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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第一章:凡人「秋月優斗」
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プロローグ

太陽が西に傾いて、茜色に染まった教室の真ん中で、机と椅子が規則正しく黒板に向いている中、アキツキユウトは立っていた。


見える景色が一面茜色に染まっていて、今が夕方であることはわかるのだが、この景色には見覚えがあった。


 ――なんで……ここにいるんだ……通っていた学校に――


 もし本当に通っていた学校の夕方であれば、胸の奥でハツラツと消費している部活後の生徒の帰宅時間なので、喧しい帰宅の挨拶や雑踏が聞こえてくるはず。

 だが、静まり返った教室の中で人の気配も全くないのでたった一人でこの場所にいるのだと確信した。


 そして、この場所が自分の通っていたはずの教室だということはすぐにわかった。目に映るもの何もかも見慣れていたからだ。


 ユウトが登校拒否になってどのくらいになるかは記憶が定かではないが、まだどんな教室だったかを覚えている程度には長くはない。

 学校の景色なんてどこも同じようなものだろうけど教室に備え付けてある備品が


――ここはキミが通っていた学校の教室だよ?――


と静かに存在のみで教えてくれていた。


 例えば黒板の上に設置してある時計は、誰かが何か投げて当たったのか、表示部のアクリルケースに、白く綺麗に一本ヒビの入っていた。あれはいつも見ていた自分の教室の時計に違いない。世界中探したって似たようなものがあるわけない。


 静かにその存在だけで伝えてくれるご教示をありがたく頂戴したユウトが今、何故、自分がここにいるのかいろんな意味で理解できなかった。

まず、ユウトは引きこもって学校にそもそも通っていない。今見ている景色はここ数ヶ月見ていない景色だ。


 懐かしいと思えるほど馴染める空間のこの教室に湧いてきた率直な気持ちは、懐かしいな……というノスタルジーな面と、何故ここにいるのだろう……という疑問だった。



 黒板の上にあるひび割れても目的を少しも忘れることがない時計は、もうすぐ6時を知らせようとしていた。


――…帰らなきゃ…――


 ユウトはなぜ学校にいるのかわからないが、帰宅しようと一歩踏み出そうとした。

 ここで自分の体がおかしくなっていることに気がついた。


 足が動かない。透明な鉛に包まれたように微動だにしなかった。


――……なんだこれ……――



腕、手、指、首


全ての体のパーツが動くか吟味してみたが、ピクリとも動く気配がなかった。


 ただ、口だけは小刻みに小さく動き、言葉を発しようとしても、ハ…、ウ…というため息とも呻きとも言えるような声しか捻り出せない。


 体が自分の意識から離れてしまったような状況でも

頭の中は冷静で、一つの可能性にたどり着いていた。


ーーこれは夢の中なのでは?ーー


 小学生の時に金縛りにあったことを思い出し、その時と状況がよく似ていると感じていた。


そもそも何故教室いるのかがまず不明で、自分が自発的にそうしたというのなら全く説明がつかない。


 未練なんてとうに捨てたのに。


 それに、自ら自分の教室までどうやって来たのか、その記憶が一切なかった。きっかけも思いつかないしおもいだせない。

 夢の中で金縛りになっている。それ以外に説明のしようがなく、半ば強引ではあるけど、これは夢だと思い込む事にした。


 夢の中の出来事であるなら、もう無駄な抵抗を諦めた。ジタバタしてもしたところで金縛りは何らかのきっかけがないと動けないことも織り込み済みだ。


ここまでリアルな夢なら、体のどこかをつねって痛くないのか確かめてみたいが、動けないのでそれは叶わない。


――金縛りは久しぶりだなぁ……小学生の時に以来かな…昔はおばあちゃんの家に泊まりに行った時によくなってたっけ…――


 体が動かなくなる夢を見たときは、目を覚ました自分も金縛りにあっていることがよくある。

だから無理やり目覚めない方がいいと教えてもらった事を思い出す。


 怖くて、そのまま目覚めることなくみんなと離れ離れになるような恐怖に襲われて泣き出していた事を、こんな状況でも記憶の奥底から引き出されて懐かしくなった。


 おそらくこの後は、目覚めるきっかけになる出来事が起きて、夢の中の意識が遠くなって、現実世界に無理やり引き戻されるだろう。


しかし、それにしてもリアルな夢だとユウトは金縛りで動けないながらも唸った。声は出ないが。


 ユウトは、今の状況が夢の中の出来事だと結論が出ると、現実にはあり得ない不思議な感覚も慣れてくるもので、周りの様子を視界の範囲で確認する余裕が出てきて注意深く辺りを見回した。


