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三日月草子  作者: PQ
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第六話


 高校を出て直ぐの通りに三条通と呼ばれる有名な道がある。

ここまで来るともう若草山は目の前で、この道を真っ直ぐ数キロm進んだ先には若草山頂上へ目指す登山道が存在する。

僕は人気のなくなった三条通りを初代と共に駆け抜けていた。

空は暗雲に包まれていて、今にも雨が降り出しそうだ。

それに目の前に見える若草山からは並々ならないビリビリとした強烈なプレッシャーを感じる。いつもは観光客で賑わうこの古めかしい通りも人が全くおらず、軒先の商店もみなシャッターが締められている。

無事避難出来ただろうか、と心配しながら若草山を目指していたその時、初代がポツリと呟いた。

『止まれ、朧』

たった小さな一言なのに、不思議と胸に響く声音を聞いて、僕は思い切り自転車にブレーキをかけて止まる。

「どうしたんだよ? 初代」

訝しげに尋ねる僕を余所に初代は臨戦態勢のまま、ある一点を見ていた。

『大勢の妖気がこちらに近づいてくる。来るぞ』

その瞬間だった。道の両脇に商店が立ち並ぶこの大通りにいきなり何者かが、一斉に現れた。

皆一様に白い髪、赤い瞳をギラつかせて僕達を睥睨している。

極め付けには全員の頭の上に二本の羊のような角が生えていた。

「鬼神童子がこんなにも!?」

僕は驚愕しながら目の前の信じ難い光景を見つめた。

大通りや商店の屋根に立つ者など、ざっと数えても軽く20体は超えていた。

大勢の鬼神童子が僕らを取り囲んでいる。

お互いに睨み合う事数秒、鬼神童子の一人が前に進み出た。

「これはこれはさっきぶりだね。もしかしてあの少女を助けに来たという訳かな?」

そう言って僕に嫌らしく笑いかけてきたのは忘れもしない、沙梨亜を僕の目の前で拐っていった憎き、鬼神童子だった。

例え姿形が他と同じでも、こいつだけは一目見てはっきりと分かる。

「お前……沙梨亜をどこへやった!」

思わず僕は鬼神童子を睨みつける。

だが、そんな僕を見て鬼神童子の笑みはますます深くなった。

「安心しなよ。彼女は思いの他、手強くてね。結界を張られてしまって手出し出来ないんだ。彼女はこの先の猿沢池にいる。でもまぁ、そろそろ大嶽丸様が来る頃だからもう手遅れかもね」

僕は鬼神童子に詰め寄る。

「何だって……!? もしも沙梨亜に手を出してみろ! 僕は絶対にお前を許さないからな!?」

「へぇ? どう許さないんだい? 君が僕らを倒すとでも? 面白い、さぁ……掛かってきなよ!」

鬼神童子は両手を広げて挑発するようにニヤリと笑った。

僕は思わず頭に血がのぼり、鬼神童子に殴りかかりそうになるが……。

『落ち着け、朧』

低くも高くもない威厳のある声音が僕の耳孔を打ち、初代の大きな手が僕を制した。

思わず僕はハッとなり、初代を見上げる。

初代は僕の前に進み出て、20人を超える鬼神童子達の前に堂々と立つ。

「ん? 誰だい? 君は? どうやら当代の人間ではないようだが……いや、待て。その佇まいとその薄紫色の道着は……まさか……お前は……!?」

鬼神童子の目が見開き、余裕の態度が一変する。

『どうやら貴様とは初対面のようだな。私は初代三日月流。貴様の相手はこの私がしよう』

ここへきて初代は初めて構えを取った。

左手の掌を目の前に置き、地面と垂直になるようピンと立てる。

右手は握り拳を作り、脇に添える。

僕と同じ構えを取っているはずなのに、その構えを見るだけで初代がどれほど途轍もない程の武の領域に立っているのか、朧げに理解出来た。

威厳に満ち溢れたその構えは見るものを圧倒させる。

それは鬼神童子も同じだったのか、全員が臨戦態勢を取り、油断なく初代を見据えていた。

20体の鬼神童子の内の一体がポツリと呟く。

「おい……確か初代三日月流って、人間なのに妖怪から恐れられる程の化け物で、もしも……出会った時はすぐ様逃げろ……と前に5番が言っていたぞ……」

沙梨亜を攫った主犯格の鬼神童子が嗜めるように言う。

「8番、人間如きに何を恐れているんだい? 僕らは泣く子も黙る鬼神童子。それもここに全てが集結しているんだ。恐れる事は何もない。僕達は個にして群の鬼神。自らを分裂させ、どこまでも増やす事が出来る。数の理はこちらにあるぞ!」

鬼神童子が叫ぶ。自らをどこまでも増やす事が出来る……? 僕は内心で鬼神童子の言葉に驚愕していた。

なるほど、だからこんなにもたくさんの鬼神童子が存在しているのか。でも僕はさっき体育館で倒した鬼神童子を思い出す。

奴の実力は生半可なモノではなかった。あれだけの猛者が今、目の前に20人近くいる。

一人でさえ、あれほど手こずったのに、この人数を前にして勝てるのか……?

