第九話
あれからさらに数十分かけて僕らはようやく無事に道場まで辿り着く事が出来た。
僕は見捨ててしまった初代を思い出す。僕らを見逃す為に一人残ったあの頼もしい大きな背中……。今この時も初代は僕らの為に一人大嶽丸と死闘を繰り広げているに違いない。
僕はぎゅっと拳を握って沙梨亜に言った。
「急いで修行を始めるよ。少しでも早く強くなって初代を助けに行くんだ」
沙梨亜も決意に満ちた表情で僕を見据えていた。
「もちろんよ。初代様を助けられるように強くなるのよ!」
——しかし、その時だった。
ドォォォォォオオオオオン!
とまるで大地を揺るがすような轟音が鳴り響いた。
音の振動だけで道場がビリビリと揺れる。
「な、なんだ!? 爆発でも起こったの!?」
僕は道場の外に飛び出す。
慌てて沙梨亜も追随し、僕らは呆然と外を見た。
「……奈良の街が燃えてる……」
僕らの目に映ったのは、轟々と真っ赤に燃える奈良の街だった。火の海が雲に反射し、空が燃え盛る様はまるで地獄の窯の底を見ているかのようだ。
被害は街だけでなく、遠くに見える若草山の全てが激しい炎に覆い尽くされている。あそこで何が起こっているのか、朧げに理解出来た。
「初代……」
やっぱり初代は今までずっと僕らの為に戦ってくれていたんだ!
しかし、次の沙梨亜の一言で、僕は凍りつく事になる。
「おぼろっ! その帯……燃えてるっ!」
「えっ?」
僕は手に巻いていた黒帯に目を落とすと……。
初代の黒帯がまるで火に焼かれたかのように切れて爛れていた。
残っていたのは微かに残った燃えかすのようなものだけだった。
それを見た瞬間、僕は首筋につららを差し込まれたかのような悪寒が全身を駆け巡る。
「しょ……初代っー!」
僕は小さくなった帯を呆然と見ながら叫ぶ。
初代の黒帯が燃えた。初代はかつて言っていた。この黒帯に宿った魂が具現化したものが、あの初代であると。だが、たった今、黒帯は火に焼かれたように小さくなっている。それを意味する事はつまり……。初代が大嶽丸に負けたという事なのか!?
そんな馬鹿な! あの初代が大嶽丸なんかに負けるはずがない! 僕は見ていたんだ。初代のあの他を寄せ付けない圧倒的な力を!
あの初代が……負けるはずが……。
「くっ……初代……」
僕は小さくなった黒帯を胸に抱き締めて悲痛な声を絞り出した。
「嘘でしょ……あの初代様が……負けたですって……信じられない」
沙梨亜も呆然と呟いている。
ごめん……初代……助けに行けなくて……あれほど僕達を助けてくれたのに。
僕は涙を瞳に溜め、力を込めて微かに残った黒帯を握りしめる。
そして真っ赤に染まる奈良の街を見つめて強く心に誓う。
僕が……僕が必ず初代の仇を取る。そしてこの手で大嶽丸を倒す。
初代……あなたの想い、必ず僕が継いでみせます。
僕は涙を力強く拭い、キッと沙梨亜を見つめて言った。
「沙梨亜……修行を始めよう。必ず僕らが初代の仇を取るんだ」
沙梨亜も僕の言葉にハッとした表情を浮かべた後、力強く頷いた。
「……ええ。私達も強くなりましょう。そして大嶽丸を倒すのよ。奈良の街を絶対に取り返すわよ!」
「うん!」
僕らは轟々と燃え盛る奈良の街を見つめながら誓い合った。
決戦の日は近い。
僕は初代の逞しい背中を思い描いた後、振り返って道場へと向かって歩いて行った。