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三日月草子  作者: PQ
15/17

第十四話

東大寺中門を潜り、大仏殿へと続く回廊に足を踏み入れた瞬間、僕らの背後でゴウと炎が燃え盛った。

バッと後ろを振り返ると、炎の壁が勢いよく立ち上っていて、もう引き返す事が出来ないんだと悟る。

でも僕らは慌てず、前を見た。

もう覚悟はできている。

恐れる事は何もないんだ。

僕らは、世界最大級の木造建築である東大寺大仏殿を見上げた。

これほど離れているにも関わらず、見上げなければ全容が見えないその建造物はまさしく奈良のシンボルに相応しい。

けれど天まで立ち昇る炎の壁が後方に見え、息の詰まるような圧迫感を感じさせた。

そんな大仏殿の頂点に異様なプレッシャーを放つ、化物が視界に映る。

体長3mはありそうな巨体に、大木程に膨れ上がった両腕の筋肉。

真っ白い下地に金の装飾で彩られた和服を身に纏い、上半身を曝け出している。

人体では有り得ない程に隆起した大胸筋と腹筋はこの怪物が人外の存在なのだと示している。

極めつけには頭から飛び出した二本の真っ赤な角は複雑に湾曲していて、鬼神童子とは比べ物にはならない程のプレッシャーを放っていた。

そう、こいつこそが全ての元凶。

日本三大妖怪の一柱にしてあの初代ですら勝てなかった本物の大妖怪。

鬼神魔王・大嶽丸がそこにいた。

ズドォォォン!

と化物が大仏殿から飛び降りて、石畳の上に着地する。

ただ飛び降りただけだと言うのに真っ白な石畳はまるで地割れが起きたかのようにひび割れていた。

ゆっくりと顔を上げた大嶽丸はニヤリと口を歪ませ、僕らを睥睨した。

「くくく、久方振りよな肉共。もう前みたいには逃れる事は出来んぞ。小通連の炎が貴様らを囲っている。とく去ね」

大嶽丸は右腕に持っていた煌びやかな刀を掲げた。

東大寺を囲う炎がこれまで以上に激しく炎上する。

その瞬間、沙梨亜が何かを祈り始めた。

次第に沙梨亜の体が仄かに発光する。

「ぬぅ、これは封魔の巫女の力か。小賢しい。この程度の力がこの我に届くと思っているのか、肉!」

ぶぉん、と大嶽丸は掲げた小通連を一閃させた。

「きゃあっ!」

沙梨亜は痛みを耐えるように蹲る。

「沙梨亜っ!」

僕は蹲る沙梨亜に駆け寄った。

「私の事は……放っておきなさい! あんたは大嶽丸だけに集中して! 奴を倒す事が出来るのは……あんたしかいないのよ、朧っ!」

沙梨亜が苦しそうな表情で呻いた。

「なんだと? 誰がこの余を倒すと? 小僧、貴様か? はっ、ははははっははは! 極めて不愉快だ。焼け焦げろ、肉!」

再び大嶽丸はぶぉんと小通連を一閃させた。

すると今度は分厚い炎の壁がこちらに向かって迫ってくる。

僕はすぐ様、反応し、毘沙天神の構えに入った。

左手を地面と垂直になるようにピンと立て、右手は静かに脇に添える。

「毘沙天神!」

僕は裂帛の気合いを込めて迫りくる炎の壁を殴った。

ドォォオオオン!

と轟音を立てて炎の壁を一部掻き消す事で、僕らはなんとか難を逃れる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

