4.2人の馴れ初め④
父が部屋を出てからずっとリビングは静寂に包まれてます。
私達の間に会話はありません。色々聞きたい事はありますが、どうせ答えてはいただけないのでしょうから、意味のない問答をする気にはなりません。
そうなると、ここはやはり自己紹介をしておくべきでしょうか。
そんな風に私が考えていると突然彼から声がかけられます。
「なぁ、お前……」
「お前と呼ばないで下さい。父も私をそう呼びますが、本当に不愉快です。私にはお母様からいただいた茉莉という素敵な名前があります」
「うっ……す、すまん」
この時初めて彼の顔を正面から見ました。
前髪が目にかかっていて、だらしない髪型をしていてよく見えませんが、それ以外のパーツは悪くなさそうです。
どんな顔をしているのか少し興味が出た私は、手をそっと彼の顔に近づけますが、私の手から逃げる様に頭を後ろに逸らされてしまいました。
「コホン……それで、何の話をしていましたでしょうか?」
少し恥ずかしくなった私は、気を取り直して尋ねます。
「あ……その……これからなんて呼んだらいいのかなと思ってな」
「三宮さんで良いのではないでしょうか?」
「親から貰った大切な名前とかアピールしておいて苗字で呼ばせるつもりなのか!?しかも……さん付けって……」
「別に親しいわけではないので、苗字の方で問題ないと思いますが何か?そう言えばあなたのお名前は?父がトワって言ってましたが随分と珍しい苗字ですよね」
「いやそれが…苗字じゃなくて、下の名前……」
「あら、そうだったのですね。まぁ薄々そんな気もしてましたが、やはりそうだったのですね。それでは苗字をお聞かせいただけますでしょうか?」
「本宮……」
彼の口から出た苗字に驚いて、瞳を瞬かせる。
「え……あなた本宮の家の方だったのですか!?」
本宮と言えば、今でこそ全盛期の勢いはないものの、歴史は古く家格で言えば、三宮よりも遥かに上の家柄です。
親に逆らっても、本宮にだけは逆らうなという格言まであるぐらいですから。
「まぁ、一応ね……」
もっと自慢げな態度を取るかと思われましたが、予想外の淡白な反応に拍子抜けします。
「それで、その本宮のお坊ちゃんがどうして婚約者をお求めになられたのでしょうか?」
「お坊ちゃんって言うな……ムカつくなお前」
「そちらこそ、お前と呼ばないで欲しいとあれ程申し上げたのにもうお忘れですか?」
しばし睨み合うも先に目を逸らしたのは彼の方でした。目元が見えないので、正しくは顔を逸らしたと言うべきなのでしょう。
「まぁ、あれだ。少し前に、三宮……お前の父親が、ウチを訪ねて来たんだよ。だが、俺の家族の誰も取り合ってくれなくて門前払いされていた所に俺がちょうど帰ってきた。その日はたまたま暇だったし話を聞けば事業に失敗して多額の借金を背負っていて困っているとの事だった。少しやばい所からも金を借りていたから、一家離散は間違いない状況だったんだよ」
「やばい所と言っても、あなたに借りるよりはマシだと思うのですが……」
つい思った事を口にしてしまったせいで、彼から睨まれてしまいました。まぁ、目が隠れているので本当に睨んでいるかは確認しようがありませんが。
「どこか知りもしないくせに本気で言ってるのか?まぁいい……で話を戻すが……それを精算してやる代わりに俺が出した条件が可愛らしい婚約者が欲しいだったわけだ」
「ああ、なるほど。モテないから金に物を言わせて私みたいな可愛いお嫁さんを求められたのですね」
「自分で言ってて恥ずかしくないか?まぁ、でも可愛いお嫁さんは欲しかったが、それは少なくとも三宮みたいな見た目だけの子ではないぞ」
「そこまで言うのでしたら、私なんて婚約者にしなければいいでしょうに……。あと、私の事はちゃんとさん付けして呼んで下さい」
「女には分からない男のロマンがあるんだよ……」
そう言って右手を握りしめる彼。目が隠れていてもニヤついている事が分かるその顔は、気持ち悪い事この上ありません。
「あと、俺の事は出来たら名前で呼んでほしい。本宮で呼ばれるのは嫌いなんだ」
「それではトワ。早速質問なのですがトワはどういう漢字を書くのでしょうか?」
「お前は俺を呼び捨てにするのかよ。まぁ、別にいいけど。え、えいえん……永遠って書くんだ……」
「素敵な名前ですね。名前負けしてる感じが漂ってますが、言わぬが花と言いますしね。それとお前ではありません」
相変わらず目元は見えないが、何となく彼が不機嫌になった様な気がしました。
私は彼を怒らせる様な事を言ってしまったのでしょうか?特に思い当たる節もないので、彼の態度は大目に見てあげる事にしましょう。
さて、だいぶ打ち解けましたね。これならきっと先程の質問にも答えてくれる気がします。
「それでトワは、父がなんで家に帰ったかご存知なのでしょう?」
二人の間の一人分程の空間を一気に詰めて、逃がさない様に彼の腕に抱きつきます。
「し、知らない」
彼はそれだけ言うと、目を合わせないようにして、腕を振り解こうとジタバタしてますが、私は逃すまいと抱きつく力を強くします。
「おい、当たってるって」
どうやら私の胸に腕が当たっていることに照れているようです。これぐらいで照れるとは女慣れしてないのですね。
その反応が面白くて、私は調子に乗って更に体重をかけます。
小柄な彼は私の重さに耐えられなかった様で2人してソファーに倒れ込んでしまいました。
そのせいで、彼の鬱陶しかった前髪が捲れ、隠れていた目が露わになりました。
少し儚い感じの中性的な美少年が私の目の前に居ました。
『っ…………』
頭の片隅にあった遠い記憶が呼び覚まされます。
知っています、私は彼に幼い頃会ったことがあります。
私の初恋の人……もう二度と会う事はないだろうと思っていた彼が、今私の目の前に居たのです。
「何すんだよ。つーか、重いから退けよ。て、おい……聞いているのか!?」
せっかく感慨に耽っているのだから、少し静かにして欲しいものです。
仕方がありません、彼に雰囲気の大切さを教える為に、とりあえず耳障りなノイズを発している彼の口を塞ぐことにしましょう。
「チュッ……ンハァ……クチュ……クチュ……ジュルジュル……クチュ…」
彼の唇に自分の唇を重ね合わせ……私は舌を絡ませます。
お互いの唾液の交換はもちろんですが、口内の隅々まで舐ります。
最初は私の肩を押し返したり、私の舌を追い出す様に、積極的に私に応えてくれていた彼でしたが、肩を押す腕は弱まり舌は何の反応も示さなくなりました。
そんなに私とのキスが良かったのでしょうか?それならばもっとたくさんしてあげないといけませんね。
私は自分でも知らなかった事ですが、どうやら男性に尽くすタイプだった様です。
読んでくださってありがとうございます。
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