1.2人の馴れ初め①
人生を変える様な出会いがあるとしたら、私にとってはきっとあの日の事でしょう。
学校から帰宅して私服に着替えた後、ベッドに寝転がりファッション雑誌を読んでいました。
玄関の開く音、階段を誰かが駆け上がってくる音が耳に入ってきます。
「茉莉、帰っているか!?」
ノックすらなく部屋に入ってくる父にジト目を向ける私。
「いつもノックをして欲しいとお願いしているのですが、いつ聞き届けていただけるのでしょうか?」
「うるさい、養われている分際で親に偉そうな口を利くな!!」
その物言いにムッとしてしまいましたが、突然手を掴まれると外へと連れ出され、家の前に停められていた車に押し込められてしまいました。
「トワ様の所に向かってくれ。時間がない、とにかく急いでくれ」
一体なんなのでしょう。いくら娘と言えど、こんな風に手荒に扱って良いものでないと思います。
自分でも驚く程の低い声で父に尋ねます。
「お父様、これは一体どういう事なのでしょうか?」
言葉遣いは常に丁寧に……と言われて育ってきた私は、今まで取り繕って生きてきました。
頭でしっかり考えて、その後に言葉を発する。
最初は上手く出来なかったこうした行為もいつの頃からか慣れてしまいました。
でも時々思います、頭で思い浮かんだ言葉を飾ることなく、そのまま話せたらどれだけ楽な事でしょうか……。
「急がないと……もう時間がない……このままだと……」
父はさっきからぶつぶつと呟いていて、私の質問に答える素振りを見せません。
ちょっと……いや、かなり怖いです。
とりあえず、今は関わらない方がいいだろうと判断した私は、車窓から見える景色に目を向ける事にしました。
10分ぐらい走った後、車はマンションの前で停車。
立地の良さからすぐに販売開始からすぐに完売したと評判になっていた、完成したばかりのタワーマンションが眼前にそびえ立ちます。
「社長、目的地に到着致しました」
運転手から声をかけられ、呪文の様な独り言を止めた父に降りるように促されます。
エントランスに入り、父がインターフォンを鳴らすと、目の前の自動扉が開きました。
そのままエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す父。
目的の階に到着すると向かったのは1番奥の部屋でした。
そこで玄関扉の横にあるインターフォンを再度鳴らします。
「開いてるからそのまま入ってきて」
聞こえてきたのは若い男の声でした。
「茉莉、くれぐれも失礼のない様にな」
私にそう忠告すると、父は部屋に入っていきます。父に続いて私も中に入り、正面に見える扉を開けるとその先にあったのは広いリビングでした。
室内を見渡すと、ソファーに座る1人の男性が視界に飛び込んできました。
「トワ様、遅くなり申し訳ございませんでした。こちらが娘の茉莉です」
「へぇ、この前の話に出てたのはその子なんだ。まぁ、素材としては悪くないね。ねぇねぇ、君ってまだあっちの経験ないの?」
目の前の男性が何を言っているのか理解するのに、ほんの少しだけ時間を要しました。
普通の感覚を持ち合わせているなら、初対面の女性に対して、そんな失礼な質問はしないでしょう。
目元は前髪に隠れていて見えませんが、こんな事を言うぐらいなのですから、この男性は下卑た視線を私に向けている事でしょう。
「茉莉、トワ様の質問に答えなさい」
隣に立つ私の父から急かされますが、私はどうしてここに連れてこられたのかすら聞いていませんし、そもそもこんな質問に答える必要性を感じません。
そのまま沈黙を貫き、目の前の男性から隣にいる父にジト目を向けます。
「なんだその目は……いいから答えなさい。お前は会社を潰す気か!?」
父の言っている意味が分からず、眉を顰める私。
「あれあれ…これはどういう事かな三宮さん。娘さんにちゃんと説明したの?」
「トワ様、それはその……」
歯切れの悪い物言いをする父の姿に少しだけ驚いてしまいました。
家にいる時の父とは別人の様な態度です。
「どうやら説明していない様だね。はぁ、めんどくさいな……いっそこの話はなかった事にするか」
「お待ちください。私にはあなた様以外にもう頼れるところはないのです……」
「そう思ってるなら、娘にきちんと説明してから来いよ。まあいいや、えっと茉莉だっけ?」
「呼び捨てにしないでいただけますでしょうか?」
咄嗟に反論してしまいましたが、どうやらそれが男性の逆鱗に触れてしまった様です。男性の声のトーンが一段下がりました。
「お前誰に向かって言ってるのか理解してるのか?」
そう言った男は、ソファーの前に置いてあるテーブルに、わざとらしく音を立てて両足を乗せました。
お行儀の悪い方ですね、こういうのは良くないと思います。
「おい、三宮。娘の躾ぐらいしっかりしておけよ。マジでこの話無かったことにするぞ」
「トワ様、申し訳ございません。娘には今からきちんと説明しますので、少しだけお時間を下さいませ」
そう言って、跪き額を地面に擦り付ける父の姿に唖然としてしまいました。
「もういいよ俺から言うから。おいお前、一度しか言わないからよく聞けよ。お前の親父の会社、多額の借金背負ってるわけ。銀行だけじゃなくかなりヤバい所からも金借りてるから、このままだとお前らはマトモな人生送れなくなる所だったんだよ。だが、心優しい俺が助けてやるんだよお前ら家族を。せいぜい俺に感謝するんだな」
「お父様、どういう事ですか?」
父に詳しい説明を求めようとしますが、先程の姿勢のまま何も答えてはくれません。
「物分かりの悪い奴だな。その借金を俺が肩代わりしてやる見返りに、そこの男が差し出してきたのがお前って訳。分かる?お前は父親に売られたんだよ」
「茉莉……すまない……」
その一言で目の前の男性の言っている事が正しいという事を瞬時に理解してしまいました。
そうですか……私は親に売られたのですね。
「ふふふ……」
乾いた笑いが漏れます。今、私どんな顔をしているのでしょうか。
読んでくださってありがとうございます。
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