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三日月草子  作者: PQ
12/17

第十一話

「どこだ……ここは……?」

僕はゆっくりと辺りを見渡す。

紫色の空間が永遠に続いていて、上下左右すら分からない。重力すらもこの空間には存在せず、まるで水の中にいるような浮遊感を感じる。

その時、いきなり僕の目の前に何者かが現れた。

虚空のような何の感情も感じ取れない黒い目玉とシワシワの老人のような皮膚。それに額の丸い鏡のような物体に否が応でも視線がいく。

その鏡のような物体は光を反射して僕を映し出している。

しかも輪郭がはっきりとはしておらず、モヤのようなものが噴出していた。

いつの間に現れたのか、おそらくこの空間に引きずり込んだ張本人、時の妖怪・もののけが僕の目の前に立っている。

「ここはワシの作り出した世界や。これから君には初代はんの過去を見てもらう。ま、そんな身構えんでもええで」

身構えなくてもいいと言われても、いきなりこんな訳の分からない空間に引きずり込まれた僕は戸惑っていた。

一瞬、罠だったのか……? とすら考えてしまう。

警戒心を露わに僕はもののけに尋ねた。

「……どうやって見せてくれるの?」

「こうするんや」

そう言った瞬間、もののけは紫色の空間に溶けるように消えていった。

すると初めて紫色の空間に変化が訪れる。

空間が徐々に形を取り始め、木々の緑が次第に空間を侵食していった。

あっという間に紫色の空間が無くなり、森の風景に変わった。

ここはどこかの森か……? 

僕は空中から森を見下ろすようにふよふよと浮いていた。

辺りを見渡すと、森の一角にぽっかりと穴が空いているように草原が広がり、小さな人影が見えた。

ゆっくりと近付くと、人影は小さな少女だと分かる。

でも一体何をしているのか、少女の行動は謎に満ちていた。

少女は目の前の巨大な山肌の岩に向かって、執拗に何度も何度も拳を殴りつけていた。

どういうわけか、わざと拳を痛めつけるように露出した硬そうな岩壁に拳をぶつけている。

少女の手は血に塗れており、見ているだけでこっちまで手が痛くなってきそうだ。

でも少女は一切顔を歪めず、鉄面皮を貫いたまま、全力で岩壁を殴り続けていた。

「一体何をやってるんだ……?」

意味があるとはまるで思えない少女の謎の行動に僕は首を傾げるばかりだった。

でも……一つだけ理解出来た事がある。

この少女の不動の鉄面皮と顔立ちには思い当たりがあった。

少女が着ているこの薄紫色の道着は忘れもしない……。

「初代……」

僕は少女の顔をじっと見つめてポツリと呟いた。

少女、いや幼き初代は僕の言葉が聞こえていないのか、振り返る事は無く、ただひたすらに拳を岩壁にぶつけている。

でも少女の動きにはとても見覚えがある。不動の構えを貫き、目の前を見据え、何かに祈り、殴る。

この一連の動作は毘沙天神そのものだった。

『ほんまに気ぃ狂っとるようにしか思えへん光景やろ? けど初代はんは一日中、ただこれだけをずっと続けとった。ほんまに見てるだけで痛々しいで』

どこからともなく聞こえてくる声に僕は辺りをキョロキョロと見渡す。

でも、もののけの姿はどこにもなかった。

「初代! 僕だよ、朧だ!」

僕は目を潤ませて初代に声を掛けるが……。

『無駄やで、ここは初代が生きとった千年前の世界や。ワシは朧くんに、世界を見せてるだけ。この世界には干渉する事がでけへんねん』

もののけの声だけが聞こえてくる。なるほど……これが過去を見せるという事か。

もののけの意図が少しだけ見えてきた。

再びじっと初代を観察する。

何を考えているのか、ただひたすらに初代は拳を岩壁に叩きつけていた。

殴る度に真っ赤な血が飛び散っている。この凄惨な光景に絶句しながら僕はもののけに尋ねた。

「これは……初代はいつから始めたの……?」

『物心ついた時からや。そっから15年間1日も欠かさずにこのアホみたいな事やり続けたんや。それも朝から晩までや。いや、ほんま頭おかしいで』

僕は呆然と初代の背中を見続けた。

この狂気の沙汰を朝から晩まで……? それも15年間毎日だって!?

