真実に袴の女神さま??
午前中に出掛けて、浮遊魔法でやっとたどり着いた場所は、夕暮れ時に染まる豪華に飾られた広場の段上に、豪華な椅子に座る中年男性の横に立ている若い男に向かって、広場を我が物顔で歩き進んでいく。
「邪魔するよ。」
「誰かと思えば珍しいですね、魔女殿ですか」と立っている男が言葉を発した。
王宮内で待ち構えていた国王アーサー・ザンブルクと義息子のラーチス・ザンブルクをセリーヌは訪ねていた。
仕事にやりがいがあるからか、50過ぎだというのに、老いを感じさせないアーサー・ザンブルク国王も髪も白髪が増えたように、肉体的には多少の老いを表すたるみが見えるが、まとう雰囲気が老いを否定しているのだ。
隣に立っているラーチス・ザンブルクは国王の弟の息子であるが、アーサー・ザンブルクが、王宮に義理の息子として迎え入れていた。
本来なら、エレインの結婚相手が次なる王になるか、子供が王になるのが仕来たりだが、アーサー王は仕来たりを破棄にしてまで、ラーチスを迎え入れ、エレインを黒き竜の生け贄に送り出していた。
入室許可の返事をまたずに入ってきた者に、叱責の一つでも言おうと思っていたアーサーは、相手がセリーヌだとわかり、文句を飲み込む。
礼儀知らずは今に始まった事ではないのだ。
言うだけ無駄と悟っていた。
「何用かな、お義母様は?」
いくら義理の母だったとはいえ、無礼には無礼をというわけではないが、対応に気を使わずにいる。
「私の孫でもある、エレインのことだ!」
気を使う対応をされないことにどうとも思わず、セリーヌは用件を話しだす。
「あの娘がどうかしたか?」
「エレインは課せられた使命を果たしたぞ!」
「そうだな。まさか生きて帰ってくるとは思っていなかった。どれほど幸運なんだろうな」
「万に一つ、億に一つでも足りないのではないのか!?」
渡り人に助けられるなど、どんな確率なのかは、セリーヌにも想像がつかなかった。
「そんな幸運に巡りあえ、生き延びたエレインをお前はどうするつもりだ?」
「お義母様も実の娘と孫をすでに3人も殺されているのだから、気持ちが荒ぶるのは仕方がないが、いやいやキャルロットのお腹には子供がいたのだから、4人になるか?
では、5人目が無事で良かったじゃないですかな?」
その疑問に答える必要はないとばかりに、セリーヌにアーサーは皮肉混じりに答える。
「まだシャルロッテは死んではいないだろ!」
「フッ、お義母様には感謝しているよ、アディリアにしろキャルロット共に美しい妻を持てたのだからな、いや4人共にお義母様に似て美しいのですかな?
いや、魔性に堕ちた魔女セリーヌよ。」
「クッ、未だにアディリアとキュバスに対しての怒りが冷めぬか!?」
「おや、シャルロッテを拐ったやつの正体はインキュバスだと突き止めたのは、魔女セリーヌではなかったか?
それにアディリアの子供を保護して逃げたのも、魔女セリーヌの知人ではなかったか?
そして何より、その元凶になったのは魔女セリーヌの呪われし血族ではないか!?
まあいいだろう………だからエレインには結婚させてやろうではないか、女性の幸せの一つとも言われるそれをしてもおう!?」
「本人に、その気がないとしてもか?」
「フッ、笑止な、その気のない結婚など王族では当たり前のことだよ。」
「王である、お前が言うのだからそうなのだろうが、逃げず拒まず使命を果たしたエレインを解放してもいいのではないか?
エレインの生きたいように生きてもいいと思うんだが!?」
「王族だ、自由など夢でしかない。
それに、エレインは自ら生け贄になると言って、出て行ったのだ。
そうした事も出来る娘なのだよ、エレインもわかっている。」
「それは、お前が仕向けたのだろう!!そしてそれも王族の理屈だろ!?」
「そうだ。 そしてエレインは王族だ。」
アーサーを見ると、エレインが似ているのは、髪の色くらいだろう。
「魔女セリーヌよ、魔術王と勇者がいなくなり、そして2匹の邪竜がいなくなったのだ、次に我が国を脅かす存在は他の王国なのは考えなくてもわかるだろう?
エレインの幸せを願おうが、あの子の生まれは変えられぬのだから、あの子は王族として生きていくしかない。
ならばせめて、民達の為に素晴らしい結果をもたらすように使ってやるのが親として、ディアルグの国王としての役目だ。」
「使うときたか!?」
セリーヌの目が細められた。
「ああ、とても利用価値のある駒だろ、母親に似て美しいしなっ、それは武器になるだろうし、飛び付かない男も少なくなかろう!?
