7 精霊の子孫
レモンとハーブソルトをたっぷりとかけたサラダは、朝から歩き通しだった3人の体を癒してゆく。遥かに見える岩城の周辺では、良質な岩塩が採れるのだ。こちらも、羊肉との物物交換なのだろう。
「お祭り見学ですか?」
晩秋の交易市であるラグシの香草祭には、各地から商人が集まってくるので、直前だと宿が取りにくい。町の周辺での野営は申請しなければならず、しかも最大1週間までと厳しい規定があった。そのため、はるばる香草祭りを見学に来るような物好きは、早くから町にやってきて長期滞在をするのだ。
3人がこの地を訪れたタイミングから、羊飼いは彼等がお祭りの見物客だろうと思ったのだ。
「まだ決めてません」
アルレッキーナはのんびりと答える。
「僕はしばらくラグシに泊まろうかな」
「高いんじゃないのか?大きな町だし」
「僕、けっこうお金持ちだよ」
「そうなの?」
サッジは草臥れたローブに身を包み、櫛も入れずにうねる赤毛。靴も擦り切れて今にも穴が空きそうだ。
「魔法使いって、いろんな仕事があるんだよ」
「例えば?」
「うん、まあ、色々ね?」
「ラグシでは私しかいないから、魔法使いは重宝されると思いますよ」
「大きな町なのに?」
「うーん、そうなんですけどね」
羊飼いが首を捻る。
「やっぱり精霊のお膝元だからかなあ」
「お城の方々は、精霊の子孫なんでしょうか」
羊飼いの言葉に、サッジが興味深げに質問する。リッターは煮物のおかわりを貰った。お茶をチラリと見る。やはり香草酒ならいいのに、と思っているのだろうか。
「ええ。私も遠くから拝見しただけなんですけど。風の息吹が感じられました」
「生まれた地を離れると命が削られるというのは?」
「はっきりとはわかりません。でも、お城の一族は生涯城を離れないそうです」
「なんだか気の毒ですね」
「年に何度かは草原を訪れますし、麓の町や村を訪れることはありますよ。日帰りですけど」
祖先の精霊は、生地を離れて暮らしたから短命だったのだろう。魔物どもとの戦いに明け暮れ、草原に降りる暇すら殆ど無かったに違いない。
アルレッキーナは伝説の歌を口ずさむ。
ただ君のみ わが腕かいなに抱きて
宵闇さえ 親しく
光の波 羊の涙
窓から風が入ってくる。丘に生えるハーブの香りが胸に切なく、精霊と旅人の面影を呼び起こす。
「そういえば、物を浮かせて運ぶ魔法を教えてくれるんじゃなかったか?」
食事を終えたリッターが、サッジに話しかけた。
「じゃ、町に着くまで練習する?」
「頼む」
「やってみたい」
3人は羊飼いにお礼を言って立ち上がると、街道に戻ってラグシへと向かう。振り向けば、羊飼いの少女がしばらく手を振っていた。足元では、物静かな黒犬がお行儀良く座っていた。