。


 レイナは刀を抜く体制で突っ込み、鞘から抜いて斬るイメージは既にあった。

『相手の先手を取る。先手を取れば実力が上でも遅れを取る事はない。』


先手は取れた。あとは左脇腹をイメージ通りに斬り上げるだけ。


 レイナが刀を抜かんとするその時に、思いもよらない重さが体を襲った。

背中にずしりと人を一人おぶさったようなまとわりつくような重みだ。

 

 推進力を重みに奪われ、地面に押し付けられるようにバランスを崩して倒れそうになるが右半身から倒れそうになる姿勢を前のめりになりつつ右脚だけで地面を蹴って止まり事なきを得た。


「っ…何?」



「あらぁ…意外と私やれるって思ったのかしら? 可愛いわねぇ。」


 重さの正体はクラヴィだった。

 狙いを定めて向こう側にいたクラヴィがいつの間にか背中におぶさるようにしており腕はレイナの首にかかっていた。

 



「!?」


 驚きが顔に出てしまったレイナは体制を整えるべく、クラヴィの腕を掴み引き剥がそうと試みる。

だが、まるで岩のように固まって引き剥がせない。


「くっ…」


「お話…聞いてくれるかしら? 私はあなた方と争いにきたわけじゃないのよ?」


「お姉様をあんな目に合わせて…今更何を!」


「あらぁ…私は何もしていないのに? 先に手を出したのは誰だったかしら?」



それは確かにローシアが先だ。


「それに、安心して? お姉さんは少し眠ってるだけよ。夜には目を覚ますわ。」



 レイナの刀の柄を握る手に力が入る。

レイナの反応に笑みが溢れるクラヴィは、レイナの頭を優しく撫でながらなだめる。


「ふふふ。落ち着いて? 怒りに身を任せるのは愚策よ?」


「落ち着けるわけ…ないでしょう!」


クラヴィを振り落とそうと体を捻ろうとした。

だが。



「あなたの命。私の手のひらの中にあるって、まだわからないかしら?」


首に巻きつくクラヴィの腕に力が入り、レイナの喉が締め付けられる。

呼吸が僅かに出来るほどに締め付けられ、レイナの耳元でよく聞こえるように囁く。


「まだまだ甘いわねぇ。ここで死んでも良いのかしら?目が覚めたお姉さん、悲しむわねぇ。私は恨まれちゃうわね。」


まともに呼吸ができないレイナは最後の力を振り絞るべく、クラヴィの腕に手をかけた。


「……が…ふっ……」


 体が空気を欲さんとして、気管が無理矢理にでも肺に流し込もうと画策するが、詰まりの取れそうな配管のような音がレイナから聞こえる。だが、目は死んでいなかった。

 

「まだ私の隙を伺ってるのね。なら、ここで殺しておいた方が良いかもね。アタシの大切なユウトちゃんのためにも。」


 クラヴィの腕に力が入り、更にレイナの首を締め上げる。

気道を変形させて潰し、そして首の骨を折りにかかる。

気道を締め上げられ、呼吸ができなくなった。

声が音として出すことができず、空気を漏らすこともできなくなった。


 目の前の光景が闇に霞んでゆく。



「やめてよ! クラヴィ!!」



ユウトのこれまで聞いたことのない大きな声が響いた。


 途端にクラヴィの腕の力が抜けて、レイナは解放された。地面に膝をついて倒れ込み、大きく咳き込む。

クラヴィはレイナから距離を取ったが、内臓のダメージが思ったよりも大きく、膝をついて座り込んだ。


「レイナ!」


すぐにユウトがレイナの元に駆け寄った。

駆け寄った時には仰向けで倒れた。

顔が青ざめて虚ろうような半目をしてはいるが、しっかりと呼吸は出来ている。

 

危なかった。本当にレイナが死ぬかもしれなかった。

体が硬直していたが我に返ってやっと大声がでた。

レイナが意識がなくても呼吸をしているのを確認して安堵する。

そして、レイナの首元を軽く撫でた。締め上げられて皮膚が赤くなっている。


 ユウトを追いかけるようにオルジア達がレイナの元にやってきた。

ユウトは薄紅色に染まったレイナの首元を撫でる手を握りしめて立ち上がり、クラヴィの方を向いた。

 

