6 煮込みとサラダの昼ご飯
3人は鮮やかな薄緑色の薬草茶に口をつけた。鼻先にゆらめく湯気には少し癖のある香りが含まれている。羊飼いの少女によれば、この香りにも気分を和らげる効果があるそうだ。
「疲れがとれるね」
「初めて飲む味だな」
アルレッキーナは香りも深く吸い込む。リッターはやや苦手なようである。彼は生粋の酒呑みなので、薬酒なら喜んで飲むかもしれない。
「皆さんは精霊に会ったことがありますか?」
木箱から葉物野菜を取り出して、細かく刻みながら聞いてくる。湾曲した刃の両端についた取手を握り、左右にゆすると野菜が切れる。
「いえ」
リッターが刃物の動きを目で追いながら、短く答える。
「ないかな」
アルレッキーナは薬草茶を楽しんでいる。
「ないですね」
「えっ、サッジも?」
サッジの言葉にはアルレッキーナが真っ先に反応した。
「旅慣れてらっしゃるから、もしやと思ったんですけど」
羊飼いの娘は、細切れ野菜を手早く大皿に盛り付ける。その間に深鍋から湯気が立ち、軽く刻んだ「羊の涙」の根っこを入れた器をセットする。
「ごめんなさい、パンはないんです」
羊飼いの少女は申し訳なさそうに微笑むと、側の大鍋から羊肉と豆の煮込みを個別の皿によそって配る。草原に生えていた香草や見たこともないスパイスがたっぷりと使われている。
スパイスは贅沢品だ。3人は目を見張る。
「スパイスは物物交換でたくさん貰えるんですよ。うちの羊は特別なので」
羊飼いは自慢そうだ。やはり、普通の羊飼いとは違う。
「豪商やお城に直に卸してて、目利きの調理人さんと仲良くなるチャンスもあるんです」
「それは凄い」
リッターが感心して、改めて煮込みに注目する。大ぶりな木の匙に羊肉の塊を乗せ、じっと見る。
「たくさん召し上がってください。羊の涙も蒸し上がりました」
蒸した根っこは、煮込みに乗せる。
「ラグシ名物、羊の煮込みです」
「羊の涙が特徴ですか?」
アルレッキーナが聞いてみる。
「いえ、それぞれ家庭の味があるんです」
「なるほど」
「うちの丘には羊の涙が群生してますから」
「えっ?丘を所有してるんですか?」
リッターはまた驚く。
「もしかして、国家魔法使いですか?」
サッジは慎重に訊ねる。国家魔法使いとは、特定の国に仕えている魔法使いのことだ。世の中には、旅芸人のような無所属の魔法使いが多く、各国では獲得に苦心している。国家魔法使いは、土地の所有権や国内通行の自由など破格の待遇で迎え入れられている。
「はい。貴方は無所属でしょうか」
「ええ。気ままに旅するのが性にあってますんで」
「そうなのか?俺はいずれ仕官したいけどなあ」
リッターは不思議そうにしながら、柔らかく煮えた羊肉を頬張った。