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エコー  作者: たかさば


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52/85

枯れ枝が潤った

「す、スーちゃん!!緊急事態、緊急事態!!モエ、モエちゃんが大変、はよこっちゃこやん!!」

「は?!はぇっ?!ちょちょっとなに、ええとどうしたの?!」


 夕方5:25、アッシュ君と待ち合わせすることになっているリラックスエリアのベンチに向かおうと、店舗出入り口から一歩踏み出した瞬間テンパる若者に手を取られ!!!ぎゅうと握られてずんちゃかずんちゃか歩道を歩かされているのは少々お疲れ気味の私ッ!!


 ちょっと待て、こんなに堂々と手をつないで歩いていたら誰に見られていることか!!いくら日が落ちていて辺りが不明瞭だとは言え、街灯もしっかり輝いているし早番組が帰る時間帯だしお客様の出入りが激しい時間帯だし人の目、人の目ッ!!!あわてて上着のパーカーを頭にかぶり、少しうつむき加減で歩くスピードを上げる!!幹線道路に出れば、多少は目立たないから、そこまで早足で駆け抜けて!!


 焦る私の手を離さず、ものも言わずにまっすぐ進行方向を見つめ手前に進むアッシュ君の表情はやけに真剣で…思いつめている。……一体なにがあったんだろう、いつものちゃらちゃらわちゃわちゃした雰囲気が感じられなくて、少し不安になる。


「ね、何かあったの?…話せる?大丈夫?」

「……うん、あのね……モエちゃんが…くっ……だ、ダメだ、言っちゃ……だ、ダメっ……。」


 ……ッ!!な、何で言葉に詰まる?!何を言っちゃダメ?!何で目を合わせようとしないの?!ちょっと待って、ものすごく大変なことが起きてるんじゃないの?!いつも言葉駄々洩れ言わなくていいことまでぽろぽろ出ちゃう人が言葉を詰まらせると……心臓に悪すぎる!ヤバイ、なんか心配になりすぎていやな汗が!すごく…のどの奥がきゅっとつまって、重苦しい、……ああ、これ、不安だ。心が……縮みあがってる。


 言葉を交わすことなく、黙ってタワマンまで小走りで向かい、大きなエレベーターに乗り込んで…そのまま高層階へ。透明ガラスの向こう側に見える綺麗な夜景なんか目にはいりゃしない、動悸が止まらないまま、連れられるまま、ゴージャスなドアの前に立つ。


 最悪の事態を考えながら、ドアを開けるアッシュ君の後ろから、そっと中をのぞき込むと……。



「~♪~♡~!!!」



 小さなモエちゃんがテケテケ走ってきてこんにちはっ、ええっと驚く間もなく私の足もとでバッタと倒れて、見る見るうちに小さくなっていっていくぅうううウウウウ!!なにがあってこんなに縮んでしまったのかと慌てて抱き上げたら……みるみる頭の葉っぱが萎れてえええええええええ!!!


「ちょッ?!ヤダ、どうしてっ?!やばいよ、アッシュ君、お水、お水!!お邪魔しますっ!!!」

「あっ!!」


 あわてて靴も揃えず上がらせてもらって…広い玄関の向こうに続く廊下、その突き当りにアイランドキッチンが見える!!!とにかく、水、水をっ!!!


 胸にちびモエちゃんを抱えたまま蛇口に向かって突っ走り、水を根っこにかけてあげて様子を見る…ああ、お願い、どうか、どうかモエちゃんを助けて!!!昨日までの元気すぎるモエちゃんの様子が思い出されて、なんだか涙が出てきたよ…ヤダよ、ヤダよ……!!!


「もー!モエちゃんちょっと待っててっていったのに!無理するからこんなことになって!あとでお仕置きだ!ぷんぷん!!」


 この緊迫した状況をぶち壊す、平和なお怒りの言葉が!!なに、何でこんなに落ち着いていられるの?!のんびり棚を開いてる場合じゃ…ない!!こんな大変なことになってるのに!!!なに悠長に冷蔵庫開けてる?!怒り心頭で灰色頭を睨み付けると!!しゃこしゃこプロテインを振りながらアッシュ君がやってきてですね!


