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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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章間 :心の中のきみ

 昨日の血生臭い争い事が嘘のように人が溢れかえったヴァイガル国城門前にオルジアが城門を見上げながら立って


「……久しぶりだな」


 と、まるで門が久しぶりに会う友人のように挨拶をした。


 ミストドァンクにつきっきりのオルジアは、すでにドァンクの住人になっていたようで、馴染んだヴァイガル国を懐かしく感じていた。


 血生臭い戦いの後、オルジアは行かなければならない場所があった。


城門を守る衛兵に一瞥されると、どうやらサンズの件でオルジアは指名手配されている事はないようで、傭兵時代の時のように素知らぬ顔で何事もなく人に混じって城門をくぐり抜けると、懐かしいヴァイガル国の活気ある大通りがあった。


 昨日の事件が嘘のようだが、国外で起きたという事と、戒厳令が発動していた国民が、真実を目の当たりにすることはなかった事が功を奏していたのかもしれない。


だが、噂というのはどこからか立ち上るもので、大通りに溢れかえる人全てが知らないはずはないし、国外から来る客も多くいるこの国で、昨日の情報を完全に遮断することは難しいはずだ。


 それでも変わらず人々は生きるために動き続ける。今日も変わらずに。



オルジアは顎髭を撫でて空を見上げて「いい天気だな」と天の恵みに感謝して、人だかりに消えていった。


行きたい場所は、ただ一つ。



 ヴァイガル城に向かう大通りから、一本外れた道をまっすぐに進むと、ヴァイガル国立墓地の看板がひっそりと建っていた。


 この辺り一帯は住居区ではないため、自然に手入れをして景観が良いエリアになっている。

 芝生の中を通る道の周りには沿うように木々が規則正しく並んでる林道のようになっていて、木々の間をすり抜ける風が葉を揺らし、オルジアが持つ花束の花弁を軽く揺らして香りが風に乗り、香る。


 ここは居住区とは違って自然の香りを感じられる場所でもあり、亡くなった方々が安らかに眠る場所としては喧騒のない静かな場所で、オルジアは心休まる場所として気に入っていた。


 時折通り過ぎる老夫婦や女性がいて、墓に参った後

なのだろう。静かに会釈して通り過ぎていく。


墓地の周りは柵で仕切られていて、墓地正門の脇にある小屋の窓口から、簡単な手続きを経て中に入れる。

 

