人肉社長があらわれた
大きな一面ガラスの向こう側には、キラキラと輝く夜の小夏日市の光景。市内を横断する幹線道路を行く車のライトが連なり、クリスマスイルミネーションみたいになっている。煌びやかな夜景の上に広がるのは、群青色の空、そして眩しく輝く丸い月。雲一つない、澄んだ空…星がきれいに見えるのは、乾燥した冬の空気のせい?明日はきっといいお天気になるよね。…よかった、大切なイベント、雨で客足が伸びなかったらどうしようと思ったけど、なんとかなりそう。
…すごいなあ、ここ何階なんだろ、たぶん最上階付近だと思うんだよね。焦ってたからエレベーター降りるときに階数見れなくって。めちゃめちゃ見晴らしがよくて正直なんていうか…惚れ惚れする?こんな奇麗な夜景が住み慣れた町にあったなんて全然知らなかった。昼間来てもきっとすごく見晴らしイイんだろうなあ、私高いところ大好きだから、すごく気になっちゃう。
先ほど慌ただしく礼儀知らずにおうちに上がってしまった私は、反省しつつアッシュ君に非礼を詫び、玄関に戻って靴をそろえて上がり直しましてですね。改めて、高級タワマンのすごさをまじまじとですね。さすが市内最高金額を誇ると噂されるタワマンだけあって、信じられないくらいの豪華絢爛がですね。……ただいま絶賛、驚愕中といいますか!!!
エレベーターこそ共有だけど、広すぎるアルコーブが完全プライバシーを保証し、実にこう、高級感が漂うお住まいで、正直若干いやかなり相当ビビっている私がここに!!!
アイランドキッチンのあるリビングには大きすぎる全面窓が二面に広がっていて、遠くには美しい景色、窓の外側には美しい庭?ベランダ?お洒落な自転車が芝生の上に乗っかってるのが見える…その横には小さな池?お洒落で落ち着いたライトがついてて、ロマンチックにライトアップされていて…ちょっと待って、マンションなのにどうなってるの…かなり広い庭?があるみたい。
庭だけじゃなくて、リビングに来るまでの廊下もかなり広かったんだよね、ダウンライトがセンスよく足もとと天井を照らしていて…フローリング?からは真新しい木のいいにおいがしてて、5足1000円の靴下で上がっちゃダメなんじゃないのってね?!正直私の部屋と同じくらいの幅があって、冷静に見渡したらかなり引いちゃったんだよね……。
ここ間取りどうなってるんだろう、リビングだけで20畳はあるはず、重厚な引き戸が三つも見えるなあ、少なくとも3LDKいや4LDK?掃除が大変そう…ってヘルパーさんがいるとか言ってたっけ……。キッチンまわりの床はおそらく大理石、ほんのり温かいのは床暖房が完備されてると思われる。奥の方にはふかふかのラグ敷きのスペースがあって、ゆったりとしたソファと高そうなローテーブルが。壁一面にバカでかいテレビが貼り付いてて、ああ…すごく、こう、落ち着けない―――!!!あんまりきょろきょろするのも失礼だし、何よりみっともないからね?!先ほどから窓の外ばかり見てしまうというか!!!
なんだかなあ、ものすごーく、ここにいちゃいけない感が漂うんですけど。
「スーちゃーん!見てみて!!これねえ、僕が今日頑張って仕込んどいたチャーシューだよ!!いっぱい食べれ!!あとこれはね、鶏肉一匹使ったボトブ!!瞬間栽培したガジャイモとジンジン入れて、合成したキャベツを投入した遺伝子組み換え済みコーン配合のうまいやーつ、ソーセージはいわゆる本場のブルヒェンで、ちょーおススメ!!でね、この丸ごとチーズフォンデはヘルパーさんおススメのバゲットでこそげ落として食らうのだ!!準備でけた、まだ人肉社長来てないけど食っちまうべ!!!」
先ほどから手際よく夕食の準備をしているアッシュ君は、実にご機嫌な様子で豪勢なキッチンの向こう側から次々と料理を…今触手絶対使ってるなあ、不自然な動きで宙を行く寸胴鍋にお皿、カトラリィイイイイ!!!普段見えてないしあんまり実感してないけど、山で見たあのグロテスクな奴が今まさにこの部屋中で!!!
……ダメダメ、気にしたら怖くなっちゃう、ご機嫌なアッシュ君に余計な気遣いをさせるわけには!!!せっかく料理好きになってその腕前を披露したくてたまらない時期に来ているのにその勢いを削ぐようなことをしたら…ダメ!がんばってるところはちゃんとほめて、きちんと伸ばしてあげないとね!!ガンバ、ガンバだよぉ!!ス、直ぉおおお!!!