僕は荒い息を吐きながらこちらを見下ろす大嶽丸を見た。

「ほぅ……貴様も初代三日月流と同じ技を使えるということか。少し見直したぞ。だが、あの初代と比べて些か威力が大きく劣るようだが?」

僕は内心焦りながら大嶽丸の言葉を聞いていた。

確かに大嶽丸の言う通りだ。

さっきの毘沙天神が、僕の全力だと言ってもいい。

今の大嶽丸の宝具による攻撃は、きっと本気じゃなかったはずだ。

でも僕にははっきりと死が迫ってくるような恐怖を感じた。

上手く相殺出来ただけでも上出来な程だ。

もしもあれが、ほんのお遊び程度の一発だったならば……。

考えたくもない事だけど、おそらく僕に勝ち目は万に一つもありはしない。

「あの初代という人間は強かった。心からそう言える。余の長い生涯の中でもあれほど際立った人間と戦ったのは初めてだ。褒めて遣わす。だが、余も傷を負ったとは言え、生き残ったのはこの余。初代に大きく劣る貴様のような肉が、この余に楯突こうなど、おこがましいにも程があるぞ?」

その瞬間、大嶽丸の雰囲気が一変した。

目を血走らせ、身体中から強烈なオーラが溢れ出している。

筋肉も大きく膨れ上がり、バチバチと音を立てながら炎と雷を身体中に纏うその様はまさに鬼神魔王に相応しい姿だった。

「あ……あ……」

僕は呆然と大嶽丸を見つめるだけで、体が全く動かない。

嫌でも分かる程の圧倒的な力量差を見せつけられ、僕の戦意は著しく低下する。

だ……ダメだ……こんなの……勝てる訳がない……。

なんなんだこの怪物は……?

初代はこんなのと戦っていたというのか……?

絶望に暮れる僕をよそに、大嶽丸が動いた。

巨体に似つかわしい程の速度で一瞬にして僕に迫った大嶽丸は丸太のような腕を振り下ろす。

——死。

その瞬間、一瞬にして死を悟った僕は、体が勝手に反応していた。

どこの誰へにか、祈りを捧げる。

——毘沙天神!

ズドン!

大嶽丸の拳が僕の顔面に迫ってくる。少しでも擦れば即死が待つ大嶽丸の豪腕はもはや死神の鎌にも等しい。

だけど僕は極限の集中力を持って、大嶽丸の拳を交わす……が。

「がぁはっ!」

「おぼろっ!」

気付けば僕の体は紙切れのように吹き飛んでいた。

大嶽丸の殴打を見切って避けたにも関わらず、ただの風圧の余波だけで車に轢かれたような衝撃が身体中に広がる。

地面に倒れ伏す僕は顔を上げるのがやっとだった。

大嶽丸が一歩一歩近づいてくる。ただ歩いているだけだというのに、まるで死が迫ってくるような恐怖が襲ってくる。

「他愛もなし。身の程知らずめが、この余を倒そうなど片腹痛いわ。のう、肉。何か言い残すことはあるか?」

勝てない……。僕はゆっくりと沙梨亜を見た。せめて……沙梨亜だけでも……。

「沙梨亜……逃げて。せめて君だけは……生き延びて」

沙梨亜は瞳に涙を溜めて僕を見ていた。

だが、それを見た大嶽丸はおかしいものを見たかのように、盛大に笑い声を上げる。

「はっ、はっはは、はははは! 良い事を思いついたぞ、肉。貴様、よほどこの娘の事が大事らしいな。決めたぞ、この娘を貴様の前で喰らってやる。絶望に暮れる貴様の面、舐めればさぞ、甘かろうな」

なんだと……? 僕は呆然と大嶽丸を見た。

沙梨亜を食うだって……? 大嶽丸の言葉に頭が真っ白になる。

「ははは……余興といこう。出でよ、我が眷属よ」

大嶽丸は腕を一閃させた。するとどこから現れたのか、鬼神童子が5体、大嶽丸の前に現れた。僕は口がカラカラになって言葉が出せない。やめろ……やめてくれ……。

「娘を喰らえ」

その瞬間、蹲る沙梨亜に5体の鬼神童子が一斉に襲いかかった。

沙梨亜は恐怖を顔に貼り付けて固まっている。

やめろ……このままじゃ、沙梨亜が……。

沙梨亜が………………死ぬ!

