3 岩城の伝説
太陽はまもなく真昼の高さに至る。草の間に間に目を楽しませる花々は、青や赤、黄色や白に揺れている。丘陵地帯を縫って進む街道は、肉の町ラグシの壁で一旦遮られていた。ラグシは3人の目的地である。壁は低く、周囲には穀物畑が広がっている。
「おうい、羊飼いさん」
「こんにちは」
「歌を歌っていたのはあなたですか?」
アルレッキーナたち3人が、次々に声をかける。羊飼いは額に皺を寄せた。
アルレッキーナは笛を取り出し、一節奏でると太鼓を加えた。ほど良きところでサッジが魔法で竪琴を取り出す。リッターが何事か囁くと、サッジは少し驚く。
我が元に 慕い寄る
愛し風 広野に
翻る
白き足 麗しの
蒼く泳ぐ髪よ
サッジの美声が丘を降る風と戯れる。羊飼いの乙女は、額の皺を伸ばして聞き入った。
サッジは歌いながら魔法の楽器をもうひとつ作り出した。ふいご笛と呼ばれるこの楽器は、はるか北の海の孤島に伝わる奇妙な道具である。脇の下で蛇腹を押して空気を送り、音を出す。そんな珍しい楽器をリッターが演奏できるとは驚きだ。武者修行の合間に身につけたらしい。
君が声 雲流れ
晴れ渡る 空よ
弾け飛ぶ
煌めきは 汝が瞳
手を取りて歌わん
サッジがもう一節物語を歌い終える。するとコーラス部分で羊飼いが入ってきた。
ただ君のみ わが腕に抱きて
宵闇さえ 親しく
光の波 羊の涙
露置く 丘に
撫で行く 優しき君が風の
側近くに
永遠の誓い
今ぞ
草に遊び躍らん
最後の伸びやかに歌い上げるところは、魔法のハープと2人の笛が、駆け上る伴奏で盛り上げる。羊飼いの可愛らしい声とサッジの軽やかな節回しが、暖かな陽射しに溶けてゆく。最後は歌詞がなくなり、3人の楽器だけが歌うのだった。
「こんな話があるんです」
全ての音が風に流れてしまうと、羊飼いの乙女が口を開いた。3人が知りたかった歌の謂れが語られる。
町の向こう、丘を越えて岩山の頂に見えるのは300年前に建立された古城である。今では一領主として、大国で臣下にくだった貴族の城だが、かつては小国の王城だった。
遥かな昔、この地に住まう草原を渡る風の精霊が、旅の青年と恋をした。恋する青年は旅を休んで草原に留まった。そして丘に住む狩人や羊飼いと親しくなった。
丘の彼方、岩山には恐ろしい魔物どもが巣食っていて、この地に住まう民はごく僅か。青年は彼らを集めて城砦を築いた。
精霊は、生まれた地を離れるとその生命が削られることを隠して岩山の砦に嫁ぐ。2人は小さな騎士団を率い、程なく国として麓の丘を含む草原一帯を擁する小国となった。
しかし命を削った精霊は、幼い姉弟を残して消滅してしまう。王は嘆きながらも国を導く。彼は、しばしば草原を馬で巡り、亡き妻を思う歌を歌った。