第四章 36:争いの後で
ヴァイガル国とドァンク共和国間で発生した軍事行動の一環と称する対立は、一夜にして近郊諸国に伝わった。
これまで二百年もの間、ヴァイガル国付近では見られなかった軍事行動の一報は、各国で驚きの声があがった。
二百年前の獣人戦争から、王道楽土の大国だとされていたヴァイガル国が、ドァンク共和国に攻めると考えていた国は多くはなく、突然の軍事行動の矛先を向けられないよう対応に追われる日々が始まった。
アグニス王は、本件の首謀者をヤーレウ将軍の背反による命令であるものとし、将軍職を失うことになった。そして、スルア大臣も責任問題を追求されると本人から辞職を申し出て受理された。
王室発表によると、ヤーレウ将軍に与したとする証拠はなかったが、スルア大臣の証言と証拠の一部が一致して、証言を全て真実であると判断した。
しかし、二人が神殿に白い光の柱が立ち上った日から、その姿を見かけたものは少ない。とくに、スルア大臣は全く見かける事はなかった。まるで神隠しにあったように……
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二国間の衝突から一日が経ち
ユウトとシロはドァンク街に訪れていた。
シロは必ずユウトのそばにいて、ユウト以外が抱き抱えて離そうものなら激しく吠えて、離せと言わんばかりに身体をがむしゃらに動かして逃れようとする。
やきもちを焼いていたレイナが、ユウトから引き剥がそうと何度か試みたが、繰り返すうちに近づくだけで唸るようになり、引き離すことを諦めざるを得なかった。
神殿地下からはシロは一度も言葉を喋らず、本当に子犬のような素振りを見せ続けていた。
ユウトは少し後ろについてくるシロを気にかけながらドァンク街に入った途端に、悲痛な面持ちになって立ち止まった。
入り口周りの家屋はほとんどが焼失していて、まだ残る焼けた生活の跡の匂いが漂う中、多くの人たちが撤去作業に関わっていた。
ミストドァンクからも派遣されているようで、見たことのある獣人傭兵たちも汗を流しながら作業に追われていた。
ユウトは作業には呼ばれていない。後で手伝いたいことをオルジアに伝えようと決めて、シロの方を見て笑顔にもどり「行こうか」と目的の場所に向けて歩き出した。
シロはあれからしゃべらないが、この子犬がカリューダの知識だとすると、付け狙う者がいるかもしれないと周りの気配を察知できるように視線を色んな建物や人物に合わせながら歩く。
シロはそんなユウトの気遣いもそっちのけで、愛嬌を振り撒きながら、散歩を楽しむようにユウトの周りで足元を邪魔するように戯れてくると、周りにいた知らない女性達に「きゃー!かわいい!」と駆け寄られてくる始末。
――警戒も意味ないなぁ……――
ユウトは屈んでシロに両手を伸ばすと、すぐに胸の中に飛び込んできた。
「よしよし」
軽くシロの頭を撫でてから立ち上がって足早にその場を去った。
ユウトがシロを抱えてやってきたのは、マナばぁさんの家だった。
昨日の夕方に、リンからユウトに会いたいと言う人がいる。マナばぁさんの家にいるはずだという事でやってきたのだが、名前を聞くのを忘れていた。
リンが言うのなら悪い人じゃないのだろうと思ってやってきたのだが、外にはユウトよりも若い少年が箒を持って、家の入り口付近の掃き掃除をしていた。
少年は、茶色と黒色のマダラ模様の髪の色で、目つきは鋭く、視線は地面に向けて集中して掃き掃除をしているようだった。
「誰だろう……マナばぁさんの知り合いかな?」
「ワン!ワン!」
ユウトの独り言に返事をするようにシロが吠えると、少年はユウトを見た。
「……おお! ユウト!」
「え? 」
箒に興味をなくしたように手放すと、一目散に駆け寄ってきた。シロがピクリと警戒した。
「ユウト、よくきてくれた。エミグランの従者に聞いてきてくれたのだな?」
どこかで聞いたことがある声色だった。
「う、うん。リンから聞いてきたんだけと……もしかして僕に会いたがっていたのは君?」
「ああ! 昨日は色々あってな。まあ、あの女の住む屋敷には行きたくないしな……」
「あの女……」
つい最近聞いた言葉のように思えた。記憶を呼び起こして少年の顔をじっと見つめると、少し顔を赤らめて。
「そ、そんなにじっと見ないでくれ。」
と顔を背けた。そして
「ほう? 犬を飼っているのか……この間俺のところに来た時は見なかったな。」
赤い顔を誤魔化すようにシロに話題を向ける少年は
シロを撫でると、シロはうっとりとした顔になった。
