第十二話
それから準備を整えた僕達は奈良、若草山に向けて出発した。
沙梨亜は巫女服姿で、僕は三日月流の印でもある薄紫色の胴着を着ている。
久しぶりに外を出ると、以前との街の変化がすぐに分かった。
奈良にはもう人が残っていないのだろう、出歩いている人なんて誰もいないし、何より空気が重い。
一歩一歩若草山に近づく度にまるで重力が膨れ上がったような圧迫感を感じる。
上を見上げると血のように赤い空が僕を見下ろしていた。
ここが本当に慣れ親しんだ僕らの街、奈良なのか……?
奈良の中心地に近づくにつれて崩壊した建物や瓦礫が見に入る。
「これ全部……大嶽丸がやったのか……?」
かつての奈良の街との変わりように、僕は呆然としながら辺りを見渡す。
ここは本当は魔界なんだ、と言われた方がしっくりくるほどだ。
しかし、もうかなり若草山に近づいたというのに、敵らしき姿が全く見当たらず、気付けば炎の柱の間近にまで僕らは近付いていた。
「おかしいわ……敵の妖気すら感じられない。いったいどうなっているの? 朧……何か嫌な予感がするわ。気をつけて」
沙梨亜は不安げな表情を浮かべてポツリと呟いた。
狐耳と尻尾がぴょこぴょこと不安げに揺れている。
「沙梨亜の両親はなんて言っていたの? 大嶽丸の姿を確認したの?」
「いえ、実際に確認した訳じゃないみたい。あの炎の壁に遮られて上手く見る事が出来なかったんだって。あと……私達だけに戦いを託してしまってごめんなさいって言ってたわ。親は遠見と感知の能力に秀でているだけで戦闘が得意じゃないから……」
沙梨亜は心底申し訳なさそうに僕を見ていた。
「いや、そんな事は気にしてないよ。でも見守ってくれているんだね。それだけで心強いよ」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるわ」
僕らは雲を突き破ってどこまでも続く炎の壁を見上げた。
炎の柱はもうすぐそこだ。
近くで見ると、凄まじい圧迫感を感じる。
そこで、火柱が上がっている場所を確認すると……。
「あの辺りは若草山の麓だよね? でも猿沢池じゃない。確かあの辺りにあるのは……東大寺か?」
東大寺。それはかつての奈良時代に聖武天皇が国の平和を願って建てた寺院で、特に大仏殿は世界最大級の木造建築だ。
奈良の大仏さんとして知られる盧舎那仏も重要文化財として残されている極めて歴史的価値のある建造物で、奈良の象徴的存在でもある。
そんな場所に火柱をあげるなんて……。
僕は大嶽丸の悪逆非道な行いに、ぎりりと歯軋りをしながら睨みつけた。
感じる……あそこに大嶽丸がいると。
僕らは最終決戦に向けて足早に東大寺へと向かった。