「やめろぉぉぉおおおお!」

その瞬間だった。

天から舞い降りる一条の光が僕を包み込んだ。

その光はまるで全てを包み込む陽だまりのように暖かかった。

僕の肩にとん、と優しく手が置かれ、耳元で囁かれる。

『少年、沙梨亜を守れ』

その瞬間、命のガソリンを注ぎ込まれたようなエネルギーが身体中に湧き上がる。

僕は半ば、反射的に毘沙天神の構えをとった。

「毘沙天神!」

ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

大地を揺るがすような地響きが5回響く。

今にも沙梨亜に襲いかかろうとしていた鬼神童子の体がプレスされたかのように潰され、一瞬の内に消滅していく。

5体の鬼神童子は一撃の元に一瞬にして全滅した。

「これは……?」

僕は自分の体に視線を向けると……仄かに黄色く光り輝いていた。

そして横にふと目をやると。

「しょ……初代!」

そう、あの日大嶽丸との戦いで別れたきりの初代が僕の目の前に立っていた。

薄い紫色の道着を着た初代は微笑みながら僕を見ている。

『君の毘沙天神が私を現世に呼んだんだ。君の沙梨亜を守りたいという強い思いが毘沙天神を完成に導いた』

初代は高くも低くもない妙に耳に残る落ち着いた声音でそう言った。

僕はいきなりの初代の登場に理解が追いつかず、口をパクパクさせるだけだ。

「なんだと……? 貴様、初代か? 確かに殺したはずだが、何故生き返っている?」

大嶽丸も驚きを露わにして初代を凝視している。

『久方振りだな、大嶽丸。私は生き返ってなどいない。この少年に呼ばれただけさ』

「呼ばれただと?」

『ああ、お前の見立て程、この少年は弱くはないという事さ。これよりこの身は三日月朧の元に降ろう』

初代はそう宣言し、僕に微笑みかけてくる。

「初代……ありがとう……」

『礼を言うのはまだ早いぞ。構えろ、毘沙天神だ』

目の前に立つ初代の大きな背中を見て、これ程心強い事はないと実感する。

僕はキッと大嶽丸を見定めて、毘沙天神の構えに入った。

「小癪な……。その程度で思いあがるなよ、肉。そこな小娘はこの余が手ずから持って食らってくれる!」

大嶽丸が動き出そうとした瞬間、僕はすかさず、攻撃を加えた。

沙梨亜を守る為の力、今こそ全力で発揮する時だ。

「毘沙天神!」

ドォン!

大嶽丸のコメカミが一瞬減り込んだかと思うと、次の瞬間、地面に顔面を打ち付けていた。

真っ白な石畳が毘沙天神の衝撃で陥没する。

しかし、大嶽丸は血反吐を吐きながらも、瞬時に立ち上がる。

「肉の分際でぇ……」

大嶽丸は手に持つ二本の煌びやかな刀と槍を掲げた。あれこそが大嶽丸の強さの秘密だ。

僕はぐっと身構えて衝撃に備えた。

『落ち着け、慌てる事なく太刀筋を見極めろ。君なら出来る』

初代の頼もしい言葉に僕は頷いた。

大嶽丸がぶぉんと槍を一閃させる。

その瞬間、世にも恐ろしい悪寒が一瞬にして身を駆け抜けた。

来る!

僕は半ば反射的に上部に攻撃を放った。

毘沙天神!

バチン!

大嶽丸の繰り出した雷と僕の毘沙天神が激しく上空でぶつかり合い、威力が相殺する。

「まだまだぁ!」

ぶぉんと再び大嶽丸は刀を一閃させた。

今度は火炎放射が僕目掛けて一直線に迫ってくる。

連撃かっ! しまった……反応出来ない!

