エピローグ
もののけを倒した僕は沙梨亜を担いで急いで家に戻り、沙梨亜の親に連絡して病院まで運んでもらった。
幸い沙梨亜は命に別状はなく、数週間で退院出来る程度の傷だった。
大嶽丸、もののけの消滅によってようやく平和が訪れた奈良は僅か数ヶ月で復興する事になる。
だが、人々に刻まれた恐怖は簡単に癒えることは無く、大嶽丸の起こした今回の騒動は未来永劫語り継がれる事になる。
もちろん、何故唐突に大嶽丸が復活し、消えてしまったのか、その真相を知る者はほとんどいない。
そんな大嶽丸の乱と名付けられたあの騒動から数ヶ月経ったある日、数少ない当事者の一人でもある僕は再開した学校の帰り道、いつもの河原を自転車で走っていた。
背中からは能天気な声が聞こえてくる。
「おぼろー。走れ。走れー」
「沙梨亜……。これが限界だよ。嫌なら変わってよ」
「なんで女の私が前に乗らなきゃなんないのよ。それにあんた、仮にもあのもののけを倒した男でしょ。なに情けない事言ってんの」
沙梨亜は小さく僕の背中を小突いた。
「そんな事言ったってあれはみんなで勝ち取った勝利なんだよ。僕だけの力じゃないさ」
沙梨亜の大きな溜め息が聞こえてくる。
「はぁー。あんたって、ほんと変わらないわね。もうちょっと自信持ちなさいよ。……そんなんじゃ……私を守れないじゃん」
「え? なんか言った?」
ごツンと再び背中を叩かれる。
「何にも言ってないわよ! ……それで? 今日も帰ったらあの道場に籠る訳?」
沙梨亜がつまらなそうに呟いた。僕は沙梨亜の言葉に頷いて答える。
「うん。せっかく身についた力を錆付かせたくはないからね。それに……初代にもう一度会いたいし」
「初代様……ね。どこに行ってしまったんでしょうね……」
そう、もののけを倒したあの時、初代は役目を終えたように、毘沙門天と共に天へ昇って行ってしまった。
あの時の初代はただ僕に微笑みかけるだけで何も言ってはくれなかった。喋りたいことがたくさんあった。お礼もいっぱい言いたかった。だけどあの日から初代は消えてしまった。
後日、どれだけ初代を呼ぼうと毘沙降神を繰り返しても、一度も初代を降ろす事は出来なかった。
……だけど。
「僕は諦めないよ。必ずもう一度、初代を降ろしてみせる。そしたら文句をいっぱい言ってやるんだ」
僕はニカッと笑って沙梨亜に振り向いた。
「朧……」
「それに沙梨亜を守る為にも、もっと強くならないとね!」
沙梨亜の顔がみるみる赤くなる。
「ちょっ! さっきの聞こえてたんでしょ! ねぇ!」
「え? 何の事?」
僕は笑いながら自転車を思いっきり漕ぐ。
すると沙梨亜が振り落とされまいとばかりにギュッと僕に抱きついてきた。
「ちょ……沙梨亜?」
後ろを振り向くと沙梨亜がぺろっと小さく舌を出してウインクしていた。
「さっきのお返しよ」
「……」
僕は思わず顔が赤くなってふと前を見た。
遠くに見えるのは、ちょっと前に散々苦労して辿り着いた若草山だ。
その瞬間、走馬灯のように鬼神童子、大嶽丸、もののけとの死闘がフラッシュバックする。
初代……本当にありがとう。今の日常があるのは全部貴方のおかげだ。
この通り、僕も沙梨亜も無事だよ。でも叶う事なら……僕はせめてもう一度貴方と……。
『朧』
高くもなく、低くもない、何故か耳に残る懐かしい声音と共に、僕の肩に誰かの大きな手がポンと置かれた。
「えっ……?」
僕はバッと振り返ると、そこには……。
~完~