いや、弱気になるな、沙梨亜はもう目と鼻の先だ。

僕は加勢に出れるよう、初代の横に出ようとするが……。

『いや、私一人でいい。朧、よく見ておけ』

じっと前を見据えて大木のように揺るがない初代の姿を僕は呆然と見つめる。

この敵の数を相手にたった一人で……!? いくらなんでも無茶だ!

「馬鹿にしてくれるね。いいだろう、後で後悔させてやる。さぁ、君達、全力で奴を落とせ!」

鬼神童子の言葉を合図に一斉に20体が動き出す。一直線に初代に向かい、隆起した大木のような腕で殴りかかろうとする者、フォローに入り、間髪入れずに二撃目を準備している者、初代の後方に回り込んで不意打ちを狙う者と様々だった。

この一瞬でこれだけの連携を取れる事に素直に驚く中、それでも初代は一歩足りとも動かなかった。

「初代……!」

思わず声が漏れてしまう。だけど、その時だった。

初代はじっと動かず、それでも慌てる事無く、たった一言だけ呟く。

『毘沙天神』

ーーゾクリ。

その瞬間、僕の背筋に強烈な悪寒を感じた。

まるで死神が僕の首筋に鎌の刃を突き立てたような悪寒だ。

ドンッ! ドンッ! ドンッ!  ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!  ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!  ドンッ!

まるで隕石が地面に何度も衝突したような物凄い轟音が響き渡り、一瞬でコンクリートの地面が陥没したように抉れていた。

20体はいた鬼神童子が一瞬で消滅し、三条通りの真ん中で沙梨亜を攫った主犯格の鬼神童子のみが何が起こったのか理解していないのか、呆然と佇んでいた。

「……え? い、一体何が起こったんだ……? 一瞬で僕の分身達が消滅しただって……? あ、ありえない……」

僕も何が起こったのか、いまいち理解出来ずに初代を呆然と見上げた。

すると初代は元の構えの状態のまま、無造作に立っていた。

『毘沙天神の心得はそれそのものが一つの技だ。この一連の動作を瞬きをする一瞬の時間にまで短縮する事で不回避の拳になる。これこそが本当の毘沙天神だ』

……。僕は呆気に取られて初代を見た。え……? っていう事は今のあの一瞬の内に鬼神童子の全員をぶん殴ってチリの一つも残さずに消滅させたってこと……?

な、なんてデタラメなんだ……!

それに一瞬だけど、20体の鬼神童子の背後にそれぞれ黒い影が現れたように見えたけど、それも毘沙天神に関係があったのだろうか?

『ほう、よくぞ見抜いた。やはり君には才能があるよ』

初代はポツリと僕に言い、微かに微笑んだ。

呆然と初代を見上げる僕とは裏腹に鬼神童子は表情を歪めてまるで化け物を見るかのように初代を見ていた。

「これが初代三日月流の力……ば……化け物め……!」

憎々しげに初代を見遣る鬼神童子は一歩ずつ後退したかと思うと、ついには背を向けて逃走した。

「初代! 鬼神童子が逃げたよ! 猿沢池の方向だ! 追おう!」

僕は慌てて鬼神童子の後を追おうとするが……。

『待て、朧。この先に強大な妖力を感じる。鬼神童子の比ではない程の大きさだ』

「それなら尚更だよ! 沙梨亜が僕らの助けを待っているんだ! 急ごう」

『分かった。だが覚えていてくれ。この先、何が起ころうとも決して死ぬな。危険だと感じたら直ぐにでも撤退しろ』

何時になく真剣に忠告する初代に僕は息を飲んだ。

「うん。でも沙梨亜だけはこの身に変えてでも必ず助ける。それに……初代も僕を守ってくれるんでしょ?」

だが初代は僕を見つめたまま、表情を変えずにポツリと言った。

『当然そのつもりだ。だが、さっきのように上手くはいかないだろう。私は霊体だ。生きている者には触れる事すら出来ない』

「え? ならどうしてさっき鬼神童子を倒す事が出来たの?」

素朴な疑問だった。さっきの圧倒的な力を振るえば、例え大嶽丸だろうと倒せるのではないか、とつい楽観的な考えが出てしまう。

『奴らは鬼神童子が分裂した存在だ。故に生との結び付きが弱く、霊体に近しい存在だった。だが、この先に待つ、鬼神・大嶽丸は違う。おそらく私は奴に触れる事が出来ない』

……! それは衝撃的な言葉だった。大嶽丸に触れられない? 

ならどうやって奴を倒すと言うんだ? 僕は前を見据える。

この未熟な僕ですら大嶽丸の強大なプレッシャーを肌で感じとる事が出来る。

そんな本物の化け物相手にどうやって打ち勝てばいいんだ?

『だが恐れるな。全ては毘沙天神の心得だ。沙梨亜を必ず護る。それだけを考えておけ』

僕はハッと初代を見た。

そうだ。僕は今までずっと沙梨亜を護る。ただその一つの想いだけで修行をしていたんだ。

だから僕に出来ることなんて一つだけだった。

敵をどうにかしようなんて考える必要はないんだ。

昨日までは普通の高校生だった僕が、千年前に暴れまわった鬼神を倒せるなんて考える方がおかしい。

僕は沙梨亜を救う。ただそれだけを考えていればいいんだ。

「分かった。急ごう、初代。逃げた鬼神童子の行方も気になる」

『ああ、もちろんだ』

僕らは向かい合った後、頷いて鬼神童子が消えた方向へと歩みを進めた。



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