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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第一章:凡人「秋月優斗」
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第一章 10 :覚醒パンチ


「ふぅ…これでもう大丈夫ですね!」


「…す、すまねぇ。ありがてぇ。」


最後の一人のヒールが終わったレイナは、袖で額の汗を拭って、モブルの取り巻きだった傭兵らが去っていくのを見送った。

彼らはギルドには向かわなかった。


「お疲れさん。」


オルジアがレイナの手当てが終わるのを見計らって声をかけた。レイナが視線を向けるとオルジアとセトが後ろにいた。

戦闘モードから解き放たれたレイナは、なついた子犬のようにぱぁっと明るい顔をして駆け寄ってくる。

戦いと今のレイナの落差にオルジアもセトも呆れたように顔を見合わせる。


「ったく。とんでもない新人が現れたもんだねぇ。」


セトが感慨深く言ったが、オルジアはあんたらしくもないと言わんばかりに首を横に振る。


「違いない。だが、節目にもなったいい機会じゃないか。」


 セトは鼻を鳴らして不機嫌そうにしているが言い返す様子もなく、そしてオルジアからすると言われるまでもないという表情に見えた。

 

 セトは傭兵の問題は傭兵で片付けるべきだと考えている。モブルが影に隠れて何かやってるかもしれないと言う疑念は常に持っていた。

 だが尻尾が掴めず今に至っていた。

セトの一声でモブルを追放する権限はあるが、強硬策をとって裏目になると示しがつかなくなり、ギルドそのものが空中分解するリスクを伴う。

 もしモブルがシロだったら…

汚泥の底に光り輝くような一縷の可能性も見逃してはならない。

 砂金のように小さく、気を抜けば見逃してしまいそうな小さな光でも。

もう、追放してしまえば解決するだろうに。それは一つの考え方ではある。

 

 だがセトはミストを命に変えても守らなければならない理由がある。

 空中分解など絶対に避けねばならない。

話を逸らすようにセトが子犬のように好奇心満ち溢れる顔でこちらを見ているレイナに問う。


「そういえば、アンタの連れはまだこないのかねぇ?」


「はっ! そういえば…少しお待ちください。」



レイナは途端に思い出した姉とユウトの存在を空を見上げて目を閉じて探る。


 姉妹は生まれ持った双子の絆で、相手のマナを感じることができる。

朧げに閉じた目の奥の暗闇から、淡く薄い光が見える方向がローシアがいる場所になり、光の強弱で距離がわかる。

位置は城門よりもやや噴水のあたり、そう遠くはないところでローシアのマナを感じる。

城門の位置から推測すると距離と、大分ミスト側の方にいるようだ。

目的を終えてこちらに向かっているのだろうか。

いずれにせよ合流するまでそう時間はかからないだろうとレイナは結論づけた。

ゆっくりと目を開け、不思議そうにこちらを見ている二人に変な顔でも見せてしまったのかと、少し照れ臭そうに顔を赤らめながらセトに話す。


「もうすぐこちらに到着すると思います……。」

 

天性の方向音痴であるローシアにはユウトが付いているので、大丈夫だろう。多分。その程度の根拠しかなかった。


「ほぉん。じゃあ中で茶ぁでもすすりながら待とうかね。アンタもどうだい?」


セトの思わぬお誘いに、レイナは目を丸くし、子供っぽい喜びの顔に変わっていく。

 尻尾が生えてたら千切れんばかりに左右に振り回しているだろう。

 いいんですかぁ!と声を張る。


 わかりやすい喜びの感情表現だったがセトはもう慣れたらしく、ついでに茶菓子ぐらい出してあげるよ。と言い残すとギルドに向かって歩き出した。


 はい!と大声で返事をしたレイナは飼い主を追いかける子犬のようにセトの後をルンルンとついていった。


二人の様子を微笑ましく見ていたオルジアは、まだ気を失って意識が戻ったのか朦朧としているのかわからないほどぐったりと城壁に背もたれてるモブルを見た。

 

取り巻き連中は誰もいないモブルの姿は、一人孤独に苛まれ、項垂れているようにもみえた。

 