 内臓にダメージを喰らいながらレイナに向かっていける強さを持つクラヴィでもユウトは恐怖心はなかった。


 クラヴィは口元の血を拭い、こちらを見ているユウトに痛みを堪えてにこりと微笑んだ。

 

 命を狙われたとはいえ、彼の大切な人を絶命させようとした事はみられていたはず。

 

 せっかく心の底から愛する人を見つけることができたのに、決別は免れないだろうと思っていた。



 ユウトがこちらに近づいてくる。命まで取られることはないにしても、また言われるのだろう。何度も聞いてきた軽蔑の言葉を。

 

 気持ち悪いの女。殺しにしか使えない女。

 

 ――大丈夫よユウトちゃん。わたし、いろんなこと言われてきたから平気 好きなこと言っていいわ。あなたなら全て許すわ――


目の前までやってくると、膝をついてクラヴィの目線に合わせた。


「大丈夫? クラヴィ。」


 とても心配そうにクラヴィを見ている。


「え? …ええ。大丈夫よ?」


「お腹…痛むの?」


「ん、少し、ね?」


手で抑えている右脇腹に、ユウトは手を重ねた。

そして


「ごめんね。クラヴィ…」


「?」


クラヴィはユウトが何を言っているのかわからなかった。あやまる? 何故?


「僕が伝えておくべきだったんだ。クラヴィには手を出さないでって。そしたら、こんなことにはならなかった。そう思ったんだ。」


 ローシアの意識を飛ばしたのは、繰り出そうとした一撃の重さを警戒していたからだ。

 

 ギルドで姉妹を見た時に、レイナは背中にある刀が武器だろうと見立てていた。

 ローシアは何も持っていない事と、動きやすい服を着ていることから近接で闘うスタイルだと予想していた。


 仕事柄、相手の手札は見えるものからでも情報としてインプットしておくクセのようなものだ。情報のあるなしは命に関わる。見える情報は頭に叩き込んでおく。

クラヴィがいつもそうしていることを、ここでも同じようにしただけ。

 

 予想通り懐に潜り込んできたので、選択としては、避ける、ガードする、カウンターで打ち込むと複数あったのだが、拳を握り込んだ途端に当たったら相当なダメージを受けるほどの殺気を感じ取った。

 

まぐれでも当たりでもしたら…

その警戒が、ローシアの意識を飛ばすことだった。


本当にクラヴィは、誰も傷つける気は全くなかった。


 登場の仕方は充分注意を払ったつもりだったが、姉妹…特に姉は快く思っておらず、先制攻撃を許すことになったが、誰も傷つけないために、そして自分の身を守るためにローシアの意識を断つ選択をした。


それが結果的に間違いだったのだ。

傷つけないように配慮したつもりが、レイナの逆鱗に触れ、避けれない距離で魔法を右脇腹に喰らって内臓を痛めた。


「あら…ユウトちゃん。そんな事を気にしていたの? これはもうお互い様よ。お互いの事がよく理解できてないところに出会うタイミングが悪かった。不幸が重なっただけ…ユウトちゃんは悪くないわ?」


「僕は… 誰でも、クラヴィも傷ついて欲しいなんて思ってない。でも、僕が何も言わなかったから… レイナが手を出す前に、何故クラヴィと一緒にいるのかって事を伝えていたら、結果は違ったのかなって…」


右脇腹を抑えているクラヴィの手に重ねるユウトの手から震えが伝わってくる。

 

ユウトのいう通り、先に言っておけばもしかしたら結果は違っていたかもしれない。

でも、クラヴィはこの結果はどうやっても避けられなかったと思っている。

この姉妹はたぶん相手が誰であっても、不審にユウトに近づく人物は、警戒して、場合によっては排除する覚悟があったのだったのだろう。

 ユウトを完全に気配すら消したのだ。一緒に現れたら警戒しない方がおかしい。

クラヴィはあまりにも残念な初対面に仕方ないと割り切るしかなかった。


「…そうね。でも、誰も死んでない。でしょ?」


「うん…でも…」


「でも? なにかしら?」


「…ううん。なんでもないよ。お腹、まだ痛い?」


ユウトの手が重ねられた右脇腹は、心なしか痛みが和らいだようだった。

 

クラヴィは、ユウトが気にかけてくれている事が、心の底から嬉しかった。

 

