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三日月草子  作者: PQ
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第八話

  あれから脇目も振らずに全力で走り続ける事数十分、僕らは荒い息を吐きながら立ち止まった。

走り続けていた間は、もう姿さえ見えなくなっていたというのに大嶽丸の雷が執拗に僕らを狙って落ち続けていた。

だが、その度に初代の毘沙天神が雷から僕らを守ってくれた。

随分離れているというのに、遠隔で操作出来る技量に僕は今さらながら初代の凄まじさに舌を巻いていた。

僕らは荒い息を吐きながら、始めて後ろを振り返る。

あれだけ大きかった若草山がもう小さく見えた。

どうやら随分遠くまで走ってきたようだ。

周りを見渡すとどこまでも続く田園風景が一面に見える。

「雷が追ってこない。どうやら雷の射程圏から外れたみたいだ」

あれだけ執拗に追いかけてきていた雷が綺麗さっぱり無くなっていた。

空を見上げると、曇天だった空から晴れ間が顔を覗かせていて、やっと大嶽丸から逃げ切れたんだと一安心出来た。

沙梨亜はゼェゼェと荒い息を吐きながら膝に手を突き、僕を見上げていた。

「……朧。さっきの女の人は何者なの? 大嶽丸と一対一で戦えるなんてマトモじゃないわ」

「あの人は僕のご先祖様なんだ。三日月流の初代なんだって」

すると沙梨亜は目を見開いて驚愕の表情で僕を見ていた。

「何ですって!? 彼女があの高名な初代様だっていうの!?」

想像以上の驚き方に疑問を感じた僕は沙梨亜に尋ねる。

「え……? 沙梨亜は初代の事、知ってるの?」

「知ってるも何も、初代様は私の神社に祀られている神と因縁の深い人なのよ。よく親から聞かされていたわ。ていうかどうしてあんたは知らないのよ。あんたのご先祖様でしょ?」

「だって何も聞かされていなかったし」

「呆れた……あんた、よく知りもしないで修行なんか続けていたわね。いい? あの人は平安時代最強と言われた人間なの。あの人がいたから人間は妖怪に滅ばされなかったと言われている程よ。本当に偉大な人なのよ? でもなんでそんな人が今頃になって蘇ったの?」

沙梨亜は顎に手を当てて考え込んだ。

僕は沙梨亜に腕に巻いた黒帯を見せる。

「これは初代の黒帯なんだ。鬼神童子と戦った時にこの帯からいきなり初代が現れたんだ。蘇った訳じゃなくて幽霊みたいなもんなんだって」

沙梨亜は呆れたように呟く。

「それにしても規格外ね。あの大嶽丸と対等に戦える人間なんてあの人以外にはいないわ。はぁ……私の努力っていったい」

「そうだよ。どうして沙梨亜は池の上に立ってたんだよ。ていうか沙梨亜はあんなところで何してたんだよ!?」

僕は沙梨亜を問い詰める。

あの時、沙梨亜は大嶽丸に立ち向かうように相対していた。

そんな事はただの女子高生に出来る事じゃない。

それに鬼神童子は沙梨亜を力有る者だって言っていた。

それはつまり……。

「私は神社の巫女よ。私にもあんたと同じように普通の人には無い、不思議な力を持っているの」

沙梨亜はじっと僕を見て真剣な表情でそう言った。

「沙梨亜って本当に巫女さんだったんだ……」

沙梨亜がたまに巫女さんの格好をしている姿を見た事はあったけど、まさか本物の巫女さんだったとは思いもしなかった。

「何が言いたいのよ……。まぁいいわ。私の役目は大嶽丸の持つ三明の剣の力を封じる事だった」

「そんな事が出来るの? そうか! だから鬼神童子は沙梨亜を狙っていたのか」

「たぶんね。でも私は鬼神童子に攫われた時、隙をついて逃げたの。猿沢池で結界を張ったからあいつら、私に手を出せなかったみたいね。でも……私の力じゃ大嶽丸の三明の剣を封じる事が出来なかった」