「初代はどうしてこんな事を……?」

僕は恐る恐る尋ねた。自分の身を傷つけるだけで意味があるとは思えない。

純粋に初代は何故こんな事をするのか知りたかった。

『実はワシも知らんねん。ワシだって知りたいわ。ただ、前にそれ、聞いた事あるんやけど、その時は修行や言うてた。これのどこが修行なんかワシにはよう分からんけど、本人はそのつもりやったみたいやな』

修行……? これが……? 僕はますます初代の事が分からなくなった。

こんな常軌を逸した行動を続けていても意味があるとはとても思えない。

初代……あなたは何を考えてこんな事を続けたんだ? 

そう問いかけたいが、今の初代には言葉が届かない。

『ただ一つ言えるのはな。初代はんはこれを15年続けた事であんだけ強くなったっちゅう訳や。小さい頃の初代はんは朧くんみたいに、何の力も持たん一人のか弱い人間やったんや。やからまぁ、この修行? っちゅうんは初代はんにとって意味のある事やったんやな。頭おかしいけど』

僕はもののけの言葉を呆然と聞いていた。

すごい……。改めて僕は初代の背中を見る。

背中が全てを物語っているようだった。己を傷つけながらも一心不乱に一つの事に集中する。

例え、結果が何も変わらなくてもただひたすらに撃ち込むその姿こそが、後に不可能を可能に変える技を作り上げたんだろう。

僕はなんとなくだが、初代の考えがちょっとだけ分かった気がした。

『んじゃ、時を進めるで』

もののけがそう言った瞬間に、周りの風景が凄まじいスピードで変化していく。

木が生い茂り、やがては葉が茶色に変化し、枯れていく。

そこからまた新しい芽が出て、成長し、枯れていく。

凄まじい時の変化に目を白黒させる。

その間も依然として初代は一心不乱に岩壁に拳をぶつけ続けていた。

そして目に見える程の変化が現れていた。

それまでビクともしなかった岩壁が、次第にへこみ始め、ゆっくりとヒビが入り始めていたんだ。

初代の殴るスピードも上がり、音も変わっていく。

それでも初代は岩壁を殴る事を止める事はなかった。

そうして季節が巡り巡る事、数十回の後、ようやく時の経過が止まるーー。

すっかりと成長し、2m程まで背丈を伸ばした初代はすっかりと大人の女になっていた。

身に纏っている薄紫色の道着はすっかりボロボロだが、鍛え抜かれた筋肉と瞳の輝きが初代の成長をよりはっきりと感じさせる。特に手は目を背けたくなる程には傷だらけで至る所に痛々しい傷跡が残っている。

だけど何故だか僕にはそれが美しいとすら思ってしまう。

腰にまで降ろされた黒髪は絹のように艶やかだった。

そして大きく陥没した岩壁を目の前に初めて初代はピタリと動きを止めた。

初めて構えを解き、掌を合わせて胸の前に置く、合掌のポーズを取る。

そこで初代は大きく深呼吸をした。

次の瞬間、空気が変わる。初代からは立ち上るような強烈な闘気が放たれ、見ているだけなのに、刺されるような威圧を受ける。

初代は左手の掌を目の前に置き、地面と垂直になるようピンと立てる。

右手は握り拳を作り、脇に添える。

僕は固唾を飲んで見守る。あれは……間違いない、毘沙天神の構えだ。

「はぁっ!」

来る! そう思った瞬間に初代は右拳を岩壁に叩きつけた。

——その瞬間、

ドォォォォォォォオオオオオオン!

と大地を揺るがすような轟音が辺りに響く。

そして次の瞬間、僕は目玉がひっくり返りそうな光景を目撃する事になる。

初代の一撃は大きく陥没していた岩壁を破壊するのみに留まらず、それを形成していた壁、いや、山そのものが大きく音を立てて崩れたんだ。

目の前にあったまさしく山、そのものがただの人間の殴打によって崩壊した。

その光景に僕は口を大きく開けて絶句した。

この瞬間、初代は不可能を可能に変えたんだ。

『ほんまいつ見てもヤバイ光景やな。ほんま頭おかしいでこいつ。ほんでこの山な? 後に矢田丘陵って呼ばれるんやけど、昔は山やってんで? 矢田丘陵は初代はんが山を崩した事で出来たんや。朧くんの家の近くにあるやろ?』

矢田丘陵……生駒山と若草山を結ぶ地点にある小さな山だ。僕もよく知ってる。

だけどそれが、こんな風にしてできたものだったなんて……。

あまりの初代の規格外さに僕はただただ呆然と突っ立っているだけだった。

前を見ると、崩れた山の間から僅かに遠くの山が見える……。まさしくそれは若草山だった。

『まぁ、これが初代はんの力の秘密や。ここから初代はんは最強の人間として名を知らしめる事になるんや。そん時、ブイブイ言わせてた日本三大妖怪の2柱、酒呑童子と白面金毛九尾の狐は初代はんの手によって討伐されてる。それはもうすんごい戦いやったで? でもな、驚くのはこっからなんや』

