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君のいない世界を生きる

作者: 白澤瑠希

「日常なんて、簡単に壊れるものなんだよ。小さなことひとつで壊れてしまう。そうして、非日常と取って代わる。時間が経てば非日常すら、日常に変わり、そうして出来た日常すら簡単に壊れる。結局その連続。だからきっと人間は、『今』を大切にして生きていくしかないんだよ」

 これが、彼女と話し、彼女から聞いた最後の言葉だった。


 一昨日、十年以上の付き合いの親友が死んだ。交通事故だったらしい。その日の夜に、彼女の母親から電話を受けた。涙混じりの言葉は親友が死んだことを嫌でも痛感した。悲しむ心とは裏腹に殺しても死ななそうな奴なのに呆気なく死んだんだな、などと不謹慎なことを考えている自分がいた。なんとなく、なにもする気力が湧かず昨日は薄暗い部屋の中暗く淀んだ空気を肺に吸い込みながら彼女との最後の会話を思い出していた。


「咲、君は普通ってなんだと思う?」

 淡く明るい夕暮れ空の元、いつものように唐突に質問を彼女は投げかけてくる。

「なにどしたの急に。なんかあった?」

「いやいや、ただ、気になっただけだよ。そんなに深い意味はないから自由に答えてくれ」

 彼女は昔から答えなんてないであろう難しい質問を私にぶつけてくる。頭が大して良くない私からすればやめて欲しいものだけれど。そうは思いながらも自分の中で言葉を整理し、どうにか言葉を紡いでいく。

「んー、普通は普通でしょ。世間や世の中の平均値。」

 考えて出てきた言葉が結局これだった。

「なるほど」

 彼女は顎に手をやり、考え込む。とても画になる。二十秒ほど考え込み口を開いた。

「面白いね。君にとっての普通はとても抽象的で曖昧なものなんだね。でも、君の意見の平均値とはどこから取ってきたものなんだろうね?」

 彼女は楽しそうに悪戯好きな子供のような無邪気な笑顔でそう言った。

 彼女は少し変わっている。その割に成績は優秀で学年トップから動いたことはない。その上、顔も整っているし、スタイルもいい。変わっている性格もミステリアスとプラスに捉えられ、とてもモテる。たまに、未来を見てきたかのような言動をする。そんな子だ。そんな彼女の紡ぐ言葉や、一挙手一投足に目を奪われる人間も多い。彼女の言動は自然と人を惹き付ける。私も惹き付けられた内の一人だと思う。彼女が口を開くと自然とその顔に、視線を持っていかれている気がする。

「僕が個人的に思うに普通って結局、明確な基準や概念のない曖昧な言葉なんだと思う。そして、世の中生きていくのを少しでも楽にするための言葉なんだと思うんだ。」

 そんな風に話しながらも、彼女の顔は曇っており、自分で納得できてないのがよく分かった。

「んー、なんか違う気もするな。まぁ、これに関してはこれ以上考えてもキリが無さそうだし、ここら辺でやめておこうか。それで、結局何が言いたかったかというと、自分の価値観で他者に自分の思う『普通』を押し付けるのは良くないよねって言う話なんだけどね」

 彼女は再び笑いながらそう言った。

 私はただ、短く、そうね、と返した。相変わらず彼女の紡ぐ言葉は不思議な魅力があるが、彼女自身が何を考えているのかは正直全く分からない。

「なんだか、素っ気ないね。つまらないからもうひとつ質問しようかな」

 まだ続くのかと思いながも少し楽しみにしながら彼女のその綺麗な口元から紡がれる言葉を待った。

「それじゃあ、君にとっての『日常』ってなんだい?」

 無い頭を必死に回しながら自分の意見をまとめて口に出す。

「そうね・・・・・・ いつもと同じような朝を迎え、その日毎にやることをやって、あなたと話して、家で寝ること。かな。すくなくともこれが今の私にとっての日常よ」

「なんだか、含みのある言い方だね」

 彼女はそう言いながら、綺麗に笑った。夕日のオレンジと彼女の綺麗な白い肌はとても美しく、その画は違和感なく私の眼に入ってきた。こんな、綺麗な光景を見られる自分は幸せだななどと考えながら、彼女を見つめる。一言で言えばただ、見惚れていた。しかし、それと同時に彼女が、私の手の届かないどこか遠いところに行ってしまう気がして、手を伸ばしかけた。

「でもね」

 彼女は、私の手を遮るかのようなタイミングで言葉を再び紡いだ。

「でもね、そんな日常ですら、きっと、とても小さな事で壊れてしまう。そうして、訪れる非日常ですら、いずれはきっと日常として、入れ替わる。」

 そこで、彼女は、わざとらしく、一呼吸おく。深く静かに息を吸いその場の空気を従えるかのように息を吐く。

「日常なんてものは、簡単に壊れるし、非日常とすぐ入れ替わってしまうものなんだよ。だから、結局人は『今』を大切に抱いて生きていくしかないんだと思う。それがどんな非日常だったとしても」

 彼女の言葉の意味をいまいち理解出来ずに意味を考えながら歩く。

 「それじゃ、またね」

 彼女は先程までの空気をかき消すような明るい笑顔で告げる。

 気づくと帰宅路の分かれ道まで来ていたらしい。

「うん、じゃね」

 私は別れの挨拶を返し自分の帰路へと歩く。

 彼女が事故にあったのはこの後らしい。私はそんなことはつゆ知らず先程の彼女の言葉を考えながらのんびりと家への道を歩いていた。


 暗く淀んだ空気をまといながら私は体を何とか起こす。彼女の言葉に背中を押されるように一歩踏み出す。

 彼女はもういない。それでも、私は生きていかなくてはいけない。彼女の言葉を胸に抱きながら私は・・・・・・

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