しかし……。

「なにぃ!」

沙梨亜が僕の一歩前に出ると、まるで見えない壁に遮られるかのように火炎放射が目の前で掻き消えた。

どうやら沙梨亜が僕を守ってくれたらしい。

沙梨亜は何かを唱えながら必死に大嶽丸を見据えている。いつにもなく頭の耳とお尻の尻尾がピンと張っていた。

「ありがとう、沙梨亜」

「ぼーっとしてんじゃないわよ」

沙梨亜は挑発的な視線を向けながら僕に言った。

「ぐ……くく、肉風情がちょこざいなぁ……。もう良い、余が直々に貴様らを誅してくれる。覚悟せよ」

大嶽丸は目を血走らせながら、そう宣言すると、手に持っていた大通連と小通連を自らの体の中に潜り込ませた。

その瞬間、大嶽丸に変化が起こる。

筋肉が山のように膨れ上がったかと思うと、一気に収縮する。

身体中に纏っていた炎と電気が、まるで全てを吸収する様に飲み込まれた。

そして暴風のような嵐が収まった後に現れた大嶽丸は以前と比べて随分身体が縮んでいた。

鬼神童子より少し背は高いが、膨れ上がっていた筋肉が無くなり、しなやかな身体付きになっている。

威圧感も無くなり、さっきよりも随分戦いやすそうだ。

一見、弱体化したのか……? と思ってしまうが……。

『気を付けろ、朧。今の奴こそ、本気の姿だ。私は一度この姿の奴に敗れている。舐めてかかるな』

「……っ!?」

僕は驚愕して大嶽丸を見つめた。この姿の大嶽丸に初代が敗れた……!?

信じられない思いで、僕は呆然と大嶽丸を観察する。

前よりもずっと弱そうに見えるけど……そう思った瞬間だった。

「死ね」

大嶽丸がそう一言呟き、僕を見た。

な……!? 一気に妖気が膨れ上がった!? なんて恐ろしい妖気だ。

一瞬にして凄まじい妖気を放出した大嶽丸は瞬きする間に僕の目の前に現れる。

は……速い!

毘沙天神!

ドンッ!

反射的に毘沙天神を繰り出すも、僕の渾身の攻撃が軽々と大嶽丸に受け止められていた。

な……なんて力だ……まずい!

ドンッ!

と大嶽丸は何気なく僕の頬に殴打を放った瞬間、僕体がゴミのように弾け飛んだ。

「ぐぶぁっ!」

僕は血反吐を吐きながら石畳の上を二転三転してようやく止まる。

痛みに耐えながらゆっくり顔を上げると、大嶽丸が目の前にいた。

「何を寝ている?」

「朧っ!」

ドガンッ! 大嶽丸の蹴りが僕の顔面を捉えた。

再び吹き飛ばされる僕はあまりの激痛に悶絶するばかりだ。

なんて速く重い攻撃なんだ………。

全く反応出来ない。

僕は渾身の力を込めて立ち上がり、大嶽丸を見た。

大嶽丸の紅い瞳と湾曲する羊のような角が以前よりも凶悪に見える。

こいつは本当に化け物なんだと再認識出来た。

「もはや余は誰にも止められぬ。たとえ初代、貴様でもだ」

大嶽丸は僕の横に立つ初代に指を指して宣言した。

だけど、それでも初代の顔色は全く変わらなかった。

『さてそれはどうかな……? 朧、奴が怖いか?』

え……?