 シェイカーの蓋を取ってそっとテーブルの上に置いたら、ちゃぽんと萎れたポインセチアが飛び込んで―――!!!


 見る見るうちに、ぽっこぽっことちぎりパンが!!!アアア、ちびっこいけど、しっかり枝にボンレスハムがのっかってる、仕上がってる筋肉ポインセチアの頭の上の赤い葉っぱが……みるみる艶やかになっていくぅウウウウ!!!!


「どお!モエちゃんの抜け枝を使って出張システムを作ってみたのだ!スーちゃん驚かしたろおもうとったんに、思わず気持ちが溢れてね、僕一生懸命おくちチャックして頑張ったんだよ!ねえねえ驚いたん?」


 ちょ!!!


 あの切羽詰まった切ない表情、まさかの人を驚かせるために我慢してただけ?!


「お、驚いた、でもね、

「やったあ!ドッキリ大成功!ぐふふいいぞ!まさにつり橋効果、これでスーちゃんも僕にメロメロ!ようしこのままとろけさせて一気におし何でもないよ!!!スゴイや、テテビみたかいがあったよ、次は何の番組を見ようかな、ラジオ体操、歌番組、政見放送に料理番組は見てるか、怪奇現象スペシャルはありふれててつまんないしなあ、ドラマは見えない役者さんが頑張ってるのがなかなかでもCMで精神乗っ取りええとー、ねえスーちゃんは何を見たらいいと思う?」」


 て、テレビ番組の罪が重すぎる!!!!しかもなんか怖い事を聞いた気がする、勘弁してえええええ!!!


「ええとね、アッシュ君はまだバラエティ番組は難しいと思うの、おすすめはね、教育テレビのおかあちゃんといっしょかな?チビッ子が見る番組だけど、大人になってから見ると学ぶことも多くて私もたまに見てるの、歌や踊りも楽しいし、一回見てみたらどうかな、そうだ、見た感想をメールで報告し合うようにしようか!そしたら勉強にもなるでしょう?」

「そうなん?じゃあぜひ見させていただくよ。やったあ、これでメール一日二回までが三回に増えた♡」


 なんか日に日にタスクが増えていくんですけどっ!!!でもこの場合、おかしなテレビ番組のまねをしてやらかされるよりも絶対にいい!!テレビ番組の知ってはいけない部分を知って混乱するよりも絶対に心の平穏が保たれるはずうううウウウウ!!!!


 抱えたい頭をぶんぶんと一振りしてから、気を落ち着かせ、ドでかい真っ白なテーブルの上に目を落とす……ああ、大きいですね、つるつるですね、輝いてますね。広くてすっきりと纏まっているスタイリッシュな部屋のど真ん中、アイランドキッチンのすぐ横にある大きなテーブルの上には…プロテイン風呂に浸かる、チビッ子モエちゃんの姿!高そうなテーブルの端の方に、恐らくココア味と思われるプロテインがこぼれてる…って、枝の先で吸い取ってるよ、ああ、何この光景。


「あの、なんで、モエちゃんが…なんでプロテイン?」

「あはは♡そりゃあモエちゃんもおなか減るでね!!筋肉維持にはたんぱく質って人肉社長が言ってたよ、さすがだ、見てよこの筋肉!!カッチカチやで!!!うふんうふん、めっちゃ機嫌いいね、エコー出まくり、ちょー気持ちイー!ほら、スーちゃんもこっち来てみ?」


「♪~」


 声は聞こえない、だけどしっかり確実に絶対歌っている、明らかにご機嫌な空気、オーラ、ええとこれがエコー?!確かにこう、昼間緑川さんにゴリゴリに削られた心がスゥと癒されて行く!!!って何、これ!!!