「すごいね!!おいしそう!!イイのかなあ、ごちそうになっちゃって!!えっと、人肉社長さん来るまで待ったほうがよくない?」
今日、いきなり人肉社長さんと一緒にご飯を食べることになっちゃったんだよね……。
予てから人肉社長さんが私に会いたがっているという話を聞いていたので、近々予定を組んで会食しようという事にはなっていたんだけど、まさか今日いきなりとは…。モエちゃんショックでテンパってるところで切り出されちゃって、流されるようにいいよと言ってしまったけど……。
若干強行突破するアッシュ君に思うところはあるものの、なんていうか、断りきれない私の性格がですね。いっぱい料理作ってニコニコしている姿を見たら、とても怒る気になれなかったといいますか。だってなんかもう来る気になってるのに、招待する気になってるのに、私一人がヤダとか言ったら…子供みたいじゃない?
でも…折を見つけて、イベントは参加者全員の意見を聞いてから開催しないとダメなんだよって教えてあげないといけないよね。今回は大目に見てあげることにして、今後はこういう場面があった時、自分勝手な判断をしないでまわりの人たちに配慮できるよう、気配りできる人になってもらいたい。……日曜遊びに行くときにでも、機嫌が良さそうな瞬間を見つけて説教をしてみよう……。
「気にせずたんと食うがいい!!あのねえ、僕のおススメはね、このボトブのムネニクにバニラ味のプロテインをねふりかけてね!鶏肉にはプロテインが一番合うのだと人肉社長が!粉っぽさもじゅうしいな肉汁が包み込み、まろやかで人工的な甘みを加味し!!うふん、今からちょっと持ってくるよ、一緒にかけていただこうね、僕スーちゃんの分に振りかけたげるよ、新しいプロテイン開けさせてあげようか、いいぞ新品を開ける権利を与えて喜ばせたのち僕もスーちゃんをこじあけなんでもないよ!!!」
こんなにもおいしそうなメニューをぶち壊しにせんとする人肉社長の刷り込み、すりこみぃいいいいい!!!
アアあ!!人肉社長の罪の重さがハンパない、そもそも今まで相当かなり酷いことを教えられててその被害たるや!!今日会ったら徹底的に間違いを正し、日本人、地球人の常識をきっちりと叩き込ませてもらわねば!へんてこな常識を持ったおかしな宇宙人が一般的日本人としてあちこちに出現するのを止められるのは私しかいない!!たぶん!!ガンバ、ガンバだよ、すなおっ!!!
私の意気込みにはまったく気が付かず、いそいそと高そうな棚から新しいプロテインの袋を取り出し、はさみと一緒にこちらに差し出す爽やか笑顔の好青年!!!なんかちょっといかがわしい事を言っていたような気もする!!!なんかもう色々と危なっかしくて……き、気が抜けないぃイイいい!!!
「あのね、プロテインは本来ご飯にかけるものじゃないんだよ、えっと…私は、アッシュ君の作ったおいしいご飯を、そのままいただきたいな!まずはそのまま食べさせて?ねっ!」
全然味がついてないとか塩と砂糖が間違ってたとか明らかに食べ物じゃない味がするとか、予想外の事態がないとはいいきれない。念には念を入れつつ、一般的にプロテインは調味料的な役割をしないという常識をきっちりと……。
ピンポーーーーン!!
「あ!!人肉社長だな!!ちょっと待ってて、連れてくるね!!あーん、せっかくのスーちゃんといい雰囲気!!まあええわ、いつでもおし行って来るね!あ、座ってて!!」
スタスタと玄関に向かっていった口をすべらせがちな宇宙人ーーー!!!
なんかどっと疲れが…、アア、モエちゃんのヒーリング効果で癒されよう、そう思ってプロテインに浸かってご機嫌なミニマッチョポインセチアの前の席に座らせていただき……。
ゴス、ゴスゴスッ……!!!
なんか、やけにこう、ガサツな足音が……。人肉社長さん、ガタイのいい人なのかな……?
「いやあ!!どうも!!私人肉スーツの販売を生業としております……川原恵と……えっ?!」
深くお辞儀をした、ダブルのスーツの男性、白髪交じりのスポーツ刈り、ポマードで固められたキラキラ光る頭、日焼けした顔に白い歯と金歯、ピカピカ、脂ぎって眩しすぎる顔ッ!!実に自信に満ちあふれた、よく見知った、こ、この人は!!!
「か、川原さん?!ちょっと待って、アッシュ君、このひと、この人が人肉社長さん?!」
「うん、あれえ、スーちゃん知ってたん?なんやはよいってよ、僕緊張しちゃったじゃん、心配して損したやんな、良かった良かった、じゃあ、一緒にご飯食べよう、あ、しゃちょーはあっちね、僕がスーちゃんの横なんだから!!あっちいけ!!」
「酷いなあ、聞いてよ樫村さん、教授はいつもこうなんだよ、もう!!」
キ、キラーーーーン!!!
真っ白な歯を光らせて…サムズアップしながら言うセリフじゃないイイイイ!!!