「自分の信ずる道を自分以上の力でねじ伏せられて閉ざされてしまうのは、なんとも残酷なものだな…」



**********

カウンターはレイナとオルジアが並んで座り、奥ではセトが3人分茶をお盆に乗せて現れた。


「はい。熱いから気をつけるんだねぇ。」


ヴァイガル国近郊で取れる、バニのと言う茶葉を発酵させ、乾燥して作られるバニ茶は、赤橙色のフルーティーな香りで有名だ。

レイナはバニ茶が大好きで、ドワーフの村に定期的にやって来る行商人から決まって買っていたほどだ。

一口飲むとほっぺたを両手で押さえつつ、おいしいなぁと、いつもバニ茶を飲んでいる時にやる仕草を見せるレイナ。


その様子を囲うように周りで見守るギルドの傭兵。

モブルの戦い前とは打って変わって、レイナと一挙手一投足を見逃さまいと、かなり近くでレイナを囲うように集まって見守っている。

セトは鼻を鳴らしながら茶を飲む。

あまりのかわりように戸惑っていたのはオルジアだ。


「さすがに…茶も飲みづらいねぇ。」


カップを揺らすくらいで周りの様子が気になって茶を飲もうという気にならない。


「何でですか! とっても美味しいですよ!」


眉をひそめながらオルジアに反論するレイナ。


「おや、アンタ、バニ茶の違いがわかるのかい?」


セトが心なしか嬉しそうに尋ねる。バニ茶はギルドではセトしか飲まない。茶飲み友達はいない。

こんなむさ苦しいギルドに友人など呼べるはずもなく一人寂しく、たまに傭兵に飲ませる程度だ。

だが味がわかるような気品ある人物は皆無なので、捨てるつもりで、気がごく稀に向いた時にご馳走していた。

レイナは無類のバニ茶好きで、いろんな銘柄のものを嗜む。今日飲んだのは、ヴァイガル国のみで販売されているヴァイガルバニ茶の新茶だと香りですぐにわかった。ヴァイガル産のバニ茶の新茶は、どのお茶よりも香りも味も甘味がある。

 

バニ茶の香りはほのかに感じる程度だが、新茶は発酵途中で葉に甘みがつく。これは、発酵している時に葉が食用の果実のように熟していると言われているが、詳しい理由はわかっていない。

 

 この甘味がお茶の香りとして乾燥させてもしばらく残り、販売から少しの間だけ楽しめる愛好家にとっては楽しみな一杯なのだ。

 

 行商人から新茶を買っても少し時期が過ぎていることもあり、本来の新茶の甘みを味わったことがなかったが、初めて口をつけると、本当に果物のような甘味が一瞬感じられる。そのあと舌を転がして喉を通すと爽やかな甘味になり後味が残らない。

レイナがこれまで飲んできたどのバニ茶よりも甘くて美味しい一杯だった。


「はい! とても美味しいバニ茶です!」


ギルドで初めてバニ茶を美味しいと評する人物に出会えたことでセトの顔は嬉しさでゆるむ。


「そうかいそうかい。じゃあこのお菓子もお食べ。バニ茶にあうんだ。」



皿に整えて盛り付けられていたのはバニ茶に最も合う甘みを抑えたビスケットだ。

レイナはこのお菓子のことは知っていたし、なんならこのビスケットも行商人から買っていた。

一つつまみ、疑うことなく一口食べると、さっぱりしたバニ茶の甘味がビスケットと相まって、官能的な甘さを生み出す。食べ合わせとして最高の組み合わせにレイナの目尻はこれまでにないほど幸せを表すように下げた。


 

「うれしいねぇ。ここにいる連中はお茶の味も知らん連中ばかりだからねぇ。」


 