 アアア!!もう…何をどう驚いていいのか、どこから突っ込めばいいのか!!!ええとまずプロテインに浸かってることを…いやいや、なんでモエちゃんが小さくなってるのか聞くのが先だ、枝が何とか言ってたけど何のことだかさっぱりで!あとは店を出てすぐに手を繋いでグイグイ連れてったことも怒っておかねばなるまい、ええとそれからそれから―――!!!


「あのねえ、モエちゃんの自慢もしたかったけど、明日人肉社長が忙しいらしくてね、それで今日スーちゃんと会いたいっていうからさらってみたの、どお、強引な僕もなかなか素敵でしょう!今日ね、草食男子のここがモテないって番組でやってたの、今日からキミも俺様系ってテテビ!!!えっへん、好きになっていいよ!どうぞ!!」


 民間番組の罪、罪、ツミィいイイイイイイイイイイ!!!両手を広げて胸を張る宇宙人の得意そうな顔がああああ!!!


「えっと!!草食系とか、俺様系とか気にする前に、まず紳士的な行動を身に付けた方がモテるんじゃないかな!テレビの情報ばかり気にしてたら、アッシュ君のアッシュ君らしい良さが消えちゃうかもよ?アッシュ君の魅力はね、アッシュ君自身が作っていくといいと思う……というか、アッシュ君は、モテたいの?」


 私と恋をするって言ってたわりに、モテるようになりたいって思っちゃうんだ……うーん、ちょっと、思うところが、あるんですけど。


「モテる男子にみんなが夢中って、やってた。スーちゃんも夢中になってくれるんでしょう、だったら僕は今日からモテるように!!!」

「あのね、私は別に…モテる男子だから好きになるわけじゃなくてね?どっちかっていうと、私だけを見つめて、私だけを好きでいてくれる、誠実な人の方が好印象で…あんまりモテる人って……好きじゃ、ないって、言う、か……。」



 モテる人は、……うん、好きじゃ、ない。



 大切な人を大切にできない、モテてモテて仕方がない人、なんて。



 ―――んなこと言ったってよぅ!モテるんだからしょーがねーべ!!

 ―――ええーこんな人が尚君の奥さんなの?!ヤダー!


 ―――……すなお、こっちに、……おいで。

 ―――お母さん……。


 私の、父親は、すごくモテる、人だったから。……お母さんが、とても悲しんだのを、知っている。



「うん……?スーちゃん?」


 あ、まずい、気分が落ち込んできちゃった。……何とか、ごまかさないと!


「ね!そんな事よりも!!このモエちゃんはいったい?!まさかあのマッチョボディが圧縮されたとか?!すごいテクノロジーだね、どういう仕組み?私ちょっと気になっちゃうな!!」


 ココア味のプロテインを足…いや根っこかな?から飲みつくしたモエちゃんのリボン…じゃなくて葉っぱを撫でながら笑顔を向ける!!…うん、緑色の目、笑ってるな、よしよし!


「これはね、分裂の一種だよ!僕の分身あるでしょう、あのシステムをモエちゃんに組み込んだんだ。でもね、落ちた枝だからかどうも細胞が安定しなくてねえ、どうしたもんかと頭をひねってる最中なんだよ。本体と離れちゃうとすぐに貧弱化してしまって。水かプロテインがないとあっという間にしおれてしまうのだ。エナルギーがないと20メートルの移動が限界みたいなんだよ、だもんで人肉社長に相談しようと思ってさあ!!」


 という事は、ここから玄関までの距離は20メートルあるという事ですか……。


 うん、広いね、そうだね、ここ高級タワマンだった!!…あああ、こんな高級なお宅にずかずかお邪魔しちゃって良かったんだろうか、もっと落ち着いて静かに上がらせてもらわなきゃダメだったんじゃ、…そう言えば私、靴揃えてない!!


 にっこり笑っている億ション住人にぎこちない笑顔を向けつつ、私はそそくさと玄関に向かわせていただいたのですよ…とほほ……。

 

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