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いつもクールな僕の彼女は不意打ちに弱いらしく、つい恥ずかしいことを口走ってしまう

作者: 墨江夢

 僕の彼女は、いつもクールだ。


 例えば英語の授業中、担当の教師が突然「小テストをやる」と言った時、


「日頃から予習復習をきちんとやっていれば、満点を取れる。それが小テストというものよ」


 そう言って、見事満点を取って見せた。


 例えば僕が冷たいのと間違えて、温かいお茶を買ってしまった時、


「私も喉乾いたから、お茶を買おっと。……あっ。温かいお茶が飲みたかったのに、間違えて冷たいのを買ってしまったわ。というわけで、交換してくれないかしら?」


 わざと間違えたであろう冷たいお茶を、僕に手渡してきた。


 例えばランチの最中、かけようとしたソースを制服の裾にこぼしてしまった時、


「あら、いけない。でも次の時間は体育だから、その間に洗って乾かしておくことにしましょう」


 言葉通りに実行した彼女は、六時間目には何事もなかったかのように綺麗になった制服を着ていた。


 不測の事態に直面しても落ち着いて対応していて、さり気なく誰かを気遣うカッコ良さも兼ね揃えている。僕の彼女・久遠寺彩芽(くおんじあやめ)とは、そんな女の子だ。


 今朝も一緒に登校しようと駅で待ち合わせていた僕たちの前に、予想外の困難が立ちはだかった。

 着替えるのに手間取ってしまった僕は、いつもの集合時間よりも5分遅れて駅に到着する。


「遅れてごめんね、彩芽さん。結構待った?」

「気にしなくて良いわよ、(まゆずみ)くん。私も今日は少し遅れてしまって。だからそんなに待っていないわよ」


 交際を始めておよそ半年。余程のことがない限り僕たちは毎朝一緒登校しているわけだけど、彩芽さんが集合時間に遅れたことは一度もない。

 毎朝5分前には駅に着くようにしているらしく、なので今朝は正味10分駅で待っていたことになる。

 だからといって、彩芽さんのついた優しい嘘をわざわざ暴くなんて野暮な真似をするつもりはない。「ありがとう」とお礼を言って、話を合わせることにした。


「それよりさっき駅の放送で流れてたんだけど、変電所のトラブルで電車が止まっているみたいよ。復旧まで、もう少しかかるみたい」

「そうなの? それじゃあ一時間目に間に合わないね」


 電車の遅延での遅刻だから、ペナルティは一切ないんだけど……今日の一時間目は日本史で、テスト頻出の内容をやるらしい。だから何がなんでも出席したいというのが、本音だった。