そんなエレインを使わずにしまっておくことは出来はしない。」と言い切った。
表情も目も本気を示していて、なにかしらの思いや事情を隠しているようには見えない。
「親としてと言ってはいるが、私には自分の為でしかないと聞こえるがな!!」
「否定はせんよ。」
言った言葉とは逆で、国や民が1番だと、アーサー王は認識していることは、大事に育てられた娘であるエレインを見ればわかる。
そう答えたアーサーを不機嫌そうに見たセリーヌは、今日のところは退くと言い放ち、振り向く。
「迎えに行かせるよ、魔女セリーヌよ。」
去るセリーヌをなんの感慨も抱かずに言葉発して見送るアーサー・ザンブルクの横で、黙って2人のやり取りを見ていたラーチス・ザンブルクは、去っていくセリーヌの背中を見詰めていた。
ラーチス・ザンブルクも魔女セリーヌの年齢は70才前後だと知ってはいるが、見た容姿はラーチスと変わらない20代後半にしか見えないのだ。
それはシャルロッテが拐われて、事件解決の為に、魔性に堕ちた時に魔力を体内に溜める事で、自分自身の細胞を活性化させている。
それは体内にどのぐらいの魔力残量で決まり、セリーヌの活動期の年齢の容姿になっているのだけだ。
ただ、綺麗だった金色の髪は魔性に堕ちた時に、今の黒髪になるのは魔力がセリーヌの体内に充分に蓄積されている証しでもあった。
2人の美しい妃に2人の孫娘の大元のセリーヌと末端のエレインを見れば、2人の妃とシャルロッテを知らなくとも、美しかったのは想像出来るのはずだ。
そんなセリーヌを見ながら、ラーチスは舌舐めずりしていた。
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セリーヌの帰りを待っていた、2人に幻想的というよりも怪しげな出来事が、起きようとしていた。
まるで、闇に灯る導きの明かりを見つめる先に「誰も信じなくても、誰もが女神様なんかじゃないっていっても、僕だけは信じます。」
将生の告げる言葉が、夢の中で染み渡るように暗闇の中を響き渡った。
「ニュクスさまは、夜の女神だろうと僕の女神さまだし、そして僕の家族です。」
周囲の空間はしんと静まり返る。
身じろぎする者も、声を発する者もいない。
1人で竹刀を持ち出しての練習中に、休憩とばかりに外で座ったままで寝てしまい。
夢うつつに寝言を言っていた将生が目を覚ますまではいなかった。
呼びに来たエレインが、ふいに大きく目を見開いて息を呑んだ。
「あっ………」
扉を開けたままで見ていたエレインも、はっと一歩前に踏み出た。
いったい、何を驚いているんだろう………寝ぼけ眼でエレインを見た将生が、そう思ったときだ。
「えっ、なんで!?」
ゆっくりとふわりと何かに憑かれたように、勝手に竹刀が動き出した。
伸ばした将生の手が止まった。
完全に剣先を地面に向けて、竹刀が立っているかのように、地面から真っ直ぐに浮いて、かすかに淡く光り輝いき始めている。
見る間にもその姿は変わっていく。
ただの竹刀から、細く華奢な手足が出たと思ったら、すんなりと伸びる。
衣服までもが、筋目のある模様の織物で裾を引いた衣裳になり、真っ黒な髪は長く、額には金銭をいただき、手には緑の榊の枝葉。
そこに現れたのは、七色の領巾をひるがえす………美女………輝くように美しい女神だ。
ほう然と2人が見つめる中、女神はすっと素足を地面に下ろし、土の上を滑らせる。
両手を広げ、榊の枝を振り上げ、女神は静かに舞い始めた。
将生は魅入られたように女神を見つめる。
女神は真っ黒な髪をなびかせて、軽やかにしなやかに舞う。
七色の領巾が華やかに宙を踊る。
幾重にも重なる裳裾と袖が艶やかに広がり、長い真っ黒な髪が空にひるがえり、光り輝く。
しとやかな風情、匂い立つ色香。
手の先、指の先、しならせる腕、足の運び、ひるがえす領巾の動き。
すべてが見惚れるほどに清々しく、美しい。
その場を忘れた。
ここがどこかも、今の時刻も、すべて忘れた。
あるのは目の前の女神が将生を見つめる、吸い込まれるような真っ黒な瞳。
自分を陶酔に導く、女神の舞だけ
いつしか女神の持つ榊の枝は、五色の飾り紐を垂らした神楽鈴に変わっていた。
鈴の音が響き渡る度に爽やかな緑の香りが広がり、夜空を覆う雲が晴れ、空気が澄んで、月の光が降り注ぐ。
女神は月明かりに光る真っ黒な髪をひるがえし、大きく鈴を回して振り上げた。
空高くいっぱいに、冷たい夜気を震わせて、清らかな鈴の音が響き渡った。
そして、清々しい香りが周辺に広がり、女神の舞は終わった。
女神は息ひとつ髪の毛一筋乱さずに、涼やかに佇んでいる。
魂を抜かれたようにぼう然と女神は将生を見つめ、将生も同じだった。
呼吸も瞬きも何もかも忘れて見惚れていた。
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