 痛みなんて二の次だった。内臓へのダメージは、ギリギリでダメージを軽減させるように受け身を取った事で、衝撃を出来るだけ逃していた。

 

だから、こんな事で死にはしない。

口元に垂れ、乾きそうな血を指で拭い、今できるだけのとっておきの笑顔で答えた。



「…大丈夫よ。ありがとう。優しいのね。ユウトちゃんは。」



レイナはオルジアとヒール専門の傭兵に治療されてギルドの中に運ばれた。

オルジアはユウトの様子をうかがっていた。

二人で何か話しているが、特段何か問題がありそうな様子もなかったので、ギルド内へ戻っていった。

 

クラヴィはギルドの人間ではない。だから声をかけることも必要ない。今は仲間のレイナとローシアを介抱する事を優先した。





外に残された二人。

クラヴィは、ユウトに支えられながら立ち上がる。

思ったよりも体は動きそうで一人で歩けそうだった。


「クラヴィ。大丈夫?歩ける?」


「ええ…大丈夫。ユウトちゃんに助けられたわ。」


「僕が? 何もしてないよ?」


クラヴィは小さく首を横に振った。


「ずっと私のことを心配してくれた。」



「それは…まあ、うん。心配だったから。」


ユウトの言葉に肩をすくめてクスクスと小さく笑った。そして、ユウトが重ねている手を、そっと優しく握り、脇腹から離させる。もう行かなくてはならない。長居してこんなところを万が一でも意識が戻った姉妹に見られたら今度こそ命のやりとりになりかねない。

ユウトと離れるのは心底嫌だったが、仕方ないと諦めた。


「それじゃあ、もう行くわね。」


「一人で帰れる?途中まで…」


「大丈夫よ。大丈夫。」


ユウトに言い聞かせるようにして、頭を軽く撫でてあげた。

 

 黒い髪に似つかわしく潤っているのは若さの特権であり、撫で心地にも現れる。

この手触りもしばらくお別れか、と思うと少し心が締め付けられる。

 離れたくない……離れたくないけど……


「また、きっとどこかで会えるから。ね?」


クラヴィは自分にも言い聞かせるように伝えると、ユウトは小さく頷いた。


そして、撫でる手を止めて、じゃあね。と言い残して、投げキスとウインクをユウトにプレゼントして姿を消した。


**************


「大まかのことは理解したワ。」


ローシアとレイナがベッドに座り、備え付けの椅子に座って、ユウトがクラヴィと出会ってからこれまでの話をした。もちろんクラヴィの『消える』能力のことも。

ユウトの顔を見て、ローシアは納得いかない顔を見せつつも、理解はしてくれたように見えた。


「うん。ごめんね。ちゃんと伝えれば良かったんだ。クラヴィの事とか。それならあんな事には…」


二人には前もって話しておけば争うことはなかったかもしれないという疑念が残るユウトは二人に頭を下げた。

だが、ローシアは冷たくあしらう。


「言ったところで…よ。残念だけど。アンタが思う通りにはならなかったワ。きっとね。」


ローシアは、理解はしても険しい顔に変わりがないことに今更気がついた。


「…どういう事?」


鼻を鳴らしてそっぽを向くローシアと、両膝の上でぎゅっと拳を握りしめて悔しさを滲ませるレイナ。

 