褒められはにかみ、また茶をすするレイナを見るセトの視線は、その背中に背負われていた獲物に移っていた。


「アンタ、その獲物を持ってるということは、東の人間かい?」


「いえ? この刀はいただいたものですから!」


「へぇ、随分と物騒なものをくれる人がいるもんだねぇ。昔、その武器で戦争を駆け抜けた戦士の事を思い出したさね。」


「へぇ!なんかかっこいいですね!」


 レイナに探りを入れたように聞いてみたが、おそらく切り出した話のほとんどはわかっていないとセトは思った。


 ――流石に、勘ぐりすぎかね。そう都合良くは出会えるはずもないか……


「まあアタシの勘違いかもしれないさね。忘れておくれ。」


「??」


 レイナはキョトンとしていたが、オルジアはセトの目が、どこか寂しく輝いたように見えた。



『勘違いじゃないんだな……なにか知ってるんだな……』


 機会があれば、また話を聞いてみようか、と一通り考えをまとめて茶をすすると、何やらギルドの外からけたたましい足音が聞こえる。

 明らかにギルドに向けて走ってきているようで、足音が徐々に大きくなり

テラスを踏み鳴らしてドアの前で止まると弾けるように開かれた。


「ドアは静かに開けな!」


 セトが怒鳴る。

注目を集めたドアの先には、齢10代半ば程度の華奢にも見える細い女の子。息を切らして走ってきたことは想像に固くないが、その目につけた眼帯が視線を集める。


「お姉…様」


 ローシアだった。レイナは当然知っている。なにせ自慢の姉だ。

 だが、オルジア達は驚きを隠せなかった。

見たところ体格からすると明らかにレイナの方が年上に見える。だがそのレイナの口から飛び出したのは、ドアの前の小柄な女の子がお姉様だという。

 セトも目を見開いていて驚きを見せたが、誤魔化すように目を背けて茶をすすった。


「…ッハァ…ハァ」


 ローシアは息を整える事もせず、早鐘のように鳴る心臓の鼓動もそのままに視線をギルド内に巡らせて聴き慣れたレイナの声がした方をむく。驚いた表情でこちらを見るレイナを見つけて、一言小さく、レイナに聞こえるほどの声色で謝った。


「ッ…レイナ、ごめん。」


 首を垂れて謝る姉を見るのは珍しくはないが、雰囲気がいつもとは違う。姉妹ならではの直感がそう告げる。

 あまりの様子にすぐに席を立ち、姉のそばに駆け寄り肩に手をかける。体がとても熱く、汗で湿っている走りっぱなしだったに違いないと察する。


「どうされたのですか?お姉様?」


「アイツが…ユウトが…」


「ユウト様が?」



息を整え、喉を鳴らして真実を告げる。


「さらわれた…」


「さら…われた?」


レイナが姉の言葉を反芻するように繰り返す。


「そう! さらわれたんだワ! ちょっとした隙に!」


「…」


「あー…、ま、まあ目を離したのはわたしなんだワ。それはわかってる。謝る。うん…ごめん。それは本当に迂闊だったワ。」


「…」


「で…でも、私が…この私がそんな隙を見せても痕跡くらいは残すはず…そんな長い時間じゃないんだワ!目を離していたのは!…でも全く残さず消えたんだワ! これは手練れの仕業なんだワ!」


両手で握り拳を握りしめて軽く上下に振りながらレイナに言い聞かせる。その様は子供がお姉さんに説得するような素振りにも見えた。


自分に非がありつつも、ミスではないというなかなかの暴論ではあるが、ローシアの意図としては、なにも跡形を残さずユウトが連れ去られてしまった事を伝えたかった。


 ミストの連中は話から何かこの二人にとって大切な人物がさらわれた事は理解できたが、だからといって助け舟を出そうという輩はいない。

 

自分の不始末は自分で片付ける。

 

 ギルドに名を連ねる以上、自分のことは自分で片付けるのが当然の義務。

助けを求めるなら依頼を出すしかない。

ここには全員金を稼ぐために来ているのだ。慈善事業ではない。

 だが、この小柄な女の子がお姉様だとして、レイナよりも何か力があるのであれば、はっきり言うと自分たちの出る幕ではないと言うことは、ここにいる全員が理解していた。


 モブルを最も簡単に痛めつけるような姉妹の手助けなんて、命がいくつあっても足りやしない。ここにいる全員の総意だろう。


 ギルドの面々は目を合わせながらその意思を確認して、首を振る。誰も手伝おうとか介入しようとする気はさらさらない。唯一助けてくれそうなオルジアも話を聞いているだけだった。