初代は急に僕に尋ねてきた。その澄んだ瞳はじっと僕を捉えている。

『君は今まで毎日欠かさず毘沙天神の修行を続けていたはずだ。その努力は決して君を裏切らない。思い出せ、今までの自分を。君は何を成す為に強くなろうとしたんだ?』

初代が語りかけるように言った。

そうだ……僕は今までの自分を思い出す。

沙梨亜と初めて会ったのは5歳の時。

そこから僕は1日足りとも毘沙天神の修行を欠かした事はなかった。

雨の日も雪の日も嵐の時でさえも。僕は道場に篭り、ひたすら修練に明け暮れた。

全ては沙梨亜を守れるような強い男になりたい。

ただ、それだけの為に。

だけど、僕は初代みたいに山を拳で崩壊させるなんて事は出来ない。

でも……僕にだけ出来る事だってきっとあるはずだ。

僕が積み重ねてきた毘沙天神は決して嘘なんかじゃない。

はっきりとこの身に宿っているのだから。

不安そうに僕を見つめている沙梨亜を見た。

そうだ、僕の毘沙天神は沙梨亜を守る為の力。

沙梨亜を守る為には大嶽丸を倒さなくてはならない。

僕のこの手で。

ぎゅっと拳を握って構えに入った。

この構えはずっと親しみ慣れていた僕だけの構えだ。

左手を地面と垂直になるようにピンと立てて胸の前に置いた。

右手は脇に添えるだけ。

腰を下ろし、重心を低くする。

『そうだ。それで良い』

初代の高くもなく、低くもない不思議と耳に残る声を感じ取りながら、僕は真っ直ぐに大嶽丸を見据えた。

「なんだ、またそれか? 芸のない奴めが」

大嶽丸が吐き捨てるように言った。

だけど、分かる。

これはいつもの毘沙天神なんかじゃない。

すると初代は初めて唇に弧を描き、満足げに言い放った。

『授けよ、毘沙降神(びしゃこうじん)

初代は胸の前で合掌の構えを取った。

その瞬間、暴風のような風が吹き荒れ、凄まじい力の旋風が初代を取り囲む。

「な……なんだ!? これは……!?」

流石の大嶽丸も異変を感じとったのか、目を見開いて初代を見る。だがもう遅い!

初代は身体の輪郭をあやふやにさせ、純粋なエネルギー体のような状態に変化していた。

その瞬間、初代のエネルギーが僕に向かって降り注ぐ。

僕は激流のような膨大な初代の力の渦を耐え切って、構え続けた。

凄まじい力だ……これが初代の力……だけど、僕が必ず制御してみせる!

「肉の分際で小癪なぁ!」

大嶽丸が地面を蹴って一瞬にして肉薄してきた。

炎の暴風と雷を腕に纏った凶悪な拳を今にも振り落とそうとしていた。

だが……。

『今だ、朧。力を爆発させろ』

初代の声と同時に僕は右手を胸の前に置き、合掌の構えに入った。

沙梨亜は僕が守る! 絶対に!

「毘沙降神!」

僕の体から凄まじいエネルギーが放出し、初代の形を象って大嶽丸を迎え撃つ。

初代の拳と大嶽丸の拳が衝突した瞬間、凄まじい轟音と衝撃波が東大寺を飲み込んだ。

ドォォォォォオオオオオオン!

力と力の衝突は辺り一面に広がり、東大寺を囲っていた炎の壁を突き破った。

シュゥゥゥウン…………。

十数秒後、ようやく衝撃が収まり、視界が鮮明になる。

僕はゆっくりと目を開けると……。

そこには悠然とその場に立つ初代と、下半身を消し飛ばし、力無く横たわる大嶽丸の姿があった。

力と力のぶつかり合いの勝敗は火を見るよりも明らかだ。

「ば、馬鹿な……初代……貴様、力を隠していたのか? これほどの力……どうやって身に付けたというのだ!」

大嶽丸は呆然とした表情でただただ叫んでいた。

下半身が消しとんだにも関わらず、この迫力。やはり並の相手ではない。

『隠してなどいないさ。これは本来の私の力。それが朧と合わさった結果さ』

初代は淡々と大嶽丸に告げる。

「馬鹿な……こんな事が……この余があんな肉相手に……ち……ちくしょぉぉお!」

大嶽丸が大きく吠えた。ビリビリと大気が振動する。

『さぁ、トドメを刺せ、朧。それは君の役目だ』

初代が真剣な表情で僕を見る。

僕は生唾を飲み込み、覚悟を決め、再び構えに入った。

後一発放てば流石の大嶽丸も消滅するだろう。僕らの勝利はもうすぐそこだ。

だが……そんな状況でも大嶽丸は笑っていた。

「ぐ……くくく、クソ肉風情がこの余を倒すなど……まぁ、良い。貴様の顔、とくとこの眼に焼き付けたぞ! のうのうと生きれると思うな! 覚悟しろ!」

『朧、やれ』

僕はじっと大嶽丸を見た。これで……全てが終わりだ!

