9.世の中そんなに甘くない、現実はかくも残酷である
とりあえず、おっさんを連れて優姉さんの会社に向かう事にした。
そう言えば……おっさんの名前を聞き忘れてたので、お互い簡単に自己紹介した。
おっさんの会社は、名前を聞いた事がある気がするが……まぁ細かい事はいいや。
どうせ聞いた所でよく分からないし、考えるだけ時間の無駄だ。
にしても、この車….…結構乗り心地いいな。眠くなってきたから到着まで寝ておく事にしよう。
「トワ様、起きて下さい」
「う、ううん……何だもう朝か?」
「違います。トワ様の言われた目的地に到着しました」
おお、もう着いたのか。結構早かった……というか寝ていたからそう感じるのは当然か。
「なぁ、ここどこか分かるか?」
「はい、アパレルの会社のエターナルBPですよね。私の妻も娘も大好きで、好んで着ております。高級路線とリーズナブル路線の二本立てで、年齢を問わず幅広い層に人気のある日本を代表するレディースブランドです」
「おお、流石に知ってたか。今からここの社長……まぁ俺の従姉妹に会ってもらう。あとは自分で説明してくれ」
「ご紹介いただけるのはこちらの会社の……!!トワ様、ありがとうございます」
物凄い勢いで頭を下げられる。人の目があるから程々にしてくれないと俺の方が恥ずかしい。
おっさんを連れて、足早に会社に入っていった。
「すいません、本宮社長とお約束させていただいた本宮永遠と申します」
受付のお姉さんにアポイントの確認をしてもらう。
「永遠様ですね、お話は伺っております。そのままお通しする様、本宮より仰せつかっております。どうぞ」
すんなり確認も取れ、受付のお姉さんに続いてエレベーターに乗り込んだ。
「あとはお前次第だからな。俺は別室で待機しているから上手くやれよ」
おっさんに言った通り、俺は最初から別室で待機する予定でいた。
自分で紹介しておいて何だが、優姉さんには会いたくないのだ。
メリットがなければ話を受けないだろうし、俺がいる事で変な気を回されても困るからともっともらしい言い訳も既に用意したし問題はないはずだ。
出されたコーヒーを飲みながら、おっさんの娘……件の目線の女について色々想像する。
ふひひ……これで俺も大人の階段をついに登るのか……初めては失敗するという話も聞くから、予習(実技ではなく主にビデオ鑑賞)だけはしっかりしておこうと心に誓う。
色々妄想していたら、思いの外時間が経っていた様で、おっさんが戻ってきた。
しかしながら、その表情は暗く沈んでいた。
おそらくダメだったのだろう……。俺の大人の階段……カムバ〜ックぅぅぅぅ。
「トワ様お待たせ致しました」
「その表情で何となく察してはいるが念の為聞いておく。どうだった?」
「事業に関する融資はしていただけるとのことでした。ですが……譲弥への債権譲渡分に関しては面倒は見ないと言われました」
「なっ……事業が成功したとしても利益が出るまでの間に全て奪われるぞ。くっ……優姉さんは一体何を考えているんだ」
「仕方ありません、事業に必要な資金融資をしていただけるだけでもありがたいのですから。これできっと完成まで持っていけると思います」
「もういい。俺が直接交渉してくるからお前はここで待っていろ」
俺は隣の社長室のドアをノックすると返事を待たずして中に入り込んだ。
「永遠……ノックすればいいと言うものではありませんよ。ちゃんと返事を待ってから入って来なさい」
「優姉さん、すいませんでした。ですが、何故あんな中途半端な融資なんですか!?結果として見れば、あれならしていないに等しいじゃないですか」
俺の言葉を聞いた彼女はニヤリと効果音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる。
「そうですね、このままだと結局は全て奪われるでしょうね」
「そうなったら優姉さんだって旨みがないじゃないか!!」
俺はつい声を荒げてしまった。
「永遠、私に隠している事がありますよね。聞けば協力する代わりに……三宮さんの娘さんを婚約者にする約束をしているらしいですね。しかも本人の承諾もなく……なかなか下衆な事を企んでいますね」
余計な事を言いやがったなおっさん。だが、これで状況を理解出来た。
彼女は俺を困らせたいのと俺だけが腹も痛まず利益だけを得るのが面白くないんだろう。
はぁ〜、結局はこうなるのか……。
俺が要求を飲まないとダメだと言う事だけはよく分かった。
「降参だよ、優姉さん。単刀直入に聞くけど、俺がどうしたら債権譲渡の方の金も貸してくれるんだ?」
「それは永遠、あなたに貸す事にします。あなたが三宮さんに貸すなりすればいいですし、私は一切口を挟みません」
「だけど、俺には返す手段がない。大人になるまで待ってくれるとかそういう事でないんだろ?」
「当然です、あなたが大人になるのを待っていたら……私はおばあちゃんになってしまいます」
さらっとディスられたな。我慢…ここは我慢だ。
「だけどすぐには働けない。どう頑張っても待ってもらうしか選択肢がない」
「永遠……あなたにしか出来ないことがあるじゃない」
そう言って笑みを浮かべる彼女は……悪魔にしか見えなかった。
「話がよく分からないから単刀直入に言ってくれ」
最後の抵抗として、惚けてみせる。
「もう……本当は分かっているくせに。借金返済については三宮さんから取り立てて返すもよし、自分で働いて返すもよし。さっき仕事が出来ないと言っていたけど学生のあなたでも出来る仕事を私が用意するわ。とは言ってもあなたに頼みたい事なんて一つしかないのだけど……」
「分かった、優姉さんの用意してくれた仕事をするよ。どうせおっさんはすぐには返せないのだろうから、それまでは俺が何とかする」
「物分かりが良くて助かるわ。それじゃ早速仕事の話だけど、またアレお願いできるかしら?」
彼女のアレと言うのは……カタログに載せる写真のモデルだ。
実は去年の春に一度だけやった事があるのだが、自分でも信じられないぐらい反響があった。
それが嫌で二度とやらないと決めていたが、背に腹はかえられない。
「分かったよ……撮影はいつから?」
「来週の日曜日にお願い。下着もしっかり準備しておくから、永遠も生えてないと思うから大丈夫だと思うけど……気になる様ならムダ毛の処理はしておいてね」
悪気はないのは分かるけど、コンプレックスを感じている部分なので指摘されたらされたで、カチンとくるんだよね。
まぁ、でも流石にあの格好でムダ毛とかあったらシャレにならないからな……。
ふぅ〜、まぁ仕方ないか。それにしてもまたモデルやるのか……嫌だな……女装はもう二度としないと決めていたのに、こんなにも早く誓いを破る事になるとは思わなかったよ。
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