 オルジアは、小屋にいた衛兵の制服をきた老人と会話もそこそこに手続きを済ませて墓地に入って行った。



 墓地の中は、時が流れる事を忘れてしまったかのように静かで、変わらなかった。


 オルジアの心の中にいる、忘れることができない大切な人はここに眠っている。


 少し前までは、十日に一回くらい訪れていた墓に向かうのに迷うことはなかった。


 墓地の北側にある山の中腹まで規則正しく並ぶ石碑を中を歩く。

 山に登りかかるところで一つの石碑の前で立ち止まり、刻まれた文字を優しい眼差しで見つめた。


 『比類なき剣士 騎士団長イロリナ・シャルリエ』


 同僚で、恋人だったイロリナの石碑の前に花を置き、刻まれた文字をそっと撫でた。


「すまんな。しばらく来てなくて」


――イロリナは怒るだろうか、いや、彼女は賢明で、自分の事をよく知っているから話せばきっとわかってくれるだろう――


 生前の彼女なら……と思いを巡らせて、まだイロリナが心の中から色褪せずに残り続けている事に安堵して笑む。


 彼女を思い出すにはここに来るしかない。生前のことを思い出すのは墓前の前がよい。


 生きているかもしれないというあり得ない願望は残り続けてしまう。

 本当はどこかで元気でいるかもしれないと、他人が聞いたら死者が生きているなんて馬鹿げていると言われても。



 ここに来たら、ああ、彼女は本当にこの世界にいないのだな、と実感して生前を思い出せる。

 オルジアにとっては、何度もケジメをつけようとする大切な時間と場所だった。


 ――気持ちの整理なんて出来るはずがない……――


 模擬試合の惨劇を止められていたなら、そして騎士団長を二人で辞めていれば……


 消えない過ちのように心を締め付ける後悔を、振り切ることができず、今日もまたあの日を思い出す。


 謝意の言葉が空虚にしかならない。


 すると、後ろで足音が聞こえた。

 振り返るオルジアは、誰がこの墓に来るか想像できてきた。特にヴァイガル国の組織変更があったからこそ、ヤーレウが来るのではないかと思っていた。


 思った通りヤーレウが後ろに立っていた。


「来たのか、オルジア」


手にはオルジアと同じように花束があった。きっと同じ店で買ったのだろう。同じような花束に思わず含み笑う。

 ヤーレウはオルジアはの横を通り、石碑の前に立った。


「将軍……」


「私はもう将軍ではない。知っているのだろう?」


 ヤーレウは花束をオルジアと同じように置いて少しさがり、石碑に目を細める。


「ヤーレウ将軍は、俺の中ではずっと将軍ですよ。貴方ほど騎士団を愛していた方はいない……」


「そう言ってもらえると、ここまで耐えて頑張ってきた甲斐があると言うものだ……ありがとう」


 耐えてきた。ヤーレウは決して弱音を吐くような人物ではない。

 初めて聞いた弱音にも聞こえる言葉、その一言に、これまでどれだけの重責を背負っていたのかがわかった。


「……これから、どうされるのですか?」


「私はここを去る。国を出るよ」


「そうですか……あてはあるのですか?」


「ないな。ノースカトリアに嫁の知り合いがいる。しばらくあっていないから行ってみようかと話をしていた。それからはまだ何も決めてはいない」


「そうですか……」


 ヤーレウがヴァイガル国からいなくなる時は、戦場でか、それとも寿命かと思っていた。そのくらい国に尽くしてきた将軍だった。

 オルジアはイロリナの石碑を見た。


「イロリナは将軍を敬愛していました。彼女が生きていたらきっとすごい剣幕で止めているでしょうね」


ヤーレウは、オルジアと同じように心の中で生きているイロリナの事を思い出して


「そうだな……彼女ならきっと許さないだろうな」


と、少し笑む。だが


「だが、彼女もいない。騎士団もほぼ解体が決まった。もしまた会うことがあればそっ首落とされるかもしれんな」


 騎士団はイロリナも含めて三人とも愛していた。そしてオルジアは、同じくらい愛していたイロリナを失った。その痛みを癒すことができなかった事をヤーレウはよく理解していた。


 守るべき者を守れなかった痛みは、思うよりも深く深く刺さるものだ。二人ともが黙ってしまって重たい空気にならないように話題を変えた。


「将軍」


「……なんだ?」


「俺、ドァンクで傭兵やってるんです。よかったら獣人達に剣の稽古をつけてやってくれませんか?」



「……それらできんよ。ヴァイガル国はもうドァンクと敵対する。辞めたとはいえこの国の脅威になりうることをできぬよ」


 ヤーレウらしい答えだった。


「そうですか……でも俺は待ってます。将軍も今のこの国のやり方は憤りを感じているはず。変えるには……国を崩すしかない」


 ヤーレウは鋭い視線をオルジアに向けた。


「まさか、攻めるのか? ドァンクは」


「いえ、あくまで、もしこの国を変えるのなら……という前提の話です。王族もいつの間にかおかしくなっている……それは将軍もご存知でしょう?」


「……」


 ヤーレウはオルジアの言わんとする事はわかっていたし肌まで感じていた。しかし、認めたくはなかった。眉をひそめるヤーレウに続けた。


「もし、その機会があれば俺は戦いますよ。」


「オルジア……」


 ヤーレウはオルジアの目が、模擬試合の前に見せていた騎士団長オルジアの生き生きとした希望に満ち溢れた光を帯びていることに気がついた。


「それが……騎士団を去った俺が出来るただ一つの恩返し……そう思っています。貴方が教えてくれた馬上槍術は、この国を守るために教えてくれたもの……なら、今おかしくなっているこの国を救うのも騎士団の役目……でしょう?」


「……たった一人でか?」


「まさか……俺が一人で国と戦えるわけがない」

 

と笑うオルジアだったが


「……でも、本当に一人で戦うことになったら……俺は戦いますよ、例え命をかけても」


「やめよ、そんな事をしても彼女は……」


 オルジアは、ヤーレウに制止するよう手を開いて前に出すと


「喜ぶ、悲しむじゃないんですよ。」


 と言って、開いた手を自分の胸に当てて目線を胸に向けた。


「俺の中で彼女と一緒に根深く残る遺恨は、騎士団を取り戻すしか消す方法はない……あの日奪われた騎士団をもう一度取り戻すしか……じゃないと、俺の心の中にいる彼女はいつまでも笑ってくれないんですよ」