「呪ってやるぞ、どこまでも! この屈辱……忘れてなるものかぁ! なるもの」

「毘沙天神!」

「がぁ……」

大嶽丸の顔面に直撃した毘沙天神は身体中にヒビを入れ、やがては砂となって溶けるように消えていった。

強大なプレッシャーも消え、周りを囲っていた炎の壁も消滅する。

「終わった……」

僕は膝をついて倒れた。沙梨亜が心配そうに駆け寄ってくる。

「朧、大丈夫!?」

沙梨亜は僕の腕を取って立ち上がらせてくれる。

「沙梨亜……ありがとう」

僕は礼を言って沙梨亜に寄り掛かった。女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

そこにフワリと初代が現れた。

『朧……よくやった。君の勝ちだ。大嶽丸は消滅した』

僕は大嶽丸の言葉にホッと一安心する。

「良かった……本当に死ぬかと思った。初代のお陰で助かったよ。ずっと言いたかったんだ。あの時、君を見捨てて逃げてごめんって」

『何を言っている。これは君の力だ。それに私は君が再び大嶽丸に立ち向かうと信じていた。謝る事はない。強くなったな、朧』

初代の大きな手が僕の頭を撫でる。

「僕だけの力じゃないよ。沙梨亜もそばにいてくれたから。それにあの大妖怪が初代の過去を見せてくれなかったらここまで来れなかったよ」

すると初代は訝しげに僕を見た。

『待て、朧。私の過去を見ただと? いったいどういう事だ?』

「ええっと……なんて言えばいいのかな……初代と友達だっていう、もののけって妖怪が僕に見せてくれたんだ」

すると初代が驚愕の表情を見せた。初めて見せる初代の表情に僕は驚く。

『なに……もののけだと……!?』

その時だった。

パチパチパチパチパチパチパチパチ。

どこからともなく拍手の音が聞こえてくる。

僕らは音が鳴る方へバッと視線をやった。

「流石は初代様ですね。あの大嶽丸を一撃でお倒しになられるとは。おみそれ致しました」

そう言って東大寺の屋根に立っていたのは、制服姿に身を包んだ古めかしい黒髪姿の少女、座敷童子だった。

いきなりの座敷童子の登場に僕は困惑する。

初代も沙梨亜も座敷童子を訝しげに見ていた。

『座敷童子か……? 何故そこに貴様がいる? 大嶽丸の落雷に直撃して消滅したのではなかったのか……?』

僕は座敷童子との最後の場面を思い起こす。

そうだ、確か鬼神童子を倒した後に体育館に雷が直撃して座敷童子はそのまま消滅してしまった筈だ。

どうしてここに彼女がいるんだ……?

すると風に揺れて座敷童子の切り揃えられた前髪から目元が見える。

座敷童子の瞳はこれ以上ない程に醜く歪んでいた。

「いえいえ、私は最初からここにいましたよ? ええ、最初からその少年を見ていましたもの。初代様、これ……なんだと思います?」

そう言って座敷童子が何かを頭上に掲げた。

僕達は目を凝らして座敷童子が掲げた物を観察する。

それは手鏡のようなものだった。手のひらサイズで、鏡を覆う装飾品が煌びやかで美しい。

でも鏡と呼ぶには少し妙だった。

その鏡面は一切何も映しておらず、ただ引き摺り込まれそうな闇が広がっていた。

だが、それを見た沙梨亜がこれ以上ないくらいの驚きの声を上げた。

「まさか……あれは……間違いない! 顕明連よ! どうしてあの娘が持っているの!?」

「「……っ!?」」

僕らは身構えてじっと手鏡……いや、顕明連を見つめた。

あれが……大嶽丸を現世に復活させたという最後の宝具、顕明連。

あれがここにあるという事はつまり……。

「まずい! 早く破壊しないと大嶽丸が復活するぞ!」

僕は即座に毘沙天神の構えを取り、手鏡に集中し、威力を絞って攻撃を加えた。

……毘沙天神!

しかし。

「え……? 避けられた?」

僕の攻撃を見切ったのか、座敷童子は僕の毘沙門天神をするりと躱した。

有り得ない……いくら距離があるとは言っても、並の相手じゃ躱す事の出来ない速さなのに……!?