 夢とはいえ、注意深く見れば見るほどどうでも良いことも事細かに再現されいる。例えば時計のキズもそうだし、日直が消し忘れている黒板もそうだ。記憶が完全にあるわけではないが、今いる場所が自分が通っていた教室だと認識できるくらいで、夢にしては出来過ぎでそこまで再現されているのかと思わず唸った。当然声は出ないが。



 ふと教室のドアを見やった。ちょうど西日が照らすドアのガラス越しに、不自然に黒い影が存在することに気がついた。

明らかに人ではない異様な動きをしていた。


ゆっくりと形を変えて映るところを見るとと煙のようにもくもくと蠢いていた。


火事?

 

 いや、これは夢の中なのだから火事だろうが地震だろうが雷雲だろうがなんでもいい。全ては非現実なのだから。

この身が焼かれようが雷に打たれようが、それはこの夢から目覚めるきっかけになる。

 

 煙のようなものは、教室のドアの隙間から意識を持ったように僅かな隙間から入ってきて、あっという間に足元を黒く塗りつぶしてしまった。

そして止まる事を知らず、煙は脛から膝下まで量を増した。


恐怖を感じたユウトは、夢だとわかっていても、この場から立ち去りたい衝動に駆られた。だが、動けない。


 ――夢にしては……なんかリアルで気持ち悪いな……――


やがて煙は、目の前に意識を持っているように集まり、足元から迫り上がりながら形を作り始め、おぼろげに人のような形になった。


――人……?――


 煙から、人を模った「何か」に形を整え、煙は『何か』の密度を増して『何か』を識別できるまで時間は掛からなかった。まるであるべきものがそこに集まるように煙が集まってきたからだ。


そして一人の女の子が出来上がった。


 ――えっ……誰だ? ……この人……――



 サラサラ黒髪ロングで、絶対いい香りがするに違いない系の、クラスで…いや、少なくとも学校内で、大袈裟にいうとこれまで見たことがないほど可愛らしい顔立ちをしていた。ユウトの記憶にはない同い年くらいの女の子だった。


 その子はピンクと白を基本としたデコルテを露わにしている中世のドレス。首元には赤ちゃんの握り拳ほどのとても大きな赤い宝石のネックレスが目立つ。こんな格好してるの仮装でも見たことがなく、そもそも日本人なのかも疑わしい。

強いて言うなら黒髪と顔の作りが日本人のように見えるというだけ。


……誰だ?この人?


「…」


 何かを語ろうとする気配はなかった。ただ、目の前に立っているだけ。だが、語って欲しかった。目の前に煙が形となって現れてから気になっていたのだが、右手に握っている鈍色がって感じられるの両刃の短剣について。

 


 ユウトの両腕が、自らの意思と関係なくゆっくりと横に開かれた。まるで十字架を模するように。この場にユウトと謎の女しかいないのだから誰が操っているかいうまでもなかった。


 嫌な予感がした。ものすごくものすごく嫌な予感がした。

心臓が一度高鳴るのを感じると、体を縛り付けていた金縛りが緩んだ。だが手足だけはどうやっても動けない。倒れようとしても不思議な力で支えられている。


 目の前に立つ女の子の視線は、なんの感情もない遠くを見ているような。ユウトの後ろを見るような遠い目だ。

 

「君……誰?」


「……」


「ここ、何処?」


「……」


「その持ってるナイフ……何をするつもり……かな?」


「……」




 女の子は何も答えない。静かに、そして感情なき眼差しでこちらをじぃっと見ている。


 ユウトは、もしかしたら夢ではないのかもしれないと思い始めていた。

見える景色や教室の匂い、心臓の高鳴りまでも感じてきており、徐々に夢の中の出来事から、ユウトの現実に近づいている事を。

 夢で匂いや体の感覚も緻密に再現されるなんてなかなかない経験だが、今ユウトが感じている五感は全て感じられていて、夢だという方が不自然に思えてきた。


本当にこれは夢の出来事なのだろうか?


 目の前で起こっていることは不思議な出来事でも、自分が感じている現実と変わらない感覚が現実味を増してきて、混乱をさらに助長させる。煙から人が出てきたことが当たり前の出来事のように。


 謎の女は、右手のナイフをゆっくりと胸元まで持ち上げて、ユウトの胸に刃先を向けた。


「……!」


 ユウトは声すら出せず絶句したが、女の子は表情を変えることなく、ただユウトの目を見つめていた。


刃先がユウトの胸に当たると「チクリ」とした痛みが走る。


「痛い! えっ……痛いって……」


 痛い?夢ではない?

