5 羊飼いの家で
アルレッキーナは、こんな羊飼いを見たことがなかった。羊飼いの中には魔法に長けた者もいる。しかし、それは群れを率いて世界を旅する特殊な羊飼いたちだけのこと。定住して自宅付近で放牧する人々が、魔法の力を今に伝えている例をアルレッキーナは聞いたことがなかった。
サッジも同じだったらしい。少女の操る技は、普通の羊飼いが行う技術と違う。従えている黒い牧羊犬も、奇妙に落ち着いていた。少女の足元でゆったり寝そべっているのに、羊達は大人しくその場に留まっているのだ。
離れて草を食む別の群れでは、犬が忙しなく吠えて駆け回る。羊が迷子にならないように、羊飼いたちも声を出したり笛を吹いたりしている。犬は羊飼いの指示に従い、羊を一箇所に留めておく。
少女の犬は一行の後についてきた。羊は完全に取り残されたまま。
「カラスが来ようが狼が襲おうが、風の守りがあります」
3人の驚きを察して少女は軽く説明した。
「羊泥棒にも手が出せませんよ」
「触れることが出来ないのですね?」
サッジが群れを観察しながら言う。
「ええ。山火事でも燃えません」
「それは凄い」
自分に同じ魔法をかけておけば、羊に何があっても守り抜くことができる。昼間のうちである限り。
「さあ、ご飯食べに行きましょう」
羊飼いは3人を麓の自宅に案内する。
日干しレンガの壁に茅葺き屋根の小さな家だ。中は数部屋あるらしく、屋根裏への梯子も見えた。裏口は直接羊の囲いに開き、囲いは丘に面している。裏窓から外を覗けば丘の斜面に羊たちが集まっている。
「羊の涙」の絨毯のように広がる白い花の合間に、ところどころ丈の高い花々が飛び出している。緑と白の視界に、セイタカアワダチソウの黄色や濃い桃色の野薔薇、オレガノの青などが彩りを添えていた。
少女は羊を預かる仕事ではなく、自宅の羊を世話しているようだ。客人に出した揃いの木皿は使い込まれている。家族で暮らしているのだろう。
「両親と兄弟は町で働いてます」
「ラグシですか?」
「はい。賑やかな町ですよ」
仕事も充分にある豊かな町だと想像できる。ここからは半日程度の道のりだ。暗いうちに出て、夜中に帰るのだろうか。
「日帰りは厳しいだろう?」
リッターが聞く。
「ええ。住み込みですが、時々帰ってきます」
少女はもう子供ではないが、独り立ちには若いように見える。ほとんど独りで暮らしているのか。そう思うとアルレッキーナは少し寂しい気持ちになった。
「家族かあ」
サッジが懐かしそうに口を開く。背のない丸椅子に腰掛けた3人は、勧められるままテーブルを囲む。少女は煮立てた薬草茶をコトンと置く。