えっ? 一体どういう事? ともののけに確認する間も無く、それは訪れた。

山を丸々一つ崩壊させた初代の前に天から光の柱が降り注いできたんだ。

あまりにも神々しく、まるでお伽話に出て来る冗談のような光景に僕は目を剥いた。

そしてその光の中から何者かが現れる。

僕は思わず二度見してその冗談のような光景を見入っていた。

初代の前に現れたのは黒い見事な甲冑に身を包んだ背丈は4mはありそうな美丈夫だった。

長い髪を束ね、初代を睥睨するその大男は威厳と荘厳なオーラに満ち溢れている。

顔つきは非常に整っていて、時代劇にでも出てきそうな面構えをしていた。

光の柱の中から現れた大男は静かに初代を見下ろした後、ゆっくりと口を開く。

「我を呼んだのは汝か? 人の身でありながら、大きく逸脱した力を持つ者よ。汝は何を望む?」

威厳のある重低音の声音で美丈夫は言った。

これほど非現実的な光景が起こっているにも関わらず、初代はいつもの落ち着いた表情で眉一つ動かす事なく口を開く。

「私は何も望まない。修行さえ出来たらそれでいい」

沈黙が場を支配した。

僕も呆然と初代を見た。

え……? 何も望まないの? じゃあ何のために今まで頑張ってたんだ?

「ほぅ……何も望まぬと? なら何故、汝はそれほどの力を得た? 力を求めたからではないのか?」

美丈夫は心底不思議そうに初代に問う。僕も美丈夫の抱いた疑問にはよく理解出来た。

「私は力を求めていない。ただ己の限界に挑戦したかっただけだ」

……。一瞬の沈黙が場を支配した。両者の間に一迅の風が吹き抜けた。

「なるほど、面白い。それが汝の在り方か。興味が湧いた。是が非でも汝に望みを持たせてやりたくなった。この身は汝の元に降りる事にしよう」

美丈夫は大きく口をニヤリと歪ませて、まるで悪戯を成功させた小僧のように笑ってみせる。

だが……。

「別にいらない。私は修行さえ出来ればそれでいい」

信じられない事に初代はキッパリと断ってしまった。

え……これって絶対パワーアップの場面でしょ!? 初代……何で断るの!?

どこまでもマイペースな初代に僕は呆れ返った。

「まぁ、そうつれない事を言うでない。この我が人間に憑くなど初めての事だぞ? 誇るが良い」

「別に……いらないのに」

「がっはっはっは! 我は戦神、毘沙門天。汝の力に敬意を表し、汝の元に降ろう。先程の山崩し、見事であった。あの奥義に毘沙天神という名を授ける。これからも一層、励むが良い」

美丈夫、いや毘沙門天は大層機嫌が良さそうに大声で笑った。

笑い方一つとっても豪快だ。

それにしても毘沙門天って沙梨亜が言ってた神様の事だよね?

そうか、そういう事だったんだ。この瞬間に、毘沙天神という技は完成したんだ。

それに大嶽丸と戦った時に見た大男の幻影は毘沙門天だったんだ。

『ほんま初代はん、変態やろ? こんなええ話を蹴ろうとしとってんで? でもまぁ、これが初代はんの原点や。この時点で初代はんは世界最強になった。そらそうやわ、なんせ神の力をその身に宿しとんねんからなぁ。これで朧くんも納得やろ?』

僕は改めてじっと初代の後ろ姿を見た。これが初代の原点……たしかに納得がいった。

ありえない程の修行の果てに、神を宿す身体を得た初代。でも一つだけ疑問に思う事がある。

これほどの力を持っているのにどうして……。

僕はどこかにいるであろうもののけに向かって尋ねた。

「ねぇ、もののけ……初代はこんな力を持っているのに、どうして大嶽丸には勝てなかったんだろう? 日本三大妖怪の二柱は初代が倒したんでしょ?」

そう聞かずにはいられなかった。

山を崩すなんて芸当が出来れば、あの大嶽丸ですら倒せそうな気がするけど。

『朧くんの疑問ももっともや。確かにこの時の初代はんなら大嶽丸でも難なく倒せたやろうなぁ。でも初代はんも言ってたやろ? 君が呼び出した初代はんは、君が持ってた黒帯に宿ってた魂にすぎひんって。君と一緒におった初代はんは魂のカケラの一つにすぎひんのや。当時の初代はんの力はあんなもんやないで』

「……っ!?」

僕は驚愕に目を見開いた。

もしも初代の全力の力、それがあればあの大嶽丸にだって勝てるかもしれない……いや、きっと勝てる!