「大丈夫よ。この時間なら、学校の近くまでバスが出ている筈だわ。それに乗れれば、一時間目にもギリギリ間に合う」


 僕が遅刻だと決め付けている一方で、彩芽さんは落ち着いて対応策を立てていた。そんな彼女のクールさに、僕は心底惚れ込んだわけで。


「だったら、乗り遅れないよう急いでバスに乗らないとね」


 僕たちは二人並んで、バス停に向かって歩き出す。乗り遅れると大変なので、少し早歩きだ。

 歩きながら、僕は横目で彩芽さんを見る。

 いつもはストレートヘアなのに、今日はなぜか長い髪を後ろで束ねている。付き合い始めて半年経つけれど、こんなこと一度もなかったような。

 何か心境の変化でもあったのかな? そんな風に気になった以上、聞かずにはいられなかった。


「そういえば、今日は髪型がいつもと違うんだね。すごく似合ってるよ!」

「ふぇっ!?」


 ピタッ。バスの発車時刻が迫っているというのに、彩芽さんは立ち止まる。

 わけのわからない声を発したと思ったら、みるみるうちに耳まで真っ赤になっていって。それまでクールだった彼女は、途端に動揺し始めた。


 彩芽さんの態度が急変した理由は、わかってる。僕が髪型を変えた理由を聞くついでに、「似合ってる」などと言ってしまったからだ。

 いや、似合っているというのは嘘偽りない本心なんだけど……今言うべきじゃなかったかもしれないな。僕は少し後悔する。


 彩芽さんのこの反応は、「いつものやつ」の前兆だ。

 来るぞと、僕は身構える。そして――


「これは、その、たまたまよ! たまたま黛くんが昨日雑誌でポニーテールのアイドルを「可愛い」って褒めていたから、やきもちを妬いてポニーテールにしてきただけよ!」


 丁寧な解説、ありがとうございます。

 ツンデレみたいに「だから、勘違いしないでくれる?」なんて言っているけれど、勘違いも何も彩芽さん、盛大に自爆しているからね。


 僕の彼女は基本クールだ。どんな状況に陥っても落ち着いているし、カッコ良い。だけど……不意打ちで褒められると、つい恥ずかしいセリフを口走ってしまうらしい。



 ◇



 あの後首尾良くバスに乗れた僕たちは、一時間目にもなんとか間に合った。

 それ以降の午前中は滞りなく過ぎていき、やってきた昼休み。僕と彩芽さんは、仲良く中庭でランチをしていた。


 沢山のチューリップが咲き誇る花壇の前、そこに設置されているベンチが僕たちの特等席だ。

 お昼は毎日彩芽さんがお弁当を作ってくれている。言うまでもなく、最高に美味しい。

 特にお母さん直伝の卵焼きは絶品で、僕はすっかり久遠寺家の味の虜になっていた。


 愛妻弁当に舌鼓を打っていると、彩芽さんが話題を振ってくる。


「ところで黛くん、今度の週末は空いているかしら?」

「週末? 特に予定はないよ」

「そう。なら、私とデートしない?」


 デート……恋人同士なら、定期的に行っているイベントだ。

 一緒に登下校したり、放課後図書室で勉強したりとかはあったけど、考えてみたらここ最近デートをしていなかったな。

 試験や学校行事で忙しかったり、何よりデートをしなくても充実していたから、すっかり失念していた。


「うん、良いね。週末、デートをしよう。……彩芽さんは、どこか行きたい場所とかある?」

「実は一箇所気になっている場所があって……」


 そう言うと、彩芽さんはスマホの画面を見せてくる。画面には、とある遊園地のホームページが表示されていた。


「この遊園地、つい先月リニューアルオープンしたみたいなの。名物の観覧車から一望出来る景色は、それはもう絶景だそうよ」


 画面をスクロールしながら、彩芽さんは説明を続ける。

 ……それにしても、距離が近い。

 小さなスマホの画面を二人で見るんだからある程度の接近は必要だ。とはいえさっきから良い匂いが鼻腔をくすぐってしょうがないんですけど!

 ドキドキするあまり、僕は「へ〜」と相槌を打つことしか出来ていない。


「良いんじゃないかな。観覧車、楽しそうだね」

「でしょう? それじゃあ週末は、遊園地デートで決まりね。……あー、今から週末が楽しみ過ぎるわ。眠れなかったらどうしましょう?」

「そんな大袈裟な……って、あれ?」


 僕は彩芽さんの顔に手を伸ばす。


「ちょっと動かないでね」


 よく見ると彩芽さんの唇にご飯粒が付いていたので、僕はそれを手で摘まみ取った。

 いつもは完璧な彩芽さんだけど、こうやってたまに抜けているところもまた可愛らしいなぁ。


 突然唇に触れられた彩芽さんは、「なっ!」と短い声を発しながら赤面し、慌てて唇を両手で押さえた。


「いきなり触らないでよ! そのっ、破廉恥よ!」

「え? あっ……ごめんよ」


 善意でやったことなんだけど、こうも真っ赤な顔で激昂されるとなんだか悪いことをしたなと思えてくる。「ご飯粒付いてるよ」って、口頭で教えてあげるべきだったかな?


「どうせ触れるなら、手でじゃなくて唇でにしなさいよね!」


 ……んあ。

 またしても盛大に自爆に、思わず変な声が出てしまった。

 僕の唇で彩芽さんの唇に触れろって……それってキスしろってことだよね?