沙梨亜は悔しそうに口を歪ませる。

でも沙梨亜の悔しい気持ちは僕にも痛いほど理解出来た。

「そんなの僕も同じだよ。大嶽丸に何もする事が出来なかった。ただ突っ立ってただけだった。僕だって悔しいよ……。だから……沙梨亜。僕達は強くなろう」

じっと僕は沙梨亜を見る。

沙梨亜も顔を上げて僕を見ていた。

「うん……今更だけど助けに来てくれてありがとう。すごく怖かった。朧が来てくれた時、本当は嬉しかった」

沙梨亜は顔を赤らめて恥ずかしそうに微笑んだ。

僕はそのあまりにも美しい笑みを見て、ドクンと心臓が高鳴る。

そうだ。なにはともあれ僕は沙梨亜を救い出す事が出来たんだ。

僕の唯一の家族と言ってもいい少女、そしてずっと恋焦がれていた人。

僕はきつく拳を握りしめ、誓った。

今度は僕が初代を助けにいく。その為に強くなる。

誓いを胸に、一歩を踏み出そうとした時、それは現れた。

「ねぇ、君達、僕の事を忘れてないかい?」

僕達の背後で怖気の走る声が聞こえてきた瞬間、ばっと距離を取り、振り返る。

そこにいたのは嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見下すように笑う鬼神童子だった。

「お前は……初代から逃げた最後の鬼神童子だな!」

僕は思い出す。20体を超える鬼神童子が初代の手によって一瞬にして倒された時、この鬼神童子だけが逃げのびた事を。

鬼神童子は僕の言葉に反応して目を思い切り吊り上げる。

「言わせておけば……でもまぁ、勉強になったよ。人間にも化け物はいたんだね。まさかあの人間が大嶽丸様と戦える程だとは思ってもみなかった。逃げて正解だったよ」

沙梨亜は鋭い目つきで鬼神童子を睨んだまま、問う。

「ふん、今更なんのつもりよ? もう一度、私を連れ去るつもり? 今度はそう簡単にはいかないわよ」

すると鬼神童子はくくくっと軽く笑い声を上げて答えた。

「大嶽丸様からの指示があってね。あの化け物人間と戦っていて手が離せないから、僕を寄越したのさ。オーダーは単純。君達を生きて返すな、だとさ」

「……っ!」

その瞬間、膨れ上がる鬼神童子のプレッシャーに僕は思わず、毘沙天神の構えを取った。

沙梨亜も距離を取り、身構えている。

僕は黒帯を見つめる。今は初代が大嶽丸と戦っている。だから頼れるのは自分一人だけだ。

正直、怖い。僕一人で倒せるとはとても思えない。だけど、今は隣に沙梨亜がいる。

それだけで力が漲る。

「そぉらっ!」

先に仕掛けて来たのは鬼神童子の方だった。

端正な少年の顔には不釣り合いな丸太のような太い腕を振り上げて一瞬にして迫ってくる。

僕はこれまでの戦闘経験を活かし、軌道を読んで回避する……が。

「ぐぁ!」

完全に鬼神童子の殴打を躱したにも関わらず、只の風圧だけで殴られたような衝撃が全身に走る。

もしも、この殴打が直撃していれば僕はどうなってしまうのだろうか。想像するだけで怖気が走る。

でも……僕は大嶽丸と初代の闘いを思い出す。

確かにこの鬼神童子は強い。

最後まで生き延びているだけあって、戦闘能力は随一かもしれない。

だけど……分かる。あの二人と比べると大きく戦闘力が劣っている。

ならば、こいつを倒す事が出来なければ、大嶽丸を倒すなど夢のまた夢だ。

それに……僕は初代の背中を思い出す。

僕は初代の闘いをずっと間近で見てきた。

冗談のような背丈の大嶽丸を触れもせずに軽々と吹き飛ばすあの光景は……見ていて痺れた。

かっこいいと思った。僕もいずれは……あの領域に立ちたい。本気でそう思った。

「毘沙天神」

僕は小さく呟く。初代の技も元を正せば、結局はただ一つなんだ。

毘沙天神の心構え、ただそれだけなんだ。

僕は初代の動きを強くイメージする。

誰よりも気高く、強く、猛々しく。それなのに動きは流麗で所作は無駄なく美しい。

僕は再び毘沙天神の構えを取った。

「その動き……まさか君も!」

渾身の殴打を避けられた鬼神童子は初代と同じ構えを取る僕を警戒しているのか、急いで回避しようとするが。

「な……体が動かない……!」

鬼神童子は驚愕の表情を浮かべて呆然と呟いていた。

横をふと見ると、沙梨亜が両手を掲げて必死に何かを呟いている。

どうやら沙梨亜が鬼神童子の動きを止めてくれたようだ。

——今が好機だ! 僕は持てる全ての力を拳に集めて叫んだ! 

見ていてくれ! 初代! 僕が強くなってすぐに助けに行くから!

「毘沙天神っ!」

ドォォォォオオオオン!

轟音が鳴り響き、僕の拳が鬼神童子の腹を貫く。

拳は易々と鬼神童子の体を突き破り、鬼神童子は驚愕の表情で僕を見ている……。

「おのれ……まさかあの初代と同じ技を……くそ……がぁ……」

鬼神童子の身体にヒビがどんどん入っていき、まるで溶けるように体が崩壊していく。

最後にはチリの一つも残さずに完全に鬼神童子は消滅した。

「……初代がいなくても出来た……」

僕は呆然と確かな手応えが残る自分の拳を見つめる。

プルプルと震えていてまるで現実感が沸かない。

だけど……僕はついにやったんだ。

「朧……やるじゃない」

ふと横を見ると沙梨亜が穏やかに笑っていた。

「いや、沙梨亜のおかげだよ。鬼神童子の動きを止めてくれてたんでしょ……ってどうしたのその頭!」

僕は驚愕して沙梨亜の頭から生えているものを二度見する。

それはどう見ても二つの狐の耳だった。

よく見るとお尻にも狐の尻尾のようなものが生えている。

「ああ、これね。力を使うと勝手に生えてきちゃうのよね。先祖返りってやつ? ちょっと恥ずかしいからあんまり見ないで」

顔を赤らめてそっぽを向きながらも、ぴょこぴょこと耳を動かす沙梨亜はとても可愛らしかった。

尻尾もブンブンと大きく上下に揺れている。

「いつも生えてたらいいのに……」

思わず願望が口から出てしまう。

「え……そう?」

沙梨亜が少し嬉しそうに僕を見た。

「うん……似合ってると思うよ」

「あ……ありがと」

「「……」」

場が奇妙な沈黙に包まれる。

「さっ、早く帰ろう。僕らの家に。修行して初代を助けにいくよ!」

気を取り直して僕は沙梨亜の手を引いて歩き出す。沙梨亜の顔は見ない。

今の真っ赤な顔を見られると馬鹿にされそうな気がしたから。

僕達は一刻も早く強くなる為、歩き出した。

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