今起こっている事は夢じゃなくてホントに起きている事?



 ーーえ? え? ちょっと待って…… 金縛りも実際に起きていて、教室に来ている事も現実で……えっ?ーー


 

 女の子の眼に光が宿る。ナイフを両手で握り込み、体重を全てを預けてユウトの胸を貫いた。


――……ガ……ハッ……!――


 喋ろうとした言葉が、喉の奥で血塗れとなって、音として口から飛び出した。


視線をゆっくりと胸に向けると、銀のナイフは確実にユウトの胸を破っていて、得体の知れない温もりのある異物が腹の底から食道を伝わり喉の奥から出てくる感覚があった。


我慢できず異物を吐き出し、床に吸い込まれるような感覚で引きずり込まれるように、そして金縛りが全て解けて、体を制御できないまま机や椅子を巻き込みながら、けたたましい音を立てて倒れこんだ。


気管にドクドクと溢れて詰まろうとする血を吐き出そうとして咳き込む反射的な反応が、口から血を溢れさせる。鼻腔にも血が上ったらしく、小刻みになっている呼吸も血の匂いしかしない。



体から体温と体を動かす力が刻々と奪われ、意識がかすみがかったように掠れていく。


視線を動かすと床が右側の壁のように見えて、刺した女の子がまるで壁に立っているようで、吐き出した大量の血が女の子のドレスにかかっているのが見えた。

喉の奥で血が絡まり、笛が鳴るような小さな呼吸しかできない。


背中までに到達している金属所以の異物感が、胸の表皮から徐々に体の中へ痛みに変わったかと思ったが、段々痛みが引くような、麻痺した感覚になりつつある。


 軽くなる痛みの表面には、まだ血の飛沫が大量に飛び散る感覚があった。

痛みは胸から熱の塊となって喉元に到達しまた口から体温を帯びた血が吐き出された。

血溜まりの中に倒れ、視界は周りが霞みから黒く膜を張り、やがてゆっくりと中心に向けて浸食してきた。飛沫の音も鼻腔を侵す悪臭も、感じる感覚がだんだんと遠くなってきた。



ーーああ…そうか…これが…死ぬっていう感覚なんだな…ーー



胸に刺さった銀のナイフも、横顔と床の間に溜まる血も、横向きで耳を塞ぎ、動きをナイフで無理矢理止められようとしている心音も、遥か遠く遠くのように聞こえる。




ーーああ…違う違う。

そうだった、これは夢だった。煙から人なんてできるわけない。

死なない。死んでたまるか。ーー



ーーこのまま意識が遠のけば現実に戻れる。

こんなにリアルに人に殺される夢なんてそうは見れないよな……ーー


 一生脳裏にこびりついて忘れそうもないこの夢の世界を終わりにしよう。やけにリアルでもこの夢は自分の支配下のはずなのだと意識を強く持とうとする。


胸糞悪い夢の終わりは、まだ経験のないキスで終わらせてやる。体は動かないけど、何も知らない会った事もない君に刺されたんだ。

 これは夢の中の出来事なんだ、だからこの夢は最悪に終わらせたくない。こんな辛い事を覚えて生きるなんて嫌だ。

 見下ろす女の子の顔からは表情は読み取れない。悲しそうに見えるし、見下しているようにも見えた。

 その顔の表情もぼやけて、輪郭も滲むように形を失うほど意識が朦朧と消え去ろうとする。

 

ーー死ぬ前に……いや、僕の夢ならそのくらいはいいだろう?ーー


 視界から消えていく景色の中、ユウトは思春期ならではの願望を念じた。


 すると願いが叶ったのか、ゆっくりと意識が遠のく中で、女の子が血塗れの顔を近づけて覗き込んできたのが見えた。

 残り少ない意識の灯火をかろうじて守る中、ユウトは口角を上げた。



ーーほら…やっぱ夢だこれは…

それにしてもかわいいな……この子…んなこと言ってる場合じゃない…そもそも…誰だよ…アンタ…ーー



消えていく意識の中


「……ありがとう……ごめんなさい。」


小さいが耳朶に残る可愛らしい声が耳元で聞こえ、頬に優しく、そして冷たい唇の感触があり、闇に落ちた。



やがて闇の奥から、誰の声かなんと言ったかわからない声が聞こえた途端に完全に『無』となった。

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