 だけど今は昼休み。ここは学校の敷地内の中庭。周囲には生徒の目が、沢山ある。

 衆目に晒されてキスをする度胸なんて僕にはないから、キスはもう少しお預けでお願いします。



 ◇



 週末、僕と彩芽さんは約束通り遊園地デートにやって来た。


「この遊園地、カップル割なんてあるんだ。高校生二人だと1800円する入場料が、カップルだと1400円になる。結構お得だね」

「でもカップル割を利用する為には、カップルである証明が必要らしいわよ。ツーショット写真とか」

「ふーん、そうなんだ」


 僕たちはまだツーショット写真を撮ったことがない。というのも、彩芽さんが恥ずかしがって撮らせてくれないのだ。

 僕としては二人の日常を思い出として写真に残しておきたいんだけど、彩芽さんが嫌と言うなら仕方ない。彼女に嫌なことを無理矢理やらせる彼氏にはなりたくないからね。


「だからといって、カップル割を利用する為だけにわざわざ写真を撮るのもバカらしいわね」

「まぁ、確かに」


 つまり今回は通常の高校生料金を支払って入場するというわけか。


「入場券を買ってくるから、彩芽さんはここで待っててよ」

「その必要はないわ。入場券なら、既にネットで購入済みよ」

「そうだったの? 準備万端なんだね。……って、ん?」


 彩芽さんが見せてきたスマホの画面。表示されている入場券の料金は……二人で1400円になっていた。これって……カップル料金?

 バカらしいとか言っていながら、実は興味深々だったんじゃないか。


 だけどここでそれを指摘したら、また恥ずかしいことを口走るのが目に見えていたので、僕は内心ニヤニヤするだけに留めておいた。


 入場ゲートに向かうと、係のお姉さんに入場券の提示を求められてきた。

 彩芽さんは、スマホの画面を見せる。


「カップル割のお客様ですね。でしたら、何かカップルだと証明するものを見せて下さい」


 ここで難題登場。

 さて、どうする? 手でも繋げば良いのかな?


「少し待って下さい」


 クールな彩芽さんはこんな時でも落ち着いていて、スマホを操作し始めた。


「これでお願いします」


 彩芽さんは、スマホの写真を見せる。ツーショット写真なんて、ない筈だけど?


 スマホの画面には、確かに僕と彩芽さんが写っていた。アップの彩芽さんと、画面の端の方に小さく映る僕が。


 うーん。果たしてこれを、ツーショット写真と呼ぶのだろうか? 距離が離れ過ぎていて、彩芽さんの自撮りに僕が偶然写ってしまったみたいな感じだ。


 撮影日時を見ると、この写真はつい先日撮られたもの。きっと彩芽さんは、カップル割の為にこの写真を撮ったのだろう。だけど普通にツーショット写真を撮るのが恥ずかしくて、それでこんな苦肉の策を取ったのだ。

 画面の中で真っ赤になっている彩芽さんの顔が、何よりの証拠である。


 写真を提示している彩芽さんも、必死で恥ずかしさを我慢している。

 係のお姉さんはそんな彩芽さんの表情を見て、「あぁ、そういう」となにやら納得したように呟いた。


「オッケーでーす! それではどうぞ、楽しんできて下さーい!」

「えっ!? オッケーなんですか!?」


 僕は思わず聞き返してしまった。


「はい! カップルだと確認出来ましたので、問題ありません! お二人とも、お似合いのカップルですね!」

「なっ! お似合いじゃないわよ! 超お似合いよ!」


 彩芽さん、それ照れ隠しになっていないよ。



 ◇



 週末ということもあり、園内はそれなりに混雑していた。

 中高生の仲良しグループや僕たちと同じカップル(恐らく彼らは難なくカップル割の試練をクリアしたのだろう)も見受けられたが、全体的に小さな子供を連れたファミリーが多い印象だ。

 家族連れがあまりに多いので何かイベントでもやっているのかと思っていると、予想通り今週末限定でヒーローショーが催されていた。


「見てよ、彩芽さん。ヒーローショーがやってるよ。懐かしくない?」

「そうね。成長すると現実とフィクションに明確な線引きをしてしまうから、ヒーローショーとも縁がなくなるわよね」

「時間もあることだし、少し覗いていく?」

「何でそうなるのよ。……別に良いけど」


 中に入ると、ヒーローショーは最高潮の盛り上がりを見せていた。

 丁度悪の怪人が暴れ回り、司会のお姉さんが子供たちと一緒にヒーローに助けを呼ぶシーンだ。


「このヒーロー、今テレビでやっているやつだよね? 司会のお姉さんは、遊園地のスタッフだと思うけど。……出演している女優さんよりも、可愛いんじゃないかな?」

「へぇ、そうなの。ふ〜ん」


 肯定のように思えて、明らかに逸物持っている返事。

 しまった! デート中に他の女性を褒めるのは、タブーなんだった!

