大空と生け贄の儀式の中で・2
エレインが逃げ出すことは兵士達は考えていない、王女である故に自身が逃げた後で、誰に迷惑を掛けてしまうかを、知っているからだ。
兵士達は籠を持ち、来た道を戻る。
ここに生贄以外の者がいれば、天災を起こせる程の力を持つ、黒き竜に不快感を与えてしまい、国全体が消えかねないのだ。
エレインは目を閉じたまま、その時が来るのを待った。
心地よく吹く風に腰までの金色の髪とワンピースのスカート部分が揺れる以外は動く事はないが、その姿が生きる意志の少なさと、美しくもある表情が合わさって、人形のようにも見える。
祈りを捧げながら、エレインは楽しかったことを思い出していたが、自分が恋をしていなかった事に気付いて、今さら後悔するも、無情な時は進んでいく……
どのくらいの時が流れたのか、暖かな陽射しに心地よい風の中で、エレインはようやく瞳を開けて、視線を祭壇の奥へ向ける。
エレインの表情には恐怖を与え続ける対象が、どうして現れないのかと疑問が浮かんでいる。
死を待ち続けるという事に、祈りを捧げながら待ち続ける苦しみに、長い時間を耐えていた。
エレインは直ぐにでも楽になりたいと思っているのに、このまま耐えていなければならないのかと?
エレインは少し近くを歩いて気持ちをまぎわらそうと歩き出す。
道は黒き竜が木々を押し倒して出来た獣道というより、竜道というべき道だろうか?
「静かなところ」
ここは動物は少なく、 魔物にいたってはまったくいないと言ってもいいだろう、気性の荒い黒き竜の近くになどいたくもないのだろう。
静かな木々の間をエレインは歩く。
聞こえるのは木の葉の揺れる音と、己の足音を聞きながら、歩き進んでいくと黒く大きな塊が木々の向こうに見えて、エレインは足を止めた。
「あれかしら?」エレインは首をかしげる。
何故なら、エレインがこの呪われし生け贄の儀式を知った時に、1度だけ遠くから見た時は、離れているにもかかわらず、その存在感に恐怖感で体が震えた。
だが、今は威圧感も感じられない、まるでただの石像を見ているかのような感じすらしている。
意を決して、一歩、また一歩と、その黒い大きな塊へと近づていき。
エレインは自分が助かった事を知った。
「……死んでる」
一目見て黒き竜が死んでいる事を理解したのだ。
「どうして?」
死んでいる事はエレインにとっても、国にとっても良い事なのだが、何故このようになっているのかと戸惑いの方が先に立った。
原因を探ろうと黒き竜に近づいてみたが、戦いを専門にしているわけではない、エレインにはわからない。
それでも何かわからないかと黒き竜の体を探る。
数十メートルを越す巨体には、傷一つついていない、エレインの視界に自分よりも数倍以上の大きな黒き竜の頭が見えてきた。
汚れてはいるが、手で汚れをぬぐうだけで艶々とした首辺りの黒い鱗が現れ光を反射する。
「あっ………」
ゆっくりと歩いていたエレインは、倒れている少年を見つけた。
異世界に放り出され、落下し、勢いよく黒き竜にぶつかった新井将生だ。
大丈夫なのかと将生に近づき、エレインは一つの砕けた黒い鱗を発見をした。
黒き竜が死んだのはこの一撃が原因だった………決して極端に痛みに弱かった、というわけではない。
他の箇所の鱗が砕けただけならば、少し痛いだけで済んでいただろう。
砕けた鱗は黒き竜本人も知らなかったのだ。
それは、前魔王との戦いで黒き竜の立派な角の生え際にひびが残ったまま、完治していない頭部の鱗が非常に弱くなっていた箇所が、一撃で倒す事が出来る、事実と最大の弱点。
今までは動き回る頭の動きで、前魔王だけにしか攻撃を許さなかったが、その頭部に将生が偶然落下しピンポイントでぶつかってしまったのだった。
宝くじの一等を当てるよりもはるかに低い確率なのではなかろうか?
