コミュニケーションがとれた
ザ、ザ、ザ、ザ…
軽快に山道を進む、私と宇宙人の足音が響いてる。
騒がしくパニクるアッシュくんではあるけれど、黙って歩くこともできるといえば、できるんだよね。…落ち着いて山を歩く分には、ずいぶん、心地が、いいような、気も、しないでも、ない。地味に、つないだ手が、少し…ううん、ずいぶんうれしい、自分が、いたりして。
…こんな、ふうに。
誰かと手をつないで歩いた事なんて…五年生の、あの日以来だから。
いつも機嫌の悪かった担任の先生が、差し出してくれた…あの、手。
頂上に着いて、離されてしまうまで、ぎゅっと握られていた、およそ15分間。
…14年ぶりにつないだ手は、こんなにも。
手をつないでくれる誰かを探すようになった私が、ようやくつないだ手は、こんなにも…あたたかい。
「スーちゃん!もうじきいつもスーちゃんがエコーを飛ばしてたところにつくね!…はい、ついた!!」
つないだ手の持ち主は、まあ…ちょっと残念な宇宙人ではあるけれども。
「うん、ちょっとだけ、休んでいこ…。」
少し前に私が気絶していた見晴らし台のベンチに、アッシュくんと手をつないだまま、並んで座る。
日が高くなって、ずいぶん差し込む光が眩しい。あいている右手で日差しを遮りつつ、青い空を見やる。…ああ、青い、ずいぶん青い、相当青い、素晴らしく青い。青い空を見てると、疲れも吹っ飛ぶというか、なんというか。
体力的にはまるで疲れてないんだけど、心理的疲労が蓄積してるっていうか…ああ、うん、とっても疲れてるのか、私は。そうだね、疲れることいっぱいあったもんね。
でもね!!
立ち止まるわけにはいかないというか!!
早く下山して落ち着く場所に行きたいというか!!
あと一時間ちょっとは、この宇宙人と共にいなくちゃなんないの!!
いつもだったら黙々と下山するからあっという間に過ぎちゃう時間だけど!!!
今日は長―――い時間になりそうというか!!!
現に……見晴らし台から頂上に行って、見晴台に戻ってくるこの30分が!恐ろしく長いこと長いこと!!!
体力自慢のこの私が、こうまでもげっそりする日がこようとは。
ついつい、ため息を一つ、ついてしまったわけだけど。
「疲れ、取れた?」
手をしっかりつないだまま、にっこり微笑む宇宙人が私の顔を覗き込む。
…逆光になってて、後光が差してる。アッシュグレーの髪は光に縁取られてキラキラ輝いてるし、黒いパーカーまでもが発光して見えるとか、どこのハイブランドなの…。ぱっと見はアウトレットモールで売ってるようなシンプルなデザインなのに、イケメンおそるべし…!!!
「うん、一息付けた、アッシュくんは疲れてない?」
私なんか古着屋で買ったカットソーにデニムジャケットで、どこをどう見てもただの普段着丸出しなのに…。
明るすぎる光を浴びるとですね、着慣れたカットソーの小さな毛玉がね?!デニムジャケットの色褪せがね?!ああ、そうだ、次の休みは新しい服買いに行こう、うん、そうしよう。
「僕はずいぶん調子がいいよ!じゃあ、休憩しないでこのままいきます、いきましょうあのね、いろいろお話しながら行こうね、教えてくれるでしょう、たくさん。なにを聞こうかな、どうしよう、うーん、そうだ、聞く前に僕のこと言わないとだめじゃね?ちょっと待って、そういえば僕が僕足る僕の僕僕!!!」
しっかり手を握っているからか、座っているからか、その場でテケテケすることなく、口だけであわてている宇宙人がここに。なるほど、ホコリの舞いそうな場所では手を繋いでおいたほうがよさそうってことが、よーくわかった。
「あー、うん、ちょっと落ち着こうか。」
この人、思ったことがそのまま出ちゃう感じなんだよね、きっと。ううんと…言葉が追い付いてない感じ?伝えたい単語が出てこなくて、伝えたい気持ちだけがこう、溢れちゃう感じっていうか。
わかんないけど、もしかしたら、宇宙の言葉の翻訳がうまくいってないんじゃないのかなあ……。
「はい…。」
こっちが落ち着いてねって言ってあげたら、気持ちの暴走は止まるみたい。
私の言葉を待つ、真剣な目が少し不安げで、ちょっと気の毒になっちゃうなあ。
…きっと不安も多いと思うんだよね。伝わらない気持ちと、伝えたい気持ちがごちゃごちゃになってるんじゃない?で、翻訳がうまくいかなくて全部出ちゃって、止まらなくなって…。
…そっか、わかった!いいこと思いついた!
お笑い芸人さんのツッコミみたいに…、暴走するボケを止める感じで、私もアッシュくんを止めてあげたら、うまくいきそうじゃない?
一緒に暴走しちゃうとこっちまでパニックになっちゃうから、こちらが冷静に状況を判断して落ち着いて言葉を返すようにすれば、意外とスムーズなコミュニケーションが取れるはず!