なら僕がしなければならないことは……。

……っ!? その時、僕の脳内に電流が駆け抜けた。

そうだ。初代は毘沙門天をその身に宿らせたんだ。

なら僕も同じようにすればいいんじゃないのか?

初代は毘沙門天を宿らせた。

なら僕は……。

「そうか。初代をこの身に宿らせればいいのか……」

空間が再び紫色に侵食され、もののけが再び現れる。

僕の呟きを聞いたのか、その邪悪な瞳と口はこれ以上ないくらい歪んでいた。

「どうやら道が見えたみたいやな? それでええんや。後はひたすら前に進むだけや。ゴールはもうすぐそこやで? 朧くん」

もののけは僕の肩に手を掛け、僕の耳の側で語り掛けてくる。

その声音は甘美な甘さがあってすとんと僕の胸に落ちた。

初代の過去を知る事が出来たおかげで、僕は目指す道を知る事が出来た。

でも……僕は恐る恐る、もののけの真っ黒な瞳を見た。

その瞳は見ていると、どこまでも引きずり込まれそうな闇の色をしていた。。

ここへ来て僕は本当にこの妖怪の言う事を鵜呑みにしても良いのだろうかと、疑問が湧く。

もののけの考えている事が僕にはさっぱり分からない。そもそも何故……。

「ねぇ、どうしてもののけは僕に初代の過去を見せてくれたの?」

もののけは突然、僕の前に現れて初代の過去を見せてくれると言った。

まるで僕が一番欲しかった情報を知っていたかのように、それもタイミング良く、だ。

もののけが何を考えているのか、僕にはまるで分からない。

「なんや? 今更そないな事聞くんかいな? ワシの事、今更になって信じられへんくなったか? まぁ、ええわ、特別に教えたるわ。君も見たやろ? 初代はんの本当の力を。ワシは見たいねん。人間最強と謳われた初代はんの力を、この目でもう一度。それが出来るのは初代はんの子孫の君だけなんや」

もののけは僕の耳下で囁くように言った。

僕だけが……そう考えると今すぐにでも修行を始めたいという欲求に駆られる。

もののけは僕から、ばっと離れると溶けるように消えていく。

「やから朧くん。君に全てがかかってるんやで。顕明連すら揃っとる大嶽丸に勝てる可能性があるのは、初代を降ろせる君しかおらへんのや。せいぜい気張りや」

もののけはそれだけを言うと、紫色の空間に溶けるように完全に消えていった。

それに合わせて周りの景色が元の道場に戻る。

「朧っ!」

道場に惚けたように突っ立っている僕に沙梨亜が血相を変えて近寄ってくる。

僕は沙梨亜の顔を見る事で正気に戻った。

「あいつはどこにいったの? 何もされなかった? 大丈夫なの?」

矢継ぎ早に繰り出される沙梨亜の言葉に僕は少し面食らいながらも、答える。

「うん、大丈夫だったよ。心配かけてごめんね。沙梨亜にも何があったか話すよ」

それから僕は沙梨亜に初代の過去の話をした。

もののけはもうどこかに行ってしまったのか、どこにも気配を感じない。

沙梨亜は、最初は半信半疑に話を聞いていたが、次第に神妙な表情で僕の話を聞くようになった。

じっくりと時間をかけて初代の過去を話し終えると沙梨亜が信じられないといった驚愕の表情で僕を見ていた。

「毘沙門天様をその身に降ろした……ただの御伽話だと思っていたのにまさか本当にあった話だなんて……。でもあの初代様の力を見たら確かにそれくらいなら出来そうな気もするけど……。それにしてもあの初代様の力が全力じゃなかった事が驚きだわ」