 

 オルジアは、もしレイナに助けを求められ、頼まれたら断るつもりは全くなかった。レイナに対して借りがある。

 

 だが、助けて欲しいと意思表明をしない限りは、本当に助けを必要としているのかわからない。

傭兵達が嫌う『おせっかい』にもなりかねない。

二人の姉妹が問答し合う中を傭兵達が冷ややかに見つめる。


そんな中、レイナだけは素っ頓狂に疑問と戦っていた。


「お姉様…」


「…な、なんなのかしら。」


問い詰められるのではと、少し身構えたローシア。


「ユウト様が何者かにさらわれた… と言うことなのですよね?」


「う…うん…。いや…はい。」


「なるほど。なるほど。」


レイナは傾げた首をさらに傾げる。

言葉は理解できるが、ローシアの言っている内容の『意味』が理解できていない様子だった。


「…ご、ごめん。なんだワ。でもでも!探さないと!」


「でも、お姉様?」


「な、なんなのかしら?」


レイナはローシアのうしろ、ドアから外に向けてゆびさした。


「あの方はどなたなのでしょうか?」


ローシアが振り返ると、レイナが指さす先、ミストのドアところには、間の抜けた顔でバツが悪そうに手を振るユウトと見知らぬ女がユウトと手を繋いで立っていた。

 これで女が3人目。いつものギルドの様子とは違う今日という日に傭兵たちは怪訝の表情を隠さない。


「はぁい。ローシアちゃんにレイナちゃん。」


クラヴィが開口一番に姉妹の名前を呼ぶことにローシアは眉をひそめた。


「アンタ、誰なのかしら。私達の連れと随分親しいようだけど。」


空気がピリつく。ローシアの何気ない言葉には、この場にいる皆を警戒させるのに十分な怒気を含んでいた。


 ユウトと手を繋ぐ女の素性を見抜くため、ローシアは2つの意味を込めて訪ねた。

 

 一つは戦闘能力がない一般市民が、迷子になっているユウトを案内したことを想定して。

 

だがこの線は薄いと思っていた。ユウトがさらわれたのはスキを見せたとはいえユウトの気配を完全に消してしまうほどの手練の犯行だと考えていたからだ。

もう一つは、姉妹とユウトの素性を暴くため。

 

 ユウトが姉妹のことをなにか喋ったことは、名前を読んだ時点で明白。だがここに来た理由はそれ以上のことを知る必要があるためだと想定していた。

 

もし、全てを知る者がユウトであることを知られているなら、この国に属するなら、すでにユウトは亡き者になっているだろう。

 

一般市民でないとして、何らかの力もなくギルドに乗り込んでくるのはこの女に不利になる。

 

もし姉妹がギルドのメンバーとして想定しているなら、単身突っ込んでくるのは明らかに無謀。なにか勝算でもない限りこんな大胆にユウトを連れてくるのは、なにか勝算があって、さらに単身で来る大きな理由があるに違いないと。


 先手を取るためにも、ローシアは怒気を含みながら警戒の姿勢を見せた。

それはレイナへの合図でもあった。姉の様子にレイナもお茶をすすってたいたときのまったりした表情から、変わって戦闘態勢を取るべく、姉から少し距離を取り、さっきまで座っていたカウンターまで下がる。


 全体を見つめて状況を把握するためだ。姉を援護すべく詠唱できるようにクラヴィから視線をそらさず集中している。

 

 モブルから開放されたギルドの平和から一転、また戦闘を匂わせる雰囲気にうながすかのようにセトが鶴の一声を発する。


「喧嘩はそとでやんな。」


 低いながらも通る声の一言にまず反応したのがクラヴィだった。

ローシアの当然とも言える警戒の気勢を隠そうともしない姿勢と、一触即発の空気をギルド内で好ましく思わないセトの一声。全く歓迎されていない自分の立場が、当然と言えば当然かと納得し、手で口元を隠して微笑んだ。


――フン……いい度胸じゃない。

 

 癪に触ったのはローシアだ。敵地で平然と笑む図太い精神力の手練れか、ただの物知らずか未だ判断できかねるこの女を図るべく、その身長を生かして視線から外れるように低く潜り込むようにしてクラヴィの懐に迫る。


 ――よし! 目線を切らせた!