「あのね、じゃあ、下山しながら、いろいろと話、聞いていくね?えっと、ゆっくりでいいから、落ち着いて返事してくれたらいいから、わからないことあったら、聞いてくれていいから。」
「わかった!!何を聞く?僕は全部答えるよ、あのね、僕は僕だからきっとスーちゃんの思うより僕で僕が僕なの、僕は僕だからだいじょうび!!!」
…コミュニケーション、取れないかも。
小石と、赤土と、木の根っこと、岩肌が続く山道を、テンパる宇宙人をなだめつつ一歩一歩下ってゆく。登ってきたときはずいぶん自分の足音がひびいていたのだけど、今は私とアッシュくんの声が響いている。
「僕はずっと人間を研究していたんだ。どうしても、不可思議な心というものを理解したく、魂と人体の神秘を目の当たりにまのまの!!エコーを響かせ合う事にずいぶん憧れて!!!」
時折落ち着かせつつ話を聞いてみると、アッシュくんはずいぶん熱心な研究者、らしい。
広すぎる宇宙の、ずいぶん変わった星である地球の上に生息する、人という摩訶不思議な生命体を研究してるんだって。その功績が認められて、このたび地球上陸が認められたとのこと。
…ここまで理解するのに何分かかったことか。暴走する人を落ち着かせつつの聞き取りがこうまで大変だとは。
「その、エコーって何?なんか、私の知ってるエコーっていうのはね、こう、音波が壁とかに反射して返って来る現象の事なんだけど…。」
見晴らし台でもなんかよくわかんないこと言ってたのが、気になってたというか。
「それは、山彦ですか。僕が言ってるのは、エコーだよ、響かせ合う、エコー。人の人たる、人と人の間に響き合うエコー、それはずいぶん素晴らしくて、僕はそれを願って、自分の中に響かせるため、この場所に、来たんだよ。」
なんだろう、たぶん、私、理解できてない。
私の知らないエコーが、アッシュくんの中に存在しているみたい。どうしよう、理解できるまで引っ張るべきか、この辺りで引いておくか…。
「その…エコーは、見つかったの?」
「うん!スーちゃんがいるから、大丈夫。」
大丈夫なら、まあいっか…?
もう少し意思の疎通がスムーズになった時にもう一回聞いてみよう。スムーズになるかどうかはわかんないけど…あ、そっか、聞いてみればいいのか!
「アッシュくんって、日本語、覚えたの?それとも、翻訳の機械を使ってるのかな?」
「一通りインプットしています!でも、まだ慣れてないな、不具合があって、うまく使いこなせてないよ、言葉、おかしい?」
うん、おかしい。
でも、それを言っちゃうとまたパニクりそうなんだよね、さてどうしたものか…。
「どういう不具合なのかわからないけど、言葉が溢れすぎてるかな。あのね、普通の人は、もう少し思ったことを口にしないというか、考えて言葉を出すというか…。」
「出力レベルが調整できなくて、・・・そうか、だからこうなるのか。わかった、今日人肉社長に調整依頼出しる!!むぐ、むぐ・・・。」
なにやら大きな口を大きな手でふさぎながら、フムフムと頷くイケメンがここに。手を口にやりながら話すのはやめた方がいいんじゃないのかな…。でもあんまりあれもダメこれもダメって言っちゃうのもなあ……。
「その、時々出てくるジンニクって…。」
「この体を扱ってる会社の社長さん!地球に詳しいので、いろいろと世話にかけたんだけど、ずいぶんやらかしてるみたいだ、…許さん!!!」
…なんか怒ってるみたい。
地味に目が鋭くなって、またイケメン度がアップしてるんですけど!!!
あんまりテンション上げると興奮しちゃうかもしれないよね、別の話題、別の話題…!!!
「あの、その身体は、作り物なの?本体がいるの?さっきのあの、触手が本体だったりしないよね…?!」
…触手が本体だったら、逃げ出したい。
「僕は僕が本体だよ!!この髪は自慢なんだ、日本人全員から10万人選んで一本づつ拝借した!すごいでしょう、究極の平均!日本人は平均が好きだとデータに出ていて、相当資金を使ったのです!顔はね、普通に僕なんだ、一応平均にあわせて目の数減らしたりはしたけどね!!!ΨΛ※Я▼も取っちゃったの、でも平気!」
「え?!全員?!はい?!平均ってっ!!!なに、目って減らす?はいぃイイイイイイ?!」
触手が本体じゃなくても逃げ出したくなってきたんですけど?!
「え、何、スーちゃんは、平均、駄目なの…?!スキじゃない?ううきらわれた、きらわれる…。」
な!!!
涙目のイケメン宇宙人が目の前に!!!!
「私は見た目で好きになったり…嫌いになったりなんかしません!」
「ほんとう?良かった!!スーちゃん大好き!!」
やけに朗らかな告白を受けた時、ようやく魅留駈山の登山口が、見えてきてね‥‥?
ああ、実に長い山登りだった…。