沙梨亜は心底信じられないといった表情で呆然としている。

でも、その気持ちは僕にも本当によく分かる。

「うん。初代の本当の力はあんなものじゃなかった。もしも初代が戦神を降ろしたように、僕も初代を降ろす事が出来れば、大嶽丸にもきっと勝つ事が出来る」

僕は自信満々にそう言い切った。

「でもどうやってやるのよ? まさか初代様みたいに何十年も山を殴り続ける気?」

そう、沙梨亜の言う通り、そこが問題だ。

でも僕には既に覚悟が出来ていた。

「……うん。そのつもりだよ。僕だって三日月流の端くれなんだ。初代のやった通りにやってやるさ」

沙梨亜はじっと僕の事を見ていた。その視線はじっと僕の覚悟を推し量っているようでもあった。

「はぁ。あんたって一度決めるとテコでも考えを変えない頑固ものだもんね。分かったわよ。何も言わないわよ。ただ、無理だけはすんじゃないわよ」

沙梨亜は一つ大きな溜息をついた後、そっぽを向いてそう呟いた。

僕は沙梨亜の優しさに頬を緩ませる。

待っていて、初代。僕もあなたの立つ境地に立って見せる。

そしてもう一度あなたと会ってみせる。

だが、意気込む僕とは裏腹に、沙梨亜は神妙な顔を浮かべて僕に言った。

「意気込むのはいいけど、あんたに言っておく事があるわ。さっき実家の神社から連絡があったんだけどね、大嶽丸が動き出すまでにもう時間はないみたいだわ」

「な……なんだって!?」

僕は驚愕して沙梨亜に向き合う。

「両親が神社からずっと若草山を監視してたみたいなんだけどね、初代の猛攻に大嶽丸も無傷じゃなかったみたいで、今まで体を回復させてたみたいなのよ。でもそろそろ動き出しそうな気配があるらしいわ」

沙梨亜の実家は神社で、両親は高名な霊媒師だ。どうやらずっと大嶽丸の動向を追っていたらしい。

それに大嶽丸が今まで大人しかったのも、初代がただではやられなかったせいだと知り、深く納得する。

「でも大嶽丸が動き出せば被害は奈良だけに収まらない。きっと全国に広がる筈だわ」

そうなってからでは遅い。なら僕がすべき事は一刻でも早く修行を始める事だ。

そう思ってすぐにでも修行を始めようとする僕だったが、沙梨亜が待ったをかけた。

「待って、最後に言っておかないといけない事があるの。今回の騒動の大嶽丸を復活させた、そもそもの事の発端は宝具・顕明連にあるって言ったわよね? それはね、実は私の実家がずっと守っていたものなの」

「え? どう言う事?」

僕は動きを止めてじっと沙梨亜を見た。

「何者かに結界を破られて顕明連が盗み出されてしまったの。並の力じゃなかったわ。だから……今回の騒動は全て力の無かった私達のせいなの。だから私が……何がなんでも大嶽丸を止めなくちゃいけない」

沙梨亜は肩を震わせて下を向いている。

そんな……僕は俯く沙梨亜を呆然と見つめた。

「沙梨亜のせいじゃないよ。その盗み出した奴が悪いんだ。何か手掛かりとかはなかったの?」

「何も残っていなかったわ。朧……巻き込んじゃってごめんね。私が必ず大嶽丸の三明の剣を押さえ込むから」

沙梨亜が悲壮な覚悟を抱くように言った。

「タイムリミットは後一週間くらいしかないわ。朧、それまでに出来る事は全てやっておいて」

沙梨亜は申し訳なさそうな顔で僕を見ていた。

後一週間……それまでになんとしてでも初代を宿らせなければ……僕は決意を新たに沙梨亜に誓った。

「分かった。僕に出来る事は全部やってみるよ。そして大嶽丸をこの手で倒す。……本当にそんな事、出来るか分からないけどね」

僕は力無く笑った。

残り一週間……あまりにも短いけど、やるしかない。

僕は決意を新たにし、一歩前に踏み出した。その瞬間だった。

ドォォオオオーーン!

凄まじい轟音が外から聞こえてくる。大気が揺れ、道場がビリビリと震えた。

「な、なんだ!?」

僕と沙梨亜は急いで道場の外に出て空を見ると……。

「空が……真っ赤だ……」

僕は呆然と空を見上げた。

奈良の上空がまるで血のように染め上げられ、雲も赤褐色に染まっている。

さらに、目を凝らしてよく見てみると、若草山の麓辺りだろうか?

一際輝く火柱が一つ、天を目指して燃え上がっていた。

それはまるで何かを暗示するような不吉さを醸し出しており、そこに良くないナニカがいる事を示していた。

「朧、よく聞いて。今親から連絡があったわ。……大嶽丸が復活したそうよ。急いで若草山に向かいましょう」

僕は呆然と沙梨亜を見た。

「な、なんだって……」

よりにもよってこのタイミングで!? 後一週間はあるんじゃなかったの!?

どうやら僕に残された時間はもうないようだ。僕は悔しさに唇を噛み締めた。

でも、こうなったらもうやるしかない。

僕は拳を握りしめて、オレンジ色に輝く一柱の火柱を見つめた。

あそこに大嶽丸がいる。

来たるべき最終決戦に思いを馳せ、固く覚悟を決めた。

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