 僕は大慌てで、彩芽さんの機嫌が直るよう試みる。


「でっ、でも! 彩芽さんはあのお姉さんよりも、もーっと、ずーっと可愛いからね!」

「……ありがと」


 これは……機嫌が直ったと判断して良いのかな? 僕が思案していると、


「あっ、ヒーローが出てきたわよ。……私のヒーローの方が、カッコ良いじゃない」


 どうやら機嫌は直ったようで、通常モードに戻って、そして無自覚で自爆していた。


「ヒーローショーを観るのなんて何年振りかしら? 子供の時以来よ」

「まぁ余程のマニアじゃない限り、大きくなって観に来ることはないからね。あっ、でも将来僕たちに子供が生まれたら、連れて来ることはあるんじゃないかな?」

「私たちの子供って……気が早いわよっ!」

「わかってる。冗談だよ、冗談」


 揶揄い甲斐のある反応を楽しんだ僕が、先の冗談をハハハと笑い飛ばそうとすると、


「そうよ! 物事には、順序というものがあるの! 順調に交際が進んだ後は、結婚! 拓実と綾香の話をするのは、その後よ!」


 ……拓実と綾香? それって、誰のことを言っているんだろう?

 そんな知り合いはいないし、文脈的に推理すると……もしかして、僕たち二人の子供の名前? もう考えてあるの?


 つい漏らしたことを踏まえると、これは僕を揶揄い返しているのではなく、マジの人生設計だ。

 僕の冗談なんかより、よっぽど気が早いじゃないか。



 ◇



 ジェットコースターやメリーゴーランドやお化け屋敷。一日かけて遊園地を満喫した僕たちは、最後に名物の観覧車に乗っていた。

 ホームページで大々的に推していただけのことはあり、観覧車から見渡す眺めはそれはもう絶景で、差し込む夕日が更にロマンチックな雰囲気を作り出していた。


「今日は楽しかったわね。最近忙しかったから、良い気分転換になったわ」

「うん。また二人で来たいね」

「来たいじゃなくて、絶対に来るの。だから……別れるなんて、言わせないわよ?」


 こんなにも魅力的な彼女だというのに、どうして手放そうだなんて思うだろうか?

 未来がどうなるかなんてわからないけれど、僕の方から別れ話を切り出すことはない。それだけは自信を持って断言出来た。


「彩芽さん、これ」


 僕は彩芽さんに、手のひらサイズの小箱を渡した。


「今日のお土産。売店で見つけたんだ。嫌じゃなかったら、貰ってくれるかな?」

「黛くんから貰って嫌なものは、三行半だけよ。……開けても良い?」

「勿論」


 彩芽さんは小箱を開ける。中身は……指輪だった。


「高価なものじゃないけどさ、見た瞬間に彩芽さんに似合うんじゃないかと思って。気に入ってくれたかな?」

「当たり前じゃない。返せって言われたって、絶対に返さないわよ。……学校で付けることは出来ないけれど、休みの日は肌身離さず持っているわ。ありがとう。大切にする」


 彩芽さんは指輪を右手の薬指にはめる。そして顔の高さまで上げると、愛おしそうに眺め始めた。


「これで薬指は、右も左も黛くん専用になっちゃったわね」


 右も左も? 僕はまだ、指輪を一つしかあげていないけど……って、あ。


 左手の薬指の指輪。それを贈ることが何を意味しているのか、僕はようやく気がつく。

 指輪自体はまだ渡していないけど、その指は既に予約済みっていうわけね。


 プロポーズ同然の今のセリフは、つい口走ってしまったものなのか、それとも意図して言ったものなのか。いつもみたいに頬の染まり具合で判断しようにも、夕日のせいでわからない。

 だけど僕が顔を真っ赤にしていることだけは、言い訳のしようもないくらい確かなことだった。


 数年後、僕が不意打ちでプロポーズした時、果たして彼女はどんな恥ずかしいことを口走るのか? 今から楽しみでならなかった。


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