だが、将生は鱗を叩き割った体は各所の骨折や体の各所の裂傷に、全身打撲という致命傷をおっていた。
その大怪我と引き換えに、黒き竜を倒すという大金星を上げた、将生は虫の息の状態だった。
「この子が倒したの?」
経緯はわからずとも、なんらかの方法を用いて倒したのではと予測し、ようやくエレインは今後も自分は先きていられることを実感した。
憧からポロリと一滴の涙が流れたことをきっかけに、次々と涙があふれて………
「うぁ、あああーーっ」
今までに込められた悲痛な感情が、歓喜の泣き声となって泣いた。
エレインは涙をぬぐい、将生に礼を言おうと近づく。
間近に近づいて、将生の大怪我に気付き、慌ててエレインは診察していく。
戦いの知識はないが、持っている医療知識を使って、診察していき終えた時に、状態がわかったエレインは青ざめた。
泣いている間に将生が死んでいたかもしれないのだ。
もし、恩人を泣いていて見殺しにしてしまったら、この先ずっと後悔し続け、悔やんでも悔やみきれない。
急いで重傷箇所から、治癒魔術を始める右腕、次に胸と一ヶ所、一ヶ所丁寧に治療していく。
この世界の人々が、このような事が出来る訳ではない。
エレインは治療魔術に高い才能があるゆえに、王女として黒き竜の生け贄になれたのだ、エレインは才能を恨むことはしなかった。
医者に任せると2、3ヶ月は掛かる骨折を数十分で折れた骨は元に戻り、切り傷・打撲も数分で治療して、安堵のため息を吐いた。
「ふぅ………」
自分が施した治療魔法が的確に治せているか、再度の確認の為に診察するも、外傷や骨折は確認出来ないが、将生の体温は冷えきっている。
原因は大量の血の放出が原因だと、エレインは理解するが?………さすがに治療魔法に血を作る術はない。
将生を助ける為に出来る事を、今までに読んだ教本を思い出すかのように、エレインが考え出した答えは1つだけをだった。
自分自身の生命力を将生に注ぎ、血に変換させる事だが、冷えきっている将生の体内に血に変換しても、血液が上手く循環してくれるか?
エレインは将生の血だらけのシャツのボタンを外し、着ているワンピースを脱ぎ捨てた。
生け贄になる筈だったエレインは、下着は身に付けてはいない為に、素っ裸のまま将生に跨がると、胸と胸を重ね合わせた。
もしも将生が万全な状態だったら、15歳の思春期の少年にとっては最高の場面だったろうが、将生が気付く事はない………本当に残念だ。
将生の冷えきった体を自らの体温で温めながら、生命力を注ぎ込む為にエレインは唾を飲み込んだ。
夢に見ていた殿方からのされる、初めての熱いキスを、エレインは自分自身から、産まれて初めての接吻ともとれる治療魔法術の行為をする。
………2人の唇と唇が重なった。
エレインにとっても初めての治療魔法術で、不安もあったが将生の口内に舌を入れ、自らの唾液を送り込む!!
3分・5分・10分と最初は息が苦しかった。
だいぶ呼吸の仕方も把握して、息苦しくはなくなったが、そこまで唾液も出る筈もない。
それでも将生の口内で舌を動かすと、思ったよりも唾液が出てくる事を発見したエレインは、舌を将生の口内で動かし、唾液に変えた生命力を将生に送り続けた。
いくら治療魔法だとしても、自らの生命力を魔力に変換しているはずだから、与え続けられはしないのだが、何故か魔力が無くなりもしなければ、生命力が減っている感覚もない。
いくら初めての術式の治療魔法だからといっても、エレインは不思議に感じながらも、治療魔法を続ける。
ようやく将生の口内で、エレインの舌の動きに合わせるかのように、将生の舌が動き出した。
しばらく、舌と舌が絡み合い続ける様は恋人の熱い口付けに見えるだろう。
将生の舌の動きが、はっきりとしてきたのを確認出来るようになったところで、エレインは唇を離すと、口と口に唾液の糸がヌチャと伸びた。
将生の体温の暖かさを感じて、危機的状況がなくなったことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
安心したら眠気が襲ってきて、エレインは将生に覆い被さるように眠ってしまった。
生命力を使った治癒魔法による体力の消耗もあるが、恐怖や不安などで睡眠時間が減っていたのだから、眠気に勝てなくとも無理はない。
エレインが寝入ってから、2時間が経過した頃に、ようやく将生は目を覚ました。
「んんっ………」
横を向いていた視界に入ってきた景色には見覚えのない、広大な景色が広がっている。
此処はどこだと思う
体に重量感を感じてみると、裸の女性が自分に被さるように寝ている。
咄嗟に腕を伸ばした腕が真っ赤だった事に、更に驚いた。
流れた血が乾いていたのだ。
「なにこれ!?」
パニックになりつつ腕を触り、異常がない事だけは確認出来たが、黒き竜に体当たりした衝撃などで記憶が飛び、現状がさっぱりわからない。
住んでいた場所付近には森や山などはない。
それなのに今いる場所は山の中。
体の上には外国人らしき美人が寝ていて、更には黒い大きな羽があるトカゲが横でよこたわっている。
どうしてこんなところにいるのか、必死に朝からの記憶を辿っていく。
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