更なる旅立ち
セリーヌの家に来てからの日常は将生にとっては、異世界での飛躍的な成長を遂げる事になった。
既に言語力も難しい言葉以外なら、将生はこちらの世界で生きていくうえで必要最低限な会話能力は習得した。
学習能力が高い上に、本人のやる気も高いのだからスポンジが水を吸うがごとく、余す事なく自身の物としていった。
魔法は初級の治癒魔法までしか使えないが、家事で主に使えそうな魔法知識は頭に入っている。
知識は生活するのに何も問題はないだろう、
戦いは残念ながら言うまでもないが、エレインとセリーヌは武器を使ったり、肉弾戦には長けていないため、そっち系は学んではいない。
だが、駆け出し冒険者程度なら、それ以上の肉体的な実力は持っていると、薪割りとかの運動系をこなす姿から、2人は大丈夫だと思っている。
成長した将生は今、旅立つ準備をしている。
『仰げば とうとし、わが師の恩、教の庭にも、はや幾年、思えば いと疾し、この年月、今こそ 別れめ、いざさらばぁ~』
と頭の中で歌ってみたが、講義の集大成として街に出て、1ヶ月ほど暮らしてみることになっただけなので、戻って来るのだけど。
それに、いつまでもここに引きこもってばかりじゃ教えた意味がない、町に出てみろとセリーヌに命じられたのだ。
確かに一理あると将生は嫌々ながらも頷いたのだ。
こちらの町はどんなものか興味もあった、正直不安がない訳でもない。
この先ずっとエレインやセリーヌに頼りっぱなしではいられないだろう。
さすがにたった1人で放り出すのは問題があるかも知れないと、2人が悩んだ問題点だったが、将生自身に委ねたのだ。
「準備は終わりましたか、マサキさん?」
「準備って言っても荷造を背負うだけだよ。」
荷物の入ったリュックを背負い将生はエレインに答える。
そうでしたと、エレインが苦笑を浮かべた。
与えられた部屋からリビングへと移動する。
セリーヌが袋を持って将生に近づく。
「これが一ヶ月の生活費、こっちが将生が持って来た剣が入ったケースと、この生活費と同じ額を1ヶ月で稼いで返す事が出来れば、マサキはどこででも生きていく事は出来ると思うよ。」
「うん………剣って、その中身は竹で出来た竹刀だから、殺傷能力はないと思うけど?」
受け取ったお金をリュックにしまいながら、セリーヌに竹刀の説明をする。
「中身は真っ黒な剣だったぞ。」
その言葉通りに竹刀ケースから竹刀を出すと、何キロあるんだと叫びたくなる程の重さがあり、刃先から柄まで全てが黒1色の剣だった。
それを手にした時に、将生の頭の中に前日に聞いた声で語りかけてきた。
『やっと掴んでくれましたね、この瞬間を待ってました、これで私は貴方の物です。』
「えっ、なに??」
だが、言葉は聞こえなくなり、握っていた黒い剣は持っていないのかと、勘違いさせる程に軽くなっていた、将生は取り敢えずは竹刀ケースに黒い剣をしまうと、キョトンしているセリーヌに向かい合い、話を続けた。
それに、セリーヌから渡されたお金は借金に近い支度金だ、セリーヌは1ヶ月で返すように言ってはいるが、強制ではないし利息もとらない。
1ヶ月を目安に頑張ってみろという意図を含んでいるのだろう、セリーヌにとっては、餞別として渡してもいいのだろうが、借金という形にした方が、将生にも気合が入るだろうと考えたのだ。
「そのまま街に行くのもいいが、何か困った事があった時は、1度は戻って仕切り直しをしても、いいんだからね。?
それと、その黒い剣をそのケースに入れていても使えないでしょ、これはプレゼントだ。」
セリーヌが渡したのは黒いジャケットと腰に剣を下げる為のベルトと、黒い鞘だった。
それらを着て、腰に着けてみるが、加わった重さ自体は気にならない。
「ありがとうセリーヌさん、言われたこともわかりました。『といってもここで暮らし続けたいって、気持ちは変わらないと思う………』」
黒い上着と剣を入れる鞘と腰に下げるためのベルトをプレゼントされた将生にはとっては、セリーヌの家が、更に心の拠り所になってしまったようだ。
いきなり死にました、異世界ですよと言われても、人の心はそんなに強くはない。
ましてや15才の少年の心も肉体も、依り所がまだ此処にしかないからだろう。
確かに思春期の少年としたら、同年代と年上の美人な2人との生活を捨てがたいという下心もある。
「うふっ、戻ってくる事を拒みはしないよ。
それと、称号だけはバレないように気を付けなさいよ。!!」
「ええ、私もお土産話を楽しみに待ってます。
体に気をつけて楽しんできてください。
それと知らない相手にはついていっては駄目ですよ?あと無計画なお金の使い方もしないようにね。」
将生に対して弟のような意識があるせいか、エレインは保護者のように振る舞い声をかける。
それには少し戸惑いを感じるが、感謝しているので、ありがたいとも思っている。
「うん。特別なことをしようってんじゃないから………じゃあ、いってきます。」
エレインとセリーヌに見送られ、後ろ髪を引かれる思いはあるが、期待と不安を胸に抱いた将生は出発する。
目的地はここから歩いて3日ほどの位置にある、セレペスという城下町だ。
王都ザンクトとは多少は落ちるが、町としては規模は大きいほうだ。
将生が浮遊魔法を覚えれば、移動時間は格段に短縮出来ただろうが、将生は覚えてはいない。
………いや、教えて貰っていない。
だって、初級の治療魔法と家事に役立つ魔法だけなんです。
それでも旅の仕方と野宿の仕方はエレインと、セリーヌの家に向かっていた時に、経験済みだから問題はないが、あれが正しいやり方とは将生も思ってはいない。
セレペスに向かって歩き始める。
将生の姿が木々の向こうに消えてしまっても、エレインとセリーヌはそちらの方向を見つめていた。
「町でどんなことを経験してくるのか?」
「色々とでしょうね。苦しいこと辛い事がなければいいのですが!?」
「多少の辛苦は経験した方がいいと思うけど、 世界の厳しさを知っておいた方が、マサキの為だ。」
両者とも将生を思っての言葉だ。
甘さと優しさが混ざった言葉だろう。
「大事さえなければ、マサキさんは大丈夫でしょう!………それより、あの上着とベルトって、セリーヌの大事な物でしょ?
あげて良かったの!?」
「あら?そうだったわね。(たぶん持ち主に返しただけなんだけど!?)」
セリーヌが付け加えた言葉に、エレインは「あら?」と呟き小さく笑みを浮かべた。
「セリーヌも気になります?」
エレインの問いに、どう答えればいいか悩むが、多少は本心を話そうかとセリーヌは思えた。
「うーん、放っておけない気がするのよ!?でも、それはエレインも同じでしょ?」
「そうですね。私も胸がチクッとするような、変な気持ちなので、セリーヌと一緒ですね。」
セリーヌ本人は、この数日間である事実を確信しているが、どうしてああなったかまでは、がわからずに首を捻っている。
まぁいいでしょうと、呟き2人は王宮からの迎えが来る前に、家に入っていった。
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