無事に当初の目的を果たせたのに、二人ともクラヴィの一件で明らかにそれぞれが負の様相を見せている。


ローシアは深くため息をついて、レイナを見やり、背中に手を置いて優しくさする。


「レイナ…まだ始まったばかりなんだから。落ち込むことはないんだワ。」


「…はい。」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


あまりにも想像しえなかった二人の姿にユウトが立ち上がって二人のやり取りを静止させる。


「クラヴィは、確かに二人に酷いことをしたかもしれないけど、敵じゃないんだよ? なんでそこまで落ち込む必要があるのさ。」


「敵だったらどうするのかしら?」


「敵…だったら…?」


「私たちはいとも簡単に殺されて、アンタもその後にすぐ殺されていた。いや、アンタは見る限り何の能力もなさそうだから痛めつけられて洗いざらい吐かせてからね。」


「だから…クラヴィは敵じゃないって…」


「アンタはね、たった一人でこの国を脅かすほどの力があるんだワ。まだ理解もしてないし、力を使えもしないけど。」


「……ッ」


「そのクラヴィって女が私たちの話をどこまで聞いているのか、アンタ知ってるのかしら?」


「……」



「話を聞いた上で泳がされてるとして、絶対に今この部屋にいないってこと言い切れるのかしら?」


「それは…」


 言い切れるわけがなかった。

ローシアからも気配を消す事ができる能力なのだ。ユウトに察知することなんて出来るはずがなかった。

実はこの部屋にいて、話を聞いていたとしても不思議ではない。



「ほら。言えるわけがないんだワ。敵じゃないというのはアンタの感想で、事実はまだ分かっていないのが現実なんだワ。」


「……」


「それに、アンタに降りかかる厄介ごとはワタシ達が始末しなきゃならないんだワ。それがこの国に来て早速できなかった事。この事がワタシ達にどれほど大きな事がわからないのかしら?」


「それは…」


ローシアが地図に夢中になったのが悪いんじゃないか。という言葉は飲み込んだ。

 

結果的にクラヴィと一緒にいた自分にも非がある。

 だけど、あれほど優しかったクラヴィを貶すことだけは許せなかった。

 だが、ユウトの力でローシアを責めるにはあまりにも力が無さすぎる。


「だから、アンタが事前に話そうが話すまいが一緒なんだワ。話したところで、『あらそうですか。今日はお天気が良いですわね。』なんて話にならないんだワ。」


小芝居を挟みながらつらつらと語るローシアの言葉を否定することは出来なかった。

強くユウトを迫るローシアに代わってレイナが語り出す。


「私はユウト様からすでにお話を伺っておりましたので、あらかじめこの家の周りに結界を貼っておきました。相手に危険が及ぶものではないですが、誰かが家に入って来たり、存在するなら私が気配を感じる事ができます。今はこの家には、私、姉様、そしてユウト様しかいません。」



「フン。まあレイナならそうするわね。」


優しくローシアに微笑んで頷くレイナ。

そして、ユウトの方に向き直ると、意を決した面持ちで語り出す。


「ユウト様がおっしゃったことは、受け入れます。ですが、私達が感じることを言葉にすると、ユウト様のお気持ちと私達の気持ちは少し乖離しているようにも感じます。」


乖離している。

はっきりと言われた分、ショックは少なかった。

少ないだけで、ダメージはある。乾いた笑いが口から漏れるだけだった。


「そんなに、僕はダメかな…」


呟くように尋ねると、レイナは大きく首を横に振った。何が言いたいのだろう。乖離していると言われても、ここに連れてこられて、何を行動するのかもハッキリわからないのに、何を求めているのだろうと疑問しかなかったが、レイナは答えを出した。


「いいえ。私は…二人とも、ユウト様を信じています。」


「…信じてる?」


「はい。」



「…何を?…何を信じてるの?」



「ユウト様は、私たちの…いえ、この世界に住む人々の希望です。」


「…」



「全てを知る者とは、私達はこの世界を救う者の事。そう言い聞かされてまいりました。全てを知る者が現れる、それは世界が歓喜の時を迎える時。だそうですわ。それがユウト様なのです。」


ローシアが付け足す。

 

「アンタが全てを知る者なら、アタシ達は全力で守る。全てを知る者の行く末を見守るんだワ。」


「でもこの国では厄介者な扱い…でしょ。」


レイナは悲しそうな顔で肯定する。


「私達にもそれが何故なのかはわかりません。ですが、私達の先祖から言い伝えられてきた…」


「もうやめてよ!」


ユウトがレイナの話を止めた。

レイナはユウトが怒っているとは思わず、途端に困った顔になる。

ユウトは、もう二人が求める事がわからなくて限界だった。


「いい加減にしてよ! 今日起こったことでもわかっただろ! 僕には何の力もないんだよ! これ以上何を望むんだよ!」


「…ユウト様…」


レイナの驚く顔を見ても止めることなく続けた。


「僕は、この世界で何もできないことを、この一日で嫌というほど思い知らされた。言われた事もできないのに、優しく助けてくれる人がいて頼ったら二人が闘いだす。そして今、こうやって助けてくれた人が敵かもしれないと言われて責められる…」