邪悪に瞳を歪ませる座敷童子は僕らを嘲笑うかのように言った。

「ふふふ、危ない、危ない。顕明連が壊されるところでしたわ。ところで沙梨亜さん。どうして私がこの宝具を持っているのかって聞きましたね? それはもちろん、この私が貴方の実家から盗み出したからですよ」

なんでもないように言い切った座敷童子に僕らは驚愕する。

「な……なんですって……あんたがが犯人だったの……。あんたのせいでどれだけの人々が殺されたと思っているの。許さない……絶対に許さないんだから……!」

沙梨亜は座敷童子を睨む。

『何故だ……座敷童子。何故貴様は大嶽丸を復活させたりしたんだ? 一体なんの意味があるというんだ?』

初代が訝しげに尋ねた。

当然の疑問だ。一体座敷童子は何故こんな事をしでかしたんだ……?

座敷童子の意図がさっぱり掴めない。

ただはっきり分かる事はこの座敷童子という妖怪は……敵だという事だけだ!

「ふふふ、初代様。それはすぐに分かる事ですよ。では皆様方、始めさせて頂きます」

その瞬間、ゾワリと寒気が走った。

座敷童子が掲げていた顕明連がまるで生き物のようにブルリと震えたんだ。

それに合わせて闇色だった顕明連の鏡が不気味な紫色に輝き出す。

その時、顕明連から紫色の光線が伸びてきた。

光線は次第に形を変えていき、どんどんと質量を増していく。

それと同時に世にも恐ろしい妖気が膨れ上がってきた。

まずい……このままじゃ、大嶽丸が復活してしまう!

「初代!」

『ああ』

僕は初代に呼びかけるだけで意図を伝える。

初代にも上手く伝わったのか、僕らは同時に同じ構えを取った。

左手を地面と垂直になるようにピンと立てて胸の前に置いた。

右手は脇に添えるだけ。

腰を下ろし、重心を低くする。

毘沙天神の構えだ。

僕らの一瞬の判断はまさに阿吽の呼吸というやつだった。

ドォン!

と紫の光の塊に向かって毘沙天神の拳が突き刺さるが……。

「ふ……ふははっはっははっは! 効かぬわぁ!」

ドォン! と一際強い輝きが辺り一面に放たれた後、姿を現したのは無傷の大嶽丸だった。

しかも以前よりも妖気が増していて、さっきと本当に同じ存在なのか目を疑うレベルだ。

「黄泉より帰ってきたぞ、肉ども! しかもさっきよりも大幅に力を上げてなぁ! これこそが顕明連の隠された能力! もう貴様らの技はこの余には通じんぞぉ!」

大嶽丸は高笑いを上げて僕らを睨んでいた。

僕は攻撃が通じなかった大嶽丸を呆然と見つめる。

初代も想定外の事態に顔を渋くさせていた。

甘かった……。最初から顕明連だけを潰すべきだった。

まさか、死んでパワーアップして蘇る能力があったなんて……。

なんというデタラメな力を持った宝具だ!

「クソ肉どもぉ! 今度こそ喰らってやるぞ。覚悟せよ!」

大嶽丸が目を血走らせながら一歩踏み込んだその瞬間だった。

「ああ、もうええて、ええて。あんさんの出番はもう終わりや。用済み、便所のハエ、鹿の糞。その体返してもらうで」

何処からともなく聞こえてきた声に呆然としていると、変化が起こった。

大嶽丸は今にも僕達に飛び掛かろうとしていたにも関わらず、ピクリと静止していた。

だがその表情は驚愕に固まっている。

「な……なんだ……これは……!? 体が……動かない……だと!?」

すると顕明連を掲げていた座敷童子がふよふよと浮きながら大嶽丸に近づいていく。

その顔は邪悪な笑みに満ちていた。

「貴様……座敷童子ではないな? まさか……貴様は時の大妖怪、もののけか!」

その瞬間、座敷童子の体が変化した。

まるでスライムが別の形をとるように変形を始め、形を変えていく。

顕明連すらも取り込んだスライムはやがて変化を止めた。

そして僕らの前に現れたのは見覚えのある妖怪の姿だった。

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