 隙はつけた。ユウトの位置を把握しつつ、クラヴィの笑む横顔に固めた拳を放つ体制は既にとってある。

腰の回転から拳で穿つイメージを持ち、放つ。

拳で相手を打つときは、所作として拳が目標に接触するまで、とにかくコンパクトに速く動くため力を入れないようにリラックスして動く。

 

 素早くコンパクトに動き、インパクトの瞬間に拳に力を入れる。

この力を入れる瞬間は目標を確実に打つことができると判断した時だ。

ローシアは拳を打つための鍛錬で体に染み付いていた。

何万回、何十万回と鍛錬してきた動作だ。それこそ血の滲むような努力で積み重ねた拳打の基本だった。

基本通りの動きで、『捉えた!』と判断した。

染み付いた動作が促す次の行動は、脳が命令するのではなく無意識の所作。

振り抜く腕に力が入るその瞬間だった。クラヴィの視線を逸らしたはずなのに、真っ先にローシアを目線で捉えた。



 

…偶然?


クラヴィの視線がローシアと合った。


「あなた、速いわね。私ほどではないけど……ウフッ。」


 

……ちがう! 見てる… ずっと見ていた?


染み付いた行動は、脳が命令するよりも早く体に染み付いたもの。走り出した車の如く、急に止められるはずもない。


防御体制を取ろうと意識を切り替えると、目の前が真っ暗となり……

お姉様!というレイナの声が耳朶にこびりつくように木霊して、やがて消えていった。



 *******






「うああああああああああああ!!!」

「い…ったぁぁ!」


 気を失っていたローシアが、覚醒ついでに反射的に突き出した拳に手応えはあった。


「……っく!!!……あれ?」


ローシアが思っていた光景から全く変わったものになっていた。

肩で息をするローシアがいたのは見知らぬ部屋だった。

白土で塗り固められた木造の建物で、暖も灯りもあり、先程の霧の景色とはまるで違う。

尻には柔らかいベッドがあり、布団は捲れ上がっていた。


「……ここ、どこ?」


手の感触は、何か殴った感覚は残っている。


「お姉様!!」

部屋のドアを勢いよく開けて入ってきたのはレイナだった。

外出用の服ではなく、家着を着ていた。


「レイナ… ここ、どこ?」


レイナは一目散に姉のそばによって両手を握りしめて目を覚ましたローシアを見て安堵する。


「ごめんなさい…少し席を外しておりましたの…代わりにユウト様に様子を見ていただいていたのですが…」



 そのユウトはベッドの足元の先で尻餅をついて顔をさすっていた。察するに、意識がない状態でユウトを殴ってしまった。


 