今日、これまで起こった事をつらつらと語り出すと、涙が溢れ、袖で拭う。


「…僕は、どうすればいいんだよ… 言われたことも出来ないのに。この世界じゃ何もできないのに! 何をすれば良いんだよ!! 何を信じたらいいんだよ!!」


ローシアが特大のため息をついて、ユウトの前に歩み寄った。そしてユウトの胸に人差し指を突きつけて目をじっと見つめて言った。


「何を信じるか? 簡単だワ。ワタシ達を信じれば良いんだワ。それだけのことよ。」


「……」


「ワタシ達は、アンタが全てを知る者だと信じてる。この世界の人間でないことも信じてる。で、今は何の力もないこともわかってる。アンタの言う事は全て信じてる。 で、アンタはワタシ達の何を信じてるの?」


突然の質問だったが、言葉は出てこなかった。

出て来ないのは、何を信じるか、という質問に対して明確な言葉が見つからなかったのだ。



「ほら、出てこない。そこなのよ。ワケもわからない相手がワタシに気がつかれず誘拐したんのに敵じゃないって。アンタは自分の近い人間がそうされて信じるのかしら? 例えば自分の家族が誰かにさらわれて、突然見ず知らずの人が手を繋いでいることに何の違和感も疑念も湧かないのかしら?」


捲し立て指を胸にトントンとさすローシア。

やがて見つめていた目を逸らし、鼻を鳴らす。


「ほら。何も言えない。そんなもんなんだワ。」


「お姉様、私がお伝えしますわ。」


見かねたレイナがローシアを制した。

言いたい事を言ったローシアは、また鼻を鳴らしてベッドに座る。

代わりにレイナがユウトの側にやってきて、安心させるようにユウトの両手を握った。


「ユウト様、クラヴィ様の事はよく分かりました。私たちも何も知らずに手を出してしまったことは後悔しております。ですが、お姉様の言い分もご理解ください。」


「……うん。二人の気持ちの事、考えてなかったね。ごめん。」


クラヴィが敵じゃない。その前に二人の気持ちについて全く考慮していなかった自分を情けなく思った。



「いえ、気になさらないでください。そして、今は無理かもしれませんが、私達を信じてください。お姉様は、その…言葉できつく言いがちですけど、私達姉妹の気持ちは一つです。あなたを信じています。ですから、時間がかかっても良いですから、私達を信じてください。」



ユウトにとって信じるということはとても難しい事だ。

信じれる人とはユウトにとって

他人の価値観を理解し、思考を推測して、相手が自分へ課している普遍的な期待に自然と応える人だと思っている。

端的にいえば『空気の読める人』だ。


だが、ここで求められているのはユウトが思うものとは違う。

相手が何を期待しているか、何に嫌悪しているか、何に喜びを感じるか、気持ちを理解する事ができる人だ。

空気が読めるのとは意味が違う。

二人を理解することを求められている。


だが、今でさえ謎めいたこの姉妹を理解する事は、ユウトには難しい事だった。

 

これは人生経験ではなく、明らかに『わからないことが多すぎる』からだ。


わからないことが多いなら答えは一つだった。

信じるための第一歩として、ユウトは握り拳を固めて意を決し、二人に小さい声で告げた。


「信じるから…信じてみるからさ、二人のことと『全てを知る者』と『カリューダの黙示録』について…知っていることを全て教えてほしい。」


言葉にして知ること。人を理解する最も簡単な手段だ。

 

簡単なことではあるが、実際に聞き出すことは難しい。特にユウトにとっては。

 

言葉にして触れることで、相手を知ることができるし、一つ前に進める。


レイナは姉の方を振り返る。

姉はふんぞり返っているが、小さく頷いた。

レイナは姉の頷くのを見て、意を決した表情でユウトに向き直った。


「わかりました。私たち姉妹が知っていることをお話ししますわ。あまり大きな声では言えませんが…」


ユウトはこの国では正体を明かしてはいけない。

レイナが張っている結界のことも理解した上での姉の許可だろう。


一度しかない機会で聞き逃しは許されない。


「…でもまずはお茶をご用意いたしますわ。」

 

レイナはすくっと立ち上がってもう一度姉の方を見る。ローシアは妹と目線を合わせて、閉じる。



「賛成なんだワ。喉が渇いたんだワ。」



「ユウト様はその席に座ってお待ちください。すぐご用意いたしますから。」


レイナは音を立てずにドアを開けて部屋を出て行った。

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