「……この間……来た……――!!」
ユウトが最近行ったところと、少年の目を見て気がついた。
「も、もしかして、オロ?」
「ん? なんだ、あの従者から名前を聞かなかったのか?」
少年が、カズチ山のオロだとわかり目を丸くした。
「ごめん、聞くの忘れてた……でも……」
足元から見上げてオロの姿を見て
「人間になれるんだ……ん? もしかして元から人間だった??」
と混乱してきたユウトは首を捻って狐につままれた顔をすると、おかしくなったオロは含み笑って
「蛇だよ。俺ほどの力があれば人間の姿にもなれるものさ」
オロはにべもなく、そんなの当たり前だろうと言わんばかりに言うが理解はできず、まだつままれた顔はそのままだったが「そ、そうなんだ」と言ってユウトは一応納得することにした。
オロといえばカズチ山に住む大蛇で、呪いが解けた今、山にいる理由は自身の子供達を守るためだけのはずだった。
「山の、オロの子供達はどうしたの?!」
オロがカズチ山に住み続ける理由は、子供達がカズチ山にいるからだ。蛇は忌み嫌われる存在だからこそ隠れてオロが守っていたのだが、今ここにいる
「俺の呪いが解けて子供達に改めて聞いたのだ。君が命がけで説いた事を。山を出ていくのも残るのも自由にするといいと言ったのさ。そしたらあの子達は何を言ったと思う?」
ユウトは考えた。あの子達も人間を恐れていた。だから山から出ると言う選択は選びにくいかもしれない。オロがここにいる理由を考えると
「……オロは出ていくのかって事とか?」
オロは鋭い目つきが急に柔らかくなって
「そう! そうなんだよ! この俺が恐れて出ていかない世界なら、自分たちが出て行く理由なんてない。だから俺がこの山から出ないなら自分達は出ないって、そう言ったんだ!」
子供達はオロに守られていた。そのオロ自身が出ていかない世界は子供達にとって何の意味も興味もない。
「そうなんだ……すごいね、賢い子供達だね」
オロはユウトの両肩に手を置いて、もっと嬉しそうな顔を近づけた。
「そうなんだよ! 我が子ながら賢いと思ったよ!」
急な距離の詰め方にユウトは心臓が一度高鳴る。
オロはユウトに分かち合いたい感動を伝えると目を伏せた。
「しかし、外の世界は蛇には厳しいものだ……俺は考えた。我が子達の未来の事を……子供達が世界のことを知らず、俺のわがままで山の中で一生を終える事はやはり違うと思った。ユウト……君に言われたようにな」
ユウトは子供達もオロも、カズチ山を出る選択がないのはおかしいと問い、オロの呪いを解くことでカズチ山から出ていく選択ができるようになった。
選択ができれば悩むものだ。しかし、オロの子供達は外の興味とオロへの想いは同じだった。
オロの興味のない世界は子供達も興味はない。つまり、子供達が選択を選んで実行するには【親が行動で示す必要】があったのだ。
「だから、俺は山を出る事にした。そのうち子供達も世界に散り散りに向かっていくだろうし、山に残る子もいるだろう……だが俺はこれでいいと思っている。」
「うん。きっと強く生きてくれるよ。だってオロの子供達だから」
ユウトはオロの肩に手を置いて思いを伝えると、子供達のことを考えてくれる、自分以外の唯一の存在だと嬉しくなって、ユウトを引き寄せて力一杯抱きしめた。まるで蛇が絡みつくように。
シロはするりと地面に降りてその様子を見上げた。
「ありがとう……ユウト……君は誰よりも聡明だ。俺の唯一の友人だ……出会えたことがこれほど嬉しいと思った者はいない……誰一人いなかったよ、このオロに優しさを向けてくれる者は……」
「ぐ……ぐぐ……くるし……」
「俺は決めたんだ。ユウト……君の運命である全てを知る者としての役目を俺も手伝うよ。そのために山を下りてきたんだ。子供達にその姿を見せるためにも……」
シロは後ろ足で耳の後ろをかくと、小刻みに口で息をしながらユウトを見て首を傾げる。
「これまで俺は一人だと思っていた。だが、君は大切な友人だと心の底から言える……君のために命をかける事だって厭わない!」
家の入り口からマナばぁさんが出てきた。
オロの一方的な熱い抱擁をみて
「オロちゃんや。そろそろ離してやらんとユウトちゃんちっ息してしまうぞ?」
「おお! すまない!」
とオロはユウトから離れると、青白い顔で目も虚に足下おぼつかず倒れそうになるユウトの肩を担ぐ
「蛇の癖が抜けんな……気に入ったものに絡みつくにも手加減しないと……」
オロが困った顔でユウトの頬を軽く叩く様子を見て、マナばぁさんはカラカラと笑った。