 そのユウトは普段着のようにラフな格好になっている事から家を確保してそこで寝かされていたのだと察してローシアは安堵した。

 レイナはローシアが落ち着いたのを見計らって、ユウトに近寄る。

 姉が夢の世界で振るった拳でできた怪我の状況を見た。

鼻血が出ているようで、申し訳ございません。と言いながら治療のため患部に手をかざす。


「いや…ヒールはいいよ。このくらい。大丈夫だから。」


「でも…」


「大丈夫だって。すぐ止まるよ、このくらい。」


「…本当に…申し訳ございません…」


レイナは今にも泣きそうな顔で深く頭を下げた。


 ローシアが気を失っている間に、レイナと合流するまで姉が起こしてしまった事を全て聞いた。

もちろん姉の話を聞かないとわからないこともあるが、ユウトの話と姉の性格から、大体のことは想像できる。

しかし、ユウトの歯切れの悪い喋り方から、本当はまだ姉が何かしでかした事は容易に察しがついた。


だがユウトは、ローシアをかばっていた。

ローシアは自分でなんとかしようとしていた。自分は助けることが出来なくて悔しかった。もっとローシアに優しく声をかければ良かった。自分も悪かったんだ。と。


そんなユウトにまた姉が無意識とはいえユウトを傷つけたのだ。


「僕がローシアがうめき出しんで、なんだろうって顔を覗き込んだのがいけなかったんだよ。寝相が悪いからって聞いてたのにね。」


「…誰の寝相が悪いのかしら?」


「あ…いや、誰だろう?ハハハハハ…」


ユウトは、思わず口走ったレイナとのローシアの寝相についてのやり取りを誤魔化すように乾いた笑いで頭をかく。

ローシアは腕組みしてむくれていた。


「…本当に、お優しいのですね。ユウト様。」


「優しい? 優しいのかな… 」


「ええ…… とても。」


 レイナは人間と幼い頃、姉とドワーフに引き取られてから人間との接点がほとんどない。

 人に優しくされた経験がそもそもないのだ。

 覚えているのは父母のうっすらとした思い出だけで、はっきりと思い出せない。

 言うなれば、初めて人間の優しさに触れていると言っても過言ではない。


 

 あまり言われたことのない褒め言葉にユウトは瞬間湯沸かし器のように耳が一気に熱くなり、そして自分の顔が赤くなってると思った。

 視線をレイナから逸らして、ありがとう。とそっと言うのがが精一杯だった。

 その様子を腕組みして横目に見ていたローシアは鼻を鳴らして二人の意識をこちらに向けさせる。


「…ところで、ここは確保できた家って事でいいのかしら?。」


 当然の質問だ。そもそもローシアは、意識がない状態でここに連れてこられて寝かされていたのだから、ここがどこなのかもわからない。

 むくれて腕組みしているローシアが何も知らない事を思い出したかのように、レイナが優しく答える。


「ここは、セト様に許可をいただいたギルド所有の家ですわ。私たちの住まいです。」


「ふぅん…レイナの交渉はうまくいったのね。安心したワ」


「はいっ!…でも、お姉様が予想された通り、私達はギルドに登録されました…」


「まぁ、それは想定の範囲内なんだワ。タダで住まわせろなんてムシが良すぎるワ。」


家賃の対価は支払わなければならない。ギルドで働くことになっても、この国にいなければならない理由があるのだから。

城門前で解散する前にローシアが、ギルドの登録について前向きではなかったレイナに言った一言だ。


ローシアの硬い決意にレイナが応えるように返事をしたが、レイナは自分一人が登録される事で回避できるのであればそうしたかったが、成り行き上三人とも登録され、できれば二人を危険なことからは避けたいという思いは叶わなかった事になる。

 

モブルと相対したレイナは、これからの生活をギルドの仕事を請け負う上で、たとえ同じギルドの仲間でも危険な目にあうことはあるだろうという疑念は胸の奥で燻っている。特にユウトはひとりで置いておくわけには絶対にいかない。

物憂げな表情で少し俯くレイナの気持ちを逸らすようにローシアが続けた。


「それで、ここまでどうやってきたのかしら? 」


鼻血を綿で詰めてユウトが口を開く。

ローシアには話しておかないといけない事があるからと、答えようとするレイナを手で制止した。


「それなら、オルジアさんがここまでローシアをおんぶして連れてきてくれたんだよ。」


「…アンタ、随分と端折ったいいかたするのね。」


「へ?」


「へ?じゃないワ! アンタ…あの女の事を何も言わずにゴマかす気かしら?」


「…ああ、クラヴィのことだね。それも、話すよ。」


ローシアからしたら、クラヴィと向き合い拳を打ちつける瞬間までしか記憶がないのだ。

この部屋でどうやって寝かされたのか、よりも、ギルドでクラヴィに向かっていった後、何が起こったのかを知りたい。

聞きたいのはそれだけだった。

負けたのか、それとも…

 


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