結 風慕う草原の入日
午後の風に吹かれながら、3人は乾いた街道を行く。草陰に巣を作る小鳥たちが時折飛び立ち、アルレッキーナたちを驚かす。
「精霊と魔法使いがいないことって関係があるの?」
アルレッキーナが疑問を口にする。食事の時から気になっていたのだ。
「精霊の力があれば、魔法はあんまり必要ないからね」
「伝説の歌が悪いものから守るみたいに?」
「そうだね。あれにも力があるし」
「うん」
「他にも、荷物を軽くしたり水を綺麗にしたり」
「魔法と同じようなことができるの?」
「そうらしいよ。見たことはないけどね」
「ふうん」
リッターは欠伸をしている。詳しい話には興味がないようだ。一方、アルレッキーナは質問を重ねる。
「じゃあ、精霊の力を感じたのって、あの歌が初めて?」
「そうだよ」
「精霊に会ってみたいなあ」
サッジは黙って微笑み、リッターは遠い岩城を眺めた。アルレッキーナは小さな音で太鼓を鳴らす。3人とも太鼓のリズムに乗って、声を出さずに歩いて行った。
町に着くと、壁に沿って野営する旅人が数組目に入る。
「あんたがた、ラグシに来たのかい?」
馬車を止めて火を焚く旅芸人の一座から、気さくなおじさんが呼びかけてきた。
「はい」
アルレッキーナが答えると、おじさんは3人を手招きする。
「ここの門は、昼下がりに閉まっちまうよ」
見れば確かに、門番に守られた頑丈な扉には大きな閂棒が降りている。
「闇草苺の焼き菓子食べるかい」
闇草苺の焼き菓子は、お菓子の町として知られるゲベクの保存食だ。花の蜜で赤黒い草苺を練って固め、暖炉の灰に埋めて焼く。闇草苺は、この地方でよく見かける森の下草である。恐ろしげな名前がついているが、何の変哲もない小さな漿果だ。
ゲベクの町は、アルレッキーナたちが通ってきた草原を戻り、川を越え森を抜けた先にある。その川では、昨日筏祭りが開催されていた。
「ありがとう」
3人はそろそろ甘い物が食べたいと思っていたので、喜んでお相伴に預かった。おじさんは腰に下げた布で手を拭くと、馬車から古ぼけた弦楽器を取り出した。膨らんだ胴には透かし彫りの丸い穴がある。古びてはいるが高級そうな楽器だ。
「俺の師匠は、亡国の王子だったんだぜ」
本当か嘘かは関係ない。楽器の出どころも詮索する必要がない。節くれだった楽人の指が金属製の弦を撫でると、畑もその先の草原も、忽ち戦火の荒野となった。足首に鈴をつけた女性たちが黒髪を靡かせて踊る。若者が手拍子をとる。離れた場所にいた行商人の一団が寄ってきた。
気がつけば夕方。町の門は閉まったままで、門番はその場を動かずに食事を取っている。立ったままで食べながら、笑い声を交えて話をしているようだ。
草海原に陽は傾いて、一面を金色に染めてゆく。やがて燃え立つ夕陽は姿を消して、薄紫から藍へと色は移ろう。旅芸人や行商人のキャンプに混ざり、アルレッキーナたちは壁の外で夜を明かす。
夜が完全に来る前に、アルレッキーナは静かな旋律を生み出した。サッジは即興で歌詞をつけ、リッターが低音を添える。ほんの短い曲で、あっという間に皆が覚える。人々は酒を片手に唱和した。
黄金の乙女
去りゆきて
うす紫に風は追い
月はまだかと燃えるとき
若者はひとり
夜露を集め
星を待つ
完結です。
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