「オルジア……」


 ヤーレウは、まさかオルジアがここまで思い詰めているとは、全く存外の事だった。


「なぁに俺だってバカじゃない。命をかける価値はあっても死にたくはないですよ……それに」



 オルジアはヤーレウに微笑む



「俺が弱音を言ってると、彼女に笑われてしまうような気がするんです。男なら決めた事をやりぬきなさいよ!ってね。」


 イロリナの事はオルジアが一番よく知っていたからこそ、本当にそういうかもしれないと、ヤーレウは思った。


 それが正解かどうかなんて今の時点でわかるはずはない。だが、ヤーレウは「……死ぬんじゃないぞ」と言わずにはいられなかった。


「当たり前ですよ。俺には待っている奴らがいるんでね。」


オルジアの決意は、きっとヤーレウだけに明かすつもりだったのか、オルジアはほっと一安心して束縛から解放されたように、表情が明るくなった。


 空を見上げると陽は高くのぼっていた。


「じゃあ俺は帰ります……また、いつか会いましょう。」


 オルジアがヤーレウに手を差し伸べると、ヤーレウはゴツゴツした手を出してオルジアと握手をした。


「無茶だけはするなよ?」


「……ええ。心にその言葉を刻んでおきますよ」


 ヤーレウの目から見て、オルジアの決意は固いものだとすぐに理解した。

 それは、騎士団長の頃のオルジアではなく、男として守らなければならないものを見据えた力強い眼差しだったからだ。


 だからこそ、ヤーレウは心から願う。


 ――彼に、オルジアにイクス様の加護を……――


オルジアは、ヤーレウから手を離して「それではまた……」と別れを告げた。


 この国から、誰よりも国を愛し騎士団を愛していた二人が別ち、去った日となった。


 


 **************


 


 

 ドァンク街近郊の軍事行動により、各国のヴァイガル国への対応を再考する動きが活発化していた。


 多くはヴァイガル国の状況を確認するために使者を出す国が多く、今日もヴァイガル城門をくぐり抜けて入国する二人の使者がいた。


「久しぶりに来たわね……サリサはこの国に来るのは初めてなのかしら?」


 妖艶な口調の女性は、自分の胸ほどの背丈で、仁王立ちして街を望むサリサに尋ねると


「当たり前じゃない。来る前にも初めて行くって言ってたでしょ……ジュリアお姉ちゃんはホントに興味がないことはすぐ忘れるんだから……」


 サリサは頬を膨らませて不満をあらわにすと、ジュリアは手元で口を隠しながら小さく笑って「悪気はないのよ」と悪びれる様子もなく言い訳をのたまうが


「そんなことはいいから、お父様の言いつけ、覚えているんでしょうね?」


 サリサは口を尖らせ眉をひそめ、どうせ覚えていないんでしょうと言わんばかりに腰に手を当てて問う。


ジュリアはこの口を尖らせた顔が好きなのだが、本人に言うと、しばらく見れなくなるのでじっと見る事は我慢して答えた。


「もちろん覚えているわよ? ダイバ国王としての言いつけですもの」


「そう? ならいいわ、さっさと行くわよ」


 どう見ても年下のサリサがジュリアに命令するようにいうと「そうね、行きましょう」と言って大通りの真ん中を進み始めた。


 シューニッツ家三姉妹である

次女ジュリア・シューニッツと三女のサリサ・シューニッツの二人は、父であるダイバ国王の新書を携えていた。


 目的地はヴァイガル城。



更新遅れてすみませんでした。

ようやく書くことができました。


この話は、本当は四章の最後に書こうと思っていたものでしたが、諸々の理由からこの話は本筋ではなしにしました。でも全く書かないのも勿体無いなと思ったので章間で公開することにしました。


せっかくなので五章の切り口みたいな話も付け加えておきました。


五章の開始は活動報告にも書きますが、五月のGW明けの予定です。(多分5/8)


申し訳ないですが気長にお待ちいただければと思います。


何度もお願いして恐縮ですが、いいね、高評価、ブクマ

をしていただけるとモチベーションにもなりますので、良ければよろしくお願いいたします。



それではまた。

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